追ってくる車
◆
「明日の昼ごろに迎えに来る」
そう言い残すと加賀少佐は、疑似人格の明日花を乗せてジープで去って行く。
俺は目の前の洋館を見上げた。
こぢんまりとしているが、どことなく品がある建物だ。軍幹部用の宿泊施設らしい。
突然、視覚に文章がフラッシュした。
(“左腕”のエリスさんから緊急通信)妖精が囁く。
内容は“デート”の相手、邪神エンケパロスからのメッセージだった。エリスが転送してくれたらしい。
“女を待たせる男は一回、死ぬべき。もう私は着いているわよ”
エリス自身のメッセージも添えられていた。
“エンケパロスは首都妙高から50キロほど北の、五月雨と言う都市でカザセさんを待っています”
そして追伸。
“敵と言えど女を待たせるのは感心しません”
あんた、一体どっちの味方なんだ? 俺みたいな純情が服着て歩いてるような誠実な男を、邪神と一緒になって責めるのはいかがなものか。
(“すぐ行く”と返信しておいてくれ)
(了解)
洋館の扉が開き、初老の男が出てくる。うやうやしく頭を下げる。
「カザセ様ですね。加賀少佐からお話は伺っております。どうぞこちらへ」
俺たちは客室に案内された。
◆
「で、クリフ。なんであなたが、ここに居る訳?」 腕組みをする妖精。
「しょうがないだろう。一部屋しか用意されて無いんだから。完全に少佐のミスだ」クリフはそう言いながら窓を開ける。
外には森が見えた。建物の趣味といい場所といい、新日本国の軍部はかなり贅沢してる。
俺たちに割り当てられた部屋は、リビングルームと寝室に分かれていてかなり広い。寝室には大きめのベッドが二つ。
「誰だってあなたがここに泊まるとは思わないでしょ。自分のせいなんだから責任とって消えてもらえないかしら?」
「そいつは困る。姿を消したら俺は金剛まで戻されてしまう。再実体化は大霧のそばにしか出来ないからな。そんな事も分からないのか? 新型が聞いて呆れるぜ」
「知ってるわよそれぐらい。私を誰だと思ってるの? ここに戻って欲しくないから言ってるんですけど」
「お前、性格悪いって言われないか?」
「あんたに言われたくないわよ」
賑やかな連中だ。本当は仲がいいんじゃないだろうか?
だったら妖精が姿を消せばいい、とも思ったが口には出さない。最近の俺は空気を読む能力が向上している。彼女も意地を張りたくなる時があるんだろう。
俺は割って入った。
「しばらくの辛抱だ。さっきの人少佐に問い合わせると言ってたじゃないか。すぐにもう一部屋もらえるさ」
「ええ。まあ、そうですけど」
「それに俺達は出かけるんだ。あいつが待ってる」
あの邪神を待たせるのはあまりよろしくない。そうエリス先生も言っている。
邪神だろうが人間だろうが、美人は気が短いに決まっているのだ。
「ああ、あれですね。私はあまり気が進みませんが」
クリフが外の景色を眺めるのを止めて振り向く。そして俺を睨んだ。
「何の話をしている?」
「情報提供者と接触する。俺と妖精は出かけるぜ。夜には戻る……と思う。それまで部屋は好きに使ってくれ」
「ふざけるな。勝手に歩き回れる訳が無いだろう。ここをどこだと思っているんだ?」
「やってみるさ」
「一緒に行動すると誓った筈だ」
「そうだったか? 全く記憶に無い」
「じゃあねえ。バイバイ」 妖精はわざとらしくクリフに手を振る。
「留守を頼んだぞ。“相棒”」
◆
俺は今、自衛隊時代にいつも世話になっていた高機動車を運転している。
高機動車と言うのは、要するに軍用の汎用小型トラックだ。
本音を言えば、ここに来てまでミリタリーな車を運転したくない。我が日本の誇る高級乗用車もたまには運転してみたいもんだ。
レク○ス……はちょっとここの雰囲気と時代に合わない。なら初代のクラ○ンあたりでも。
だが、そいつを召喚しようとしたら妖精の機嫌が悪くなった。
(私は兵器召喚システムです。民間用の車両を呼ぶなんてとんでもない!)
だから高機動車で妥協することにしたまでだ。
しかし非公開のエグイ兵器まで召喚出来るトライデント・システムが、乗用車の召喚が出来ない――なんて事があるんだろうか?
