日常2
ティンル~ン♪ ティンル~ン♪
自宅に着いた溜太が大きな門の横に付いている、
カメラ付ドアホンのボタンを押すと、それに伴って呼び出し音が鳴った。
『ハ~イ、あら坊ちゃん、お帰りなさいませ、
今、門の鍵を解除しますね』
溜太が、いくらも待たぬ内にドアホンのスピーカーから返事が返って来る
「ただ今、婆や、
うん、お願い」
ドアホンの相手は溜太が生まれる前から、ここ小銭家に勤めている女中頭で、
溜太は日頃から婆やと呼んでいる、溜太の母・溜代の乳母を務めていたという話なので、
もう、かなりの高齢であると思われるが、
未だに現役バリバリで小銭家の女中達を纏め上げているのであった。
門の電気錠がカチャンと開く音がしたので、
溜太は大きな門の一部にある、人が通る為の扉を開けて潜ると、
門から正面玄関へと続く長いアプローチの脇に植えられている、
高さ15メートル程の紅葉の木に、
庭師の源爺ィがハシゴを架けて作業をしているのが見えたので、
溜太は、通り際に声を掛けた。
「精が出るね源爺ィ」
「おや、坊ちゃん、お帰りなさいませ」
「今年も、その紅葉は葉は、良い色に色付いたね」
「はい、手間暇を掛けた甲斐がありましたな」
「その切り出した枝は、母さんに頼まれたの?」
「はい、奥様が明日開かれる、
お茶会の時に、床の間へと飾られるそうですじゃ」
「そうなんだ、源爺ィも、いい年なんだから高い所の作業は気を付けなよ」
「な~に、まだまだ若い者には負けやしませんよ!」
「ハハハ、流石は源爺ィだね、
もし、源爺ィが居なくなったら、誰もウチの庭の事を分からなくなっちゃうんだから、
いつまでも元気で居てよね」
「はい、ワシは坊ちゃんが御結婚をされて、お子さんがお生まれになった時、
安全に遊ばれるお庭をお守りして行かねばなりませんからな、
まだまだ老け込んでなんか居られませんのじゃ」
「ハハハ、まだ高校生の僕の子供の話なんて、
また随分と気が長い話だね、でも源爺ィにはずっとウチに居て貰いたいから、
その位の意気込みで居て貰えると、僕も安心出来るよ」
庭師の源爺ィも、婆やと同じく溜太が生まれる前から小銭家に勤めて居り、
溜太が生まれた時には、もう既に亡くなって居たので顔を見た事は無いのであるが、
源爺ィの父親も小銭家の庭師を務めていたとの事であった。
ちなみに、源爺ィと婆やは夫婦で、小銭家の母屋の裏手に何軒か建てられている、
従業員用の離れ家の一つに暮らして居る。
正面玄関へと着いた溜太は、カバンの中から鍵を取り出すと、
大きな玄関扉にある鍵穴へと差し込む、
溜太が手に持つ鍵は最近のタイプでは無く、
昔のタイプのアルファベットのFの様な形をした鍵であった。
「ウチの鍵も、カードキーとかテンキーにならないもんかな?
家主が勝手に自分の家を弄れなくなるなんて、
文化財に指定されるのも考え物だな・・・」
自宅の玄関の古いタイプの鍵に、常日頃から不便さを感じている溜太は、
ブツブツと文句を言いながら、玄関の扉を開けて中へと入った。