episode.9 北の村の出身 ☆
器用に話せず一人混乱してしまっていた私に、ファンデンベルクはそっと述べてくれる。
「僕に気を遣う必要はありません。どうか、自由にお話し下さい」
これまでと変わりのない落ち着いた口調。けれども、冷たさはなかった。その声からは、心なしか温かみを感じる。
「あ、ありがとう……。じゃあ普通に話させてもらっても……良いかしら」
「はい」
「ありがとう。そうするわ」
「で、お話とは?」
「そうだったわね! 私、ファンデンベルクについて、知りたいと思っていたの」
リーツェルのことは知っている、というわけではない。だが、ファンデンベルクに関しては、知らないことが多過ぎる。そして、気になることもいくつか存在している。
「貴方は少し不思議な感じの方だけれど、出身はキャロレシア?」
「マルスベルクです」
「ええと、確か……北の端の深い森の辺りにあったと言われている村かしら」
キャロレシアや周辺の国や地域については、ある程度知識がある。育ってくる過程で色々習ったからだ。しかし、個人的には、地図関連の話は苦手だった。そのため、記憶しているかどうかと問われれば、曖昧と答えざるを得ない。マルスベルクという場所に関する知識も不足しており、いろんな意味で心なしか不安である。
「はい。その通りです。ご存知でしたか」
ファンデンベルクの口調は淡々としているものだった。それまでと特に変化はない。ただ、明るい雰囲気をまとっていないことは確かだ。
この話題は深掘りしないべきなのだろうか? でも知りたい。知ることが許されるのなら。その理由は一つ。興味があるから、である。
「聞いたことは。でも私、実は、あまり詳しくないの。マルスベルクってどんなところ?」
「……まさか、本当に『あまりご存知ない』というのですか」
ファンデンベルクに驚いたような顔をされていることに気づき、私は心の中にうねる波があるような感じを覚えた。刃を向けられているわけではないのに傷ができるような、そんな得体の知れない感覚が、じっとりとこの身に絡みつく。
「え。あの……それは、どういう?」
「マルスベルクは異端の民。キャロレシアでは良く思われないものと、そう理解していたのですが」
最初私が座っていた位置に座っているリーツェルは、ハラハラしているような顔をしていた。
ファンデンベルクは私やこの国に恨みでも抱いているのだろうか。これまで情を露わにすることがなかっただけで、私のことも恨みの根付いた目で見ていたのか。だとしたら、かなり衝撃的と言わざるを得ないだろう。恨みを抱きつつこれほど隠せていたのだとしたら、それはもはや才能だ。
「あ……何というか、ごめんなさい……」
気まずい。とにかく気まずい。
「いえ」
「事情を把握できていなくてごめんなさい。でも、私は……貴方をそんな風に見たりしないわ」
「それならありがたいのですが」
「えぇ、約束するわ。ファンデンベルクを傷つけるようなことはしないって、誓うわ!」
事情のすべてを把握することはまだできていない。けれども歩み寄る気がないわけではない。だから今は、少しでも心を近づけられるよう、最善の努力をする。器用に関わることはできないかもしれないけれど、それでも、少しでも心を通わせられるように努めようと私は考えている。
「ありがとうございます。しかし……王女、貴女はとても、世のことをご存知ないのですね」
「コラッ! ファンデンベルク!」
規則正しい揺れの合間に響くのはリーツェルの叱りつけるような声。
「なんてことを言いますの!」
「……リーツェルには関係のないことでしょう」
「アンタはいつも失礼過ぎますわよ!」
リーツェルは今にも噛み付きそう。やはり彼女は男性に厳しい。同性に厳しく異性に甘い人物はこれまで何人も目にしてきたが、逆のパターンを見るのは初めてだ。
馬車に乗って城へと戻る。
見慣れた門が視界に入ると、妙な安堵感を覚えた。
けれども門の前では降りない。裏口へと急ぐ。というのも、昔から、正面の門から城に入るのは推奨しないと言われていたのだ。誰でもやって来ることができる場所には刺客がいるかもしれず危険だから、という理由だったように思う。
「ありがとうございました」
馬車から降りたのは裏門の前。
こちらから行く方が、私の部屋には早く着く。
「ここへ来るのは久々ですわ!」
「初めてではないのね?」
「それはそうですわ! フライ様と一緒に訪れたことはありますの! ……昔のことですけれど」
私はリーツェルとファンデンベルクを引き連れ、歩き出す。
道中、何度か驚いたような顔をされた。見慣れない組み合わせでいたからか、あるいは、私が出歩いているのが珍しかったからか。理由な明確でないが、露骨に驚いた顔をされるのは少しばかり恥ずかしかった。
「……セルヴィア様、すごーく見られてませんこと?」
部屋を目指し歩いている途中、リーツェルが小声でそんなことを言ってきた。
「えぇ。視線を感じるわね」
「もしかして、セルヴィア様は人気者なんですわね」
「まさか、それはないわ」
「即答っ。……では、何か別の理由があるんですの?」
私とリーツェルは体を近づけヒソヒソ話をしながら廊下を行く。ファンデンベルクはヒソヒソ話には参加しないが、きちんと私たちと同じ道を来てくれている。
「そうね……。あるとしたら、私が歩いているのが珍しいから、かしら」
「珍しいことですの?」
「私はこの手のこともあって他人と関わりづらいのよ」
「そうでしたの! それは少々困ってしまいますわね……」
リーツェルと小声で会話しつつ歩いていた時、正面から一人の女性が歩いてきた。
その姿は見覚えがあるものだった。白に近い橙色の髪を持つ、フライたちのことを伝えに来てくれた女性だ。
「あ! セルヴィア王女!」
「こんにちは。何かご用でしょうか」
作る。とにかく作る。笑顔を。口角は上げ、目は僅かに細め、そうやって穏やかな微笑みを作り出す。
「お会いできて良かった! 実は、お伝えしたいことがありまして」
「はい」
また誰かの死亡に関する報告だろうか?
「先ほど、ロクマティスが宣戦布告を行ってきたそうで!」
「え」
待て待て、唐突過ぎる。
「王妃様はまだ意識が曖昧とのことで、現在はひとまず国王陛下の側近であった者たちで何とかしているのですが……」
「ご迷惑お掛けしました」
「念のためセルヴィア王女にもお伝えしておくということになりまして」
「そうだったのですね。ありがとうございます」