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事故

 デルディ・コリドンはパトリア王国北部の農村で生まれた。

 一家の長女で、二才下に弟と、さらに一年下に妹がいる。

 五歳のとき戦争が起こり、国が変ったり領主が変ったりしたが、幼児の生活は変らなかった。

 変化したのは七歳、精霊使いと分かって訓練所に入ったときである。

 領内の子供が集められた初等訓練所でデルディは「土精との相性良好」の評価をもらえたのだ。

 近隣領地から土精使いの子供が集められた中等訓練所で、デルディはゴーレムコマンダーになる訓練を受け始めた。

 農閑期に行われるこの訓練で、デルディは頭角を現わした。


 順調に思えたデルディの人生は、十歳で一変する。

 夏の一ヶ月に及ぶ訓練を終えた長女を、打ちひしがれた両親が迎えた。

 弟も妹もいない。

 領主のゴーレム車に引かれて死んだ、と聞かされた。

 乗っていたのは領主の息子で、乗り回しているときの事故だったらしい。

「どうして教えてくれなかったの!? せめてお葬式に出たかったのに!!」

 泣き叫ぶデルディは、さらに追い打ちを受けた。

 領主の命令で葬式をさせてもらえなかったのだ。

 司祭がこっそりと送ってくれなかったら、二人は地獄へ落ちるところだった。

「どうして……どうして!?」

 あまりに理不尽である。

 しかも理不尽はそれだけで終わらなかった。

 事故で死んだのは妹だけで、弟は領主の息子に突っかかったせいで殺されたのだ。

 息子が罪に問われることはなかった。

 貴族というだけで人を殺しても罰せられない。

 それ以上に少女には我慢できないことが起きた。

 巡回してきた領主に、両親は抗議するどころか媚びへつらったのだ。

 ゴーレムで仕返しをしようとしたデルディは、逆に父親に殴られた。

 あまりに理不尽で、不条理だった。

 彼女の怒りは領主のみならず、領主に媚びる両親にも向けられた。

 家では口を利かなくなり、手伝いもせずひたすらゴーレム操作の腕を磨く。

 家にいるのが苦痛で、訓練所が開かれるのを心待ちにして日々を過ごした。

 だが貴族にゴーレムを向けたとの情報は、訓練所にも届いていた。

 デルディは他の訓練生と離され、監視を兼ねた教官一人が指導するようになった。

 骸骨のような風貌をした監視の教官は無口で、必要最低限の指示しかしない。

 ゴーレムを操作しているときに彼女の口から漏れる「貴族への憎悪」に、教官は「言動が改まるまで他の訓練生とは一緒にできない」と繰り返した。

 貴族とそれに媚びる平民と仲良くする気もないデルディは、言動を改めるなど考えもしない。

 次の期もデルディは一人、骸骨のような教官から訓練を受けた。

 少女の中の憎悪は増しこそすれ、僅かでも薄れることはなかった。

 そんなある日、監視の教官がささやいた。

「お前の貴族への憎しみは本物のようだな」

 何を言い出すかと思えば「自分もそうだ」と打ち明けてきたのだ。

 監視という嫌な仕事を割り振られた彼もまた平民だった。

 教官は貴族階級がいかに世界を歪めたかを教えてくれた。

 そんな貴族階級と戦う平民たちがいることも。

 正しい教えに導かれ、革新した平民たちが。

 それを聞いたデルディは「自分も貴族と戦う」と誓った。

 

