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天の大神様の非日常

作者: 東雲しの

神様のおでましの〝天の大神様〟の、あり得ないお話しでございます。

ただただ〝あの天の大神様〟に、赤ちゃんを抱っこ紐で抱っこして頂きたいだけに、書いた作品です。

お読み頂けたら倖せでございます。

天の大神様は、それは尊いお方だ。

八百万の神々様方が平伏す程に尊く、そして神々しく美しくとても気難しいお方だ。

天にあっては、最高神で太陽神の天照様よりもお力をお持ちになられ、中にあっては、大地の大神様を何時も言い包められ、下にあっては、黄泉の国の伊邪那美様をも恐れさせる、傲慢さをお持ちになられる、天上天下明けて通すものはおれど、恐るるものなど何人たりと、おいでになられない程のお方だ。


そのように偉大で傲慢で高慢ちきな大神様が、珍しく()()()お困りでおいでだ。


「鷺翁よ……鷺翁よ……」


大神様は地上にある神様が所有の森林の為に、人間共の手に付く事なく神気を漂わす森林に在わして、ご誕生より初めて()()()、天を仰いで仰せになられた。

その叫びの様な雄叫びの様なお召しに、天は一瞬色を変えたかと思うと、それは物凄い彗星を放って落下させた。


「お呼びでございますか?大神様」


いやいや、彗星ではなく鷺翁……。大神様のお側役の遣わしめの鷺翁が、飛び降りて来たのだった。

鷺翁は大神様にご拝謁するのと同時に、余りにもの賑やかさに耳を覆った。


「この賑わしさは、何事にございます?」


「これが……これが鳴いておるのだ」


「大神様、これは如何なされたのでございます?」


「朝方早うから、ここで鳴いておるのだ。煩うて煩うて寝不足である」


「それはお労しい……」


鷺翁は大神様が、抱えておられる物を覗いて注視した。


「大神様、これは人間の赤子にございます」


「人間の赤子?……」


大神様は暫し天を仰いで、お考えになられた。


「……俗に言う〝捨て子〟とやらであるか?」


大神様は、非常に人間界の情報網云々がお気に召され、特にスマホなる物がお気に入りの為、人間界の事をこの森林の中に在る、それは尊い祠にお座されておいででも、とても熟知されておいでだ。

因みにスマホは、大地の大神様が現生()に、お役目を与えて放たれておられる、神使から捧げられた物である。

決して大神様からねだったり、ごねたり脅して取り上げた物ではない。


「さようか?こやつが赤子か?俗に言う〝赤ちゃん〟というヤツであるな……そう申せばここの中でもよう鳴いておる……」


大神様はシミジミと赤子をご覧になられると、スマホを出してご覧になられた。


「鷺翁よ。こやつはオムツとやらを、替えてやらねばならぬらしい。それと先程から〝腹が減った〟と申しておるゆえ、ミルクとやらを買うてまいれ」


「おむつにミルクにございますか?」


「うーん?とにかくその二種をどうにか致せ」


「はっ……」


大神様に〝どうにか致せ〟と言われれば、どうにか致すのが遣わしめである、特に鷺翁はその大神様のお側役であり、お目付役だからそれはそれは神使の中でも〝力〟はある。

第一眷属神という曲がりなりにも〝神〟と言う、お名を頂いている〝神〟なのだ。

10分としない内に、鷺翁はおむつとミルクを手にして、大神様の御前に差し出した。

何せセッカチなご性分なので、ちゃっちゃとやらねばお怒りが激しい。

大地の大神様は火山を噴火されるが、天の大神様ともなれば大雨や雷など容易いこと。

なれど雷神様や龍神様から小言を頂くから、最近はもっぱら天に浮遊する塵を固めて落とされたり、酷い時には彗星を落とされたりなされるから、極力お怒りは避けねばならない。

