第二十二話
「着いたよ」
目を開けるとそこには一面、春の景色が広がっていた。
花は咲き誇り、蝶が舞い、温かな風が花の香りを一緒に運んでくる。目の前を流れる小川は透き通り、魚たちが元気に泳いでいるのが遠目からでもわかった。
どこからも血の匂いなどしない。狂気の色などみじんも感じさせなかった。
まあ、それはそうか。あの絵本の話がいつのことなのかはわからないが、もうずっと昔のことなのだろう。なら、この島も長い年月をかけて元の姿に戻っていたとしても不思議はない。
「きれいな場所だな」
そう言って俺はサラのほうを見る。返事がない。サラはその光景を呆然と眺めていた。
俺ははじめ、自分の故郷かもしれないこの場所になにか感じることがあるのかもしれないと思っていた。
しかし、それは違った。
サラは目を大きく開き、体はガタガタと震えだした。そして、光り輝く大粒の涙が両目から流れ出す。
そんなサラの様子を見て俺はあることに気付いた。
「おいサラ、おまえ一体なにを見ている」
サラは俺が見ているものを同じように見ていないことに気が付いた。。
俺が見ているもののそのさらに先を、同じ景色を通して見ていたのだ。しかし、俺にはそれがいったい何なのかわからない。
「どうなっている」
いくらサラに話しかけても、返事がまったく返ってこなかった。
仕方がない。
サラの背中から降り、地面に足を着けた。
そのときふわりと白い何かが通りすぎた。
「……なんだ、これ」
そこは先ほどの景色とは何もかもが一変していた。
竜の死体。
それが、先ほどまで花が咲き誇っていた場所に大量に表れたのだ。
そして先ほど通り過ぎた存在、白い雪がその竜たちの上に降り積もっていた。
寒い。
その光景は、俺の心を芯まで凍らせた。
「遅い。お前たち、ようやく来たのか」
そのとき、どこからかひとの声が聞こえてきた。
慌てて辺りを見渡すと、足元に小さな老人が立っていた。身長は俺の膝くらいの高さだ。
小さい。どう見ても、人間の大きさではなかった。
その老人はちょこんと生えた小さなひげを撫でながら、
「まったく、あまりに長く待たせるからこんなに年老いてしまったではないか。あの女に造られたばかりときはあんなに若かったというのに。これもすべてお前たちがなかなかやってこないのが悪い」
ぴっ、とひげを撫でているものとは反対の手の指を俺たちに向ける。
なんか理不尽なことで文句を言われている気がする。
俺は我慢できずに思い切って老人に尋ねた。
「なあ、あんた何者だ」
老人は俺の顔を一瞥したあと、にやりと笑ってこう言った。
「ワシはこの島の記憶そのものじゃよ」




