上陸戦
火炎槍を手に走る女性型ゴーレムのイノリ内部、水繭の中にルークスはいた。
背中内面に半固定された水繭は、ある程度動いて少年への衝撃をやわらげている。
疾走を始めてからルークスは、イノリの制御を精霊たちに任せていた。
長くて重い棒を持って走った経験が少年にはない。
対して精霊たちは、火炎槍を持って両国の首都間を往復している。
特に足場が悪い今は、運動音痴な自分よりノンノンとリートレの方が安全のはず。
岬の尾根を走るイノリは、瞬く間に先端にいる五倍級ゴーレムに接近した。
イノリ同様に鎧が無い作業ゴーレムは、石を投げつけてきた。
左右に避ける余地がない尾根である。
(良い判断だ)
リマーニ軍港の情報を、ルークスはリスティア解放軍から聞いていた。
守りの要となる岬のゴーレムに、二流のマスターは付けていまい。
その予想は的中、奇襲に迅速な対応をしてきた。
ただでさえイノリは防御力が低い。
そのうえ鎧が無いのだから、投石でもルークスを殺しうる。
「ルールー、跳ぶです!」
オムのノンノンの声が水繭に響く。
急にルークスの体が重くなる。水繭で打ち消せないほどの急加速がかかったのだ。
イノリは火炎槍の石突きを地面に着いた。
槍を持った腕を支点に下半身を振り上げる。
その下を石が通過した。
左右に避けられないので「上」に避けたのだ。
空中を飛ぶイノリに引かれて火炎槍が地面から離れる。
着地したイノリは減速、作業ゴーレムの左側面、海側で止まった。
「制御を僕に!」
ルークスは水繭内面から伸びる操作腕に両手両足を覆わせていた。
手足の動きを直接イノリに伝え、敵ゴーレムを作戦通りに倒すために。
火炎槍の穂先は既に、サラマンダーのカリディータが加熱していた。
魂を持つ精霊が燃えさからせる、不滅の炎によって。
武器が無い作業ゴーレムは拳を振り上げる。
ルークスは火炎槍を両手で構え、正面突きした。
いつもの「攻撃を逸らせて反撃」の後の先ではなく、速さを活かした先の先だ。
こいつはノームによる自律行動ではなく、マスターが直接指示しているはず。
動きの自由度が大幅に上がる反面、意思疎通に時間を要する。
故の速攻であった。
腹に突き込まれた灼熱の穂先は、ゴーレム内部の水分を瞬時に蒸発させる。
膨大な体積となった水蒸気が圧力となり、ゴーレム腹部の土を吹き飛ばした。
飛び散った破片の一つが、イノリの右腰を突き抜ける。
瞬時に水が穴を塞ぐが、大量に空気が抜けたのでイノリは片膝を着いた。
「主様!?」
高圧空気を封じ込めていたインスピラティオーネが慌てた。
「大丈夫、水繭は無傷だから!」
リートレがすぐ答える。
「鎧が膨張を抑えないから、どこから圧が抜けるか分からないな」
当のルークスは慌てもせず分析していた。
「ですからあれほど『胴体だけは守るよう』言いましたのに」
「仕方ないよ。急いでいたから」
鎧を着けるようにとのグラン・シルフの諫言を、ルークスは聞かなかったのだ。
それに今は、目の前の敵を片付けることが先決だ。
筋肉と同時に骨でもある土を大量に失った作業ゴーレムは、自重を支え切れず腹から折れた。
上半身が前に倒れかかる。
イノリは膝立ちのまま頭部に火炎槍を突き込んだ。
頭が破裂した反動でゴーレムはのけぞり、ほとんど垂直の崖を港側へ転げ落ちた。
大量の土が落下したので、作戦通り大きな水柱と波が生じた。
だがルークスの予想より波は小さい。
「イノリも必要か。この高さ、大丈夫?」
ルークスの無茶な要求にリートレは応えた。
「下に友達が来ているから、水面も『やわらかい』わ」
抜けた空気を補充したインスピラティオーネも安全と判断した。
ルークスは、助走してイノリを岬から跳ばせた。
作業ゴーレムが上げた水飛沫を飛び越し、海に飛び込む。
先ほどを上回る水柱が立った。
爪先を真っ直ぐにしていたこともあり、海面との激突で損傷せずに済んだ。
岬の下はかなり深い。
飛び込んだイノリに、内部の空気が生む浮力が制動をかけた。
さらに周囲の水を使ってウンディーネたちが勢いを殺す。
膝と腰を曲げ衝撃を殺して着底。
作業ゴーレムに続く巨大物の落下で、岬に囲われた港内に大波が起きた。
嵐による高潮と重なり、波が埠頭や岸壁、係留中の艦艇に打ち寄せ、大きく揺るがした。
