新日本国にて
◆
俺達が乗ったヘリ“SH-60シーホーク”は、新日本国首都“妙高”に近づいた。
パイロットが報告する。
「レーダーに感あり。11時方向から2機の航空機が接近中です。レシプロ戦闘機と思われます」
「仲間が送ってきた迎撃機らしいな」クリフが言う。
迎撃機? 俺は呻いた。こんなところで新日本国相手に戦いたくない。
「勘弁してくれ。お前が乗ってるのを向こうは知らないのか?」
「一応伝えてある」
「なら大丈夫だろう。いくら何でも仲間ごと一緒に撃つまい」
「さあ、そいつはどうかな。必要ならあいつらは発砲を躊躇しない。俺が居るからと言って安心しない方がいいぜ」
「……人気が無いな。仲間には愛想良くしておけ。恨みを買えば後ろから撃たれる」
「余計なお世話だ。少なくとも俺はお前よりマシだ。仲間から嫌われてはいないからな」
間もなく二機のプロペラ式戦闘機が視界に入った。暗緑色に塗られた機体に大きな日の丸。
零戦より少し胴体が太い。あれは……恐らく紫電改だ。第二次世界大戦末期に造られた帝国海軍の戦闘機だ。
(紫電改のN1K5-J型ですね)妖精が脳内で囁く。
一機が主翼を交互に振り合図をした。俺たちのヘリが速度を落とすと、大きく回り込みヘリの鼻先を押さえる。先導するつもりらしい。残りの一機はヘリの後ろに位置をとった。結局シーホークは二機の紫電改に挟まれてしまった。後ろの機はいつでもこちらを撃墜出来る。
「こちらは要注意の“客”って事か」
「大人しくしていろ。そうすれば撃たれる事は無い…………筈だ」
「そこはもう少し自信を持って断言してくれ」
「変なマネをすれば間違い無く撃たれる」
「そこだけ自信を持たれてもな」
ヘリのパイロットが言う。
「ついて来い、と言っています」
俺はうなずき、“シーホーク”は進路を変更した。首都から外れた郊外へと誘導される。
◆
しばらく飛ぶと、軍用らしき小規模な空港が見えてきた。不思議な事に地上に航空機の姿は無い。
あるのは短めの滑走路だけだ。
「あそこに降りろ、と言っています」
「言うとおりにしてくれ」
「了解」
ヘリは降下態勢に入る。
二機の紫電改は着陸しようとはせず、上空を旋回している。俺たちが逃げようとすれば、即座に撃ち落としてくれそうだ。
妖精が脳内で囁く。
(近くに疑似人格の存在を確認。二体います。どうやら兵器召喚システムの第一疑似人格のようです。そいつらのマスターも二人。そばにいます)
(クリフ以外の召喚システムか。まあ予想通りだな。紫電改もそいつらに呼び出された機体だろう……どういう能力を持ってるか分かるか?)
(詳しくは分かりません。少なくとも一体は、航空機の召喚に特化したタイプでしょう。私のような汎用型では無いと思います。向こうは旧式です。能力は限られます)
(コントロールは奪えるか?)
(難しいです。データベースに無い型で、クリフと同じようにはいきません。時間がかかると思います)
一体は、航空機召喚の専用機だと妖精は言う。残りの一体は……地上兵器に特化したタイプだろうか。それとも航空機召喚タイプがもう一体か。
軍艦の呼び出しはクリフの担当だし、ここに居たとしても陸上では戦力外だ。
(何にせよ向こうは二体だ。旧式でも侮るなよ……何かあったら、こちらも召喚して反撃する)
(了解。トライデント・システム起動します。あんな戦闘機、いつでも叩き落としてやりますわ)
ヘリは、軽いショックと共に着陸した。メインローター停止。
二台のジープがこちらにやってくる。それぞれの車には女と男が一人ずつペアで乗っている。合計4人。
男の二人は両方とも軍服姿だ。
女の一人は長身で、黒づくめの服を着た秘書みたいなタイプ。もう一人の女……と言うよりこっちは10代の少女のように見えた。紺色のスーツを着ている。
(女の方は二人とも疑似人格です。男の方はマスターと思われます)
妖精が俺の脇に実体化して来る。今回は地味なスーツ姿だ。久しぶりに彼女の緊張した顔を見る。
4人がジープから降りた。
男の一人は爽やかな好男子風だ。もし自衛隊員だったら、間違いなく隊員募集のポスターに使われるだろう。
もう一人は目つきが鋭く精悍なタイプに見える。まあ目つきの鋭さだけなら俺も負けてはいない。精悍さで勝っているかどうかは、女性陣に聞いて欲しい。口が悪いシルバームーンは除いてだ。
男達は何事か言い争っているように見えた。
(あいつら何やってんだ)俺は眉をひそめる。
結局、爽やかな方が口論に勝ったようだ。目つきが悪い方は嫌嫌ながらついてくる。
爽やかな方がクリフに話しかけてきた。白い歯が眩しい。
「ご苦労だった。大霧はどうした?」
「恵子はまだ金剛だ。俺は客を案内する為に先行した」
「この人がお前の言っていた日本人か? 新型の召喚機使いの……」
目があった俺は、自分から名乗る。
「風瀬 勇だ。ユリオプス王国の軍を率いている」
妖精もにっこり微笑み自己紹介をした。
「召喚システムの疑似人格で渡辺ユカと言います。システム名称は“トライデント”。よろしくお願いしますね」
