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契約


妖精の緊張した声が聞こえる。


(警告。すぐ声に出して否定してくださいっ! 言霊ことだまを使った魔術の可能性あり。契約が成立すれば強制されます)


だが彼女の警告は間に合わなかったようだ。エンケパロスのマナが身体を駆け巡るのを俺は感じる。


(マスター、敵魔術の発動を確認)


悪魔は魂と交換に三つの願いを聞くと言う。結局のところ邪神も似たようなものらしい。

契約を定めそれを守ることを強制する。これはそう言うタイプの魔術だ。

俺は邪神との会話を思い出す。助ける代わりに俺自身を対価として受け取る……こいつの術はそんなところだろう。残念ながら心理防壁しんりぼうへきはこの種の魔術を防げなかったようだ。


「……やってくれたな」


「油断したあなたが悪い。女に甘すぎるのは致命的ちめいてき欠陥けっかんよ。これからは注意することね……もっとも、もう遅すぎると思うけど」


「不意打ちは卑怯ひきょうだろう」


「負けは素直に認めなさいな。男らしくないわね」


ああ言えばこう言う。主導権はまた向こうだ。


「あなたの頼みを聞いてあげる。それであなたは私のもの……でも悪い話じゃない筈よ。あなたは一生を幸せに過ごせる」


「ペットにでもする気か。止めとけ。俺は飼い主でも噛み殺す」


「強がっても駄目よ。あきらめなさい。あなたは私の可愛い子犬に成るの。餌なら私がたっぷりあげる」


妖精がささやく。

(マスターすみません。私では力不足だったようです。防護出来ませんでした)


(気にするな。お互い魔術は本職じゃ無いんだ。それに、まだ負けと決まった訳じゃない)


(エリスさんの……エリスさんのサポートをもらうことを提案します)


(……いいだろう。ギアスが発動した時の状況をエリスに送ってくれ。前後のセリフも忘れるな。分析結果が欲しい)


(了解です)


俺は邪神のモノに成るつもりは無い。だが、これはチャンスでもあるのだ。

言霊ことだまを使った魔術に関し俺には経験がある。今は俺の腰で眠っているアザーテスの小剣だ。

この強力な魔法剣は言霊ことだまで条件を設定し、マナを燃やし術を発動する。

エンケパロスの術は、俺の小剣と同じ匂いがした。


いくらなんでも……俺のカンはささやく。いくらなんでも、契約の条件設定が甘すぎる。

エンケパロスは自分が勝ったと思っている。それにつけ込むんだ。手伝わせた後で契約を無力化すればいい……可能ならばだが。


邪神が微笑ほほえんだ。

「変な事、考えてるでしょ」


「いいや。お前と一緒に生きていくのも愉しそうだ、と考えてたとこだ。実を言えばそう言う生活は嫌いじゃ無い。軍人だとなかなか本音は言えないがな」


「嘘よ。裏をかこうとしているのは分かっているわ。私を甘く見ないで」


「信用が無いな……ところで一つ教えてくれないか?」


「言ってみなさい。あきらめの悪い子犬ちゃん」


「何故、そこまで俺に固執する?」


エンケパロスは再び微笑んだ。まるで女神のように。


「モテる理由を女に聞くのは反則よ。でも……まあいいわ。教えてあげる。私が人間だった時の事を思い出したの」


「思い出す?」


「言ったでしょ? 私達スプランクナは元は人間だった……でも人間としての生を終える時に、ほとんどの記憶を失う。生きてる時の私はどこかの王国の魔術師だったのよ。それだけは覚えているわ。戦いで殺されたの」


「俺に執着しゅうちゃくする理由はそれか。お前を殺した奴が俺に似ていた……それで恨みを晴らしたい。違うか?」


「どこをどう突っついて、どう折り曲げたらそう言う発想が出てくるのよ? もちろん違うわ。私をかばって死んでいった男の事を思い出したのよ」


「そいつは、つまり……恋人だったのか?」


「そうなんだと思う。良く覚えてないの。でもその男が最後に言った言葉は鮮明に思い出せる。“待っててくれ。必ずお前を迎えに行く”必死な表情だけは、今でもはっきり思い出せる」


「言っておくが、そいつは俺では無いぜ」


「当たり前でしょ。あなたよりずっと二枚目だったし。でもね」


エンケパロスは少しさびしげに見えた。

「レガリアで助けてもらった時、私には、あなたがその男に見えたの。不思議よね。全然似てないのに」


「代用品は勘弁かんべんだ」


「きっかけに文句をつけるもんじゃないわ。今は代用品なんかじゃない……って私の口から言わせたいの?」


妖精の声が脳内にひびく。

(エリスさんとの通信が一瞬だけ回復しました)


(回答は貰えたか?)


(はい。“敵のギアスは不完全。自分の言葉に注意して……オーバーライド”短い時間だったので解読出来た内容はそれだけです。私達は新日本国の通信妨害を受けていると思われます。今までエリスさんから連絡が無かったのはその為です)


(分かった。ご苦労だった)


ギアスは不完全。エリスの答えはもらった。どこが不完全なのか目星もつく。

後は俺の覚悟次第だ。なんとかして邪神を油断させるんだ。


「聞いてる? 手ぶらで帰るつもりは無いのでしょう?」


「そうだな。ようやく覚悟ができた。認めよう。悔しいがお前は魅力的だ」


「そんな事は思ってないクセに」


「そうでもないぜ」


(妖精よ、頼む。俺を守ってくれ)

そう脳内でささやくと、エンケパロスの身体を抱き寄せた。

邪神は予期してなかったのだろう。身体を硬くする。それを無視して強く抱きしめ口づけをした。

エンケパロスの心臓の鼓動こどうが高まったのを俺は感じる。邪神のクセにまるで少女みたいだ。


(マスター!)


