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集団戦・決着

 編入生軍はゴーレムを一基作らずにおき、呪符を練り込んだ泥玉を投げることで「任意の場所で新たにゴーレムを作る」という秘策を決行した。

 敵味方が争う戦線の後方、リートレとノンノンの水ゴーレムの近くで編入生軍のゴーレムが人間の大きさと形を取る。

 ラウスは命じた。

「あの水ゴーレムを叩き潰せ!」

 どうせ勝てないなら、せめて敵の指揮官基を潰してしまおうとの腹だ。

 邪魔者がいない泥沼をゴーレムが前進した。

 この反則に非難の声が、在校生はおろか編入生からも飛んでくる。

 在校生軍の怒りは当然大きく、全員がルークスに視線を向け、判断を待った。

 ルークスは大きく、ため息をついた。

「やれやれ、呆れたもんだ」

 傍目にはそれが諦めに見え、シータスが「なんとかなさい!」といきり立った。

「あっちが反則するなら、こっちは正攻法をやめるまでだ。リートレ、やってしまってくれ」

 ルークスは水ゴーレムに指示を送った。

 リートレは足の裏には土を押しつけていない。泥沼の水を操作できるよう、水を露出させていた。

 ウンディーネは足の裏から水を吸い上げる一方で、右手の平から泥を排す。

 前に差し伸べた右の上腕が、吸い上げた水でメロンのように膨らむ。

 そして水圧を高め、右手の先へと水を押し出した。

 水は太い部分から細い部分へ流れ速度を速め、手の平から放たれた。

 高圧で射出された水は、狙いがやや逸れゴーレムの左腕に当たる。その勢いを失うことなく腕を貫通、半ばから千切り取った。

 片腕が落ちるのを見た編入生はもちろん、在校生も教職員までもが声を失った。

「――なんだ、と?」

 ラウスは声を震わせた。

 自分の目が信じられない。

 今、ウンディーネが水を放った、までは理解できた。

 だがなぜ水が当たっただけで、腕が分断されるのだ?

