表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純粋な偽装結婚  作者: うめこ
4/5

2人の生活、始めました。

新居はリビングにキッチン、自室が2部屋があり、バストイレ別の南向きだ。会社から家賃補助も出るので、男2人が暮らすには充分な広さを借りることが出来た。


一緒に住み始めて健一は、なんて最高な暮らしなんだ、と感動していた。

遼也は婚活パーティーのときに言った通り、家事や炊事はすべてしてくれた。1日3食付き、部屋の掃除も健一が気にならない程度にされているし(もともと潔癖ではないため、適当がちょうどいい)何より、お互いの生活リズムが違うために、毎日顔を合わせないのが一番楽だ。

健一が朝起きて会社へ行く頃に遼也は起き出し、家事を済ませ、健一が帰ってくる頃には自室に引きこもってゲームをしている。

たまに健一が残業で遅くなったときや、遼也が深夜までゲームをし、一息つくために部屋から出てきて、リビングでばったり会うことはあっても、


「おかえり、お疲れさん」

「お疲れ」


の会話だけだった。業務連絡的なことはメールで完結するし、生活費もテーブルに置いておけばいつのまにか遼也が回収している。

愛でも友情でもない、利害だけの関係性なので、気まずくはないが興味もない。その中でお互いの条件を守りつつ、自然と顔を合わさない生活で、結婚というステータスは与えられる。健一にとってこの生活は、理想そのものだった。





3月、健一は正式にプロジェクトのメンバーに選ばれ、全メンバーとの顔合わせのために芙蓉グループのオフィスに来ていた。鮫島グループからも近く、徒歩で来れる距離だ。

会議室でメンバーが集まるまで、適当な席に座り、目の前に置かれたプロジェクト内容が書かれた資料を見る。

これが成功すれば出世…何としてでも成功させたい。


『桃瀬くん!』


テンション高い過激派愛妻家クソジジイか、と内心思いながらも、萬田に挨拶をする。

萬田はそんな健一の心の声など露知らず、健一の隣に腰掛ける。


「お疲れ様です」

『君と一緒に仕事が出来て嬉しいよ、やっぱり男は仕事でバリバリ稼いでこそだからね!』


ステレオタイプジジイ、も追加されたところで、メンバーが集まり、早速プロジェクトの話が始まった。






『では、プロジェクトの成功を祈って、この後の飲み会があるので、皆さん是非!参加してくださいね!』


司会役の企画部の人がそう締めくくって、プロジェクトの会議は終わった。

飲み会か、健一はあまり好きではないが、今後の付き合いを考えると参加した方が良いだろう。遼也に


"悪い、飲み会が入った。夕食いらない。もし作った後なら明日食べる"


とメールを送った。その様子をいやらしく萬田が横から見ていた。


『どうだね、結婚生活は?』


すれ違いばかりで顔も見てません、などと言うとめんどくさそうなので、


「萬田部長のように仲良くやってますよ」


と、嘘をついた。媚びに気づかない萬田は、満足そうに頷く。


『じゃあ、これ』


萬田がスーツのポケットから取り出したのは、映画のチケットだった。しかも2枚。健一は嫌な予感がした。


『知り合いにもらったんだけどね、僕はもう見たやつだから。この映画の女優さんがとにかく演技がうまくてね、妻も大好きでもう何回も見に行ってるんだよ!』

「…そうなんですか」

『是非!感想聞かせてね!』


受け取るだけのつもりだったが、感想を求められたら見に行くしかない。チケットには映画のタイトルが書かれている。あなたに今会いたい、とコッテコテのラブストーリーだろう。仕方ない、今週末にでも見に行くか。



自社へと戻り、仕事をしているとスマホが震えた。遼也からメールの返信だ。


"分かった"


先程の飲み会の返事だ。そのまま続けて、次の土曜日は映画に行かないか?と誘う。本当は一人で行っても良いのだが、先程の萬田の口調から、この映画を見るために、映画館へ何度も足を運んでいるようだった。もし鉢合わせにでもなったら、それはそれで面倒なことになりそうだからだ。


"めんどくさい"


返信はすぐに来た。


"ガチャ1万円分でどうだ"

"行く"


ゲームはよく分からないが、遼也がガチャというものに固執していることは分かったので、それを引き合いに出せば多少なんとかなることも分かっている。

ともかく、今度の土曜日は映画に行くことになってしまった。図らずもデートだ。デート、と言葉を頭の中で繰り返す。思わず鼻で笑ってしまった。健一と遼也、2人の間には絶対に存在しない言葉だ。映画は仕事の延長上のもの、そんな気分だった。遼也もおそらくガチャのためのもの、という位置付けだろう。






健一に言わせれば、クソだるい飲み会が終わり、帰路に着く。萬田はまたもや、男は酒に強くてなんぼ、というステレオを発揮し、健一は散々飲まされた。お陰で千鳥足だ。

家に帰って玄関に倒れこむ。床がひんやりしていて気持ちいい。全身が酒のせいで熱く、


「ああ〜…」


やる気のない無駄な声まで出てしまった。ペタペタと足音が聞こえる。遼也が近づいてきた音だ。


「寝るなら部屋行きなよ」

「あー…」


時刻は日付をとっくに跨いでいる。徹夜でオンラインゲームをしてたのだろう。


「だる…」

「ほら、立って」


3月とはいえ寒いんだから凍死するよ、なんてぐちぐち言いながら、遼也は健一の手を引っ張った。健一も動きたい意思はあるので、遼也の助けを借りて、よたよた歩き出す。

健一の部屋のベッドまで連れて行ってもらい、スーツを適当に脱ぎ散らかして、伊達眼鏡も床に捨てて、ベッドに潜り込む。


「…りょうや」

「ん?」


遼也は甲斐甲斐しく、スーツや眼鏡を片付けてくれた。


「ありがとう…」

「はいはい、どういたしまして。おやすみ」

「ん…」


結婚って、良いものだな。と馬鹿な考えが頭によぎったが、すぐに深い眠りへと落ちて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