表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/96

夜の訪問者


俺達の乗ったヘリ、SH-60シーホークは戦艦金剛の艦尾かんびに着艦する。


「カザセ殿。儂はもう大丈夫です。手を貸して頂く必要はありません。ご心配おかけしました」


老騎士姿のレイクは言う。シルバームーンの治癒魔法で体調は持ち直しているが、顔色はまだ悪い。

いくら正体がブロンズ・ドラゴンと言っても、戦闘で受けたダメージが大きすぎた。元に戻るにはしばらく時間がかかるだろう。

しかしいつまでも病人扱いするのは、彼にとってかえって屈辱くつじょくだ。竜族はそれでなくてもプライドが高い。俺はレイクの好きにさせることにした。


パイロットに礼を言ってからヘリから降りる。そこには、ゆきが待っていた。

着物姿で前掛けを羽織はおっている。着こなしは流石さすがに本物で、テレビの女優とは風格が違う。

俺の視線に気がつくと、にっこりと微笑ほほえみを返した。


「風瀬様、大霧様、ご無事で何よりです。そして竜族の皆様、お疲れ様でした。お風呂の準備が出来ております」

気の利く子だ。俺達の顔色を見て、少なくとも負け戦では無かった事が分かったようだ。だが旧式の軍艦で、風呂を使うのはかなりの贅沢ぜいたくはずだった。


「ありがとう。俺は順番は最後でいい。身体が泥まみれだ。湯を汚してしまう」


大霧が笑った。

「遠慮するな。らしくもない。一番風呂は嫌いか?」


大霧の使う召喚機構“鬼切おにきり”の疑似人格ぎじじんかく、クリフがつまらなそうに言う。

「こいつが遠慮する訳が無いだろう。ただのポーズにすぎん」


この男の憎まれ口は、俺も大分慣れてはきた。だがしかし。

「お前とは、今度ゆっくり話す必要があるな。なんなら一緒に風呂に入ってみるか?」


「風呂? 構わないぜ。自信喪失じしんそんしつしてもいいならな」


「笑わしてくれる。お前みたいな優男やさおとこに負ける訳が無いだろう」


ゆきが困った顔で目を泳がせる。

……いや。そう意味じゃない。君の想像は多分間違っている。体格と筋肉の話だ。


「ゆきさん、本当に風呂は最後でいいんだ。それより出来たら旨い珈琲コーヒーが飲みたい」


「かしこまりました」


「ほら。分かっただろう。こいつは遠慮なんかしない」


何故か嬉しそうなシルバームーンが、会話に割り込む。

「ねえ、風呂って沐浴もくよくのことよね? じゃあ私が最初に入る。身体を洗いたくてたまらないの。本当は綺麗な泉がいいんだけど、少しぐらい水が汚くても我慢してあげるわ」


ドラゴンも水浴びはするのかも知れないが、入浴なんぞしなくても魔法で何とか出来るだろう……とは思ったが口には出さなかった。俺にも一応、学習機能は備わっている。面倒ごとは極力避ける主義だ。


大霧は、シルバームーンの言葉に幾分ムッとしたようだ。

「水が汚いなんて事があるか。しかし竜が風呂?」


「何よ。入ったらまずい訳?」


「いや……そんなことは。失礼した。お先にどうぞ」


「ありがと。でも女同士なんだから一緒に入らない? 人間の風呂ってどう使うのか良く分からないし」


「使い方なぞ入って見れば分かる。一緒は止めておこう。どうぞ一人でごゆっくり」


「あら。年だからって、気後れする必要は無いわよ。人間なんだから、いろいろ衰えるのはしょうがない。私の身体と比べるのがそもそも間違い。ねえ、気にしないで入りましょうよ?」


とし?……だと」大霧の低い声。


まずい。

嵐の予感。当方がとばっちりを受ける可能性あり。


「ええ、としよ。年齢のことね。大霧さん30超えてたっけ? 人間なら衰えてもしょうが無い年じゃない」 シルバームーンは明るく言う。失礼な事を言っている自覚が全く無いようだ。


「私は20代……だ」 大霧の声はさらに低まる。


もう猶予ゆうよは無い。即時の行動を要す。だが俺には援軍が必要だ。

慌てて周囲を見回す。


最年長のレイク……援護は期待できない。まだ病み上がりだ。

トライデント・システム……作動不能。妖精はこの状況を完全に無視している。忘れていた。こいつはこういう奴だった。

鬼切おにきり疑似人格ぎじじんかくクリフ……論外。

ゆき……巻き込むのは可哀想かわいそう


……俺がやるしかない。


「あのな……シルバームーン」気の強い竜族のお姫様をたしなめる。すると「何よ。人間の肩ばかりもって」と言いプイと横を向かれた。

一応、俺も人類の一員だ。シルバームーンよ、たまに思い出してもらえると嬉しい。


その後の話は、俺の名誉の為に飛ばす。誤解しないで欲しいが、平和維持に関して一定の成功をみた。対女性スキルに関してもかなりの経験を得た……とだけは言っておく。いろんな意味で無傷では済まなかったが。


なんとか落ち着いた頃に、ゆきが言う。

「そうそう、皆様のお風呂が終わる頃合いに、お食事をお持ちしますわ。とっておきの食材を使います。竜族の皆様にも気に入ってもらえるといいのですけど」 


「……君の出す食事はうまいからな。期待している」


「腕によりをかけますわ。愉しみにしていてください」


「お肉がいい。それならつきあってあげる」シルバームーンがまだ少し、不機嫌そうに付け加えた。


妖精の声が脳内に響く。

(マスター、お手柄です。あの二人、喧嘩しなくてよかったですね。さあここで質問です。シルバームーンさんは何で、マスターにすねて見せたのでしょう? 回答は30秒以内で!)