反乱制圧のため乗り込んだ帝国軍憲兵隊は、大揺れの甲板に立っていられない。
陸しか知らない帝国軍人には「世界の終わり」な揺れも、嵐の海に慣れたリスティア人海兵や水夫にとっては日常である。
これまでの恨みとばかりに、動けぬ憲兵たちに襲いかかった。
肩まで海に浸かったイノリは、海底を蹴って斜めに伸び上がる。
全身を水上に出すと同時に前進する。
鎧が無ければイノリは水に浮く。
イノリが浮く水をウンディーネたちが動かした。
岬に沿って陸を目指さず、真っ直ぐ港を突っ切る。
手を着いた岸壁には四基の戦闘ゴーレムがいた。
濡れて黒い土に銀色の見覚えある鎧兜、盾には帝国の国旗が描かれてあった。
「まさか、この重要軍港に鹵獲ゴーレムを置くなんて」
マルヴァド軍のグリフォンが、帝国軍に所属替えしていた。
シルフに「帝国軍が百人ほど」と聞かされたとき、ルークスは驚いた。
パトリア最大のポートム軍港より大きな都市を占領するのに、百は少なすぎる。
考えてみれば、捕らえた帝国軍提督は陸軍将校で、海を何も知らなかった。
海洋都市国家を一つ征服しているのに、そこの人材を連れてきていない。
それら不自然の理由が「帝国は海の使い方を知らない」なら納得だ。
岸壁に上がるとイノリは、埠頭の根元にいるグリフォン二基に向かって走った。
間近で見る隣国のゴーレムに、ルークスのテンションは急上昇する。
「コマンダーがマルヴァド人だったら良かったのに!」
こちらに振り向いた一基の首元に、上から火炎槍を突き刺した。
一瞬後、頭部と両腕が吹き飛んだ。
グリフォンは大量の土をばら撒き、戦槌と盾を腕ごと落として轟音を立てる。
宙を舞っていた兜が地面に落ち、一段と派手に鳴った。
間近で見た結果、がっかりしてルークスはため息をついた。
「兜の作りが甘い。アルタスおじさんのじゃないや」
パトリア王国の輸出品に、ゴーレムの武具がある。
高品質な鉄鉱山を擁しながら、ゴーレムの総数を五十に制限されたパトリアは、武具の生産力を余らせていた。
そのため同盟各国に輸出していた。
ゴーレムの顔となる兜は「オリジナル以上」なので、アルタス・フェクスの名は広く知られている。
マルヴァド王国はパトリア製武具を、国民の目に触れる機会が多い精鋭部隊に装備させていると聞いていた。
「自国製の二級品を装備した二線級部隊か。だから簡単に鹵獲されたんだ」
鹵獲されたのに、鎧どころか盾さえ破損していないのだ。
戦闘せずに投降したか、破壊せずに放棄したか。
どちらにせよ帝国軍に最強兵器を進呈したのだから、迷惑この上ない。
無傷なもう一基がこちらに向かってきた。
グリフォンが上から振り下ろした戦槌を、ルークスは火炎槍の槍で逸らし、一瞬で横に回り込み、右脇の下に横から突きを見舞う。
戦槌が地面を穿った直後、右腕が吹き飛んだ。
バランスを崩して左に倒れたグリフォンの、半分空になった鎧に火炎槍を突き込む。
再度の破裂でゴーレムは崩れた。
ルークスは状況を確認する。
岸壁にグリフォンが二、都市の向こう、城壁の門に二基いる。
一基ずつばらけている岸壁のグリフォンにイノリは走った。
ゴーレムが戦槌を振り上げるより早く駆け込み、上げられた右脇の下を横から突く。
一瞬後、グリフォンの両腕と頭が吹き飛んだ。
「雨で含水率が上がっているな」
ボアヘッドより派手に破裂するのは、蒸気圧が高いからだろう。
もう一基はイノリが近づくと早めに攻撃してきた。
振られた戦槌を火炎槍の柄で逸らし、同時に横に回りこみ、撃破。
防具なしなので防御力皆無だが、身軽なためイノリはルークスの思い通り動く。
残る二基を狙い、ルークスはイノリを城壁へと走らせた。
リマーニ軍港の司令であるアンコンペトン陸尉は悪夢を見ていた。
女性の巨人がゴーレムを全て破壊してしまったのだ。
さらに天から女の声が降伏を命じてくる。
旗艦のタラップを転げ落ちた憲兵に、蛮族たちが殺到する。
その後からリスティア軍旗を掲げた一団が降りてきた。
何者かがアンコンペトンを突き飛ばし、縛り上げるのをぼんやりと感じる。
「夢だ……これは悪夢なんだ」
若い帝国軍陸尉は譫言のように繰り返す。
世界を革新する市民が、蛮族に捕まるなど夢以外にあり得ぬではないか。