 再び二の腕を膨らませた水ゴーレムは、第二射を放った。

 今度は胴体中央に命中、あっさり貫通、大穴を空ける。

「ばかな……」

 ラウスは我知らず首を振っていた。

「あり得ない。ウンディーネの放水程度で、なぜゴーレムが貫通されるのだ!?」

「僕らは今夢を見ているのか?」とソドミチも譫言(うわごと)のように言う。「それともルークス卿は、水の大精霊とも契約しているのか?」

「二属性の大精霊と契約などあり得ない!」

「でも僕らは今、あり得ない光景を目にしているんだよ」


 驚愕に見舞われたのは編入生だけではない。

 在校生軍も絶句していた。

 アルティは、あの悪夢の夜をそこに見た。

「あのウンディーネ、三倍級ゴーレムじゃないと開けられない工房の正面ゲートを、放水圧でひしゃげさせて開けちゃったのよね」

 話に聞いていたクラーエも、目を疑うほどの威力である。

「考えてみれば、ウンディーネが七倍級の大きさを動かせるってことが、そもそも不可能事じゃないかしら?」

 シータスの取り巻き少女で、ウンディーネと契約しているデクストラが悲鳴に近い声をあげる。

「ありえませんわ。あれは……ウンディーネの限界を超えています」

「すげえな、魂持ちは」

 とカルミナがつぶやいた。


 水精科の教師たちも度肝を抜かれていた。

 自分たちはウンディーネの全てを知っているのではない、と思い知らされたのだ。


 大穴を空けられ、倒れないようバランスを取るのがやっとのゴーレムに、リートレは止めの一射を放った。

 水撃は頭部に命中、呪符ごと粉砕してしまう。

 ゴーレムは崩れて泥に戻った。


 秘策があっさり潰され、意気消沈する編入生軍のゴーレムを、在校生軍は容赦なく攻めたてた。

 予備のゴーレムが粉砕され、残るは足が填まった四基と倒れた一基だ。

 動けないゴーレムを後ろから破壊するのは作業でしかない。

 次々と撃破されてゆく。

 最後に、味方に倒されたままのゴーレムが残された。

 ラウスは自分のゴーレムを立たせぬまま、審判に詰めより抗議していた。

「あんな攻撃は反則だ!」

「ルールには反していない。それ以前に、試合開始後の追加こそ反則だ」

 マルティアルはきっぱり言う。

「実戦であんな水は役に立たない!」

「同じく実戦では、急ごしらえのゴーレムは役に立たないな」

「う……」

「奇策に走った時点で、君たち編入生は『普通に戦っては在校生に勝てない』と認めたことになる」

「だ、だが――罠を張るなんて卑怯だ!」

 食い下がるラウスに横合いから声がした。

「地形の利用は戦術の基本だけど?」

 ルークスである。

「ゴーレム戦が一対一の潰し合いである以上、勝敗を決めるのは数か、ゴーレム以外の要素の利用だ。地形の利用は、巨大ゴーレムが戦場に現れた当時から使われてきた戦術じゃないか。ゴーレムの最大の強みである巨体は、大質量という欠点を持つ。その欠点をどうするか、指揮官なら当然頭に入れておくべきことだよ」

「貴様、あれをどうやって? そうか、ウンディーネだな!」

「違うよ。後列のゴーレムに足踏みさせたんだ」

「え? なんだと?」

「足踏みで振動を与えて、土中の水分を表面に押し上げたんだ。うちのゴーレムは小股での移動に徹しさせたから、足がめり込むことはない。でも突撃で全重量が片足にかかれば、深くめり込む」

「――卑怯な」

「泥沼にゴーレムを填めるのは、落とし穴と並んで実戦で最も使われる戦術じゃないか。僕も仕掛けられたし、パトリア軍もリスティア軍に使ったよ。実戦で使われる戦術を『卑怯だ』なんて言う指揮官がどこにいる?」

「く……」

「ところで、なぜノームに『前後逆になれ』って指示しなかったの?」

「なん――だと?」

「泥人形に前も後ろもないでしょ。足が填まっても、敵を正面で受ければまだ持ちこたえられたのに」

「そんなことが……可能、なのか?」

「疑うなら精霊に聞きなよ。それに、せっかく倒れたゴーレムがあったんだ。それを踏み越えれば他のゴーレムは罠から脱出できたんじゃないの?」

「私のゴーレムを踏みつけにしろと言うのか!?」

「メンツで勝利を逃すなんて」

 ため息交じりにルークスは首を振った。

「リスティア軍はそうやって泥沼から脱出したのに。ついこの前の戦争で実際に使われた戦法も知らないなんて、ゴーレムへの愛が足りないね」

 その台詞はラウスの理解を超越していた。

(愛? ゴーレムに愛だと? こいつは正気じゃないのか?)

