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薄氷の勝利

「主様、無事な敵がこちらに向き直ります」

 ルークスはゴーレムを、健在なボアヘッド三番基に向けた。

 その足下で、倒れていた一番基が泥を突き上げ起きあがろうとしていた。

 ルークスはそれが三番基との間になる位置取りをした。ただ攻撃しようにも、弱点の背中には大量の泥や鎧の一部が被さっている。 

 そこで起きあがりかけた一番基の頭に戦槌を振り下ろした。

 兜ごと頭部が千切れ落ちる。

 首の切断面目がけ、右上から真下へ弧を描いて戦槌を振り下ろした。

 先端が深く突き刺さったが、核には達しない。

 無事な三番基が戦槌を横に振ってきた。

 咄嗟に左腕でガードするが、柄が当たっただけで腕ごと横に薙ぎ倒された。左の前腕当てが凹んでいる。

「まともには戦えない。一旦下がって」

 立ちあがりざま追撃を避けて後ろに下がる。その直後に、たった今までいた地面に三番基の戦槌が突き刺さって掘り返した。

 その間に頭部を失った衝撃からノームが立ち直り、一番基が上体を起こした。戦槌と盾を構える。まだ右脚は直っていない。

 ノームは泥や鎧など固体を透過して物を見られるので、頭を失っても視覚は保てる。頭に通していた感覚が断たれた衝撃で一時的に混乱する程度である。

 三番基が一番基を回り込もうと動いた。

 ルークスは手負いの一番基に向かい、敢えて間合いに踏み込んだ。

 戦槌が振られる。

「横にずれて――ここだ!!」

 避けたゴーレムの鎧を戦槌が掠めて火花を散らす。

 無防備になった一番基の右に回り込み、両手で高々と振り上げた戦槌を一気に振り下ろす。

 位置エネルギーを利用して戦槌を首の切断面に突き込む。二度目とあってより深く刺さった。

 一瞬後、ボアヘッド一番基は戦槌を落として崩れた。核が砕けたのだ。

「二基め!」

 喜ぶ暇も無く三番基が戦槌を振り下ろした。咄嗟に戦槌で受けたが、巨漢ワーレンスとの模擬戦のように簡単に押し込まれた。

 だがルークスと違い、このゴーレムは俊敏だった。

「一歩右脚を退いて」

 同時に右腕も引いて力を逸らせる。支えを失い、敵の上体が泳ぐ。

「右脚で敵の脚を払って」

 足払いが決まって三番基は地響きを立てて倒れた。

 無防備に晒された背中に、大上段から戦槌を振り下ろす。

 火花を散らして鎧を割り、背中に突き刺さった。

 だが核は砕けない。

 戦槌を抜こうとしたが、引っかかって抜けない。足で踏みつけ、抜こうと踏ん張る。

 驚いた事に、敵はルークスを乗せたまま両手で体を持ち上げ始めるではないか。

「力が全然違う!」

 知識でしか知らない巨大ゴーレムの力を痛いほど実感し、認識を改めさせられた。

(侮っていたんだ、僕はゴーレムを)

 戦槌は振れれば良いのではない。鎧を割って大量の土を貫き、核を破壊するには絶大な力が必要なのだ。

(このゴーレムは弱い)

 悔しいが認めざるを得ない。

 自分と同じく、このゴーレムもまた非力である事を。

 戦槌が抜けたので高々と振り上げ、腕だけでなく上体を曲げる勢いも合わせて背中に叩き込んだ。

 やっと核が砕け、ゴーレムは土塊に戻った。

「三基……やっと」

 ルークスの息は上がっていた。緊張のあまり酷く疲れている。

 だが戦いは、まだ始まったばかりなのだ。


「主様、敵十二基、迫ってきます」

「ゴーレムコマンダーは見つかった?」

「人間は道路上三箇所に分散しています。それぞれ精霊使いがいて、どれがゴーレムを操っているかは不明です」

 吹き荒れる砂塵を通して巨大な影がいくつも見える。地響きが伝わってきた。

「向こうのコマンダーからは見えていないよね?」

「人間がシルフの知識に無い視力を持っているのでなければ」

「だのに押してきたってことは、同士討ち覚悟かな?」

「ならば攻撃を避けているだけで勝てましょう」

「いや待て。破壊されたゴーレムのノームは、コマンダーの元に戻っているはずだ。なら『このゴーレムにはノームがいない』ことはバレている。後は『ノームがいないゴーレムを攻撃しろ』と命じればいいんだ」

