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ルークスの凱旋

 リスティア軍第一軍団指揮官アニポノス将軍の機嫌はすこぶる良くなった。

 既に日は暮れている。各所で焚かれた篝火が照らす野営地では、あちこちで煮炊きの煙が上がっている。

 中央付近の本陣では折りたたみ式テーブルに地図が広げられ、軍議が行われていた。が、今は中断して将軍が祝杯をあげていた。

 本国からのシルフにより、西から進撃していた第二軍団の敗報を受けたのだ。

「ポニロスめ。どんなヘマをしたらたった一基のゴーレムに負けるのだ? むしろその方が難しいわい」

「参りましたな、将軍。明日は敵の戦意が天を衝くでしょう」

 副官の弱気を将軍は笑い飛ばした。

「戦意など、ゴーレムの数で押し潰してくれるわ」

「さすがはアニポノス将軍です」

「しかし情報が少なすぎますな。シルフで伝える都合があるとはいえ、あまりに少ない」

 と水を差したのはキニロギキ参謀である。

 シルフは「第二軍団敗走。敵ゴーレム一基。グラン・シルフを確認」としか伝えなかったのだ。具体的な被害や戦線復帰の可否など一切無かった。

「これでは今後第二軍団を戦力に数えて良いかが分かりません。軍本部が我が陣に情報を出し惜しみするとは思えませんので、これは第二軍団の司令部が、戦死か捕虜かは別にして、そっくり失われたので、散逸した兵からしか情報が届かなかったのかと」