 物体に愛を向けるなど、彼の知る世界にはない。

 蒼白になるラウスを見かねて、マルティアルが止めた。

「その辺にしておけ」

 ルークスを離してラウスに言う。

「聞いてのとおり、ルークスは古今のゴーレム戦についてほぼ全て頭に入れ込んでいる。いつ、どこで、どことどことが、どれだけの数を投入したか、勝敗、戦術などなどな」

「とても信じられない」

「確認するなら休み時間にしてくれ。昨日の朝礼で見たとおり、ゴーレムについて話し出すと止まらないからな、こいつは」

 ラウスはようやく、ルークスがただ者ではないことを理解した。

「では、勝負の決着を認めるな?」

 ラウスは泥溜まりに残る在校生軍のゴーレムを見た。

 損傷したフォルティスのゴーレムも立ち上がっており、デルディを仕留めた最初の一基以外の十基も残っていた。

 編入生軍は当然残基ゼロである。

 歯を食いしばってラウスは頷いた。

「敗北を、認めよう」

「よし、在校生軍の勝利だ!」

 マルティアルは高々と宣言した。

 在校生たちは飛び上がって喜び、編入生たちは肩を落とす。

 在校生軍はルークスを取り囲み、勝鬨(かちどき)をあげる。

 もみくちゃにされたルークスは、初めて自分がクラスに受け入れられたように思えた。

 それを見やるラウスの肩が叩かれた。

 共に戦い、負けたソドミチである。

「今回は僕らの負けだね」

「だが!」

「悔しい気持ちは分かるけど、感情的になるのは禁物だよ。でないと、彼女と同列に見られてしまう」

 ソドミチが顎で示した先では、痩せた平民少女が地面を蹴りつけ口汚くののしっている。

「見苦しい」

 並べられるのは我慢ならず、ラウスは自己制御に努めた。

「忠告を感謝しよう」

 ソドミチを伴い自軍生徒の元へと歩むラウスは、敗因を「デルディの独断専行」だと思い始めた。

 そして解散を告げたときには、彼の中で確定事項となっていた。


 ルークスは、クラスメイトのみならず在校生に取り囲まれていた。

 それを一歩離れて見守るアルティの肩が叩かれた。

「いやあ、さすがはルークスっすね。終わってみれば圧勝っすよ」

 眼鏡少女のヒーラリである。彼女は風精科なので模擬戦には参加していない。

「その割に、アルティの喜びが薄いっすけど」

「ああ、うん。ちょっと気になってね」

「ルークスっすよね?」

 アルティの視線を読んでヒーラリは察した。

「せっかく皆が喜んでいるのに、あまり嬉しそうじゃないから」

「そうすか。ときにルークスが嬉しがるって、どんな時っすか?」

「そりゃあゴーレムに関することよ。新しい何かを知ったときとか……」

 図書室から満面の笑みで戻ってきたとき、講義が終わってもにやつきが止まらないとき、など次々と脳裏に浮かんでくる。

「あれ?」

 アルティは気付いた。

 図書室なんてカビ臭い場所へアルティは行かないし、講義中に脇見はできない。

「私、ルークスが喜んだ瞬間、あまり見ていない……」

 否、あるではないか。

 アルティの顔が熱くなった。

 アルティが火炎槍を作ったとき、アルティに「家族だ」と言われたとき、アルティが自ら飛ぶ矢の概要を言ったときだ。

 自分は、ゴーレムよりルークスを喜ばせているのではないか?

