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非常事態


酒場を出た俺とエンケパロスは、小さな林沿いの夜道を一緒に歩いた。空にはニューワールドの月が二つ。

おかげで夜とは言っても、そこそこ明るい。


「教えてくれ。“杖”は今でも存在するか?」


「あれは形を変える事はあっても、無くなる事は無いわ」


グアルディの杖は今でも存在する。そう聞いて俺はホッとした。

エリスの送ってきた報告書には破壊されている可能性が示されていた。


「でもね、駄目よ。あなたを愛している一人の女として言うわ。その“杖”は罠よ。近寄っては駄目」


どういう意味だ? だが、それを聞く事は出来なかった。

エンケパロスが急に身体を寄せ、ささやく。

「魔術師がいる。不覚だわ。今まで気がつけなかった」


「どこだ?」


「すぐ後ろ。人間が二人。人で無いものが一体。酒場からつけられてたみたい」


「お前が遅れをとるとはな」


「あなたのせいよ。あなたと話をするのに夢中だったから、気がつかなかった。恋する女を責めるもんじゃないわ」


「勘弁してくれ。無茶苦茶むちゃくちゃ言うな」


俺はゆっくり振り向いた。

「覗き見は趣味が悪いぜ」


10メートルほど先にぼんやりと輪郭りんかくが浮かび、徐々に人の姿を現す。隠蔽いんぺいの術を解いたのだろう。

月明かりが彼らを照らす。

人影が三人。近寄って来る。


「風瀬さん、勝手に居なくなっては困ります。あなたにまかれた兵のことも考えてあげてください。可哀想に懲罰房ちょうばつぼう入りが確定です」


男は俺が新日本国に着いた時に、迎えてくれた加賀少佐だった。右隣の女は少佐の使う召喚機構“三日月”の疑似人格“明日花あすか”。

左隣には、フードに顔をおおわれたローブ姿が見える。柔らかい身体の線から見てこいつも女だろう。エンケパロスが言っていた魔術師のようだ。


「恥を知って欲しいものですね。まさか裏切るとは」


「俺は裏切ってなどいない」


「邪神とからんでおいて、そう言われても説得力がありません」


少佐の視線の先はエンケパロスに移る。

「……邪神の女。敵地のど真ん中でいい度胸だ。命の覚悟はしてもらおう」


「あら怖い。魅力的な脅し文句ね。ところで二枚目の軍人さん……私には、エンケパロスと言うちゃんとした名前があるのだけど」


「これは失礼。私は陸軍特殊作戦部の加賀と言う……ここで何をしていた? そこの裏切り者と、我が国を内部から破壊する算段さんだんでもしていたか」


「よしてよ。ここに来たのはデートが目的。あなた達と戦うつもりは無いわ。私に何のメリットも無いし」


「五十万以上の人間を殺しておいて……そのセリフか」


「五十万? アストロサイトの奴、仕事サボってるようね。それで文句があるなら担当者へどうぞ。アストロサイトが、あなたの地区担当よ」


ローブ姿の魔術師が歩み出た。

「加賀少佐。そいつと話をしても無駄だ。人間とは論理が違う。ここは私に任せて欲しい」


彼女はフードをね上げ顔をさらした。こぼれ出た金髪が月光に照らされた輝く。

西洋人的な外見からして、新日本国に併合されたハーヴィー王国の生まれだろう。

切れ長の目にりんと引き締まった口許。綺麗きれいだ。最近、美人に慣れてきた俺だが“とても”と言う副詞を献上してもいい。彼女の態度は明らかに自身の美しさに誇りを持っている女のそれだった。


少佐はその魔術師に尋ねる。

「主席魔術師殿。どうするつもりだ?」


「簡単な事だ。話が通じる相手を締め上げる」


「……まあ、いいだろう。お手並み拝見といこう」


嫌な予感がする。案の定、魔術師は俺を見た。

「風瀬 勇。貴様、ここで何をしていた? これから何をしようとしていた? 他の協力者はどこだ? 答えろ」


「あら、私の相手はしてくれないのね。寂しいわ」


「化け物は黙っていろ」


「私が化け物なら、あなたは一体何者でしょうね?」


魔術師はエンケパロスを無視し、俺をにらみ付ける。

「聞こえないのか? 答えろ」


強気な女は嫌いでは無い。だが高圧的過ぎる女は趣味じゃ無い。その手の奴を見ると何か言いたくなるのが俺の悪いクセだ。

「何をしていた……か。どこからどう説明したらいいか難しいな。まずは名乗ったらどうだ? お前は俺を知っているようだが、俺はお前を知らない」


「名乗れだと? ふざけた男だ。どういう状況なのか分からないと見える」

魔術師は、右手を俺に向けた。てのひらが銀色に輝く。


「お前のような男の扱い方は知っている。痛い目に遭わないと自分の立場が分からない」


「自分の立場か……好かれてないのは良く分かった。それで十分だろう?」


「貴様、私を馬鹿にしているな」


魔術師のてのひらが強く輝く。妖精の声が脳内に響いた。

(攻撃魔法。来ますっ!)