 正しい教えを受けたデルディも革新したのだった。


「我々の正体は、決して明かしてはならない」

 と教官は繰り返した。

「世界は決して我々を許さない。世界を革新する我々は、世界を歪ませる者にとり脅威なのだから」

 その言いつけをデルディは守り、余計なことは一切言わずに腕を磨き続けた。


 四年後――突然世界が変った。

 リスティア大王国が敗れ、デルディが住む地域がパトリア王国に戻ったのだ。

 元の領主が戻ってきて、訓練所は閉鎖された。

 教官は祖国へ帰ったが、デルディの胸に革新の教えは残された。

 貴族と戦う、との誓いとともに。


 デルディは王立精霊士学園に拘束された。

 パトリア王国では女王が望むままに平民は自由を奪われるのだ。

 そして、そんな監獄に「貴族になった平民」がいた。

 ルークス・レークタである。

 敵である貴族に寝返った裏切り者だ。

 デルディは許せなかった。

 ルークスが女王の為に戦ったこと、彼女の望むまま貴族になったこと。

 それ以上に平民が彼を(うらや)み、酷いと「自分も騎士になりたい」と憧れることが。

 ルークスは、平民の精神を汚染する毒素であった。

 彼の父親は平民として戦い平民として死んだのに、息子が貴族になるなど裏切りである。

 デルディはルークスを「世界から排除する」と決めた。

 その為に機会あるごとに挑んだ。

 そして得意とする七倍級で、彼の新型ゴーレムと戦う機会を得た。

 ランコー教頭から新型の弱点は聞いている。

 機敏な動きで攻撃を避ける新型ゴーレムは、水で出来た本体の中は空っぽなのだ。

 だから壊すのは簡単である。

 問題は「動きが速くて、普通のゴーレムでは攻撃を当てられない」ことだ。

 それをどう克服するか、がデルディの腕の見せ所である。


                  א


 レズールゲンスを軍の宿舎で休ませ、マルティアルは会場に戻ってきた。

 予定にない第二戦に顔をしかめながら。

「なんでお()わりなんて始めたんだ?」

 大隊本部に行き、指揮官に苦情を申し立てる。

「これは、先任曹長どの!」

 と大隊長のコルーマ卿が直立敬礼して部下を笑わせた。

 マルティアルはゴーレム部隊創設時メンバーで、学園を卒業したコルーマらを指導したのだ。

 大隊長だったドゥークス・レークタは教えるのが不得手なため、面倒見が良いマルティアルに新兵教育を任せていた。

 マルティアルの指導で新兵たちは実力をつけ、世代交代を果たし今に至る。

 教えるのは下手なドゥークスだったが、部下の適性を見抜く才能があった。

 コルーマ卿は渋い顔をして言う。

「予定外は嫌でしたが、前学園長どのにねじ込まれましてね」

 嫌な予感がしてマルティアルはランコーを探した。

 生徒たちの前で試合を見つめている。

 顔に笑みを浮かべて。

 そしてゴーレムマスターは――あの(・・)デルディだ。

 常に怒っていた彼女が、何と笑顔になっているではないか。

 嫌な予感にマルティアルは怒鳴った。

「試合は中止だ!」

 それは立場を超えた命令だったが、コルーマ大隊長は即座に応じた。

「試合中止!」

 まだマルティアルの頭には具体的な危険は浮かんでいない。

 だが勘が警告していた。

 奴らは何か企んでいる、と。

 そんなマルティアルをコルーマ卿は信頼していた。

 九年前の実戦を経て、生徒らを直接指導している彼が危険を察した。

 それだけで中止するに十分だ。

 何しろ自分の才能を引き出してくれたのだから。

『試合中止』

 そう黒板に書かれたときは既に、ゴーレムが戦槌を投げつけていた。


 ゴーレムの手から放れた戦槌がイノリ目がけて飛ぶ。

 ルークスは反射的に両足を前に投げ出した。

 イノリはその動きを実行、両足で前に蹴りだし、後ろに倒れ込む。

 その鼻先を掠めるように戦槌が通過する。

 飛んで行く先には――生徒たちが!