トライデント・システムが咆哮ほうこうした。

リミッター解除、焼き付き覚悟の戦時緊急出力ウォー・エマジェンシー・パワーの解放だ。システムの膨大な出力で心理防壁が強化される。

邪神と合わせた唇から、抱きすくめた全身から魔力が流入し俺の心に浸透する。

システムは必死に食い止めようと心理防壁がきしむ。頭が割れそうに痛い。


俺は邪神を抱く腕に力を込めた。

俺の意思が溶かされていく。突き上げるような強い快感で何も考えられなくなる。

離れたくない。ずっとこうしていたい。俺は彼女の唇をむさぼった。


突然エトレーナの悲しそうな顔が脳裏に浮かんだ。

……許して欲しい。俺は残った意思をかき集めて邪神から顔を離す。


「……信用したか?」


「もう一度……キスして」


羞恥心しゅうちしんがようやく俺の頭の片隅かたすみに浮かぶ。ここは酒場の中なのだ。レオの教育上もよろしくない。

しかし周囲の人間は全く興味を示していなかった。エンケパロスの術だろう。

邪神にも恥ずかしさの感覚はあるらしい。


向こうから唇を重ねてくる。

俺は妖精の金切り声を無視して彼女を抱きしめた。



俺とエンケパロスは酔い覚ましの為に外に出た。“気のいいレオの親父亭”は街外れにあって、少し歩くと小さな林に出る。

ニューワールドの二つの月が明るく俺達を照らしていた。地球のフクロウに似た鳴き声が遠くに聞こえる。

邪神は俺の身体には触れずに距離をとって歩いた。女心は良く分からない。


「1つ目のあなたのリクエスト。答えはノーよ」


俺の一つ目の頼み。それは邪神アストロサイトの弱点を教えてくれ、と言うものだった。

すでにアストロサイトとの対決は6日後に迫っている。もっとも、あいつの言う事を信じればの話だ。

もっと早く急襲してくるかもしれない。


「ノーか……そいつは予想外の回答だな。それぐらいは教えてくれてもバチは当たらんと思うぜ。何せ対価は俺自身だ」


「あいつの弱点なんて私、知らないもの。アストロサイトが自分の弱点をこの私に教える訳ないわ。アレはこの戦区の“脳”で、私も他の戦区の“脳”よ」


「ライバル関係と言う訳か」


「ええ、そんなところ。でも心配しないで頂戴ちょうだい。もっといい事をしてあげる。あなたを自分のものにしたいから」


「それは何だ?」


「一緒に戦ってあげる。あいつの事は嫌いなの。ライバル関係と言うのを抜きにしてもね」


「本気か? 味方だろうが」


「敵では無いわね。でもあなたはスプランクナの事が分かっていない。私達の第一原則は“我は我の欲する事を成す”よ。欲望の追求は義務でもあるわ。つまり……私は心の底からアレが嫌いなの。あなたと一緒なら負ける心配も無い」


「味方同士のつぶし合いか? それは創造主の命に背くだろう」


「さっきから文句ばかり言って……何よ。手伝ってあげるのが、そんなに不満な訳? 無能な“脳”が消えて、私と言う優れた“脳”に置き換わるだけよ。それは創造主様の為でもあるわ」


「確かに俺は、お前らの事が良く分かっていないようだ」


「次のあなたの願い。“杖”に関する情報が欲しいのね」


「そうだ。“グアルディの杖”を手に入れたい」


“グアルディの杖”。それは物事を本来在るべき姿に戻すマジック・アイテムだ。それさえあれば俺は妖精――トライデント・システムの機能を回復できる。俺の妖精は、数両の車両を呼び出すだけの非力な存在では無い。本当は数百、数千の兵器を同時に呼び出し、一国全体でさえ制圧出来る戦略兵器なのだ。

だが、すんなりと邪神が助けてくれるとは思っていなかった。敵を強くするのを喜んで助ける馬鹿はいない。


「結論から言うわ。協力を拒否する。他の願いを言って」


「そう言うと思っていたよ。確かに“杖”を手に入れれば俺は強くなる。お前としては不安だろう。だが俺の力はお前の力でもある。なんせ、俺はお前のモノに成るんだからな」


「そうじゃないわ。そうじゃないの」


「まさか……杖はすでに破壊されている?」


エリスから貰った報告書の事が脳裏によぎった。報告書には、グアルディの杖は既にこの世に無い可能性が記されていた。信じたく無かったが、やはり……そうなのか?


「教えてくれ。“杖”は今でも存在するか?」


「あれは形を変える事はあっても、無くなる事は無いわ」


俺はホッとした。エンケパロスが断言するなら、そうなんだろう。


「でもね、駄目よ。あなたを愛している一人の女として言うわ。だから信じて頂戴ちょうだい。その“杖”はわなよ。近寄っては駄目。絶対に」

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