どうやら妖精のプライド的にそれは許されないらしい。
まあ、道路は凸凹してるし高機動車で正解かもしれん。しかし妖精は「お尻が痛くなるのは嫌です」と言って姿を消している。高機動車の外見はアレだが、乗り心地はそこそこいいのに。
一つ気に食わないのは、俺達を尾行してくる車の存在だ。
ここは森の一本道で、後ろから車がついて来てるのはすぐ気がついた。向こうは隠す気も無いらしい。
「お前は監視されている。当然だろ」クリフが隣で皮肉っぽく言う。
「ここまであからさまとはな。凶悪犯にでも成った気分だ」
「俺が適当な理由をつけてやったから尾行で済んでるんだ。お前一人なら向こうは実力で阻止するだろう。この先には検問所もあるぜ。今は戦時なんだからな」
ドヤ顔でクリフは言う。
クリフが周辺を案内する名目で、俺達は宿を出てきたのだ。
最初からクリフには来てもらうつもりだった。軍政を敷いているこの国で、俺が単独で動き回れる筈も無い。
だから、さっきのはちょっとした俺のユーモアだ。慈愛に満ちたからかいだ。
面白くなかった……か? なるほど。しかし真実は時として人を傷つける。人間には優しも必要だぜ。
「後ろのは召喚された車なのか?」まだドヤ顔のクリフに尋ねる。
追いかけてくる車は箱形ボディのセダン。昭和初期のスタイルだ。
「いや、あれは違うな。召喚で呼び出したものじゃない」
「と言う事は、ここ製の車なのか。工業を支えられるほどの人口はいないだろう?」
「ボディや簡単な部品を造るぐらいは、ここでも出来る。魔術師の力を借りての少量生産なら、もっと複雑なものでも可能だ。この国は工業に執着があるからな。頑張っている。だがあの車のエンジンは輸入品だろう。この国で造る魔術=工学融合タイプのエンジン車とは外見が違う」
俺は兵器商人の顔を思い浮かべた。呉孟風。
エンジンの輸入には多分、あいつが絡んでいる。
あの男はサイドビジネスで、兵器に限らずいろんな製品をこの世界に流し込んでいるらしい。
大霧も珈琲を奴から仕入れていると言っていた。
クリフは後ろを見るのを止めて、俺の方に向き直った。
「ところで会いに行く相手は一体何者だ? いい加減、話してくれてもいいだろう。ここの国民か?」
「情報提供者の事を ペラペラ喋る人間なんていないぜ。普通そうだろ? 映画でも見て勉強しろ」
「話せ。俺に協力して欲しいなら、そうしろ」
「会えば分かる。しかし止めといた方がいいぜ。相手を見たとたん目がつぶれるかも知れん」
「心配無用だ。酷い面は見慣れている」
「俺の事を言ってるなら“野性味あふれる精悍な顔”と言ってもらおうか。言葉は正しく使え」
俺は後ろを振り返った。車は相変わらずついて来ている。
だからと言ってヘリに乗り換えるのは無理だ。すぐに紫電改が飛んでくる。許可無く飛んでいるヘリを見れば、ドンパチは避けられないだろう。ここは首都近くなのだ。
「尾行をまきたい。この道はどこまで一本なんだ」
「……あと20キロも走れば道は二つに分かれる」
俺はアクセルを踏み込んだ。
◆
俺達がスピードを増すと、追っ手のセダンも慌てて追いかけてくる。
車のチョイスは高機動車で正解だった。こんな舗装もされていない凸凹道では四輪駆動が有利だ。カーブを繰り返すごとにセダンとの車間は離れていく。
だが森の中の道では、こちらもアクセル全開とはいかない。完全にまくのは無理だ。
それに俺達を見失ったと思えば、あいつらは騒ぎ出す。検問所にも連絡するだろう。
まあ、しかし。やってみるか。
(妖精。準備はいいか)
(いつでもどうぞ)
カーブを過ぎたところで、俺は車を急停車させた。
泥を跳ね上げながら、車体が斜めになって止まる。
追っ手からは見えない位置だ。木々のせいで、ここはブラインド・カーブになっている。
クリフと一緒に車を飛び降り、俺達は藪の中に姿を隠す。
「今だっ!」俺は叫んだ。
(まかしてくださいっ!)