 ルークスは左手を挙げる。

 イノリの腕が動いたときにはもう戦槌本体は頭を過ぎ、かろうじて柄の端に当たった。

 直後にイノリは背中を地面に打ち付ける。

 腕が当たった戦槌の柄が跳ね上がり、飛び続ける本体を中心に回転、地面に接触した。

 一瞬、斜めに柄がめり込み、戦槌に制動と同時に上向きの力がかかった。

 弾かれたように戦槌は斜め上に軌道を変え、回転しながら地面に落下、大地を抉って土を跳ね上げ、さらに一回転、尖った先を地面に食い込ませて停止した。

 生徒たちのすぐ前だった。


 自分に向かって飛んで来る戦槌に、デルディは思考が停止してしまった。

 頭の中がまっ白になったまま、地面に突き刺さった戦槌に視線を固定し続ける。

 何が起きたのか理解できず、何も考えられなかった。

 大量の土くれを浴びた生徒たちは悲鳴をあげている。

 教師たちも突然の事に反応できない。

 駐屯地の将兵はすぐさま行動、動かないデルディを揺さぶる。

 それを見たゴーレムは「契約者が襲われている」と誤解し、救出に向かう。

 契約者が常日頃「この国は敵ばかりだ」と言っていたことが決定的だった。

 デルディに向かうゴーレムが生徒たちには「戦槌を投げつけ、次に踏み潰しに来た」と見えた。

 何しろマスターは革新主義者、世界の敵、すなわち自分たちの敵である。

「ゴーレムが暴走したぞ!!」

 生徒たちはパニックになり逃げ惑う。

「落ち着け! 戦槌を回収しに来るだけだ!」

 フォルティスの注意は悲鳴にかき消された。

「逃げるぞ、みんな!」

 周囲が暴走しているので、カルミナの叫びも多数派意見だった。

「そうしたいのですが、アルティが動きませんの」

 長身のクラーエが全力で引っ張るも、アルティはイノリに向かって叫び続ける。

「ルークス! ルークス!?」

 背中から倒れたイノリが動かないのだ。

 ルークスに何かあったに違いない。

 その事で頭が一杯で、接近してくるゴーレムは目に入らなかった。


「ルークスちゃん、ルークスちゃん!?」

 イノリの水繭の中にウンディーネの声が反響する。

 ルークスを収めた水繭はイノリの背中に設置してある。上下の衝撃は水繭の上下動で大半が吸収できるが、背中から倒れたので動く余地がなく、衝撃がまともにルークスを襲った。

