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純粋な偽装結婚  作者: うめこ
3/5

最近のファストファッションはなんでもある。

週末、遼也の家を訪ねた。手には菓子折り、営業用の伊達眼鏡は外し、オフィスカジュアルのような服装で、顔は営業で鍛えられた笑顔を貼り付けて。


リビングに通されて、菓子折りを手渡し、お茶を飲みながら健一は自分のことを話した。

もちろん急な結婚になって申し訳ないこと、一目惚れしたこと、鮫島グループに勤めているので家計は心配ないことも、それとなく伝えた。

初めは緊張感で張り詰めていた空気も、健一のスマイル付き営業トークで、段々と和気あいあいになっていった。

突然の結婚も責められるかと思ったが、むしろ結婚に安堵している様子で、


『一人息子だから、ついつい甘やかしちゃうのよねぇ、だからこの子が高校卒業して、料理のね、専門学校に行く予定だったんだけど、』

「母さん、余計なことはいいから」


遼也はぴしゃりと母親の言葉を止めた。健一は少し気になったが、触れられたくないなら詮索はしないでおこう。と愛想笑いでその場はごまかした。


『ところで、遼也。お前が挨拶に行く時の服はあるのか?』


遼也の父親がそう言うと、そういえばないなぁ、といつも通りの、のらりくらりとした遼也に戻った。


『買いに行かなきゃ駄目じゃない』

「じゃ、今から行ってきていい?挨拶はもう済んだでしょ」

『お金はあるの?』


遼也がチラッと健一を見た。なんだか、この場から離れたい、というようなアイコンタクトを感じ取ったので、


「僕が出しますよ、挨拶に来て頂くんですし」

『あらそう、悪いわねぇ』

「いえ」


遼也は健一の手を取る。健一はどきりとした。それは恋的なものではなく、急に握られて、の驚きの方だ。そのまま引っ張られ、玄関まで連れて行かれる。


「今日はありがとうございました、挨拶という場で緊張してしまい…すみません。とても楽しかったです」


遼也がスニーカーを履いているうちに、両親への媚び売りもといお礼は忘れずに言って、健一も革靴を履いた。

こちらこそありがとう、息子をよろしく。と両親は笑って2人を見送った。




「ごめん、強引に連れ出して」

「いや…」


偽装結婚なのだから、あまり踏み込んだところまで聞いて欲しくないのだろう。健一は察し、気にしていない様子で、


「服、こだわりは?」

「ないから、テキトーに見繕ってよ」

「ん」


遼也のことだ、ちゃんとした服も数回しか着ないだろう。今日もTシャツにデニムというラフな格好だ。健一はそう踏んで、ファストファッションで適当に選ぶことにした。





店に着くまで、特に会話はなかった。気まずくはないが、お互い話すことはない。聞くこともない。

遼也が服に対して至極興味がなさそうだったので、健一は店内の試着室前に遼也を待たせて、自分が選ぶことにした。

堅くなりすぎないジャケットと、白の清潔感あるシャツ、あとはスキニーパンツで良いだろう。それと、スニーカーしか持っていなさそうなので、エナメルのかっちりとした靴。

サイズはとりあえずで選んで、着てもらってからまた選び直そう。

試着室前に戻ると、遼也はスマホでゲームをしていた。そして健一に気づくと、スマホをしまって服を受け取る。

試着室に入って数分後、遼也が出てきた。

引きこもりで肉がないのと、顔立ちも悪くないため、そこそこ様にはなってる、と健一は思った。


「サイズは?」

「ジャケット、ちょっとデカイかな」


確かに袖が余っている。あとは問題なさそうだが、どうにも遼也の髪が気になった。茶髪の一つ結びだ。短髪の方がこの服は似合うだろう。


「髪がな…」

「髪の毛はいいんだよ、これで」


また母親に言った時と同じように、強めの口調だ。健一はそれで、触れられたくないところか、と気付いてそれ以上は言わないことにした。


「じゃあ、ジャケットだけワンサイズ小さいので会計行ってもいいか?」

「あ、マジで買ってくれんの?」

「金あんのかよ」

「ない」

「ねーのかよ…まぁいいや、買ってくる」

「ありがと」


遼也は先ほどのラフな格好に戻り、またスマホゲームに戻る。健一はその間に会計を済ませた。





「買っといてだけど、うちの親、顔見れればいいって感じだから」

「そうなの?」


買った服を遼也に渡して、別れ際にそう伝える。健一の親は、健一が小さい頃から共働きでいなかったのもあり、どちらかと言えば放任主義だ。だから相手の服装がどうのなんて、そこまで気にしないだろう。


「だから、あんま気遣わなくていいから」

「分かった」

「物件も決まったし、引越しの準備だけしといて」

「了解」


じゃあな、と何の感情もなく別れる。お互い振り返ることもなく、歩き出して数分後には、別のことを考えていた。







また1週間が過ぎ、次の週末は健一の両親へ遼也が挨拶する番だった。

案の定、健一の両親はさっぱりしており、挨拶も短時間で終わった。お互い引越しの準備があるから、と挨拶後は別れ、お互いの家で過ごすことにした。

健一は自室で段ボールに荷物を詰めていく。すると部屋の前を優太が通った。外出する様子だったので、


「デートか?」

「ううん、ちょっと大学に」

「日曜に?」

「うん、卒論、教授に見てもらう予定なんだ」

「あー、もうそんな時期か…頑張れよ」

「ありがとう兄ちゃん、帰りはもしかしたらフットサルしてくるかもだから、遅いかも」

「はいはい、気をつけてな」

「うん、行ってきます」


優太は小学生からサッカーをしており、高校生のときには全国大会にも行ったほどだ。大学入ってからは特にサークルに所属せず、趣味の範囲でフットサルを時々している。お陰で生傷が絶えないようだが。

優太はもうすぐ大学三年生、出来る弟なので、単位はすでに取り終え、早々に卒論に取り組んでいるのだろう。就職先の希望はあるのだろうか。鮫島グループのインターンに誘ってみようか、などと頭の片隅で考えながら、片付けを進めていった。




片付けが終わったのは深夜になる頃だった。両親はすでに寝ており、優太はフットサル後の食事会で遅くなるらしい。

キッチンの明かりだけ点けて、冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップへ注いで飲む。偽装結婚とはいえ、家を出ていくことに、薄暗い空気感も相まって、少しだけしんみりとした気持ちになる。


かちゃり、と控えめに玄関のドアが開いた。優太が帰ってきたのだ。皆が寝ているから忍び足で入ってくる。そしてリビングにいた健一に驚いたようだ。


「ただいま、…まだ起きてたんだ」


こそこそと小声で聞かれたので、うん、とだけ返す。薄暗い中で見えた優太は、夢うつつのような顔をしていた。眠いのだろう、と健一は思い、


「はよ寝ろよ」

「うん、そうする」


お風呂は明日にでも入るよ、と言って通り過ぎる優太から、ほのかに石鹸の香りがした。はて、フットサル場にシャワー室なんてあっただろうか?と健一は不思議に思ったが、自身も眠たくなったので、深く考えず眠ることにした。

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