ニューワールド
◆
「エトレーナ陛下。カザセ軍団長。ご報告申し上げます」
敵の王の元に送っていた使者が戻ってきた。さっそく報告を始める。
「敵国ギルアデールでクーデターが発生致しました。我らの敵、デストール王は既に死亡しております。クーデターのリーダーは、デストール王を討ち取ったと言っています。彼等は我らと和平を結びたいそうです」
使者は持っていた木箱を床においた。おいおい。そいつはまさか…
「中には王のものらしき生首が入っております。クーデターのリーダーより、エトレーナ陛下への土産だと渡されました。
彼等は自分達が平和を愛する一派だと主張しています。我が国と和平を結ぶ為、暴虐の限りを尽くした極悪人である王を討ち取ったと言っています」
困惑するエトレーナは、俺の顔を見る。
クーデターか。あり得ないことではないが、タイミングが良すぎる。
これは恐らく…フェイクだ。
「…俺が送った、空爆の為の戦力が大きすぎたんだ。破壊の規模が奴らの想像を超えていた。全てを滅ぼされる可能性に恐怖し、今の王を切り捨てることで生き残りを図っているって事だと思う。
最悪、その生首が王の身代わりの可能性もある。全てが芝居なのかも知れない」
「カザセ様の見立てを否定は出来ません。顔ぶれを見るに、彼等が元から和平を主張していたとは思えないのです。
王以外にも、ユリオプス国民の虐殺を計画した首謀者たちを引き渡す用意があると伝えられました。何処まで信じられるものか…」
敵の野郎、とことん腐ってやがる。そんなに簡単にお偉方たちをこちらに差し出せる訳ないだろう。
自分を守る力があるから権力者なんだ。
もしそんな直ぐに俺たちに引き渡せるとしたら、裏があるに決っている。
「エトレーナ。十分注意したほうがいい。クーデター自体が、でっち上げの可能性がある。それに黒幕は別に居るのかもしれない」
「分かりました。もう少し情報を集めてみます。しかし私は和平の申し出を受けるつもりです」
俺は驚いた。
「いいのか? 君たちは一方的に蹂躙されたのだろう? 何の罪もない人々が殺されてきた。君の父君や母君だって…。
エトレーナ、もし君が望むなら俺は…」
「カザセ様のお力なら敵国を滅ぼすことは簡単だと思います。しかし国は滅ぼせても、モンスター達を一匹残らず駆逐するのは難しいでしょう。
リーダーを失い、まとまりが無くなった亜人たちは復讐心に燃えて野党や盗賊と化します。そして我が国の国民を襲うでしょう。
それにお忘れですか? 私たちはニューワールドへの移住を急がなければいけません。偽りの平和であろうが、時間を稼げれば十分なのです」
「しかし、俺は、本当に悪い奴が生き残るのは許せない…」
「私達のことを心配していただきありがとうございます。私がカザセ様にどれくらい感謝しているか、言葉ではとても言い表せません。しかし、いいのです。
我々には時間がありません」
本当の黒幕が陰で笑っているかも知れないんだぞ。
そう言おうとして、俺はエトレーナの手が細かく震えているのに気がつきハッとする。
恨みの感情を簡単に割り切れるものではないことを、一番感じているのはエトレーナ自身なのだ。
そう。俺には、これ以上エトレーナにとやかく言う資格はない。
俺は所詮、知っている誰かを殺された訳では無い。部外者だ。
そして、ニューワールドへの移住を急がなくてはいけないのも事実なのだ。
人々の身体を、醜い出来物が覆い、腐りきってしまう前に。
そして、皆が死んでしまう前に。
エトレーナの美しい身体が損なわれ、彼女が苦しむ前に。
俺は、人々の移住を終わらせなければならない。
それは分かってはいるが。
エトレーナの政敵で、彼女を手に入れようとした、オディロン・アルドル公爵の方には動きは無い。
俺の送ったB-1戦略爆撃機編隊が攻撃を終え、人々が戦果に熱狂しているのが分かると、自身の不利を悟った公爵は自分の領地に引きこもった。
王宮内を我が物顔で行き来することも無くなった。
しばらく様子を見るしかなさそうだ。
公爵側が焦って、分かりやすい嫌がらせをやってくれれば拘束や投獄もアリかも知れない。
エトレーナは嫌がるかもしれないが、多少強引にやっても支持は剥がれない筈だ。今のエトレーナには勢いがある。
まあ、向こうの出方を待とう。…俺たちも、そろそろ本来の仕事に精を出す頃合いだ。
獣人たちと政敵が大人しくなった今、エトレーナが望むように”ニューワールド”への移住に本格的に取り組むとしよう。
◆
ここまで俺の文章を読んでいた読者は不思議に思っていたかも知れない。
王国の周辺が敵に覆われていた状況で、どうやって移住しようとしていたんだ、と。
