聖地巡礼
キノコの村で盛大に見送られ、俺はキノ子と一緒に目的地へと足を進めた。俺がパートナーだとかそんなことはとりあえずは置いておいて、俺は帰るためにただ待つだけでなく行動を起こすことを決めた。そのために一緒に別の場所を訪れるということは何も知らない俺にとっても都合のいいことだった、んだが……。
俺はとなりをほほ笑むキノ子を見る。俺もこの変態少女の見た目にはなれるつもりだった。きっとここではこれが当たり前なんじゃないかと、そう自分に言い聞かせていたんだ。
俺達二人は順調に3つあるうちの1つ目の町へとたどり着いていた。とはいえ、これがまた案外近い。キノコの村を抜け、平原を少し抜けたあたりにそれはあった。約1日の道のりだ。聖地巡礼などと大げさな名前がついていたものだったからてっきり厳しい道のりになるのだろうと思っていたのだが、そんなことはないようだった。
それで、だ。
視線。視線視線視線。ささってる。すげえささってる。となりはわかるが、どちらかというと俺だ。となりにはまだ優しいものも交じってるが、俺に対してはもう嫌悪というか憎悪というか明らかに研ぎ澄ましたものが浴びせられている。
残念なことに俺の予想は大きく斜めの方向へとんでいき、俺は変態を強要する更なる変態へと進化を遂げさせられたらしい。他の人の頭の中で。まさかキノ子が普通に他では変態として活躍できるとは思ってもみなかった。てっきり変態が普通みたいなノリだと思ってたのに。なんだこれ。
そんな俺の気も知らず、となりのキノ子はものすごい上機嫌らしくとびっきりの笑顔で俺を見つめていた。確かにこんな顔をしてるやつを責められはしない。
「それで、ここの目的地はどこにあるんだよ」
本当は情報を集めようかとも思っていたんだが無理だ。こんな視線の中で落ち着いてなにか考えられるわけがない。というか今すぐにでも逃げたい。用だけ済ましてもうさっさとここを離れたい。
「もう、すぐそこですよ。あわてなくても逃げやしません」
へらへら笑うキノ子。なにがそんなに嬉しいのか。しかもなんだか余裕たっぷりの態度だ。
ほらほらとキノ子に手を引かれ、その場所へとたどり着く。
「え?」
キノ子の笑顔が崩れた。俺は目的地なんかよりもその表情が翳っていく様をじっと見つめていた。少しばかり胸が痛み、それから逸らそうとその場所を見る。
「警察です」
「……え?」
ちょ、ちょっとまて。あれ、警察なの。俺がなんじゃこりゃと慌てる前にキノ子が正体をばらしたせいでよけいに慌てた。
警察……。
見上げるほどでかいデパートみたいな建物の入口を封鎖するようにそいつらが立っていた。目的地はどうやらそのデパートっぽいものなのだろう。ガラス窓から中の様子が見え、普通に服屋やレストランがあるように見える。これが聖地なんだろうか。
それにしてもその警察だ。俺にはどうみても鼻のでかいひげだるまのジャンプする赤いおっさんが踏むとつぶれるアレにしか見えないんだが……。というかすげえ気持ち悪い。栗色のキノコ生命体とでもいえばいいだろうか。栗色の表面はやけにてかっているし、目も鋭くぎょろぎょろしていてかなり怖い。口から見える歯も明らかに凶暴性が垣間見える。
「なんで……」
キノ子はとなりで絶望という言葉が似合いそうな表情を見せている。そこまで落ち込むこともないだろうと思ったのだが、その原因が俺との聖地巡礼とやらができないからであると思うと、むずがゆいというか利用しようとしているのが悪いというか。
そんなことを考えているとキノ子はその口をキリリと結び、力強く足を踏み出した。そして一歩一歩栗色キノコへと近づいていく。
「そいつは食えないぞ!」
「食べません!!」
おお、こわ。
キノ子は止まらずにキノコに詰め寄る。なにかを問いただし、警察キノコはそれに対しあのでかい口をガバガバさせてというかそのたびに鋭い歯が見えて逆にキノ子がキノコに食われるんじゃないかと思えてきた。
キノ子がああもう、という感じで声を荒立たせたと思えばこちらに向かってきた。
「行きましょう。このままじゃ埒がいきません」
「お、おいどこ行くんだよ」
意外と力が強いキノ子に腕を引かれて。
「犯人を捕まえに行くんです」
「は、犯人?!」
その勢いのままとんでもないことを言い出した。
「そうです」
「どういうことだよ!」
「そういうことです」
熱した頭のキノ子は顔を真っ赤にして感情的になっている。というかあれ……? なんか頭からでてる。……粉? 胞子?
「うげほげほあ」
それがキノ子ののどに詰まってむせた。
「……あ! すみません。わたしったらはしたない……」
はしたないとかそんな問題なんだろうか。
「こんなところで胞子をだしてしまうなんて……」
「そっちかよ!」
腑に落ちないことを残しつつ、とりあえずキノ子が落ち着いたようなので改めて話を聞いてみることにした。
「それで、目的地はあのでかい建物なんだな」
「そうです」
「犯人っていうのは?」
「あの建物で事件を起こしたそうなんです。それで今はあそこが立ち入り禁止になっていて……。そう、その犯人のせいで……。いえ、犯人のクソ野郎のせいで……! わたしの、計画が、パア、だよ……!!」
ギリギリと握り拳をつくりだすキノ子。
俺はビクッ、となった。この子、ひょっとして、こ、こわいんじゃないの。恐妻? い、いやまだ認めてないぞ俺は。
「う、うん。それで。それで、どんな犯人なの?」
ちょっと怖がりながら先を促す。ああ、なんだか流されそうだ俺。
「ええと……、犯人は自らの内に他とは異なる趣向、つまりは異常性、わずかなズレを持ち、社会道徳から外れた存在……」
なんだか厄介そうだな……。
「ただ己の欲に忠実に従い行動する……。そう、一言で言えば……」
「ロリコンです」