【すげどう杯企画】テンプレで無双しようとしている友人を止めずに、勝手にさせれば良かったと後悔する俺。
人というものは、他人が成し遂げ成功し、大勢から賛辞を与えられたものをなぞるのが大好きである。
他人が成功しているのだから、自分も同じ道を行けば、自分も成功すると思っている。
成功の型をなぞり、約束されたハッピーエンドを安心して観賞するのだ。
そして今、俺の目の前にも人の成功をなぞろうとしている、愚かな友人がいたのだ。
何故、こいつがこの考えに至ったのか、それは未だに理解したくないが、俺がこの愚かな考えを止めるのは当然のことだ。
しかし、俺はこの当たり前のことを、後に深く後悔することになった。
時は俺が高校生の頃に遡る。
「オレは『テンプレ』ってやつで、小説書いて一山当てたい。今、その自信がある!!」
「……何で急にそう思ったか、四百字以内で答えろ」
勿体ぶるようなムカつくドヤ顔を見て、俺は深くため息をついた。
今は授業も終わり、放課後である。
みんなが帰り支度をする教室の一角で、もう帰りたいと願っているが逃げられない。
友人はおもむろに鞄からポテトチップスの袋を取り出す。そして、ジャガイモの写真を指差すのだ。
「ポテトチップス……?」
「違う、ジャガイモの方だ。オレはジャガイモを広めたい!! チップスじゃなく、ジャガイモそのものだ!!」
一瞬、俺の意識が宇宙に飛んだ気がする。
「……安心しろ。ジャガイモは世界に二千種類は存在する。お前が広めなくても、世界に行き渡っているはずだ……」
「知ってるよ。うち農家なの分かってるよな?」
「……………………そう」
「オレはジャガイモで無双する!!」
「…………だから、何で?」
この友人とは幼稚園から現在の高校まで一緒の、いわゆる幼馴染みというやつだ。だが、昔から知っているはずなのに、未だにこいつの脳内は読み取れない。
「オレは決めたんだ! オレの意志は岩のように…………いや、ジャガイモのように固い!!」
…………おい。
包丁で切れるくらい柔らかくなってるぞ。
岩と芋、ビジュアル似てるところもあるが、まったくの非なるものだぞ。
「止めたって無駄だぞ。これはいけると思っている!」
農家だし、昔からジャガイモが好きなのは知っているが、何でそれを媒体に小説なんか書こうと思ったのか……。
「……だから、何でそう……」
「お前、ネット小説に詳しいだろ? オレは今考えたネタが、かなりいけると思っている!」
まずいぞ……『いける』って二回言った。
これは俺が止めてやらないと、テンプレートドリームに取り憑かれた憐れな落伍者がひとり、生まれてしまうのではないか。
俺だって読み専の一人として、悲惨な末路……捨て山に完結せずに放り込まれた作品を数多く読んだ。
仮にも幼馴染みの友人を、そんな修羅の道へ放り込むわけにはいかないと思う。
これはまず、こいつのやる気を削がなければ…………。
俺は敢えてこいつの話を聞き、無反応を貫いて、片っ端から心をへし折ろうと考えた。
「…………よし、俺も付き合おう。だが、書き始める前に、話の構想やこれからの展開が無ければダメだ。テンプレの見切り発車は、なるべくしない方がいいぞ」
「おう! 実はもう、いろいろ考えてあるんだ!!」
そう言うと、奴は鞄からバサバサとコピー用紙の束を出してくる。そこには手書きのあらすじやら、年表やら人物相関図やら、はたまたキャラクター図案まで有るではないか。
ほ……本気だ。
こいつ、本気でジャガイモ無双を書くつもりだ!!
唾を飲み込み、コピー用紙の一枚に目を通す。
題名。
【ジャガイモ無双!!~異世界に行ったオレはイモヒロインたちと魔王を倒した後に農業でマッタリとスローライフを満喫することに決めた~】
意外にあらすじのあらすじ、題名がそれっぽい。
お前、本当にテンプレ初めてなの?
「……題名は……それっぽいな……」
「だろ? 掴みは良いと思わん?」
「いや……でも内容は…………お? コレはステータスか?」
え~と、『HP』『MP』『STP』『LUP』
けっこう普通の表記だな。
「それで? 主人公の『ヒットポイント』とか、何かがずば抜けて……」
「あ、それは『ヒットポイント』じゃなく、『ヒットポテイトォ』な。そこ重要だから、間違えんなよ」
「………………あぁ、そう」
『ポテイトォ』?
じゃあ、この下の『MP』は、おそらく『マジックポテイトォ』ってところか?
何で急にネイティブな発音できたんだよ。
ダメだ、ピーは全部ポテイトォだ。ここに触れたら話が長くなるぞ。受け止めろ、自分。
はい、次。
「こっちは……ヒロインか……どれどれ……」
「ふふん、これも重要だ! 気合い入れて考えたんだ。あ、でも名前がまだなぁ……。イラストはできたんだけどな……」
【キタアカリ】
メインヒロイン。大人しいけど、主人公のことを健気に支えてくる。回復魔法を使う。実は聖女。意外に巨乳。
【メイクイーン】
王国の王女様。品が良く、国民から慕われている。主人公のことを気に入っていて、力になりたいと思っている。そこそこ巨乳。
【男爵令嬢】
プライドが邪魔をして、なかなか主人公に素直になれない。でもいざとなったら体を張って主人公を守る。やや微乳。
【デストロイヤー】
王国の女騎士団長。規律に厳しくも、天然な部分がちらほら。主人公に剣術を教えてくれた。爆乳。
【シルクスイート】
魔王の娘。父親を倒した主人公を憎く思っていたが、だんだん惹かれていく。気が強い美少女のロリ。貧乳。
…………………………。
………………って、芋の擬人化じゃねーか。
胸の大きさまでちゃんと決めている。
しかも、魔王の娘はジャガイモの品種じゃなく、サツマイモかよ。里芋とか長芋とかが腹心にいそうだな……。
なにげにイラスト上手いし、みんな主人公が好きなのかよ。チョロインってやつか?