次の瞬間、魔術師のローブが下からまくれ上がり彼女の視界をふさいだ。ズロースのような下着があらわになる。魔術師は慌てて捲れ上がったローブを押さえつけた。魔法を撃つどころでは無い。

エンケパロスが、面白そうにその姿を眺めている。


「主席魔術師さん。カザセを攻撃するなんて私が許すと思った?」


魔術師はパタパタしているローブを必死に押さえつける。男みたいな口のきき方のクセに、人前で肌を晒すのは嫌らしい。


「……どうして私に魔法が効く?」

魔術師は胸元から宝石の様なものを取り出した。次の瞬間、その紅い塊は粉々に砕ける。


「ごめんなさい。その魔法防護のアミュレット、私が壊しちゃった。本当に魔術を防ぎたいのならこうするのよ」


エンケパロスは両手を掲げると光のドームが俺達を覆う。

「絶対魔法防御……無詠唱で? いや違う。その魔術は……まさか」

魔術師は、よろよろと後ずさった。


「私の力を見せてあげる。カザセを傷つけようとしたむくいを受けるがいい」


よろしくない状況だ。相手の魔術師はタダでは済みそうに無い。

俺は邪神に声をかけた。「よせ。十分だ」


「お馬鹿さんに格の違いを教えるだけ」


「駄目だ」


「何言ってるのよ? 向こうが先にあなたに手を……」


エンケパロスは俺のけわしい表情に気がつくと、ため息をついた。

「いいわよ。分かったわよ。本当にもう……女にだけは優しいのね。その優しさを私にも分けてほしいものだわ」

そう言うとそっぽを向く。

さすがの俺も相手が女だから止めたわけじゃ無いが、何を言ってもヤブへびに成りそうだった。

俺は加賀少佐に向き直る。


「少佐。俺は裏切って無いし、エンケパロスは新日本国の敵では無い。それどころか、彼女はそちらの味方になる」


少佐はため息をつく。

「それを信じろと言うのですか……主席魔術師殿、あなたでは力不足だ。下がりなさい」

魔術師は、悔しそうに俺を睨み付けると少佐の後ろに下がった。


「さて、どうしたものでしょう? 私としては気が進まないのですが、やはり裏切り者は始末しておくべきでしょうか」


「俺を信じられないのか?」


「ええ。その通り」


「俺と戦っても新日本国の利益には成らない。そして……そちらに勝ち目は無い」


「それは困りますね。明日花あすか、君の意見を聞こう。我々に勝ち目は無いそうだ」


秘書のようなスーツ姿の疑似人格の明日花が眼鏡に手をやって答える。

「敵の戦力分析を申し上げます。第二世代型 兵器召喚機構“トライデント”及び同オペレーター、それに“脳”タイプの邪神が一体」


「強敵だな。やはり勝てそうもないか」


「ご冗談を」


次の瞬間、俺は一体何が起こったかのか分からなかった。気がついた時には明日花あすかが目の前に居た。

動きが速すぎて対応出来ない。彼女の短刀が振り下ろされる。

俺は腕を犠牲に身体を守ろうとした。


「マスター!」


斬撃ざんげきは来なかった。代わりに目の前で崩れ落ちる妖精。

彼女は実体化して盾に成ってくれたのだ。

視界にシステムメッセージが点滅。無機質なマシンボイスが脳内に響く。いつもの妖精の声じゃ無い。

(警告:第一疑似人格が重傷。作動不能の恐れあり。システム機能に制限)


「カザセ、離れて!」エンケパロスの叫び声が聞こえた。明日花あすかに降り注ぐ“魔法の矢”。

だが彼女は、何事も無いように俺の身体にこぶしを叩き込む。


衝撃。


身体が折れ曲がり無様に地面に転がる。俺は胃液を吐いた。

同時にエンケパロスが崩れ落ちる。明日花が拳を彼女に叩き込んだのだ。なんで邪神の力が通用しない?


「思ったよりずっと弱い」少佐がつまらなそうに言う。


俺は喉元にあふれる液体を吐き出す。鉄の味がした。

「……妖精。しっかり……しろっ!」


「マスター……マスター」俺は気がついた。妖精は短剣を自分の腹に必死に抱え込んでいる。

そうか。だから俺は短剣の斬撃ざんげきを喰らわなかったのだ。


「……大丈夫……ですか」

その言葉と共に妖精は光の粒に分解した。身体が一瞬で崩壊するのを俺は見た。

(非常事態:第一疑似人格ロスト。オペレーター重傷。リカバリープロセス起動)


「妖精っ!」


「明日花が旧型だと思ってあなどりましたね。召喚機能自体はあなたのシステムに及びませんが、格闘能力強化タイプです」


少佐は首をふった。


「チェックメイトです。いや日本人としては王手と言うべきですかな」


(9ミリ拳銃)俺の召喚命令に対して素っ気なくマシンボイスが答える。(召喚不能)

次の瞬間、明日花が俺の目の前に居た。

「しぶといですね。楽にしてあげます」 明日花はゆっくりと拳を振り上げる。

もう身体は動いてくれない。まだ望みがあるとすれば……それは


「ぐはっ」


押しつぶされたカエルのような声が聞こえた。明日花の声だ。巨大なハンマーで殴られたように吹き飛んでいく。

目の前には俺を守り立つ少女の姿。ボーイッシュな女子高校生みたいに見えた。

少女は格闘の構えをしながら、地面に這いつくばっている明日花をにらむ。

「調子に乗るな旧型。処理能力を格闘に全振りすれば、お前など止まっているのも同じだ……マスター、待たせてすまなかった。あなたに会えて嬉しい」


(リカバリープロセス正常に終了。非常用疑似人格の起動完了)例のマシンボイスが脳内にひびく。


「……間に合った……か」


「私は非常用疑似人格の“シャドウ”です。命令を、マイマスター」



――――……――――……――――……――――……――――……――――……

<作者よりお知らせ>


久しぶりに短編の新作をアップしました。ハイファン無双ものです。


“帝国の絶対守護者~俺は悪魔の力で敵を討つ~”

ご興味有れば、是非お試しください。


名も知れぬ黒い文鳥より

――――……――――……――――……――――……――――……――――……

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