日常
リ~ンゴ~ン♪ リ~ンゴ~ン♪
教室に設置されたスピーカーからチャイムの音が流れると、
教師が授業の終わりを告げ、クラス委員長の号令に合わせて生徒らが頭を下げる、
その日最後の授業だったので、続けて担任がやって来てホームルームの後に、
其々が、部活道やバイトまたは、帰宅の途へとついた。
「あ~、やっと退屈な授業が終わったぜ、
さっさと家に帰ってゲームしたり、漫画やラノベでも読も~っと」
斯くいう本編の主人公である『小銭溜太』も帰宅部の一員である、
溜太は現在『私立ボンボン高校』の2年生に在籍している17歳の、
放課後と休日をこよなく愛するという、どこにでも居る様な平凡な青年であるが、
その生まれが少々平凡では無かった。
溜太の家は、創業400年以上の歴史を誇る老舗の家具店を営んで居り、
現在は、溜太の母親である『溜代』が代表取締役を務めている、
溜太は、その老舗家具店の一人息子なのであった。
諸兄らも一度はテレビやラジオなどで、
あのCMを目や耳にした事があるのでは無いだろうか?
そう、古銭の『寛永通宝』をシンボルマークとした
あの『古銭マークの小銭家具センタ~♪』のCMである、
尤も、最近では店のCMよりも、
溜太の母『溜代』と、祖父の『溜蔵』が引き起こした
家族間紛争が連日、情報番組や週刊誌などを賑わしているが・・・
「はぁ~、また母さんと、爺ちゃんの記事が出てるよ・・・」
自宅の最寄りの駅へと走る電車の中で、
溜太は、自分の母と祖父のトラブルを面白おかしく報じた内容の、
週刊誌の中吊り広告を見て溜息を吐いた。
事の起こりは、昨今の低価格家具を大量に販売する量販店や、
海外の格安資材を機械加工で生産した通販家具の台頭に頭を痛めた溜代が、
海外の木材を輸入して、自らの店に所属する腕の良い家具職人が加工し、
量販品よりは高級で、今までの商品よりは少し安めの家具を販売しようと、
考えた事に端を発している、
テレビの経済番組の取材にて溜代が、このプロジェクトについて語ると、
すぐさま先代の代表取締役で、
現在は役員を務めている溜蔵が、溜代に咬み付いて来たのだ。
溜蔵からすると、先祖代々『小銭家具センター』では、
国産の最高級木材を、一流の腕を持った家具職人が加工する、
というスタイルが売りであるので、
溜代のプロジェクトは到底承服が出来ないとの事であったのだ。
先代は黙って居ろという溜代と、
店の方針を変えるなという溜蔵は互いに我が強く、
よく似た性格でもあった為に収拾がつかず
やがて、周囲の人々を巻き込んだ大騒動へと発展し世間の知る所となったのであった。
溜太とすれば、どちらの言う事も間違いとは判断出来ず、
また母の事も、祖父の事も大好きなので、
どちらかの肩を持つ訳にも行かず困っていた。
「はぁ~、こんな時、父さんが2人に仲良く話し合う様に諫めてくれればな~」
溜太の父親で、溜代の夫である『チャリーン』はノルウェー生まれの家具職人で、
家具を加工する腕前は、先代の溜蔵も認める程の一級品であるが、
その分の反動なのか、世事には非常に疎いので、
今回の様なケースでは、まったくと言っていい程に当てにならないのであった・・・
「おっと、今日は月刊『作家になろうぜ!』の発売日だったな、
忘れずに本屋に寄って買ってかなくちゃな・・・」
溜太は、自宅の最寄りの駅で電車を降りると、
駅の傍にある行きつけの本屋で、定期購読している雑誌を購入して帰る事とする
「こんちは~」
「おう、溜太くんか、いつものだね? ちゃんと入ってるよ、
今、包むから、ちょっと待っててな」
ここの本屋の常連である溜太が顔を出すと、
店主は、溜太が何も言わない内に用件を察して雑誌を包装し、
溜太へと手渡した。
「ありがとう店長さん、
これで、お願いします。」
溜太は財布から千円札を取り出すと、店長へと差し出した。
「はい、千円だね・・・じゃあ、
はい、お釣りの266円とレシートだよ、
いつも、ありがとな」
「ええ、また来ます。」
溜太は、お釣りの小銭とレシートをズボンのポケットへと押し込むと、
自宅へと向かって歩き出す。
小銭といえば、溜太には生まれた家とは別に、
もう一つ、平凡とは言えない点があった。
それは、自らの家具店のシンボルマークに『寛永通宝』を使う程に、
熱心な趣味である、古銭集めが好きな祖父・溜蔵に影響を受けたもので、
幼き頃、祖父にコレクションの古銭を見せて貰った溜太が、
その素晴らしき造形に見せられて自らも欲したが、
子供の溜太に高価な古銭など入手出来るはずも無く、
その代わりに集め始めた1円・5円・十円といった普通の小銭集めが今も続いているのだ。
基本的に買い物は、いつも札や今一好みに合わない500円玉で払い、
お釣りの小銭をポケットに入れて、帰宅後に小銭用のファンシーケースへと入れるのである、
当初は普通の貯金箱であったが、じきに大き目の菓子箱に、
そして一升瓶を経由してファンシーケースへと至ったのである、
その保管場所も、最初は15畳の自室の隣にある、8畳のホビールームであったが、
そろそろ重さで床が心配になって来たという事で、
庭に造って貰った100人ぐらいが乗っても大丈夫そうな物置へと収納していた。