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翠雨  作者: AKIRA
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殴り合いをするとき大事なのは、相手の呼吸をよく観察して効率よくパンチを打ち込むことだ。いくら力あっても相手に当たらなければ意味がないし、無意味なパンチは自分が疲れるだけだ。逆に弱いパンチでも相手にしっかり当たれば致命傷を食らわすことができる。

 今目の前にいる相手は、息が荒く、息を吸ったタイミングで拳を軽く握り吐く寸前で肩関節を後ろへ引きパンチを出していくというわかりやすい癖があった。それならば、俺はその隙を狙ってパンチを出すのみだった。

ウッ!

 息吐く瞬間に身体を相手の懐に潜り込ませボディアッパーを繰り出す。相手の顔が若干歪む。そこで3分間を終了するブザーがボクシングジムに響き渡る。

「いやあ、ホントにお前強いな。どっかで格闘技習っていたの?」

 リングを降りて汗臭いヘッドギアを取っていると、隣でボクシンググローブを練習生に取ってもらいながら相手だった四回戦のプロボクサーという男が話しかけてきた。身長は俺より少し小柄な163㎝くらいで体型は俺よりもスリムで腕もそこまで筋肉が発達しているようには見えなかった。何よりも丸顔で太い眉毛の童顔の容姿はプロボクサーという人種は今まで見たことはなかったが、プロの格闘家の雰囲気には程遠かった。

「効いたよ。さっきのボディ」

 男は腹を摩りながらでゲラゲラと笑う。笑った時に前歯が一本欠けているのが見えた。それを見て、やはりこの人は何年かは人を殴り殴らてきたのだなとやっとボクサーらしい風貌が見られた気がした。

「そうだよ。プロボクサーになれよ。いいところまで行くよな?」

 ボクシングジムの練習は3分練習、1分間のインターバルで練習を行う。これは実戦でも3分間の感覚を身体にしみこませるためらしい。そのインターバルで休憩をしていた周りのシャツが汗でびしょびしょに濡れた男たちが俺の周りに集まってくる。

「うーんでも、まだ身体ができていなからな」

「いや、でも今のスパーの動き見ればそんなのこれから鍛えれば全然いけるでしょ」

「あれ? 高1だっけ? じゃあ16歳か。プロテスト受けられるまでまだ1年あるな」

 楽しそうに話をしている男たちであったが、俺はプロボクサーになる気もボクシングを極める気もさらさらなかった。高校の治安が悪いと聞き、ただ、護身術として自分の身は自分で守りたいと思いボクシングジムに通うことを決めた。それが、通った1日目からサウンドバックやミット打ちのセンスがいいということで重たいヘッドギアを被せられ4回戦のボクサーとスパーリングという練習試合をさせられることなった。

「もしかしたら、お前より強いんじゃないの?」

 4回戦のボクサーは他のボクサー軽く会釈をして棚にあった自分のペットボトルを手に取って水を飲んでいた。

「ねえ。ホントに何か格闘技していなかったの?」

 4回戦のボクサーがしつこく聞いてくる。はいと、小さく頷いておいた。

 小さい頃から格闘技には興味があって、テレビなどで放映されている格闘技の試合を観て動きなどを我流で研究した。あとは、あいつを助けるため、それの報復として俺に反撃してくる奴らに抵抗するようになってから人の殴り方を自然と覚えた。

「会長!! この子センスありますよね? プロ生としてやるのはどうっすかね?」

 集まってきた男の一人がリングの隅でジッと俺たちのスパーリングをパイプ椅子で足を組みながら見ていた会長というこのジムのオーナーに叫ぶ。

「……ダメだ。そいつは弱い」

 しばらく黙ってその会長は表情を変えずボソッと言った。それに対して、男たちはどうしてですか? メチャクチャ強いじゃないですか。見ていなかったんですか? と小言を言っていたがそれ以上口にすることはなかった。ブザーが鳴り、また3分間の練習が始まる。

 あの会長とかいう人とは最初ジムに入門するときに軽く説明をしてくれた方だった。若干ボソボソと話す口調は愛想が決して良いとは言えず、さらに身長も180㎝くらいあり、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。その人が俺を弱いと言ったことの意味は分からなかったが、別に不愉快にも気にも感じなかったし、むしろ周りの注目が反れて助かった。

 それにしても、ボクシングジムというのは狭い空間に人が密集して練習を行い汗臭くて蒸し暑くて空気が薄く感じる。きっと、入門してきた人たちは必ずこのジム独特の感じに嫌悪感を抱くだろと思った。おそらく、高校生活3年でボクシングは辞めるだろうけど、ここで練習している人たちは、この感じに慣れて何も思わなくなるのだろうか。慣れは凄い。

 俺もあいつとのことも時間が経つにつれて慣れて何も感じなくなるのだろうか。それは苦しみから解放され楽になりそうででも怖いことだった。

 今は取りあえず無心で目の前のサウンドバックを周りの人に交じって殴ろう。ボクシンググローブをはめて連打をして考えることを無理やり遮断した。

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