「あなた方は大霧を助けてくれたそうだな。大変感謝している。俺は加賀 秀太郎と言う。新日本国特殊作戦部所属の少佐だ」
俺は差し出された手を握った。
加賀の隣に控えていた、静かな印象の黒ずくめの美人――秘書のようなタイプの方だ――が自己紹介した。
「加賀様にお仕えしている疑似人格の明日花と申します。機構名称は試作型召喚機構“三日月”です。主に陸上兵器の召喚を担当しております」
「そして、あそこに居るのが……おい、石川大尉。どこへ行くつもりだ?」
「もう十分だろ、少佐? あんたの顔を立てて、ここまでつきあってやったんだ。俺は基地に戻るぜ。俺は少佐に会いに来たんであって、そこの唐変木に会いにきたんじゃない」
唐変木と言うのは俺の事らしいな。
「すまない、風瀬さん。悪く思わないでくれ。こいつは変人でな。それなりに腕は立つんだが……おい、止まれっ! 戻ってこいっ! 命令だ」
目つきの鋭い男は、こちらを振り帰った。敵意ある目で俺を睨む。
「俺は特殊作戦部所属 石川 十六だ。軟弱野郎、耳の穴をかっぽじって良く聞け。お前はここには不要な人間だ。とっとと自分の国に戻れ。未来の日本からやって来たかどうか知らんが、お前の助けなぞ俺達に必要ない」
「分かった。あんただけは笑って見殺しにする事にした。礼儀知らずは嫌いでね」
「そうかよ。そりゃあ良かったな」
奴はジープに向かう。そして右手を上にあげた。掌をヒラヒラさせる。
小柄の少女が、慌てたように男の後を追う。そして立ち止まり俺の方を振り返った。
「す、すみません。ご主人は口が悪くて。私は大尉におつきしている疑似人格の小百合と申します。機構名称は……」
「何やってんだっ! 小百合! 早く来い。そんな馬鹿は相手にしなくていいっ!」
「機構名称は……し、試作型召喚機構“七星”です。こ、航空機の呼び出しが得意です。ごめんなさい。私はこれで…… 待ってくださいっ、大尉! 置いてかないでくださいっ!!」
少女が乗り込むとジープは走り去って行った。
なるほど。紫電改はあの男が命じて召喚させたものか。
どうりで客を案内するには、戦闘機どもは敵意に満ちていた。あの男にはお似合いだ。
◆
恐縮した加賀少佐にさんざん謝られた後、俺達はジープで軍の宿泊所に向かう。
「すまない。あいつの事は忘れて欲しい。我が軍はあなたを歓迎する。今日はゆっくりしてくれ。これからの事は明日、相談させて欲しい」
道すがら、加賀少佐はこの地区の戦況のあらましを伝えてきた。想像以上に悪い。邪神どもが優勢だ。
言いにくそうに、少佐は最後にこう言った。「もし我が国の防衛に協力してくれるなら、それなりの代金は払う。クリフには止められたが、無報酬であなたがたを使うつもりは無い」
「クリフが?」
「あなたは金では動かない、と言われた」
クリフはこちらを向かず、外の景色を眺めている。そして余計なセリフを放つ。
「少佐、言うのを忘れていた。この男には金より女だ。試してみてはどうだ?」
「あなた、人のマスターを盛りのついた獣みたいに言わないでっ!」
「違うのか?」
「英雄、色を好むと申します。異性に弱いのを恥じる必要は無いのではないでしょうか。殿方のたしなみですし」と少佐おつきの疑似人格、明日花が言う。黒ずくめの長身の美人に、真面目にそんな事言われても反応に困るのだ。
「女をあてがわれるのは趣味じゃ無い。俺は生まれつきのハンターでね。口説くのは自分でやる主義だ。金の方も足りている」
少なくともそれが俺の理想ではある。多少の強がりは認めて欲しい。
ついでに“グアルディの杖を渡してくれるなら、指揮下に入るかも知れんぜ”と言おうと思ったが止めておく。クリフの思惑が分からないが、余計な一言でプランを崩壊させるリスクは避けるべきだ。
奴は完全に信用は出来無いが、だからと言って敵では無い。少なくとも今のところは。
少佐は残念そうだ。「そう言われるんじゃないか、とは思っていた」
「俺はまだ態度を決めていない。これからの行動に関しては王国と相談させてくれ」
「分かった。明日の昼頃に迎えに来る」
ジープは小さな洋館の前で止まった。軍がらみの宿舎と聞いていたが、そんな安っぽいものでは無い。
目立たない建物ながらも造りは良く、気品もあった。貴族だって泊まらせられるだろう。
恐らく、軍の上級幹部用の宿泊施設だ。
クリフも当然のごとくジープを降りた。
「あなたもここに泊まるの?」妖精が嫌そうに言う。
「当然だろ。いちゃつきたいなら勝手にやってくれ。邪魔はしないし興味も無い」
(マスター!)
隣に居る妖精の声が脳内で爆発した。ちらっと横は見たが表情は変わっていない。何の内緒話だろう?
(いちゃつかないからな)
(そうじゃ無くてっ! “左腕”のエリスさんから緊急通信)
同時に視界に文章がフラッシュした。
“女を待たせる男は一回、死ぬべき。もう私は着いているわよ”
それはデート相手の邪神“エンケパロス”からの怒りの言葉を転送したものだった。