……と言うわけで、(ことごと)く大神様を知り尽くしている鷺翁は、ご命令を受ければ即座に事を済ますのだ。

すると大神様は御自ら、赤子のオムツを取り替えに掛かられた。


「ややや!大神様ともあられる尊きお方が、なされる事ではございませぬ……」


鷺翁は大慌てで申し上げた。


「……とて、其方ができる物ではなかろう?ほれ?この様に致すのだ」


大神様は不器用ながら、スマホとやらを覗かれながら替えられる。


「多少格好が違うがどうにかなろう……」


そう言われるとミルクとやらを、鷺翁が気を利かせて持ち帰った、哺乳瓶とやらに入れて念を送られると、なんと!神水を湧かせられて、それを適温に温めてられミルクとやらをこさえられた。


「さすが大神様にございます……」


「ふむ、これを適温に冷まして飲ませたら、神山にまいるぞ」


「神山にございますか?」


「おうよ。彼処には大地の大神が所帯とやらを持っておる。〝あれ〟の連れ合いは人間ゆえ、いろいろと聞きに行く」


「ええ!大神様がでございますか?」


「当然である。其方には〝いろいろ〟が解るまい?」


「さ、さようにございますが……」


「実に厄介な物を手にしてしもうた……」


大神様はそう仰りながらも、それは慈愛に満ちた表情で赤子をご覧になられている。




天天天…………




「大神様如何なされた?」


大地の大神様が所帯をお持ちの、奥方様がお堀りになられた神山に在る洞窟屋敷の一室で、天の大神様をご覧になられて声を上げられた。


「…………」


天の大神様は抱っこ紐で〝抱っこ〟をされておいでになられる。


「とうとう念願叶うて、お子を成されたか?」


「馬鹿を申せ」


「いやいや、今の時代所帯を持つは後でも叶いませぬ。さすが大神様らしいなされ様……」


「ふん。それよか、みことは如何しておる?」


「今日は眷属神の青孤の嫁が作っております、野菜を収穫にまいっております」


「ほう?未だにその様な事を?大神の妃たる者が、何たる事……」


天の大神様は当てが外れて、それは不機嫌なご様子を放たれた。


「じきに戻ってまいりましょう。新鮮な野菜は実に美味でございますゆえ、大神様にもご賞味頂けます」


天の大神様の不機嫌など、全く意に介されないのが大地の大神様だ。

どちらかといえば当てが外れて、実にざまーみろとお思いでご満悦であられる。

大地の大神様がニコニコされるので、天の大神様がイライラとなされる。

ビューと天から小さな塵玉が落下したので、外で侍っていた鷺翁は慌てて屋敷の中に飛び込んだ。


「大地の大神様、お久しぶりにございます」


平伏す様にご挨拶申し上げる。


「おお鷺翁、久方ぶりであるな?此度は如何な事と相成ったのだ?大神様が赤子を作られたか?」


ご満悦の大地の大神様は、それはご機嫌で仰られる。


「いえ、この者は……」


「捨て子である」


「なんと?」


大地の大神様は、吃驚されて赤子をご覧になられた。


「祠の下で鳴いておった……」


「なんと哀れな……」


大神様おふた方が会話をされていると、大地の大神様のお妃様がお戻りになられた。


「あっ!お姉君様……」


大神妃みこと様は、それは嬉しそうに大神様方の面前に駆け寄られた。


「えっ?お姉君様、永らくお会いしていない内に、赤ちゃんをお産みになられてたんですか?さすがは進歩的な……」


と、ちょっと間抜けた事を仰せになるのが、又可愛らしい。


「わ……私が産む筈はなかろう!私が……」


「そんな事は解りません。なんせお姉君様ですから……」


かつて大地の大神様を怒らせておいでの折に、天の大神様がみこと様を妃に迎えて、天で暮らそうと仰られたので、みこと様は同性同士の云々を寛大にされる、天の大神様のそれは広いお心を、〝その〟様に受け取られ、厳格でお考えの古い神々様において、天の大神様は進歩的なお考えの持ち主とお思いになられている。


「残念な事に捨て子だそうだ……私も実に先を越されたかと残念に思うたが、そうではなかった」


大地の大神様は、とにかく天の大神様のご災難が可笑しくて仕方ないらしく、それは愉快そうに仰られる。


「えー捨て子ちゃんなんですか?可哀想に……でも、人間でも赤ちゃんは大変なのに、未婚のお姉君様では大変でしょう?私は人間ですし、青女さんも鈴音ちゃんも居ますから、私がお預かりします」