くそぉ、俺はこの【インカのめざめ】が好みだ。ちょっと不思議ちゃんで、胸が美乳の。
あああっ! ダメだ!
俺、ちょっと興味持ったじゃないか!
えっと、そうだ! あらすじ!
話の内容はどんなのだ!
俺はコピー用紙を掴み、急いで読んだ。
“農家を営んでいる家庭の高校生である主人公〇〇は、ある日突然異世界に召喚されてしまう。彼はその世界で世界中の芋を根絶やしにしようと企む魔王を、召喚された際に与えられた職業【馬鈴薯召喚師】のスキルで瞬殺する。魔王を倒した報酬に、国王から広大な土地を与えられた〇〇は、そこでヒロインたちとスローライフを送ることを望んだ。しかし、偶然彼が生み出した新品種の芋がとんでもないものだと判明し、様々な国が彼の領地を狙いにやってくるのだった。〇〇は芋と領地とヒロインを守りながら再び戦うことを決意。その戦いの果てにスローライフを送ることはできるのか!? ※R15 残酷な表現あり。※異世界転移、ハーレム、チート、俺TUEEE、スローライフ要素があります。”
ねぇ、お前、本当にテンプレ書いたこと無いの?
何かスゲーちゃんとポイント押さえてない?
だが、ここで読んでみたいなんて思ったらダメだ。
俺は友人をまともな道に戻さねばならない。
「……お前さ、これ書いてどうするの?」
「世の中にジャガイモの魅力を伝える!」
「…………何で?」
「オレの家は農家だしな!!」
「………………うん」
あぁ、解ったよ。
お前は小説家になりたいんじゃなくて、あくまでもファーマーとして、無双したいんじゃないのか?
「お前さ……違うだろ。お前は小説なんて書けないよ。テンプレなんて、人のやったことなぞったって、ジャガイモの魅力なんて語れねぇよ…………」
俺は至極真面目な顔で友人に語り掛ける。
「お前が学ぶべきことは、テンプレ小説の書き方じゃない。お前の家の畑に合う、堆肥の割合……『窒素・リン酸・加里』の配合じゃないのか!?」
「それは……」
「ネット読者の新規開拓なんて考えないで、愛すべきジャガイモの品種改良や新品種を生み出すことじゃないのか!?」
「………………」
教室中が静まり返っていた。
俺たち以外のクラスメイトはみんな帰っている。
他の奴らが居るところで、俺がこんなに真面目に芋で諭すことなんてできない。こいつと共に変人のレッテルを貼られてしまう。
「…………オレはもっと、ジャガイモの出荷が増えればと思って……」
「じゃあ、その意思を親御さんに伝えろ。お前は現実で無双するんだ。きっとできる!!」
「…………お前はやっぱり良い奴だなぁ。そうだよな、小説なんてオレの柄じゃねぇな!」
いや、お前の方が良い奴だよ。ここまで家業のことを考えるなんて、俺にはとてもできねぇし。
それに俺はこんな話、早く終わらせて帰りたい。
帰るためには何でもするよ。
「……じゃあ、オレが将来、ジャガイモの新しい品種を作ったら、真っ先に食いに来いよ!」
「あぁ、分かった。約束だ!」
やっと帰れると、俺は晴々とした笑顔で友人の顔を見た。
…………こうして俺は、友人のバカなテンプレ小説の創作をやめさせたわけだ。
そして、時は現在。
俺は命の危険に晒されていた。
「……何で、こんなことに……」
「いやぁ、どこで情報漏れたんだろうなぁ。あっはっはっはっ」
うわぁあああっ!
ぶっ殺したい、隣の奴ぅっっ!!
俺とあいつは瓦礫に身を隠しながら、必死に小さな鞄を握り締めていた。
この鞄の中には『とんでもないもの』が入っている。
それは……ジャガイモの種芋だ。
「まさか、オレが作った新品種が世界戦争の引き金になるなんてなぁ…………」
「うぅ……一緒にポテトサラダ食っただけで、俺まで狙われるなんて…………」
――――あれから五十年。
俺たちの姿はどう見ても高校生だった。
こいつの作った新品種『奇跡のポテイトォ』のせいである。
「いや~、しかし若返るなんて思わなかったなぁ。何か、昔にこんなことを小説にしようとした気がする…………覚えてないか?」
「いいや、知らん! 絶っっっ対に知らん!!」
俺は絶叫する。
人というものは、他人が成し遂げ成功し、大勢から賛辞を与えられたものをなぞるのが大好きである。
他人が成功しているのだから、自分も同じ道を行けば、自分も成功すると思っている。
成功の型をなぞり、約束されたハッピーエンドを安心して観賞するのだ。
俺は友人の愚かなこのなぞり行為を否定し、正しい道に戻した気になっていた。
しかし、その型をなぞるのもまた正解だった場合もあるかもしれない。
何故、当時の俺は「すっげーどうでもいいわ!!」と、言って投げてしまわなかったのか。
関わらないつもりが、ガッツリ関わって人生を変えてしまったことに、俺は後悔しているのだ。
「くっ!! 見つかった!! 行くぞ!!」
「もういやだ!! あの日に帰りたい!!」
世の中には無駄なものはない……かもしれない。
鳴り止まない銃撃音の中、俺たちは全力で走った。
何か謝りたい。すみません。
『本作は「すげどう杯企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1299352/blogkey/2255003/(あっちいけ氏活動報告))』