第1章 第6部上
『それは私の部屋の机に置かれていた、おまんじゅうにまつわる事件。』
……急に、事件が安っぽくなった。
確かに、ものすごくちょっとした事件のようだ。
『一昨日……のことなのだけれど。私の机の上に、私、おまんじゅうを置いたのよ』
『おまんじゅうを食べようと思って、私、おまんじゅうを、私の部屋の、リビングの机の上……机の真ん中あたりにおいた』
『でも、ちょっと異世界研究会の用事があったことを思い出して、数時間席を外したのよ』
なんだか、おまんじゅうに「お」をつけるのが可愛くて、つい笑ってしまいそうになる。人間なのかどうかすらはっきりしないスズメに、女性らしい特徴を見つけた気がして……なんだか、とても安心した。
閑話休題。彼女の話は続く。
『その間に、事件は起こった。』
『おまんじゅうは、たしかに机の上にあったのよ。絶対に、机の真ん中においてあった。なのに……部屋に帰ってきてみると、なくなってしまったの。』
『私の、大好きな大好きな、そして大切なおまんじゅうが……』
「その数時間後に、おまんじゅうが失くなってしまった、ということですね?」
『何度も同じことを言わせないで。そうよ。私が外出していた数時間の間に、そのおまんじゅうが失くなっていたのよ。』
「そうですか……」
『事件の話になった途端饒舌になったわね。ノリノリじゃない』
「ありえません」
僕は全然ノリノリじゃない。向こうに決めつけられたくない。
『君、探偵の素養があるよ』
「ありません」
もちろん僕は僕が探偵に向いているだなんて自分で言うつもりは露ほどにもないが、スズメ側は探偵の素養がない可能性があるやつに話しかけてはいけないだろう……本当に、僕はこの先どうなってしまうんだか。
それと、僕が不本意ながら事件のことになった途端に饒舌になったとすると、それは事件について誤った認識をしたくないためだ。
もしここで認識を間違えて、何か不完全な答えを言ったとして……僕の身に危険が及ぶような気がして。だって、僕を元の世界に飛ばすのに、全くコストがかからないとは思えない。だから、間違った答えを言っても、元の世界に返して貰えないんじゃないかと思うのだ。それどころか、無駄に異世界の存在を知ってしまった僕は邪魔だと判断されて殺されてしまうのかも……
ただ、まあ完璧でいたいというのに、僕のエゴとか、自己満足が全く含まれていないという訳でもない。細かいことを気にしてしまうというタイプなんだろう……血液型占いでA型と出そうな性格。
B型だけど。
ここで1つ明かしておくと、僕はミステリーが結構好きだ。
本格ミステリーと呼ばれるような重たいやつも、ライトミステリと呼ばれるようなポップなやつも読む。
講談社のメフィスト賞は、全て、座談会も含めて読めるだけ読んだ。いや……もちろん、メフィスト賞が必ずしもミステリーの賞じゃない事も知ってはいるけど。
しかし……今僕が異世界に来てしまっているという事は、メフィスト賞が誰なのか、なんてもう確認できなくなってしまうのか……。
もしかしたら、と僕はパソコンをいじってみる。スズメは僕のパソコンを異世界側から操作したのだから、その逆、つまり異世界から僕の世界のインターネットにアクセスする事もできるんじゃないか、と思ったのだ。
しかし、無理だった。僕にはあまりにも知識が足りなかったし、異世界のインターネットには僕の世界のインターネットにアクセスするための情報なんて見つからなかった。どころか、僕の世界の情報すらほとんど無いみたいだ。
誰なんだろうなぁ……
『さて、容疑者なのだけれど……まず1つ、困った事があるの』
『それというのも……容疑者の全員に、アリバイがあるのよ』