第1章 第5部上
遅れてしまいすみません。
ちょっと忙しくて……
第5部も、長くなってしまったので上下に分けることにしました。
次回の更新は来週の月曜日前後の予定です。
多分。
ぼんやりと、天井を見上げた。
いつもの、僕の部屋の天井だ。それ以上でもそれ以下でもない。
でも、僕の胸の中はずっとざわざわしていた。
あまりにも訳が分からない状況に、僕は完全に呑まれてしまっていて、状況を打開する策は何も無い。
僕は目をぎゅっとつぶって、ぐるぐると目を回す。
いつも、こうやって目を落ち着けていた。これで、疲れ目が良くなるし、嫌な気分も振り払えるのだ。
でも、今の僕の嫌な気分は晴れない。
──異世界。
あまりにもピンと来ない言葉。
ライトノベルは時々読むのだが、異世界モノの類はほとんど読まない。現実味があまりにもないと思って、敬遠していたのに。
それが、まさか僕の身に起こるなんて。
異世界、と言うと、やはりチートスキルとか、そういうのという事になるのだろうか?
もしかしたら、僕のチートスキルは密室破りとか? この密閉空間も何かしら対処ができたりしないものだろうか?
……でも、僕は自分のスキルの発動方法を知らない。
大体、密室破りはチートという程破壊力のあるスキルではないし……そもそも、密室破りって中から密室を蹴破る事じゃなくて、密室殺人のトリックを見破るって意味じゃないか。
ふむ。
でも、異世界なのだと言うのなら、この部屋の外側だけでなく内側にも変化があっておかしくないわけだ。
僕にも、何か変化が……?
腕を上げて、ホクロの位置とかを確認してみる。
変化は、無いようだ。
……僕は何も、変わっていないのに……
*
『安楽椅子探偵になってもらうわ』
そんな事言われても(文字だけど)……
意味が全く分からない。
さっき、分からない訳が無いだなんて言っていたけれど、そんな事は全く無かった。
何も見えてこない。
「どういう事です?」
『安楽椅子探偵、というのは知っている?』
『古典的な推理小説の1ジャンルで、事件の情報を依頼人から聞いたり、助手を調査に向かわせたりした後、探偵は部屋から1歩も出ずに事件を解決するのよ』
「そのくらい、知っていますけれど……」
『あら? それじゃあ話が早いわね。本はよく読むの?』
「まあ……たまに」
『ふーん、本は若いうちに読んでおかないと、時間が足りなくなっちゃうから、いっぱい読みなさいよ』
時間?
……ああ、本を読むための時間が仕事とかのせいで無くなっちゃう、と言いたいのか。
分かりにくい。
っていうか、なんでそんな母親みたいな事を言われなきゃいけないんだ。スズメさんの年齢のイメージを、改めるべきかもしれない。とにかく得体の知れなさに拍車がかかっている。
──文字だけのやり取りなんて、SNSでは日常的に行われている事のはずなのに……
「……いや、そんな場合じゃないじゃないですか」
これは、少し送信に躊躇いを覚えた。
僕を監禁している(と自称している)相手が、もしも逆上してしまったら、何が起こるかわかったものでは無い。しかし、こんなオチのない会話をだらだら続けるよりは、話を前に進める方が正しい判断のはずだ。
「安楽椅子探偵になれ……ですか? 全く状況が飲み込めないんですが……説明してくださいよ」
『焦らないで焦らないで、時間は沢山あるのよ』
「……?」
時間?
……?
『ふふっ』
その『ふふっ』が、好きなのかな?
何も楽しくなんて無いのに。
『安楽椅子探偵、なのよ。』
「……?」
『私達異世界研究会では「安楽椅子探偵は現実に存在しうるか」というテーマで研究することになったのよ。』
……?
意味が分からない。
だって、「安楽椅子探偵」と僕達の世界、なんの関係も無いはずだ──
『ふふっ』
文字だけだと、彼女の微笑みは想像する以上のことは出来ないのに。僕は、その微笑みはきっと、すごく美しいのだろうと思った。
閑話休題。
『……異世界研究会なのに、異世界の研究じゃないじゃん、と思われるかもしれないけれど……これはれっきとした異世界研究なのよ。』
『そもそも、「推理小説」というジャンルはこの世界に存在しないのよ。だから、異世界独自の概念に関する研究、という訳で異世界研究会の管轄になったわけ。』
……推理小説が無い世界というのは、味気無さそうだな、と思った。でも、そうじゃない。もし推理小説が無い世界なら、『安楽椅子探偵は存在しうるか』なんてテーマを思いつくことさえ出来ないはずだ。
どういうことなんだ?
『分かってもらえたかしら?』
いや、だから全く分からないんだって。
筆が乗ってきたのか、熱量は伝わるのだが説明は全く入ってこない。分かりにくさに拍車がかかっている。
せめてもう少し順番に用語やディテールを説明して欲しいものだけれど……
こっちが想像しろ、という事なのだろうか?
探偵なら推理しろ、とか? いやいや、僕は探偵じゃない。
例えば、彼女の言葉の中にある『異世界』という言葉は『僕の世界』を意味している。……多分。でも、『君の世界』とかって説明しようという気は全く無いようだ。
それがむしろ僕を外界に接触させないぞ、という意思表示にも思えて、恐怖だった。さっきからずっと鳥肌が立ちっぱなしだ。