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episode.102 それぞれの進む道

 胸中は複雑の極み。生まれ育った城から離れることになるなんて、かつての私は微塵も想像してみなかっただろう。しかも、王の位に就いていながら脱出することになるなんて。過去の私がそんなことを考えていたはずもない。


 それでも、運命には抗えない。


 人一人がこの世の流れに逆らえると思うなら、それはただの思い上がりでしかない。それは、流れの速い川でも小さな魚は好きなように泳げる、と言っているようなものだ。抗いようがないと決まっているのに、一人抗えているような気になっているだけ。


「ファンデンベルクは大丈夫かしら……」

「心配なさっているんですの?」


 馬車に乗り込み、城から脱出。

 リーツェルと二人、人の少ない地域へと移動する。


「大丈夫ですわ。ああ見えて変に幸運なところもありますもの」

「そうよね……できればそうであってほしい」


 リーツェルは明るく振舞ってくれている。ひと眠りしてすっかり元気を取り戻したみたいだ。でも、もしかしたら、無理して明るく振舞っているのかもしれない。私のことを思って、気を遣って、元気なふりをしてくれているのかもしれない。だから、もうすっかり元気、と言ってしまって良いものかどうか。


「セルヴィア様、お辛いかもしれませんけれど、どうかしっかりなさって」

「ありがとう。リーツェル」


 馬車には私たち二人しかいない。他には誰もいないし、誰かが乗ってきそうな様子もない。この世界に生きる人間は私たち二人だけになってしまったのではないか——なんて馬鹿げたことを考えそうになるくらい、ここは静かだ。


 この道が本当に正しい道なのか、それはよく分からない。けれども、私は、今はこの流れに乗っていることしかできないのだ。波には逆らえない。流れには抗えない。いつか再び日向に出る時を迎えるためにも、今はただ耐えなくては。


「そういえば! セルヴィア様、わたくし、刃物を貰ってきていますの!」


 急にリーツェルが明るい声を放つ。


「え?」


 到底自然な流れとは言えないような話題が出てきて、戸惑わずにはいられない。


「ファンデンベルクがくれましたの。敵が来たらこれで倒しますわ」

「そ、そう」

「何だか嬉しくなさそうですわね。どうしてですの?」

「そんなことないわ……凄く頼もしいわよ……」


 可愛らしい少女が何の前触れもなく刃物の話を始めたら、誰だって困惑せずにはいられないだろう。この状況ですんなり話を進めてゆける人の方が少数だと思う。よほど器用さが高ければ対応できるのかもしれないが、普通は無理。そんな気がする。


「もしもの時は協力しましょ? 私は手の力があるから少しは何とかできるかも」

「そうですわね。でも無理はなさらないでいただきたいですわ」

「もちろんよ。何なら鞄で殴るっていうのも……選択肢としてはありかもしれないわね」


 馬車の揺れが段々大きくなってきたような気がする。でも問題ない。舗装されていない道に入った、ただそれだけのことだから。揺れ方の変化というのはどうしても不安感を掻き立てるものだが、この場合はそんなに気にすることでもないだろう。



 ◆



 セルヴィアたちが城を出てから数十分が経過した頃、既にロクマティスの者たちが城内へ入り込み始めていた。


 城内で働く者の中にも既に脱出した者が存在する。だが、誰だって敵国の人間とは会いたくないものだ。命を危機を感じずにはいられないから。その心理も考慮して、脱出が許可されていた。それゆえ、城内に残る人の数も徐々に減ってくる。


 そんな中、ファンデンベルクは黒い鳥と共に王の間に待機している。

 いずれ敵はここへ来るだろう——そう考えたから。

 ファンデンベルクはとうに覚悟を決めている。たとえどのような運命が待ち受けていようとも、すべてを受け入れる。彼は既にそう決めていた。もっとも、積極的に死にたいというわけではないのだが。


「失礼させていただく!」

「入りますよ!」


 やがて状況が動く時が来た。

 ロクマティスの人間が王の間にたどり着いたのだ。

 ここから先はまだ誰も踏み込んだことのない場所。とにかく不確定要素が多い。だがそれでも、人に与えられるのは『進む』という選択肢のみ。ここまで来て道を変えることはできない。


「キャロレシアの者か! 動くな!」

「すぐには何もしませんから、じっとして下さい!」


 王の間に一人佇んでいるファンデンベルクは、すぐさま敵認定をされ、出口のない洞窟のような銃口を向けられる。


 だが、彼はひたすら冷静だった。


「侵入するのみならず銃口を向けるとは、随分野蛮なのですね」


 ファンデンベルクは落ち着いた表情のまま銃口を向けてきている男へ視線を向ける。たった一つの瞳から放たれる視線だが、とてつもなく鋭く、相手に突き刺さっているかのよう。その証拠に、銃を手にしている男は少しばかり怯えたような顔つきをしていた。それも、一対多の状況ゆえ自分が不利ということはないのに、である。


「銃口を他所へやって下さい」


 淡々と望むファンデンベルク。

 だが男は銃口を下ろしはしない。


「怪しくないと判断するまではこのままとする!」

「……怪しいの定義とは?」


 状況としてはファンデンベルクが不利なのだろう。しかし彼は心理的には勝っていた。心理的に上に立っているというのは大きい。たとえ、不利な状況であるとしても。


「抵抗するな! そのまま動くな!」

「動いていませんが」


 きっぱり言われ、男は顔を赤く染める。


「黙れ! いいか、じっとしろ。そして、問いにきちんと答えろ!」

「……随分指示が多いですね」


 ファンデンベルクは動かない。足の裏の位置も動かさない。すべては誤解されないため。誤解で撃ち殺されないため、やり過ぎなくらいじっとしている。動かすのは口のみ。


「その鳥は何だ! 怪しいぞ! まさか奥の手か何かか」

「心配なさらずとも、ただの鳥です」

「証拠がない。その発言が真実であるとは認められん」

「はぁ……理不尽ですね」

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