危険な提案
◆
「カザセ……話がある」 ドア外から聞こえる鬼切の第一疑似人格=クリフの声。
「カザセに用か? 奴なら居ないぜ。寝る前に男と話す趣味は無いそうだ」俺は答える。
「ふざけるなっ! 開けるぞ」
妖精が隣に実体化してくる。手に見たことの無い拳銃。侵入者に突きつける。
俺をガードするつもりらしい。
「動かないで」彼女は警告した。
銃を突きつけられたクリフは、まじまじと彼女を見つめる。
「……すまない。お楽しみ中だったか」
「何言ってるの? 下品な男ね…………あんた、どこ見てるのよっ!」
薄い部屋着で実体化してくるお前の方に問題がある、と俺は思うんだ。
間違いなくクリフの俺に対する“獣度合い”の評価が上がった……いや下がったのか? いまさら気にしてもしょうがない。誤解だと言っても無駄だろう。
「妖精。銃を下ろせ。必要無い」
「しかしマスター」
俺は腕を伸ばし、彼女の拳銃を下げさせた。
「クリフ。話があると言ったな。用件を言ってとっとと消えてくれ」
「そう邪険にするな。女といちゃつく時間なら、他にいくらでもあるだろう……提案があって来た。杖の事だ」
「杖? グアルディの杖の事か?」
「他に何があるって言うんだ。お前はそれ目当てでここに来たんだろう? 二人きりで話がしたい」
グアルディの杖。
全ての物を本来あるべき姿に戻す魔法の杖だ。妖精に使えば数百の兵器を同時召喚出来るようになる。トライデント・システム本来の力が復活するのだ。敵を倒し、エトレーナを死すべき運命から救う為にも必要なものだ。
だが、こいつが杖の話を持ち出すとは……いやな予感がする。
「分かった。甲板に出よう。男同士で月でも見ながら話すか」
「お前と月見? 死んだ方がマシだな」
「月が嫌いなら星で妥協してやってもいい。俺はロマンチストでね」
「この部屋で構わない。カザセ」
「……妖精。すまない」
妖精は不満げな表情を浮かべたが、次の瞬間消え去った。席を外してくれたようだ。要アフターケア。
もっとも妖精は消えても、いつでも俺の表層思考をモニターしている。
クリフも当然それを知っている。それでも俺と二人きりに成りたかったのは、口を挟まれるのが嫌だったのか。
それともライバルである妖精にそばで顔を見られるのが嫌だったのか。
クリフにいつものふてぶてしい態度は感じられず、思い詰めたような表情をしていた。
◆
とっておいた酒を取りだし、一つしか無いグラスを奴に渡す。
俺にも眠れない夜はある。その時の為に用意しておいた酒だった。
奴は拒まずにグラスを受け取った。
「カザセ、一つ教えてくれ。お前はこれからどうするつもりだ?」
「お察しの通りグアルディの杖を探す。当然だろう? あれは敵を倒すのに必要だ」
「手伝う……俺がそう言ったらどうする? 杖の入手を助けてやると言ったら?」
「お前がか?」
「そうだ。俺がだ。俺はかつて、杖を使った事がある。現在の保管場所にも心当たりがある」
「ほう?」
「新日本政府管理下のとある場所に杖はある。お前だけでは手が出せない。俺が手伝ってやる。一緒に行動すると約束しろ。単独行動はするな。それが協力の条件だ」
「お前とペアを組めってか? 死んだ方がマシだな」俺はさっきの奴のセリフをそのまま返す。
「断る……つもりか?」
「死んだ方がマシと言ったぜ。組むなら大霧の方がいい。お前と違って信頼出来る」
「勘違い野郎に警告しておこう。恵子はお前に気などない。余計な夢は見ないことだ……そして杖の場所は彼女は知らない」
クリフは俺に顔を近づけた。威嚇するように声を低める。
「……いいか、良く聞け。彼女を面倒事に巻き込むな。あいつはお前を助けようとはするだろう。しかしそれは確実に失敗する。彼女は新日本国の軍人なんだ。祖国に弓を引かせるつもりか?」
「祖国に弓? 物騒だな。正直、言ってる意味が分からない。杖が政府の管理下にあったとしても、頼めば使わせてくれる筈だ。俺の敵は彼らの敵でもある。まさかお前は、手当たり次第に俺が喧嘩を売るとでも思っているのか?」
「政府はお前に協力しない。あいつらのやり口は知っている。諦めろ。……施設を急襲して杖を奪いとれ。それしかない。俺も手伝ってやる」
「盗み? 面白くない冗談だ。ユーモアのセンスが全く無い。根本的にやり直せ」
「言う事を聞け。それ以外の手段は無いんだ」
「嘘ではない、という証拠は?」
「あったとしても、教える事は出来ない」
妖精の声が脳内に響く。
(マスター、クリフの心を読めません。こちらが知らない防御障壁を使っています)
(興味深い)
(もう! そんな事を言っている場合ですか?)