 そう思うとアルティの心臓が強く早く鼓動する。

「でも、やっぱり顔は見ていない」

 直後に抱きつかれて、顔を見るどころではなくなってばかりだ。

「あれあれ、やたら顔が赤いっすね。何を思い出したんすか?」

 にやけるヒーラリから逃げ、アルティは考えを巡らそうとした。

 勝利したのに嬉しくない理由。

 どうにも思いつかず、誰かに聞こうと教師たちを見回した。

 一番適任そうな教師にアルティは歩み寄った。

「ちょっとお時間よろしいですか?」

 話しかけたのはゴーレム構造学担当の女性教師コンパージである。王宮工房ではかなり話せたルークスの理解者だ。

 コンパージは快く頷く。愛弟子の圧勝に本人以上に喜んでいるようだ。

「ルークス、あんまり嬉しそうじゃないんですが、気になりませんか?」

「ああ、君の目からもそう見えるか。ならばあれこそ彼の言う『ゴーレム愛』のなせる業だろう。彼はゴーレムが壊れるのを見て、心を痛めたのだね」

「自分で壊しておいて?」

「そう、自分で壊しておいて。覚えているかな? 彼が決闘をしたときのことを。初めてゴーレムを壊したとき、とても辛そうだったよ」

「――後ろ姿しか見ていません」

「そうか。ところで彼は駐屯地に出入りして、ゴーレムコマンダーと戦術論を交しているそうだね」

「ああ、はい。安息日にちょくちょく行っています」

「ゴーレムの改良案を何度も提案して、この春に報告書でまとめさせたが、大作を持ってきたよ」

「春休みに夢中になっていた奴ですね」

「ゴーレムの構造や運用を、本職に負けない熱意で改良しようとする彼だが、武器についての提案は一度もない。君の父親にはそれをやっているのかな?」

「ええと――」

 アルティは記憶を探る。

「もしあったら、ルークスがそのことをしゃべるでしょう。でも、鎧については覚えていますが、武器は……」

「やはりそうか」

 とコンパージは何度もうなずく。

「恐らくゴーレムを破壊する事を、考えないようにしているのだろうね。無意識のうちに」

「でも、王宮工房ではゴーレム班長と激論していましたよね? 私が思いついた新兵器について」

「彼は基本的にデリカータ女伯爵の着想にダメ出しをしていたね。提案の方は、推進力と命中精度の向上という『破壊以外の要素』だったよ」

「そう――でしたっけ?」

 正直、内容に付いていけなかったのであまり覚えていない。

「あれだけ熱を込めた議論の中で、武器の命である破壊力に触れないなんて、よほどの事だと思う。意識しているならまだしも、無意識とあってはね」

 アルティは不安になった。

「それって、ゴーレム愛だからですか?」

「そうなんだろうけど」

 コンパージは考え込む。

「ところで君は、ルークスの父親を覚えているか?」

 急な話題転換にアルティは戸惑った。

「ええ、五才まで家族ぐるみの付き合いでしたから」

「彼はルークスのように小柄だった?」

「いいえ。父より背は高かったですね。お母さんも小柄じゃなかったはずです」

「なるほど、やはりこの推測は正しいようだ」

「何ですか?」

「男の子にとって大きすぎる父親は、とんでもない壁になるのだよ」

 唐突に言われてアルティは面食らった。

「ああ、はい。英雄でしたから。でもルークスは、それ以上の事をやりましたよね?」

「客観的な評価は意味をなさない。本人が『どう受け取っているか』なのだから」

 コンパージの物言いがアルティの不安をかき立てる。

「ルークスは事あるごとに『僕は何もやっていません。やったのは友達です』と言っているな? だが父親と違い、彼は自ら戦っているではないか」

「ええ、まあ。でもあいつの言う事が変なのは昔からですし」

「これは私の推測なのだが、ルークスはゴーレムに父親の背中を重ねているのではなかろうか?」

 それはあまりに突飛すぎて、アルティには理解できなかった。

「ゴーレムこそ偉大な父の力なのだよ。それに父親を重ねるから、本体や防具の改良、運用改善など『父親を守る』方向には色々考える。反対に父親を『破壊する』ことは無意識に避ける。そう考えると、ルークスの偏りに説明がつく、と私は思うのだよ」

「だとして、何が問題なのですか?」

「男の子は父親の背中を見て育つものだ。そして一人前になるには、その背中を越さないとならないのだよ。越せないままだと(くすぶ)ってしまうこともある」

「そうなんですか?」

「子育ての経験はないが、兄弟がいてな。兄は父を越せずに腐り、上の弟は別の道を進み、下の弟は家業を継いだ。子供の頃は兄が一番しっかりしていたが、今では唯一父親を越せた下の弟が一番のしっかり者だ」

「でもルークスの場合、お父さんはとうに死んでいますよ?」

「そこなのだよ。死者は美化され、伝説になっている。それにルークスは理解しているだろうが、父親の功績は戦場での手柄より、ゴーレム部隊を育てた方が大だ。パトリア軍のゴーレム部隊はドゥークス・レークタが作ったと言っても過言ではないほどだ。

 いくらルークスが戦場で手柄を立てても、それでは父親の背中を越すことにはならないだろう。君の言うとおり、単純な戦果なら既にルークスの方が上はなず。だのにまだ届いていないのだ。

 ではどうしたら彼は父親の背中を越せるか――正直どうすれば良いか私には分からない。私はゴーレム本体についてはある程度の知識があるが、運用に関しては素人だからね」

 アルティの頭の中でコンパージの言葉が繰り返される。

――男の子にとって大きすぎる父親は、とんでもない壁になる――

 ルークスが父という壁を越すために、自分は何ができるだろう?

 もしできるとしたら、それは彼が考えたがらない武器を考え、イノリの戦果を高めることではないか?

 強力な武器はルークスを守る力にもなる。

 戦場での功績を積み上げたところで父親を越えられないにせよ、今のアルティには他にできることが見つからなかった。

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