 失神したのか、いくらリートレが呼びかけてもルークスは反応しない。

「リートレちゃん、来たです!」

 ノンノンが叫ぶ。

 武器を手放したゴーレムが近づいてくる。

 その前に与えられていた指示に従い、攻撃を続行するためと思われた。

 リートレは一刻も早くルークスの治療を行いたかった。

 しかしイノリを動かしている間はそれができない。

 イノリは立ち上がり、ゴーレムから距離を取る。

「試合中止の指示は出ている! ゴーレムを止めろ、デルディ・コリドン!」

 インスピラティオーネがイノリの口内にある水膜を震わせて声を響かせた。

 それでもゴーレムは止まらない。

 グラン・シルフは周囲にいたシルフを片端からデルディに送りつけた。

 既に兵士が少女の身柄を抑えているが、茫然自失で反応しない。

 イノリは距離を保ち右に回る。

 だのにゴーレムは進路を変えず直進した。

「あれ? どうしたですか?」

 イノリを無視するのでノンノンが不思議がる。

「武器を回収するのだろう。今のうちに主様を起こせ」

「了解です。ルールー、ルールー!!」

 ノンノンは水繭内面から伸びる操作腕を動かし、ルークスの顔をなでる。

「あ……」

 やっとルークスが目を開く。

 ぼやけた視界にクレイゴーレムの姿が映った。

 等身大でやたら太い。

「ルークスちゃん、気付いた?」

「あれ? 僕は……」

「ルールー、気絶してたです」

 頭を振ろうとするや、ルークスの首に鋭い痛みが走った。両手で押えてうめく。

「多分脳震盪も起こしているわ。まだ静かにしていて」

 リートレの声は聞こえるが姿が見えない。左肩にノンノンがいないので、やっと自分がイノリに乗っていることを思いだした。

「インスピラティオーネ、状況は?」

「試合中止の指示が出ました。ですがあの小娘、魂が抜けたようです。ゴーレムに指示ができません」

「? ゴーレムはどこへ向かっている?」

「武器を回収するのでしょう」

 歩み去るゴーレムの向こうでは、生徒も教師もパニックになったか逃げている。

「どうして逃げているの?」

「ゴーレムが向かってきたので、誤解したのでは?」

「誤解――そうか。デルディが指示しない限り――そのデルディは?」

「今、兵士が取り押さえています」

 デルディがいた場所には群がる兵士しか見えない。

「あれじゃあノームが誤解するんじゃ……?」

「誤解ですか?」

「契約者が兵士に捕まっているように見えるよ。一瞬僕がそう思ったくらいだ」

「主様、軍がゴーレムを出しました」

 完全装備の戦闘ゴーレム三基が会場に乗り込んできた。パトリア軍のウルフファング一個小隊である。

「マズい! 学園内で収めないと」

「どうされます?」

 どうするかは、一つしかない。

「インスピラティオーネ、火の気はどこかにある?」

「お待ちを。手近にはありません。建物の中なら――」

「そんな時間はない」

 イノリは向かって来るゴーレムの小隊に向かって駆けだした。水繭が衝撃を吸収しても、上下動で首から後頭部が痛む。

「インスピラティオーネ、僕の声を外に出して」

「承知」

 イノリは火炎槍で軍のゴーレムが持つ盾を突いた。盾の曲面を穂先が滑って火花が散る。

 その刹那に合わせてルークスは叫んだ。

「カリディータ!」

 それは賭けだった。

 火花という僅かな火だったが、精霊界からサラマンダーの娘が飛びだした。

「っしゃあ! あたしの出番だな!?」

 出番を待ち望んで、声が掛かるのをずっと待っていたのだ。一瞬の火花だろうと出るに十分だった。

 カリディータは火炎槍の穂先で火の粉を散らす。

「来てくれると思ったよ。急いで穂先を熱してくれ」

「任せろ! 全力で炙ってやる!!」

 ルークスは槍を高々と掲げた。穂先に黄色い炎を燃えさからせて。

 それを確認したコルーマ大隊長はゴーレムの停止を命じた。

「あとはルークス卿に任せる」

 そして部下に指示をする。

 黒板に大きく文字が書かれ、それを兵士が大声で読んだ。

『これより、新兵器火炎槍の威力をお見せします』

 騒ぎから隔絶された、駐屯地外の住民たちが喜びに沸く。

 事故を演出と思わせたのだ。


 ルークスはぐらつく頭を押え、ゴーレムを追った。

「よし、いいぜ!」

 火炎槍の穂先が高熱で赤くなったのでカリディータが火を弱める。

「突進!」

 イノリは駆けた。

(核を破壊しないよう、胴体中央は避けなきゃ)

 ゴーレムで最も重要な要素は体内に収められた核である。

 製作するに膨大な圧力と熱とが必要だし、原料の産地も限られている。

 パトリア王国では生産できないので全て輸入品だ――先日の戦いで回収した物もあるが。

 イノリはゴーレムに追いつき、その腰に火炎槍を突き込んだ。

 赤く熱せられた穂先が土中の水分を瞬時に蒸発させ、莫大な圧力を生んだ。

 高圧蒸気は土を押しのけ外に噴きだす。

 空気が弾ける音が木霊し、腰の土が吹き飛んだ。

 鎧で閉じ込められていないのに加え、表面が穴だらけなので早く圧が抜け、威力が減じている。

 それでも腰の後ろ半分の土を奪っていた。

 残る土では自重を支えきれず、ゴーレムの上体が仰け反る。

 腹部が横に割け、腰から真っ二つに折れた。

 後ろにゴーレムの上半身が落ち、折り重なるように下半身が倒れる。

 イノリは槍を持ち直し、もがくゴーレムの右肩に突き刺した。

 再度破裂、右肩が吹き飛び腕がもげる。

「あれ?」

 ゴーレムが急に止まったので戸惑った。

「まだ核は露出していないのに、どうしたんだ?」

 ゴーレムの盾を持つ左腕が折れた。土の結合が失われている。

「主様、ノームが抜けたようです」

「ああ、ゴーレムを捨てたのか。へえ、そういう行動に出るんだ」

「契約者の救出が目的なら、ゴーレムを捨ててでも向かうでしょう。あとは軍のノームが対処するはずです」

「だね。彼女は精霊には好かれていたんだ」

 ルークスは火炎槍を掲げて軍に知らせた。

『ゴーレムは撃破されました』

 逃げていた生徒たちから歓声が上がった。

 事情を知らぬ駐屯地の外では拍手喝采である。

 ゴーレムが一撃で大破、しかも胴体真っ二つという派手な結果に大喜びだ。

 ルークスはやっと息をつけた。

「すぐ戻りましょう、ルークスちゃん」

 リートレの助言にルークスは頷く。

 胸がむかついている。

 緊張で感じていなかったが、体のダメージはかなりのようだ。

「生徒たちが……アルティやおじさんたちは?」

「フェクス家全員の無事は確認済みです。生徒に負傷者は出ていますが、重傷はない模様です。主様は十分役割を果たしました。あとは大人たちに任せましょう」

「ルークスちゃんの怪我が知られたら、パトリア王国最大の秘密がバレちゃうわよ」

「ルールー、首痛いですか?」

「そうだね。戻ろう」

 イノリは戦場を後に走り去った。

 駐屯地の外からの拍手と歓声に見送られて。

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