俺は眼を細めた。クリフに言う。
「ふざけた野郎だ。何を隠している? 妖精が本気を出せばお前のコントロールを奪える。記憶を盗むことも可能だ。鬼切はトライデント・システムに敵わない。忘れた訳ではあるまい」
「やってみろ。俺は、すぐに杖の記憶を消去する。お前の破滅は確定する」
「秘密施設に忍び込んだら、どっちにしろ俺は破滅だ。違うか?」
「確かにあそこは重武装している」
「勘弁してくれ」
「お前なら、突破するのは不可能じゃない。力を貸してやる」
俺は酒の瓶に手をかけた。別に殴ってやろうと思ったわけじゃない。無性に喉が乾いたからだ。
しかし、くそっ。グラスはもう無いんだった。唯一のグラスは奴の手の中だ。
「お前は俺が嫌いなはずだぜ。クリフ」
「ああ。大嫌いだ。だがお前の敵は俺の敵でもある。個人的な感情は問題にならない。失敗は望んでいない」
こいつの最大の関心ごとは大霧の安全と幸福……の筈だ。奴にとっては、国の事よりも大霧の方がプライオリティが高い。大霧を守るために新日本を裏切る、それか? それ以上の裏は無い……と思っていいんだろうか?
「考えさせてくれ。明日には答える」
「……いいだろう。だが恵子には話すな。そこだけは俺を信じろ」
「無茶を言ってくれる。その態度で言う言葉じゃ無かろう?」
妖精の声が脳内に響く
(断るべきですっ! こいつの提案を真面目に受け取るなんてどうかしてますっ!)
(確かに俺はどうかしている。しかし全くの嘘でも無い気がするんだ。嘘の中に真実が混じっている。そんな感じがする)
(まさか受ける気ですか? 泥棒やるって事ですよっ!)
確かに俺はいっぺん死んだ方が良さそうだ。本当にどうかしている。
クリフが呟くように言った。奴の顔は悲しげに見える。
「カザセ、お前は俺の同類だ。大事な者を失う痛みに耐えられない。助ける為には何でもする。違うか?」
「どうだかな。勘違いだと思うぜ。俺は自分が一番大切だ」
「お前はやるしかない」
「しつこい男は嫌いなんだ。女にも嫌われる。……明日、答えると言った筈だぜ」
奴は俺を睨みつけた。だが、すぐに眼をそらす。
「……旨い酒だった。良い答えを待ってる。“相棒”」
クリフは出て行った。
◆
(あ~気色悪い。塩まいていいですか? あの疫病神。マスターを変な事に巻き込んでっ!)
