プロローグ ☆
あれはいつのことだっただろう。
記憶が曖昧で正確な数字は出せないが、私がまだ十歳にもなっていなかった頃だろうか。
私は国王である父親から聞いたことがあった。この国の王族がどうあるべきか、どう生きるべきか、ということを。
『王の血を引く者には、この国を護る使命がある。セルヴィアもこの国のために生きなさい』
あの時、父は確かそう言ったのだ。
……そして少し話は変わるが。
私たちが暮らす国の名はキャロレシア。様々な恵みに満ちた、豊かな国だ。この国には、多くの自然があり、多くの作物が育つ。動物を狩り肉を口にすることもできる。そして、海に近い地域では海産物を食すこともあるのだと、いつか誰かから聞いた。
そんな恵まれた国に暮らす人々は幸せだろう、と、他国の者たちからは思われるかもしれない。
けれど、実際にはそうでもなかった。
確かにここでは腹を満たすことは容易い。だが、この国には、争いのもととなる鉱物がある。無論、その鉱物自体に罪はない。けれども、その存在がこの国に酷な戦いを強いていることも、また一つの事実なのだ。
◆
「はぁ……。た、い、く、つ」
私、セルヴィア・キャロレシアは、人生の多くをこの部屋で暮らすことに費やしてきた。
けれどもそれは、私自身が望んでのことではない。
すべての元凶はこの身が宿す力——そう、私には特別な力がある。
容姿だけであれば、この国に生きる人々とたいして変わらない。金髪、青い瞳、どれもこの国においては珍しいものではないのだ。また、腕と脚がそれぞれ二本あるというところも、皆と同じ。どこにでもいる、平凡な人間の姿そのものだ。
なのに、なぜか、この手で触れた人間は思考を乱される。
この力の正体について明らかになるまでに、何人もがこの力による被害を受けてきた。中には、違和感が生まれた原因が分からず、頭が変になったと勘違いされ城を追い出された者さえ存在している。
壁に囲まれたこの場所には永久の平和がある。
けれど私は「このままずっと部屋の中で生きてゆく」ということに納得ができない。
こんな籠の中で果てるなんて、私は絶対に嫌。いつかここから飛び出して、きっと、いつかは自由になる。自分で自分の人生を選んで、生きていく。
私はいつもそんなことばかり夢想している。
けれども、夢は所詮夢でしかないということを知らないほど、私は愚かではない。
「セルヴィア王女。いらっしゃいますか?」
ふと、ノックに気づいて振り返る。
外界へと通じる扉はまだ閉まったまま。
「はい。何でしょう」
「あの……急ぎのお伝えが。構わないでしょうか」
「待って下さい。今、扉を開けます」
私は速やかに扉の正面へ移動する。そして、紫色の石がはめ込まれた銀色の丸い突起に手のひらを当てた。するとすぐに解錠される。この扉は、手のひらから放たれる気のようなもので鍵を開け閉めする仕組みになっているのである。
「お待たせしてごめんなさい。用は何でしたでしょうか?」
開けた扉の向こう側に立っていたのは、どことなく緩い雰囲気を漂わせている女性。
白に近い橙色と思われる髪は、波線のように僅かに揺れている。一応うなじの辺りで一つの団子にしてはいるが、直線的でないその髪は、髪型に素直に従っていない。白いリボンの飾りがついたゴムでくくっているが、隙間から数本逃げ出してしまっている。
ただ、その外見と雰囲気の緩さゆえ、接する際に緊張せずに済む。
そこはありがたい。
「実は、残念なご報告がありまして……」
「え?」
緩い雰囲気の女性は悲しそうに目を細める。
こんな顔をするなんて、と、意外に思う。
「今朝連絡がありまして……。国王陛下とフライ王子が亡くなられたそうです」
女性の発言を耳にし、私は言葉を失った。
彼女が発した言葉の意味がすぐには理解できなくて、時が止まったかのような錯覚に陥る。
「国王陛下、フライ王子、共に戦死だそうです……」
知らせに来てくれた女性は、そこまで述べて、涙を飲むような仕草をする。しまいに瞳から大粒の涙がこぼれ、雫は下瞼から頬へと重力に従い流れ落ちた。それを目にし、これは涙するようなことなのだと悟るも、私はただ呆然とすることしかできない。驚きが大きすぎてか、涙は出てこなかった。
「こちらの内容は、王妃様にも既にお伝えしているとのことです」
「……知らせに来て下さってありがとうございます」
「王妃様はご乱心のようでした。もし良ければ……どうか、慰めて差し上げて下さい」
「分かりました。後ほど、そうします」
その時はなぜか穏やかに微笑むことができた。
そうして報告を受け、私は一人室内へ戻る。扉が閉まれば、またここは密室と化す。
「……どうして」
誰の耳にも入らぬ独り言でさえ声が震え、体もまた震わせずにはいられない。一人になった途端、せき止めていた感情が一気に溢れ出したようだ。目からは水が滴り落ち、次から次へと胸もとにしみを作る。
「父さん……フライ……なぜ……」
私が知る父は、頂に立つことに誇りを持っている人だった。国の平穏を願い、時には国のために剣も手にした。豊かゆえに外敵から狙われることが多いこの国を護ろうと、いつも懸命に生きていた。
それは、フライもそうだ。
私より三つ年下の彼は、少しばかり自己中心的なところはあったが、それでも国のことを真剣に考えている王子であった。私のような特別な力は宿していなかったけれど、父と同じで武芸に長けている人で。いずれ王となることを見据え、日々稽古に打ち込んでいた。
二人とも、この国に必要な人間だ。何なら、私が一番この国に必要なかったくらいで。それなのに、その二人が命を落としてしまうなんて、運命とは何と酷なのだろう。