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episode.97 急ぎ気味

 キャロレシアとロクマティス、二つの国の国境付近では、エフェクトを含むロクマティス陣営の者たちが騒ぎを起こしていた。

 国境付近と言っても、必要最低限の開発しか行われていないため、それほど開発された場所ではない。自然が多く残っていて、道も最低限の舗装しかされていない。


「順調ですね」

「はぁ……。もう疲れてきたよ……」


 エフェクトに付き添っている没個性的な男性は、緊迫した状況の中にあっても疲労感を露わにはしない。淡々と周囲の様子を確認しつつ時折エフェクトに話しかけるだけだ。だが、その一方で、エフェクトは疲れ果てていた。激しい運動をしていたわけではないので、肉体は披露していないはず。にもかかわらず、疲れ果てたような物言いをしている。


「もし良ければ、このドリンクをどうぞ」


 男性は上着のポケットから小瓶を取り出す。

 怪訝な顔をするエフェクト。


「ドリンク? ……何これ」


 赤茶を暗くしたような色みの瓶に、赤と黄の鮮やかなラベルが巻き付けられている。親指と人差し指だけでつまんで持てそうな、小ぶりな瓶である。


「怪しい、と、お思いですね」

「……嫌がらせ?」

「まさか。そんなことは致しませんよ。これは親切心のつもりです」


 エフェクトは仕方なく小瓶を受け取ったが、まだ信頼しきれていないようで、開栓する動作には進まない。


「試し飲みは?」

「もちろん済んでおります。ご安心下さい、ロクマティス王より推薦をいただいているものです」

「そう……。じゃ、まぁ、飲んでみる」


 その時になってエフェクトはようやく蓋を開け始めた。

 蓋が緩んだ瞬間、もわりと流れ出てきたのは奇妙な香り。甘いような、酸っぱいような、ほろ苦いような、そんな何とも言えぬ香りである。


「変な匂いがするけど」


 エフェクトはまたしても怪しんでいるかのように男性をちらりと見た。


「それは仕方ない部分ですので、お許し下さい」

「……どうして……こんな匂いが?」

「成分の影響です。申し訳ありません」

「ふぅん……そう」



 ◆



 エフェクトたちが国境付近にて騒ぎを起こしている頃、オーディアス率いるロクマティス本隊は既にキャロレシア入りしていた。


 キャロレシアも馬鹿ではないから、最初は、一斉に攻撃することで撃退しようと試みた。が、元王妃のメルティアを連れているということが判明すると、キャロレシア軍としてはなかなか手を出せなくなってしまう。だが、それこそが、オーディアスの狙い。つまり、キャロレシア軍はオーディアスの策略に見事なまでにはまってしまっていたのである。


「プレシラ王女、体調はどうですか?」

「もう……。何の質問なのよ」


 暗闇は既に去り、今は辺りを光が照らしている。


「だってですね、何か色々考え込んでいらっしゃるみたいだったじゃないですか!」

「まぁ……ね。でも心配要らないわ、私は健康よ」


 プレシラとムーヴァーは今日も共にある。


 二人は向かってくる者と直接戦う立ち位置にはない。だがそれでも、戦いの場を通るので、どうしても血の匂いを嗅ぐことにはなってしまう。ただ、ムーヴァーはもちろんプレシラもそういったものへの耐性がないわけではないので、強い苦痛を感じることはなかった。


「本当ですか?」

「今日は随分疑り深いのね」


 問いに、プレシラは苦笑しつつ返す。


「心配なんです! 苦しみを隠しているんじゃないかって!」


 ムーヴァーは突然声を大きくする。その瞳にはプレシラの心を案じる色が濃く滲んでいた。プレシラ本人にも伝わるくらい、ムーヴァーの想いは強い。


「優しいのね」


 プレシラはクスッと小さな笑みをこぼす。

 直後、ムーヴァーは顔面を真っ赤に染め上げて、落ち着かない様子で目をぱちぱちさせる。


「えっ……? い、今、何て……」


 ムーヴァーは完全に混乱しきってしまっているようで、言葉を発することさえまともにはできない。声はうわずり、口から出す言葉は滑り、全体的に早口になってしまっている。


「優しいのね。そう言ったのよ」

「あっ! は、はい! そうだったんですね! 褒めていただけてうれっ、う、嬉しいです!」


 不自然なくらい妙な喋り方をするムーヴァーを見て、プレシラは少し笑っていた。



 ◆



 城内は何かと騒がしい。今のところ付近で大事件が起こっている様子はないが、それでも、漂う空気がいつもとはまったくもって違っている。それゆえ、巻き込まれていなくても何となく落ち着かない。


「今日は確認書類は届いていないんですのね」


 それまで部屋の掃除を行っていたリーツェルが急に話しかけてきた。


「えぇ。そうなの」

「珍しいですわね」


 リーツェルの手には、軽く湿らせた桜色の布。彼女は、それを使って、室内の台のようになっている部分を拭いてくれていたのである。何ら汚しはしなくても埃は自然と積もるもの。定期的に拭いておかなくては、あっという間に汚れきってしまう。


「リーツェルは拭き掃除をしてくれているのね、ありがとう」

「清潔第一ですわ! ……なんて、嘘ですの。本当は、気を紛らわせていたくて、掃除を始めましたの」


 嫌な方向に思考が巡らないように、か。

 確かに、考え込んでしまわないために何かの作業を行うというのは、賢い選択と言えるかもしれない。


「でも、ついでに綺麗になりますから、一石二鳥ですわよ」

「それはそうね」


 今日は用事もあまりないから、ゆっくり穏やかに過ごすことができる。嵐の前の静けさのようで不気味さを感じないではないけれど、こんな日もたまには悪くないのかもしれない。ただ、心から落ち着ける状況であればなお良いのだが。


「あっ! もしかして、喉乾かれました!? お茶を欲していらっしゃいますの!?」

「いいえ、大丈夫よ」


 そんな風にリーツェルと喋っていた時、扉が開いた。

 入ってきたのはカンパニュラとファンデンベルク。二人とも平常時と変わらない表情だが、足の進め方は心なしか急ぎ気味だ。

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