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白き奏者のレクイエム  作者: 長月ヨウ
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第十五話

サラside


 そーいちと別れてすぐにセルリアを出た。

 お金がないからとくに準備をするものもない。

 幸いこの体は死者のものだ。ものを食べる必要はないし寝る必要もない。また、疲れることもない。そう考えると便利すぎる体だった。

 それにこの体は人間のものであっても、中身は竜だ。感覚が人よりも優れている。だから夜の暗さなど私の障害にはならなかった。

 だから、ただひたすら休むことなく歩き続けるだけだ。

 東の果てへ。本当にあるのかもわからない、ただあの男から聞いた情報だけを頼りに名もなき島を目指して。

 セルリアを出るとやはりすぐにそーいちのところに戻りたくなった。まだ未練があるのかと、自分自身をなぐりたくなる。

 私はきっと、そーいちのことが好きだったのだろう。そーいちの姿を頭のなかで思い描くだけで、凍って動かないはずの心臓があたたかくなるのを感じる。

 でも、もう会うことはできない。だから会いたいという気持ちをひたすら胸に押し込める。

 すごく苦しかった。

 だから泣いた。

 そして、泣きながら歩き続けた。死体だから、涙は出なかったけど。

 未練も後悔もすべて流れ落ちるまで、声をあげてひたすら泣いた。

 横を通り過ぎていく人間は、怪訝そうな顔で私を見ていたが、そんなことはどうでもよかった。今ここで泣いておかなければいけないと思った。

 泣き止むころにはもう、気持ちは前だけをむいていけるように。



 セルリアを出て一週間がたった。

 私は、毎日歩き続けていた。

 初めは空を飛んでいくことも考えた。でもすぐに、それはやめておいたほうがいいだろうと思った。

――――人間は空を飛ばない。

 そーいちが、出会ってすぐに私に言ったことだった。

 そして、そーいちは私に空を飛ぶことを禁じた。ほかの人間にみられるのはとても危険だから、と。

 なら今も、それを守り続けるほうがいいだろう。

 基本的に道があるところを選んで進んでいった。

 でも、当然そんな場所ばかりではない。崖があったり、川が流れていたりと行く道を阻むものは数多く存在してる。

 そんなときは、周りに人がいないことを確認してこっそり飛行した。

 目を閉じて、まわりに人の気配を探る。人間の姿だから、竜のときよりも感覚は落ちるけど、それでも周りに人間がいるかどうかくらいはわかる。

 ただし、狩りをする人間はちがう。彼らは気配を絶つことにたけている。だから本気で気配を消していたら、私でも感知することは難しい。


 あの時も、私はとくに油断していたわけではない。しかし、一週間歩き続けていたことで、体のほうはともかく精神的にはかなり疲弊していたのだろう。

 しかし、私はそのことにまったく気づいていなかった。



 雨が降ってきた。さっきまではあんなに晴れていたのに。

 空は厚い雨雲に覆われ、もう朝だというのに辺りは夜の闇に逆戻りしたかのように暗かった。

 気付くのが遅かったせいで、頭から水をかぶったかのようにびしょ濡れになってしまった。

 いらいらする。

 ぬかるんだ地面に足を取られながらも先を進んで行く。すると突然、目の前の景色が変化した。

「これは、湖?」

 広大な水面が私の前に立ちはだかっていた。

 向こう岸はかろうじて見えるが、回り道をしようにもどこまで進めばいいのか見当もつかない。

「仕方がない、かな」

 こんなところで、もたもたしているわけにもいかない。

 最短の方法があるのならそちらを選ぶべきだろう。

 ふわり。 

 足が地面から離れた。そのまま前進していく。

 水面は雨と同時に真っ黒に染まり、それが私の気持ちをさらに暗くしていた。

 もう少し加速して、早くここから離れよう。

 そんなことを考えていた時だった。

 ドンッ。

 何かが爆発するような、そんな音が聞こえてきた。予兆めいたものはまったくなかった。

 それなのに、気が付くと私の心臓があったと思われる部分には小さく穴が開いていた。

「なに、これ」

 後ろを振り向く。

 そこにはひとりの男が狩猟用の銃を構えて立っていた。その顔は、まるで化け物を見ているかのように恐怖の色に染まっている。

 しまったと思ったが、もう遅かった。

 撃たれたところからは血が一滴も流れない。死体だから。

 竜はこれくらいでは死なない。でも、その小さかった穴がみるみる広がっていくのがわかった。

 ___その体は脆くて壊れやすい

 それは、あのひとがこの体をくれたときに言っていた言葉だった。

 なるほど、そういうことか。

 あのひとの言っていたことがようやく理解できた。

 つまり、この体はもう私の正体を隠すことができなくなったのだ。

 人間の体が溶けていく。

 今この瞬間まで私だったものが、鈍い音とともに、黒い水の中に消えていった。

 それは、思い出まで一緒に沈んでいくようだった。

「そーいち」

 無意識に、大好きだったその名前を口に出していた。

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