 ゴーレムコマンダーが戦況を把握できなくても、ゴーレムはノームの判断で戦える。その際一番困難な敵味方の区別ができるのだから、後は数で押せば良い。

 向こうの攻撃は一発当たれば大ダメージ、対してこちらの攻撃は一発では足りない。

「十二基と戦うのは不利だ」

 敵は横一列で前進してくる。包囲されたらお終いだ。

(この状況で勝つには、ゴーレムコマンダーを制圧するしかない)

「そうだ、ノームだ。ノームはゴーレムコマンダーの元に戻っているんだ。ノームを探してくれ」

「ノームは三箇所のそれぞれにいました」

 ルークスは舌打ちした。

「そうだよな。シルフで偵察される事前提で向こうも配置しているんだ」

 二箇所は目眩ましか、それともコマンダーが三箇所に分散しているのか。

「迫ってくる十二基、いかがされます?」

 その数字がルークスの記憶を掘り起こした。

「――残りはどこだ?」

 敵ゴーレムは先鋒に三、中央に十二、後方に五だった。先鋒の三を倒し、中央の十二が接近してくる。

「残る五基はどこにいる?」

「最後尾の集団と一緒です」

「そこだ! そこへ行こう!」

 たとえゴーレムコマンダーが全員いなくても、そこには指揮官がいるはずだ。敵地で視界を失った状況で、ゴーレムを遠ざけられる指揮官がどれほどいるか。

 伏兵に襲われたとしても、ゴーレムがいれば物の数ではない。敵のゴーレムは「この一基」だけなのだから。

「しかし主様、それには正面の敵を避けませんと」

「右に迂回しよう。速さなら負けない」

 ルークスはゴーレムを右に向けて早足させた。敵の前を横切ったところで、急に足が滑った。

「ルークスちゃん、沼だわ」

「しまった!」

 ルークスは地図を持っていない。敵の位置などはシルフに任せていたが、風精は飛ぶので地表の状態には無頓着だった。

 ルークスのゴーレムは沼底の泥に足を取られてしまった。抜くとしたら戻るしかない。

 一番左のゴーレムが間近に迫る。他もルークスを沼に封じようと半包囲の動きを見せていた。

「主様、沼から出ましょう」

「せっかく敵本陣を見つけたのに!」

 沼から出て戦ったところで、勝敗は見えていた。

「考えろ、考えるんだ!」

 忙しなく息をしながら、ルークスは必死に考えようとした。

「ルークスちゃん、落ち着いて。そんなに焦っては考えられないわ」

 リートレに指摘され、ルークスは自分の状態に気が付いた。

 呼吸が乱れ、全身汗まみれだ。初めての戦闘でパニックに陥っているのだ。

「落ち着け、落ち着くには、そうだ深呼吸だ」

 ルークスは肺の空気を全て吐ききった。そして大きく吸い込む。もう一度深呼吸する。逸っていた心が緩むなかで考え、そして決断した。


「鎧を捨てる! 元の姿に戻るんだ!」


 リートレはゴーレムを細め、元のウンディーネの姿に戻した。手足や胴から鎧が抜け落ちる。胸甲から腕を引っ込め下から持ち上げ、首を抜いて投げ捨てる。

 さすがに細身になると水繭も前後から圧迫され、体積を変えないよう上下に伸びた。ルークスは座り姿勢から立ち姿勢になる。

 戦槌だけ持ち、ルークスは沼の深みへと踏み入った。

 普通のゴーレムには不可能な芸当だが、ルークスのゴーレムは空気で膨らんだ水である。鎧さえ外せば水より軽い。

 水辺に立ち尽くすボアヘッドたちを尻目に、ルークスは難なく沼を渡りきった。

「後方五基のゴーレムに向かって全速!」

 ゴーレムは歩行から早足、そして小走りとなった。ノンノンとリートレの連携はさらに進み、ついには疾走に達する。


 鎧という重石を捨てた女性型ゴーレムが、大地を駆ける。


 吹き荒れる砂塵の中に、走る巨大な影を見たリスティア兵は恐慌状態に陥った。

 ゴーレムが走るなどあり得ない。ならばあれは「別の何か」に違いない。

 幻覚ではない事は、地響きが教えた。

 兵を抑えるべき士官も恐怖に駆られ、前方警戒部隊は蜘蛛の子を散らすように逃げだした。

 続いて差しかかった中央部隊は、真っ先に馬が恐怖で暴れ騎兵を振り落とした。そして現れた走るゴーレムに、パニックになった将兵は算を乱して逃げ散った。

 ルークスは走り、五基のボアヘッドが守る敵の本陣に達した。

 ボアヘッドたちは槍を投げてきた。どれも軽装の支援型だ。飛んでくる投槍を軽いステップで避け、駆け込みざまに横殴りの戦槌で頭部を吹き飛ばす。

 ボアヘッドが前に立ちはだかる。ルークスは戦槌を右に振り上げた。