塩をまく? ……お前、婆さんか何かか? もっとも彼女の本当の歳は分からない。本当に年よりなのかも知れない。
(エリスが送ってきた報告書の続きを読みたい。投影してくれ)
(もう休んだ方がいいです。夜明けまで二時間もありません)
(いいんだ。眠れそうに無い)
(膝枕してあげましょう。子守歌も)
俺は妖精のさっきのネグリジェみたいな服を思い出した。
(謹んで両方とも辞退する)
残念そうなため息と共に、報告書の内容が視覚に現われる。
“グアルディの杖に関する調査報告書 作成者カール・ホーリス”表題がフラッシュする。
エリスの組織“左腕”がまとめあげた、杖に関する報告書だ。
文章量が多いな。流し読みすることにした。
どうやらグアルディの杖は、敵でも無く味方でも無い高度な魔法文明を持った第三の存在が造ったものらしい。
“杖の在処について”の項目で俺の目が止まる。そこには次の文章があった。
“この杖のように高価で貴重な魔法工芸品の所在を確かめるのは、極めて困難である。所有者は厳重に隠すのが普通だからだ。しかしカザセ ユウ大尉の従事しているミッションの重大さを鑑み、我らはエルリック大司祭の協力を仰ぎ、杖の場所を特定することを決めた”
カザセ ユウ大尉だって? 入社した時は少尉待遇だった筈だが。知らない間に昇進したらしい。
昇給もするんだろうか。
疲れの為か、どうでも良いことを考えながら俺は次の文章を見て凍り付く。
“大司祭の協力の下で二つの司教隊を投入し、大魔法アンゲロス・マーシーを使用する事を決断した。当魔法は、我らが使える最上位の探索魔法である。詠唱による死者は二名で済み発動は成功した。だが杖の所在は確認出来なかった。よって次のことは確信をもって言える”
“グアルディの杖は既に破壊されている、もしくは消滅した可能性が非常に高い。アンゲロス・マーシーでも発見出来ない状況から考えて、この結論は妥当であると考える。作戦行動の立案に関し注意を要する”
嘘だ。
杖がもう無い? 破壊されている? クリフはそんな事は言っていなかった。
“左腕”が間違っているのか?
それとも、クリフは俺を騙そうと嘘を言っているのか?
(マスター、大丈夫……ですか?)
杖が壊れている? そんな事は認められない。
アストロサイトとの決戦は一週間後だ。
そしてエトレーナを死すべき運命から救うには、杖は絶対に手に入れなければならない。
(大丈夫だ。妖精、どう考える? 意見を聞きたい)
(私には……私には分かりません。ごめんなさい)
俺は決心した。
クリフの提案を受け入れる。奴は何かを知っている。
万が一、奴が俺を騙しているなら……その時はこちらから裏切るまでだ。
◆
次の朝、俺は戦艦金剛をヘリで飛び立つ。クリフも一緒だ。
シルバームーンもレイクも竜族は連れて行けない。レガリアのお姫様をスパイやら強盗にする訳にはいかないのだ。
大霧と竜達には俺に仕事絡みの急用が出来て、クリフが付き添いで同行すると話した。が、信じてはいないだろう。それならそれでやむをえない。
二日後に新日本国首都、妙高で落ち合うことを約束する。守る事は、多分出来ないと思うが。
「風瀬さん、あなたには本当に感謝している」
ヘリに乗りこむ時、大霧は突然そう言った。
見送りに出ていたシルバームーンが怒ったように言う。
「何言ってるの。まるで永遠の別れみたいじゃない。二日後にまたすぐに会えるのよ。そんな事言うのは縁起が悪すぎ」
「ああ……すまない。そうだな。そのとおりだ」
「心配するな。すぐに合流する。じゃあ、俺達は行くぜ」
「忘れないでくれ。私は常にあなたの味……」
ローターの回転音が急に高まり声は聞こえなくなった。
俺は心の痛みを無視してヘリに乗り込む。
俺達は新日本国首都“妙高”に向かう。
そう、言うのを忘れていた。邪神“エンケパロス”から“左腕”経由でデートの返事も来ていた。
“初デートの場所は、殿方が決めるべき”とあったので丁度いい。新日本国に呼びつけることにする。
敵の邪神“アストロサイト”の弱点を探るためのデートだったが、グアルディの杖についても、彼女が何か知っているかも知れない。