トライデント・システム起動。
召喚された疑似人格の二人が、今まで乗っていた高機動車に実体化する。そして急発進。
息を殺して藪の中から伺っていると、ようやく追いついてきたセダンが慌てて高機動車を追っていく。
うまくいった……か。しばらく時間は稼げるだろう。
「カザセ」
「なんだ」
「服が汚れた。どうしてくれる?」
「知るか」
◆
俺達の乗った車は森を抜け、美しき邪神エンケパロスとの待ち合わせ場所、“五月雨”に近づく。
今、乗っている車は、1950年代の古めかしいセダンだ。やっぱり妖精は民間の乗用車も召喚出来るのだった。
“五月雨”は予想より大きな街だ。まだ遠いが、中心部に見える建物は日本と言うより中世ヨーロッパ風の建物に見える。石造りの建物も混じっている。
「ここはもともとは、ハーヴィー王国の都市だった。今でも住人の7割以上が旧王国の出身だ」
そういえば、“五月雨”と言う呼び名も街の名前として違和感がある。ハーヴィー王国のセンスだろうか。
俺は車の速度を落とした。
検問所だ。
男が一人と女が一人。止まれと言うように手を振っている。
男は制服を着ていて、サーベルに似た剣を帯びている。腰にホルスター。銃か。
女はローブのようなものを纏っている……まずい。この手の人間は魔術師と相場は決まっている。
向こうには、もっと沢山の武装した人間が居るようだ。
「俺と調子を合わせろ」クリフが彼らを見ながら言う。
「分かった」
「こちらの条件を忘れるな」
「うまく出来たら考える」
クリフの出した協力の条件は、ここで得た情報は洗いざらい喋ると言うものだ。さて守れるかどうか。
なんせこれから会う相手が邪神だと言うのも、まだ話していないのだ。
俺は車を止めた。男が“窓を開けろ”と身振りで合図する。
「身分証明書」男はぶっきらぼうに言った。
もちろん、そんなものは持っていない。日本の運転免許なら探せば出てくるとは思うが。
「身分証明書を見せろ、と言ったんだ。貴様、聞こえないのか?」
「気をつけて! こいつ変! 怪しい術、使ってる」 後ろから魔術師らしき女が叫ぶ。どうやら妖精の展開した対魔術用の心理防壁が引っかかったらしい。
ピーと甲高い笛の音が聞こえた。
車の前でゲートが閉じる。わらわらと集まる男ども。フロントガラス越しに銃を突きつける。
逃げられそうもない。やるしかないのか?
「降りろっ! ゆっくりとだっ!」
(蹴散らしましょう。いつでもどうぞ)妖精が脳内で囁く。
その時、クリフが何か手帳のようなものを男に放った。
「何をするっ!」男は、それをはねのけた。
「出せと言うから出しただけだ。それは軍の身分証だ。俺は特殊作戦部所属 伊能原 クリフ中尉」
そう言えばクリフの上の名前は伊能原だった。クリフ、クリフといつも呼び捨てで危うく忘れるとこだ。
「ぐ、軍だと。特殊作戦部の! で、でまかせを……」
男は慌ててローブ姿の女を振り返った。女は引きつった顔で頷く。「嘘じゃ無いみたい」
「この男は俺の友人で、同盟国の一等武官だ。街を見学する為にここに来た。失礼な真似は止めて貰おうか。国際問題になれば、軍としてしかるべき抗議はさせてもらう」
男の顔が青ざめた。慌てて手帳を拾うとあらためて中を見る。
「……中尉殿、一等武官殿。大変失礼致しました。ご無礼をお許しください」
「新日本国の官憲はなかなか優秀だな。覚えておこう」俺は言った。
「ありがとうございますっ」まあ皮肉で言ったんだがな。ゲートが開き、俺は車を発進させる。
後ろを見ると男どもが直立して敬礼していた。
「遅いぞ。血を見るとこだ」俺は額をぬぐった。
「助けてやったんだ。文句を言うな」
「あそこで魔術師に会うとはな」
「女はハーヴィー王国、男の方は夏月の出身だろう。少なくともあいつらの親はそうだ」
ハーヴィー王国と夏月。新日本国は、第二次世界大戦時代の帝国軍人が両国を占領してまとめあげた国だ。
その前は魔法文明に優れた“ハーヴィー王国”と侍に率いられた国“夏月”とが連邦を組んでいたと聞く。
「ハーヴィー王国と夏月は、昔から仲がいい」クリフが呟くように言う。
確かに個人レベルでも、あの男と女は同僚としては、うまくやっているように見えた。
「帝国軍人とは?」
「支配層は嫌われる。どこでもそうだ」
大霧の話では上手くやっていると聞いていたが、中に入ってみれば色々あるって事らしい。
車は街の大通りに入った。いい具合に日が傾いてきた。もうすぐ夜だ。
デートには丁度良い。夜は大人の時間だ。