「えっ?」


異口同音に大神様おふた方は申された。


「大神様いいでしょう?青女さんに聞き聞き面倒を見ますから……それに私達の赤ちゃんができた時の為の、練習になりますもん」


「おっ!そうであるか?」


大地の大神様は、それは嬉しそうなお顔をされて言われた。


「はい」


「そう言う事であるならば、私に依存はないが……」


大地の大神様は、天の大神様を見つめられた。


「わ、私であるか?……」


「大神様。私にお任せください。その間に神使達にこの子の親を、探させてくださればよろしいでしょう?」


「うーん?確かに道理であるが……」


とか言いながら、天の大神様は赤子を下ろして、みことに渡そうとする。


「ぎゃー」


すると赤子は大声で泣き出してしまった。


みことが抱いて大神様から引き離そうとするが、赤子はその可愛らしい小さな手で、大神様の胸元を掴んで離さない。それはそれは物凄い力で掴んでいるから、ちょっとやそっとじゃ引き離せない。


「物凄い力であるな……」


大地の大神様まで手伝って、引き離そうと試みる。

すると赤子はウォンウォン泣いて、余計にしがみついて行こうと必死になり、顔を真っ赤にして大神様の胸元に、ミルクを吐き出してしまった。


「おお!何たる事」


鷺翁が慌てて、天の大神様のお側に寄った。


「……よい。みことよ、致し方無い。私が如何かするしかなさそうである……」


天の大神様はそう言われると、スッと身形(みなり)を整われ赤子を抱いたまま、赤子と共にお召し物を替えられた。


「お姉君様は何でもおできになられるかもしれませんが、子育ては大変です。そうだ、人間界には託児所とかありますから、少し預けながら親探しをされたらいいかも?そこの人達は、子供を育てるスペシャリストですから……と言っても簡単に預けられるものではありませんけど……お姉君様ならちょちょいでしょ?」


「なる程……いろいろと足りぬと、問題になっておる所であるか?」


「さすがお姉君様。ご存知なのですね?でも一番いいのは、私が預かる事ですけどね……」


みことは、残念で仕方なさそうに言った。

さもあらん。結婚すれば不思議と、子供が欲しくなるのが女だ。

これは本当に不思議だが……。


「はぁ……とにかく、その様にしてみよう……それでもいけぬ様なら、又持ってまいろう……」


天の大神様は胸元で泣き疲れて寝入ってしまった、赤子を見つめて言われた。


「それとお姉君様、その子にお名前をお付けください」


「名か?捨て子であるから捨子では如何か?」


「お姉君様、それはちょっと酷すぎです……女の子ですか?男の子ですか?」


「女子である」


「そうですか?だったら……」


「よい。天姫と致す」


「天姫?」


「天の姫である……」


「えーちょっと……」


「よい。我が姫である、その様に致す」


天の大神様はそう言われると、スッとお姿をお消しになられた。


「みことよ。残念であったな……」


「はい……鈴音ちゃんの所には授かったのに、私にはなかなか授かれません」


「よい。もう暫く新婚さんとやらを、堪能いたす事と致そう……。私の生涯は途轍もなく長いのだ、つまり其方の生涯もそうである、ならば緩りと致そう」


大地の大神様は、とても寂しげにされているお妃様を、そっと抱きしめられて言われた。




天天天…………




大神様のお座す祠の中が騒がし。

以前は永きに渡り大地の大神様がお座した祠で、その後天の大神様がお座す祠だから、それはそれは神気に満ち溢れ、大地からも宇宙からも自然のエネルギーを得ている、それはそれは尊い祠が、ここ数日赤子が泣くか寝るかしかしないので、泣き声が騒がしくて、それは尊く有り難いお方であられる大神様を、憔悴させている始末だ。


「もはや限界である……」


天の大神様はそれはお美しい、ご自慢のお顔をやつれさせて、お側に侍る鷺翁に言われた。


「ならば……大地の大神妃様に、お預けなさいますか?」


「……しかしながら、天姫がずっとみことの元に参ってしまっては、私が淋しい。暫しの間預けられる、スペシャリストとか申す者に預ける事と致そうか?」


なんと大神様は捨て子の天姫に、温情をおかけになられる様にお成りになった。


「さようでございますか?ならば良さげな所を探させましょう。折良く、大地の大神様のお目付役である、青孤が此方に参っておりますゆえ、此方の者達に探させれば事も早く運びます。何せあの者達は、大地の大神様の命により、此処中の原でいろいろな神の物を管理致しておりますれば、此処の事は熟知しておりますゆえ」