 突きかかる投槍を左にずれて避けつつ、速度を乗せた戦槌を斜めに叩き付けた。軽いとは言えゴーレムの自重を戦槌に乗せたのだ。

 薄い鎧を叩き割り、深々と胸に突き刺さった戦槌が核を砕いた。

 ボアヘッドが崩れる。

「四基!」

「主様、左です!」

 投槍で突きかかるボアヘッドを避け損ね、脇腹を貫かれた。

 しかし空気が抜けただけ。水がしっかりと槍を締め付け空気の漏れを抑える。

 戦槌で横殴り、敵の頭部を吹き飛ばす。弾みで敵は武器を手放した。

 高々と戦槌を振りかざし、全身を使って首の切断面に打ち込む。

 行為自体は先程と同じである。違いは、鎧を捨てた分自重が軽くなった点、そしてゴーレムが本来の動きができる点だ。

 軽量化と引き換えに得た滑らかな動きは、全身の連動を促し瞬発力という力を与えてくれた。

 ボアヘッドは一撃で崩れて土に還った。

「五基!」

 残る二基は敵兵の向こう側、頭部を失った一基はまだ立ち直っていない。

 騎兵に守られたゴーレム車が二台、走り去ろうとしていた。

「インスピラティオーネ、逃がすな!」

「承知!」

 敵の前に竜巻が現れた。幾つもの竜巻が取り囲み、脱出と救援を阻む風の壁を作り上げる。

 そしてゴーレムは口を開け、水の膜で空気を震わせた。

「グラン・シルフのインスピラティオーネである。我が主ルークス・レークタの名に於いて投降を命じる。全てのゴーレムコマンダーはノームを呼び戻してゴーレムを停止させよ。さもなくば、風の結界内にいる者全員を真空の刃にて切り刻むぞ!」

 一際立派な身なりをした男が、白馬の上から指揮杖を投げ捨てた。ゴーレム車から精霊使いたちが降りてきて、ノームを呼び戻す。

 疾走する異形のゴーレムにあっという間に二基もゴーレムを破壊され、リスティア軍は戦意を失っていた。さらに風の大精霊ともなれば人間が抗えるものではない。

 敵が投降するのを見て、やっとルークスも息をついた。

「終わった……のか」

 勝利の喜びより、この長く苦しかった時間がやっと終わったという、解放感を強く感じる。

「お疲れ様、ルークスちゃん。良くやったわ」

「ノンノンは頑張ったです。ルールーも頑張ったです」

「主様、大勝利でございました」

 喜び讃える精霊たちの声を、ルークスは遠く聞く。

 張り詰めていた物が緩んだので、疲労のあまり意識が遠のきつつあった。

 未明に叩き起こされ、ゴーレムに乗る為に死にかけ、半日をゴーレムの改良と操作と移動に費やし、初めての戦闘で極限まで緊張し、その間最大限に脳を働かせ続けた一日が、やっと終わるのだ。

「ありがとう……皆のお陰で……生き延びたよ……」

 精根尽き果てたルークスは、勝利の喜びにひたる間もなく眠った。

 主が眠るのを確認してからインスピラティオーネは言った。

「我らでは、主様をお守りしきれぬ」

「そうね」

「恐かったです」

 槍が脇腹を貫通しているのだ。これが胴体の中央だったら、ルークスは無事で済まない。

 泥を動かし槍を脇から押し出したが、精霊たちは勝利を喜ぶどころではなかった。

「二度と鎧を外すまいぞ。たとえ主様の不興をこうむろうとも、だ」

「そうね。その鎧も、土の塊に密着しているから強いのね。戦槌をガードした前腕当ては歪んだわ」

「ノームの力はオムよりずっとずっと強いかったです」

「敵の攻撃に対して脆弱なだけではない。このゴーレムの攻撃は、弱すぎる」

「ゴーレムを知り尽くしたルークスちゃんでさえ、二度三度だったものね」

「ノンノンが、もっと泥を使えるようになるです」

「慌てるでないぞ、オムよ。今日の勝利は、主様の指示に遅れなかったお主の働きがあったればこそだ。多少の力より、動きの速さこそが重要である」

 とは言うものの、長い年月を経たグラン・シルフをもってしても、ゴーレムの攻撃力と防御力の低さはいかんともしがたかった。


 この初陣でルークスは、四半刻足らずで二十基のゴーレムを擁する二千の敵軍に勝利した。

 ゴーレム五基を撃破、指揮官の将軍やゴーレムコマンダー六人ら本陣百名弱を捕虜にし、十五基を鹵獲するという大戦果である。

 単独のゴーレムによる戦果としては、空前であった。


 他のリスティア兵は四散して逃げ、軍として機能しない武装流民と化した。

 そして、戦死者はゼロだった。

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