第二十話
ただ、それは紛れもなく俺の本心だった。
すると突然右ほほに鋭い痛みが走り、気が付けば俺は床を滑っていた。
何が起きたのかとっさに理解できなかった。顔をあげて、男がぐうで殴ったのだと気づいた。
男は怒った顔で俺を見ていた。
「君、俺の話を聞いてまだそんなみみっちいことを考えていたか。今、覚悟を決めないと俺が全部奪っちゃうって言っているんだよ。それなのに何?合わす顔がないって。今更、そんな安っぽいプライドを気にしてどうするんだ。君は男だろ。なら、彼女のことが好きか嫌いか、ただそれだけを考えていろ」
それで君はどっちなんだ、と男はすごい剣幕でまくし立ててきた。口調もかなり変わっているが、男がそれを気にする様子もない。
「俺は、サラのことは今でも好きだ」
「なら、きちんと顔を合わせてそして謝れ。そのあと、ちゃんと好きだと言ってやればいい。君がそんなんで、俺の気持ちはどうなる」
それでもあのとき俺は……
「そんな、簡単なことでいいのか。だって」
「それでいいんだよ。ひとが仲直りをする方法なんてそんなものだよ」
男はそういって笑いながら、俺に手を差し出してきた。
俺は黙ってその手をつかんで立ち上がる。
なんだ、ただ謝ればよかったのか。
俺はまた後悔するところだった。あれだけサラのことを考えていたのに、もう忘れてしまいたいと思うくらい苦しかったのに。
「どうやら、覚悟は決まったようだね。いい顔をしてるよ」
男は言う。
俺は今どんな顔をしているのだろうか。
わからない。でも、男がそういうなら本当にいい顔をしているのだろう。
「ありがとうな」
会いたい。
サラに早くこの気持ちを伝えたい。
「あつ、待ち人来るって感じだね。さすがリゼさん」
男は俺の後ろを見て、そう言った。
えっ。
後ろを振り向く。
そこには巨大な竜の姿があった。
それは、言葉にできない美しさだった。
絵本の表紙もかなりのものだったが、やはり実物とは比べものにならないかった。
「サラ、なのか?」
「そーいち、どうしてここにいるの。私は、もうそーいちとは二度と会うつもりはなかった」
「サラ、悪かった」
俺はサラの言葉を無視して謝った。
「どうしてそーいちが謝るの?」
「俺は、あのときお前を追い掛けられなかったから、おまえが俺に背を向けて行ってしまうのをただ黙って見ていたから。でも、俺はもう一度あの時をやり直したい。今度はお前のそばにいることを選びたい。それだけお前の存在は大きかった」
「……そーいちが私を追い掛けられなかったのは仕方がないことだって思う。誰だって、いきなり目の前の人間が竜だなんて言われたら普通驚く。それに、人間と竜が一緒に居られないことは十分理解しているつもり」
「それでも俺はお前のそばに居たいと思った。竜とか人間とかは関係ない。お前だからそう思ったんだ」
「それは、私のことが好きだって言いたいの?」
ありえない、そう言いたげだった。
「その通りだ。それを伝えるために、俺は今ここにいる」
「それを私に言ってどうなるの?私たちは人間と竜だよ、どう頑張っても一緒にいられっこない。もう、人間の体もなくなってしまったんだよ」
「なら、人のいないところに行けばいい。」
お前が隣にいるのなら、そんなことはなんの障害にもならない。
「本気で言っているの?これまでの生活ができなくなるんだよ」
「もともとたいした生活はしていない。それに俺が、冗談を言う人間にみえるか?」
「………見えない。そーいちはそんなこと言ったことない」
「ああ、俺は本気だよ。お前のことが好きで、ずっとおまえのそばにいたいと思っている」
おまえは、ちがうのか?
「私は………」
竜の目から涙がこぼれ落ちる。その涙は、宝石のようにきらきらと輝いていた。
「私も、そーいちと一緒にいたい。本当はずっとそーいちに会いたかった」
サラは、まるで子供のように泣きじゃくった。
俺はそっとサラを抱きしめた。
あたたかい。
前に触れたときはちがう。サラはちゃんと生きている。