「はぁ……その様に致せ。なんと此処〝中〟に在っては、我ら天の者は役立たずよの……」


「それは致し方ございません。此処中の原の大地は、大神様がご支配の物にございます。此処に住まう者達は大地の大神様の恩恵により、生を得ているも同然。ゆえに大神様は従者を数多く送り込み、管理させておいでなのでございます」


「確かに……あやつはよくやっておる」


鷺翁は天の大神様を直視した。

かなりのお疲れと解る。この大神様が素直に大地の大神様を、お誉めになられるとは……。

大神様のお言葉は決して嘘では無い。もはや嘘をお付きになられる気力すら、無いご様子だ。

……という事で、鷺翁は青孤に託児所探しを依頼し、そつの無い青孤はそれは早くに託児所を見つけ、全ての手続きを済ませて、天の大神様が天姫を連れて行かれるだけにしてくれた。


……さすがは、大地の大神様のお目付役の眷属神である……


大神様はお気を良くされて、そのやつれたお顔を微かに崩されて笑われた。


「つかぬ事をお聞きしますが、シングルマザーなんですか?」


「シングルマザー?」


大神様は子育てのスペシャリストに問われて、真剣に考えられた。


「確かに私は独神(シングル)であるが、マザーでは無い」


「えっ?では叔母様ですか?」


「叔母様?……では無い」


「……では、天姫ちゃんとはどんなご関係で?資料には間違って〝父親〟と記入になっていますが?」


「うっ……其方には私は如何様に映るのだ?」


「???お綺麗なママですわ」


育児のスペシャリストは、満面の笑みで答えた。


「……では、資料が誤っておる。マザーである……マザー」


「ママですね?」


「…………」


青孤は本当にそつが無い。全て()()滞りなく手続きをした。話しはとんとんと問題も無く通り

、天姫は翌日から託児所とやらに預ける事ができるようになった。

ただ一つさすがの青孤も、天の大神様の手前大神様を母親とは記せなかった。

しかし天の大神様は、なぜか人間には美しすぎて、女性にしか見えないようだ。

仮令男神様であられ様が、残念な事に人間には女神様の様にしか映らないのだ。

だから大神様は、大神天姫の母親という事になってしまった。

さすがの大神の巨大なる力を持っても、人間の見る目を変える事はおできになられない。それはどうしてなのか解らないが、それだけでは変える事はおできになられないらしい。

大神様は大地の大神妃のみことが、どの様にしても御身を女神にしか見えぬ事を、経験済みなのでそこは大神であるから、心広く大らかに諦めを持って受け入れたが、それが無ければそこら中塵玉で穴ぼこだらけになっているところだ。

さてそう言う事で、天の大神様は翌日から育児のスペシャリストに、可愛い可愛い天姫を預ける事とされ、スマホで育児についていろいろとお調べになられ、尚もスペシャリストにご教授を頂き、何とひと月も経たぬ内に、人間のママさんよりも見事な育児をこなされる様になられた。

さすが天の大神様であらせられる。何事においても全て完璧におできになられるのが、天の大神様だ。


「鷺翁よ……この格好は天姫とお揃いとやらであるが、私が着たら如何なるもの物か?」


それはそれは可愛らしいご洋服を、天姫に着せたいが為に御身も身に付けられたが、美神様さえも恥じ入る程の可憐さをお見せになられ、鷺翁は目が眩む思いでお姿を仰ぎ見た。


……何たる親馬鹿ぶり……


永年お仕えしている鷺翁だが、この様に温情をおかけになられるとは……。

とにかく非常に気分屋のお方ゆえ、気分が良い時には気紛れで温情をおかけになられるのだが、そうでなければ何事にも冷淡なお方でもある。

それが天姫の事となると、お揃いの格好……と言っても、天姫は大神様に抱っこされている……にも関わらず、ペアールックとやらをして歩きたいが為に、俗に言うママの身形を整われておられるのだから、ご誕生の砌より存知上げている鷺翁は言葉も失う程だ。