「そんな事はどうでも良い。めでたいではないか」

 競争相手の脱落としか思っていない将軍に、参謀はため息をつくしかない。

「これで敵が、第二軍団にゴーレムなどを差し向けて正面戦力を減らしてくれる目が消えました。戦意の高まりも相まって、抵抗は非常に強いでしょう」

「分かっておる。今は全力をもって、この川を渡るのみだ」

 機嫌を損ねたアニポノス将軍は、ぞんざいに地図を指した。

 アグルム平原から半日ほど南下した場所に、川が西から東へ流れている。王都はそこからもう半日ほど南である。

「シルフに寄りますと、ゴーレムが渡った橋はここです」

 精霊士長が川の一点を指した。ソロス川、インヴィタリ橋と名称が記されている。王都アクセムへの最寄りの橋でもあった。

「間諜の情報に寄りますと、ソロス川でゴーレムが渡れる石造りの橋は、インヴィタリ橋のみとのことです」

 キニロギキ参謀も裏付けする。

「敵も橋を中心に厳重に対岸を固めています。この橋を取るのはかなり難しいかと」

 精霊士長が言うと、アニポノス将軍は酔った勢いで言う。

「無理に橋を通らずとも、夜陰に紛れての渡河くらい可能だろう?」

 参謀が副官に視線を向けると、そっぽを向いてしまう。仕方ないので苦言する。

「敵にはグラン・ウンディーネがいます。渡河中に濁流を起こされればゴーレムも無事では済みません」

「連絡を取らさねば良いのだ。そのくらいグラン・シルフには期待できよう」

「向こうにも参戦しました。以後その優位はありません」

「例の、ドゥークスの息子か。奴は死んでも我が国に災いをなすわ」

「私としては親子二代で大精霊と契約できた秘結を知りたいところですな」

 参謀が目をやると精霊士長が視線を逸らせる。リスティアには大精霊契約者がいないのだ。

「で、どうやってこの川を渡るのだ?」

 と将軍がせっつく。

「本隊の征南軍と合流したのち、兵の一部を夜陰に紛れて渡河させ、敵を混乱させた隙にゴーレムの一部を渡河、抵抗拠点を制圧したのち、残るゴーレムに橋を渡らせます」

「それくらい、我が軍団のみでもできよう?」

「兵が足りません」

「五千もいるのだ。二千も渡らせれば十分だろう?」

「二千も対岸に送ったところを、騎士団に襲われたらどうします?」

 アニポノス将軍の酔いが醒めたか、多少鼻白む。

「せいぜい二~三百の騎兵を、それほど恐れずとも良かろう」

「渡河作戦中に指揮系統が混乱して、連携が乱れれば渡った部隊が壊滅しかねません」

「腰抜けめ。百五十もゴーレムがありながら、こんな小国一つ落とせぬでは陛下に顔向けができぬではないか」

「ならば随伴兵が倍は必用でした。五千では王都まで本陣を守るのがやっとです。渡河など困難な作戦を行う数は、最初からありません」

「一万も要求したら、先鋒が他の者に取られてしまうではないか!」

「では五千でできる事をするしかありませんな」

「貴様はそれでも軍人か!?」

 アニポノス将軍が怒るが、怒りたいのはキニロギキ参謀の方だ。

 将軍の出世競争で無駄に兵を失うなど愚の骨頂である。

 こんな小国のために多くの兵を失えば、遠からず帝国に併呑されてしまう。

 暴君と、それに媚びる事しか能が無い将軍たちのせいで、祖国が滅亡の危機に瀕しているかと思うと、腹が立って仕方ない。

 とは言え参謀でしかない彼にできる事は、将軍の愚行を戒めて無駄に兵を死なせない事だけだった。


                   א


 ルークスのゴーレムがフェルームの町に戻ったのは、翌朝だった。

 敵兵を捕らえたは良いが、連れて帰る訳にもゆかない。グラン・シルフはシルフを使って自軍を探し、捕虜を引き渡した時には日が暮れかかっていた。

 下手に野営すると敗残兵が危ないので、精霊たちはルークスをゴーレム内で寝かせたまま帰ることにした。

 アルタスの鎧を沼から回収してまた身につけ、早足で来た道を戻る。

 途中で何やら偉そうな騎馬の人間と出くわしたが、主を休ませる事を優先した精霊たちは「用があるならフェルームの町まで来なさい」と伝えて立ち去った。


 ルークスのゴーレムはフェルームの町を挙げて大歓迎された。

 人々は道の両側からルークスのゴーレムに手を振り、拍手と歓声で迎えた。

 とは言え住民の大半が避難していたので、残っているのはゴーレム関連や学園の関係者、役人などの仕事がある人間や寮住まいの生徒、そして逃げる当てもない貧しい人たちだった。

 工房に着いたゴーレムは兜を外して頭を引っ込めた。水繭を首から出し、中からルークスが出てくると、人々は息を飲んで静まりかえった。

 ルークスがゴーレムに乗る工夫をしていた頃、ゴーレムスミスらは工房に籠もって鎧を製作していたので、その秘密を見たのはアルティだけなのだ。

 ゴーレムの手で地面に降り立ったルークスに、アルティが駆け寄り、そのままぶつかった。少女と大差ない体格のルークスは勢いに負けて尻餅をついた。

「痛いじゃないか」

「ルークスのバカ!! 一晩くらい休んで来なさいよ!!」

「ええと、今、僕は叱られているの?」

「バカバカバカ!! 心配した(・・・・)んだから……本当に……」

 おでこを胸板に押しつけ、肩を震わせるアルティの頭を、ルークスはそっと撫でた。

「心配してくれたんだね。ありがとう」

 アルタスは無言のまま、無骨な手でルークスの髪をくしゃくしゃにした。

 ルークスはゴーレムに、鎧を戻す様指示した。

 鎧を外す為にゴーレムが細身になったので、見物人がどよめいた。やっとゴーレムの形が違った事に納得する。

 さらに自ら鎧を脱いで工房の可動模型に取り付ける様に人々――特にゴーレムを扱う者たちは目を見張った。自分らが扱うゴーレムとは本質的に違うと理解したのだ。

「ルー坊、町のゴーレムスミスたちがお前の鎧を作っている。型取りするからゴーレムを寝かせろ」

 粘土山脇の広い場所でゴーレムを寝かせる。作業ゴーレムが群がり粘土を被せてゆく。水分を抜いて固め、外してサラマンダーで火入れして雌型を、その内側に粘土を詰めて同じように焼き固めて雄型を作る。この雄型に合わせて鋼板を叩いて鎧の曲面を加工するのだ。

 ちなみに標準型ゴーレムの型は鋼鉄製である。

「もう帰って寝ろ」

 休憩を勧めるアルタスにルークスは相談した。

「武器が欲しい。軽いし力が弱いんで、攻撃の威力が足りないんだ」

「分かった。それは任せろ。今は体を休めるんだ」

 ルークスを家に帰したアルタスに、ゴーレムから声がした。

「アルタス殿、インスピラティオーネです」

 ゴーレムがしゃべったので、また職人たちが驚く。

「鎧について相談があります」

 昨日の戦闘でルークスが危険だったこと、鎧が無かった時はもちろん、あっても内側が固体でない故の脆さ、そして本体が軽いために衝撃を吸収できない事などを説明した。

 さらに武器についても、ゴーレムが非力である事を訴える。

「主様の為に、どうか知恵をお借りしたい」

 大精霊に頼まれ、アルタスも唸ってしまった。

 破損した前腕当ては可動模型に戻せず転がっている。

 鎧はゴーレムに密着するもので、受けた衝撃はゴーレム本体が吸収する。吸収しきれない程の攻撃を受けて始めて割られたり貫かれたりするのだ。

 内部が液体のように凹む場合、空の鎧も同然なので叩かれれば凹んでしまう。

 鋼鉄は意外と柔らかいもので、延びる性質を利用して叩いて加工するのだ。

 前腕当てなど円筒形部位なら、裏側から叩いて縦溝を付けることで補強できる。土塊のゴーレムだとこの部分は叩かれると潰れるだけだが、裏側が丸ごと凹むなら全体の形を保って沈み、また元に戻れる。

 胴部分については、別の方法に心当たりがあった。従来のゴーレムのような「面」で耐える事を止めるなら、表面を硬化させて「点」で滑らせることができる。

 この場合、自重が軽いのは利点となる。本体が後ろに押される事で鎧にかかる力を軽減できるのだ。

 鎧が無事なら、内部のルークスも無事となる。

 鎧についてはすぐ方針が決まったものの、武器となるとアルタスにもすぐは出てこない。

 同輩や職人たちから広く意見を求めたが、戦いなど知らない技術屋からは武器のアイデアは出てこなかった。

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