その疑問はもっともだ。周囲が敵で溢れていた状況で第一回移民団は出発した。
結局彼らは全滅したが、普通に考えるなら初めから成功する筈が無い。
どこへ行っても敵だらけで、どうやって移住すると言うのか? しかし、参加した人間が自殺志願者だった訳ではない。
実はニューワールドは、陸続きで繋がっている訳では無いのだ。
もちろん、陸続きではなく海の向こうの大陸だった…と言うオチでもない。
ニューワールドは異世界にある。ここユリオプス王国から見ても。
エトレーナが調べた先祖の記録の中で、役に立った情報は二つあった。
一つ目の情報は、強大な力を持ち残酷だが、味方をするかも知れない種族の召還方法。
実際に出てきたのは子猫より従順な俺だった訳だが。
二つ目の情報は、先祖たちが将来の王国のマナ不足を予言し、そうなった時の為の移住先である”ニューワールド”への行き方。
ニューワールドに行く方法はこうだ。
王宮から馬で半日ほどかかる距離に、古代の遺跡がある。そこの地下で魔法の術式で、光り輝く異界への門、”ゲート”を呼び寄せることが出来る。
ご想像のとおり、その門の繋がっている先がニューワールドと言う訳だ。
つまり先祖の記録にあったのは、異界への門を出現させる魔法の術式と封印を解く方法だ。
前回、送られた第一次移民団はすぐに全滅し、逃げ帰れたのは護衛団のごく少数の兵士だった。
移民団は強力な何者かに一瞬で滅ぼされた。一体どういう敵なのか?
エトレーナは、移住予定地の調査を当然していた。ニューワールドは広大だ。 移住地の周辺に先住民はいない。無人の地だ。
エトレーナたちは侵略者では無い。第一そんな力もない。
しかし敵が出た。
至急、調査団を派遣して正体を突き止める必要がある。
◆
「陛下。納得がいきません。
私を参加させてください。この生命に替えましても今回は必ずお役に立ってみせます」
翌日、エトレーナは主だった家臣を呼び寄せ、派遣を予定しているニューワールドへの調査団について話を始める。
今、話を聞いているメンバーは、俺に加え、騎士団“ドラゴンの牙”の隊長ラルフ・ヴェストリン、筆頭魔術師のジーナ・レスキン、そして騎士団“ワイバーンの翼”の隊長であり、俺の苦手な金髪美人のカミラ・ランゲンバッハだ。
読者は、どんな女でも美人なら俺が喜ぶと思っているかも知れないが、それは大きな間違いだ。ここに居るカミラ・ランゲンバッハがその実例だ。
ここに来たばかりの俺に向かって、”とっとと元居たところに戻れ(意訳)”と言い放った過去を持つカミラは、相変わらず美しく、身体の線がピチっと出ている軽装の革鎧を着こなしている。
そのカミラが、エトレーナに噛み付いている。
エトレーナ王女は調査団の人選について、発表しているところだった。
調査団の内訳は、俺と騎士団隊長のラルフ、魔術師のジーナ、それに加えてラルフとジーナの部下数名。
カミラが与えられた役割は、王宮と、残るエトレーナの護衛だ。
騎士団と魔術師の大部分は、この地ユリオプスに留まる。残った部隊をカミラに任せるのが、エトレーナの目論見だった。
カミラは前回の移民団の護衛責任者だった。移民団は全滅し、結局のところ彼女の任務は失敗してしまった訳だ。
だが状況から考えるに、全ての責任を彼女に負わせるのは酷な話だ。
エトレーナもそこは分かっている。
王宮の防衛は大事な役割で、決してカミラを軽んじている訳ではない。
特に反対派の動きが読み切れない現状では、エトレーナをしっかり守って欲しいのだ。
「騎士隊の隊長が全員”ニューワールド”に行ってしまっては困るのです」
エトレーナは助けを求めるように俺の方を見る。
いや。無理だ。今回は無理。
俺が何か言ったら逆効果だ。カミラには嫌われてるし。
カミラは同じ隊長仲間であるラルフに、話の矛先を向ける。
「ラルフ。調査団を代わってくれ。お願いだ」
「ええ? 俺かよ。う~ん」
俺の方を見るのはやめて欲しい。ラルフ。
「カザセ殿。頼む。エトレーナ陛下に頼んで欲しい。一生のお願いだ」
俺に頼むとは意外だった。必死な面持ちで、カミラはこちらを見る。
「行きがかり上、俺が調査団のリーダーだぞ。いいのか?」
「勿論だ。文句をつけるつもりは無い」
彼女は寂しげに微笑んだ。
「それに、文句をつけられる資格もない」
日頃、強気の美女が、ふと見せる弱気な態度に俺はやられたらしい。
前言撤回しよう。俺はやはり美女に弱い。
ラルフは、カミラが名誉回復の為に頑張りすぎていると言っていたが、それだけじゃないような気がしてきた。
ここまで拘る理由は、後悔、もしくは罪悪感…そんな気がする。