「天姫よ。今日の格好は実に愛らしい……其方は元が良いからなぁ……」


などと、天姫に声をかけながら歩く始末。地上の男共は天女が舞い降りたか、女神が降臨したか……の様に目を見張り振り返って見るが、大神様の目に映るは天姫ただ一人だ。




天天天………




さてそんなこんなで、天の大神様はそれは楽しげに、天姫との毎日を過ごしていおいでのある日……。

大地の大神様の遣わしめである者が、天姫の母親を見つけたと鷺翁に告げた。

それを聞いて困惑したのが鷺翁だ。

こんなにも楽しげに育児をこなし、天姫をそれはそれは愛おしんでおいでの、天の大神様に告げる事などできようはずもない。

そうは言っても鷺翁の元に留め置く事はできずに、鷺翁は大神様に謹んでご報告申し上げた。


「天姫の母親を見つけたとな?」


大神様はそれは美しいお顔を、ほんの僅か歪められて言われた。


「如何いたしましょう?」


「如何も何も、我が面前に連れまいれ」


「しかしながら、大神様は殊の外、天姫をお愛おしみにございます……」


「おうよ。天姫は殊の外愛らしい。だが鷺翁よ。私が天姫を育てる訳にはまいらぬ。無論みことの元に置いて参ったにしても同様だ……。よいか、私が天姫を育てれば、天姫は人間としてはおけなくなる。神使か従者か……兎にも角にも、神の元に置かれる。だが考えてみよ。何の力の無い者が神に仕えたとて、如何様にもならぬ。だが、我ら大神が見初めた者は、ただ人間としては生きて行かせられぬ……子ならば尚更である。では、天姫は女子ゆえ神に捧げるか?この私の育てた者を、どの神が受け入れる?その様な恐れを知らぬ者は二人しかおらぬ。一人は妻帯者となった大地の大神だが、あのものは硬い物でできておるから、頑固で頑なで一途である、妻のみこと以外に目がいく筈が無い。ではあと一人は、天に在りて最高神で太陽神の天照であるが、天照は女神であるゆえ女子である天姫を受け入れぬ。それよりも私がそれは好まぬ。ならば、天姫を母の元に帰すしか仕方ない事である」


鷺翁は天の大神様の大神様たるお姿を、久方ぶりに拝した思いだった。

天の大神様は、それは聡く冷静で冷淡なお方だ。

仮令温情をおかけになられ、お愛おしみなされておいでであられ様と、決してご判断を間違える事の無いお方だ。情に流される事の無いお方だ。

数日の後天姫の母親は遣わしめ達によって、大神様が座す祠の前に連れ来られた。


「其方はこの赤子の母親であるか?」


大神様は天姫を母親に見せて聞いた。


「は……はい……」


「如何してこの者を此処に捨てまいった?」


「も……申し訳ありません。なぜ此処に捨てたのかは覚えていません。ただ……」


母親は突っぷす様にして泣いた。

天姫の母親は暴力を振るう夫に苦しめられていた。

天姫ができると、少しはよくなってくれるかと思ったが、それどころか益々酷くなって、天姫に危害を加えかねなくなっていた。

思い悩んだ母親は天姫を連れて実家に逃げ帰ったが、追いかけて来られ両親に危害を加えられた。

父親は入院して母親が病気になった。

警察に行ったが暫くすると又現れて、今度は天姫を盾に連れ戻されそうになった。

天姫だけは夫の所に連れ帰りたくなくて、もしかしたら此処に置いたのかもしれない……と、あやふやな事を言った。

天の大神様はジッと母親を注視されていたが


「天姫の為と思うたか?」


と言われた。


「はい……たぶん……本当に、この子をどうしたか覚えていないんです」


見ると確かに母親は、酷い痣が幾つも付いている。

それより何より、大神様を欺ける訳がない。


「夫は如何いたしておる?」


「仕事はしてくれています。私が側で言われるままにしていれば、優しい時もあるんです」


「その様に痣をこさえられてもか?」


「両親の元にはもう戻れません。何をされるか……」


「子の事は、気にはならなんだのか?」


「そりゃ、気になって仕方なかったけど、家には連れ帰れません……それこそ……」


哀れな母親は震える様にして泣いた。


「私は此処に在る大神である」


「えっ?」


「大神である。よいかよく聞くのだ。私はこの者に温情をかけた。ゆえに其方に恩恵を授けるゆえ、この森林の裏に在る家を与える。その家で子を育てるだけの物を与えるゆえ、其方は己のその手ひとつでこの子を育てよ。よいか……其方一人で育てるのだ。又其方の両親においても、可愛いこの子の為に些かの恩恵を授けるゆえ、長生きをして助けて貰いながら、立派に育てあげよ。私は此処に在りて見ておるから、微塵たりとも忘れてはならぬ、よいな?」


大神様はそれは輝かしく、後光を放たれると言われた。


「其方の夫は可哀想であるが、私の逆鱗に触れた。ただでは済まぬと覚悟をしておけ……」


天姫の母親は、それは神々しい大神様を仰ぎ見た。


「もしも其方がほんの少しでも、夫に未練があったとしても、もはや如何様にもならぬ」


「……よいか……大神様は偉大で尊いお方であられる。大神の中でもこのお方は、それは冷酷なお方ゆえ、其方の夫はこれからそれは酷い目に遭うだろう、だが絶対に関わりを持ってはならぬ。よいか?呉々も気をつけられよ?関われば其方にも、お子にも禍が降り注ぎますぞ……」


鷺翁は静かに言い聞かせる様に言った。

母親は大きく頷くと、大神様から天姫を受け取った。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


「名を何と申す?」


鷺翁は大神様が聞く事が無いと判断して、最後に母親に聞いた。


「朝陽と申します……産まれた時に、朝陽が綺麗だったので……」


「おお、それはよい名であるな……よいか。安心して朝陽を育て上げられよ。大神様のお力は計り知れない物である……だが、絶対に忘れてはならぬぞ、大神様のお言葉は……それだけは心なされよ」


鷺翁の物静かな物言いが、母親の不安を全て拭い去って、そして母親はコトリと気を失った。


「愛おしき天姫よ、立派に育つのだぞ……」


天姫は大神様に小さな手を差し伸べて微笑んだ。

大神様は微笑み返されて、そして哀れな母娘の姿を消された。


「朝陽か……天姫の方がよっぽど……であるに……」


天を仰いで大神様は呟かられた。




天天天……




森林の裏には小さな喫茶店がある。

以前も此処に喫茶店があった……と記憶している人がいるが、本当の事は解らない。

その喫茶店から朝陽は毎日、森林の中に在る小さな祠の前に在る、手水舎に湧き出る水を汲みに来る。

此処の水はとても美味しくて、そして不思議と朝陽しか汲む事ができない。だから朝陽は学校に行く前に、必ず数回に分けて大きな容れ物に汲んで、女で一つで育ててくれた母の淹れる珈琲の為に店に運ぶ。

この祠にはそれは尊い大神様がお座して、朝陽を見守っていてくださると、物心付いた時から聞かされて来た。だから、朝陽は病気ひとつしないで元気に育った。そして母と二人きりだが、幸せに暮らして来た。

ちょっと離れた所には祖父母が居て、それは可愛がってくれるし、何かあれば来てくれる。

父はそれは酷い人だった様だが、母と離婚してからは再婚相手と揉めに揉め、悪癖と言うべきDVが公となり、会社を辞め流転の人生を送って、最後には自ら命を断とうとしたが、なかなか死に切れずに、苦しんで苦しんで死んでいったそうだ。


「大神様の逆鱗に触れたのだから仕方ない」


と母は言った。

大神様は、朝陽を救う為に父との縁を切ってくれ、朝陽に危害を加え様とした父にお怒りになられたらしい、その為に父はロクな死に方は許されなかったそうだ。

だから、朝陽は毎朝祠に手を合わせてご挨拶をする。

そして申し上げる。


「もう少し、もう少し大きくなったら、どうかお会いくださりますように……」


その願いはもう少しで叶う。


お読み頂き、ありがとうございました。

また〝大神様〟でお会いできたら、倖せでございます。

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