(……薄情者はくじょうものは黙っていてくれ)



珈琲コーヒーを飲みながら風呂の順番を待つ。ほっとしたせいか急に疲れを感じる。戦闘の疲れが出たのだろう。

珈琲のカフェインも効果は無く、俺は少し、うとうとした。

はっとして目を覚ますと、替えの服をゆきが用意してくれていた。入浴を終え、いい気分で士官用食堂に出向く。ゆきの出してくれる食事はいつも美味しい。楽しみだ。

しかしどういう訳か、クリフもテーブルに居る。いつもならさっさと消えている筈だ。


「お前が?」


「悪いか?」


「いや、別に」


妖精も実体化して隣の席につく。胸元が大きく開いたドレスを着ていた。場違いな服だな、と思いながら目をやるとウインクを返された。

全員が揃うと、ゆきがルビー色の液体を皆のグラスに注ぐ。

口をつけた――少し渋みは強いがワインだ。どうやって入手しているのだろう?

珈琲といい、ワインといい、新日本国は食べ物に凝った国のようだ。日本酒もありそうだな。


「気に入ったか?」大霧が満足そうに俺を見る。


「ああ、旨いワインだ。それにしても良く手には入ったな」


「それはワインに似ているが、ワインそのものでは無いぞ。ぶどうはこの世界には無いからな。旧ハーヴィー王国の地酒さ。日本酒も欲しいが米と水の入手が難しい」


「そうなのか。珈琲は本物だと思ったが?」


「あれは本物のキリマンジャロだ。ウー孟風モンフォンを知っているだろう? あの中国人の会社から少量仕入れている。だが珈琲は貴重品でな。毎回かなりふっかけられているんだ。酒まで贅沢する余裕は私には無い。この酒は、私の領地で造ったものだ」


ウーは兵器商人だと思っていたが、珈琲まで取り扱っているらしい。

それにしても、大霧は領地持ちなのか? 口の利き方を改めなきゃならん。


「そう。これでも私は領主様なんだ。猫の額ほどの土地だがな」


もしかしたら、彼女には爵位しゃくいもあるのかも知れない。地球の中世でも騎士は貴族の一員だった。

まあ、大霧は日本出身なのだから貴族と言うより武士階級の方か。


酒をたのしんでいると食事の用意が出来た。ステーキだ。

デミグラス・ソースに似た茶色の液体がかかっている。大日本帝国時代の洋食風だ。つけあわせはポテトに似た野菜の取り合わせ。

ステーキならドラゴンの好みにも合う。肉が本物の牛かどうかはこの際、気にしないことにする。


……旨い。シルバームーンも気に入ったようだ。


食事のせいで会話がはずむ。話題はお互いの国のことだ。

景色や祭り、名産品や特色ある食事。そして話題は罪の無い自国の自慢大会となる。シルバームーンやレイクはレガリアの威光について語り、大霧は新日本国の現在の地位と役割を語った。彼女達が現代日本の話を聞きたがったので、俺も参加した。


本当はユリオプス王国の話をしたかったのだが、俺が話せるのは王国が直面している危機のことだけだ。今の話題にはなじまない。

ユリオプス王国にも自慢の種は沢山ある。だが、俺には説明するだけの知識が無い。現代日本の話を真剣に聞いてくれる彼女達の事は嬉しかったが、王国の自慢話が出来なくて残念な気分の方が強かった。俺はもうこの世界の住人に成りかけているようだ。


楽しい時間はあっと言う間に過ぎた。

一つだけ気に食わないのは、時折ときおり感じるクリフの視線。

何かを悩んでいる様にも見えた。まあ気のせいだろう。悩みなんてあいつには似合わない。



食事を終え自室に戻る。もう寝ちまいたいが、“左腕”のエリスから報告書が届いたと妖精がささやく。

目を通す事にした。我ながら仕事熱心だ。

送られてきた報告書は二通だ。一通目は暗号化されていて中身は分からない。二通目は、ああ……邪神“エンケパロス”とのデートについてのお知らせだ。エリスは俺の求めに応じて邪神との接触を開始したらしい。


強敵アストロサイトの弱点を探るためのデートだが、いろいろと気が重い。

自分で頼んでおいてなんだが、二通目は後回しにする。

ベッドに寝転がりながら、一通目の投影とうえいを妖精に命じる。報告書は最高強度で暗号化されていて、トライデント・システムでも解読に10秒はかかった。


(復号完了。視覚に直接投影します)


視覚内で文字が点滅する。

“グアルディの杖に関する調査報告書 作成者カール・ホーリス 機密区分SSダブルエス”と読めた。カールと言う名は初めて見るが、エリスの部下だろう。


この報告書は、エリス達“左腕”が持っている“グアルディの杖”に関する情報をまとめたものだ。

俺は新日本国に行って、グアルディの杖を手に入れるつもりだ。その為に情報を送らせた。

もともとここに来たのは、杖の入手が目的なのだ。

杖を手に入れなければエトレーナは死ぬ。少なくともウー孟風モンフォンはそう言っていた。

奴の言う事を鵜呑うのみには出来ないが無視は出来ない。


杖さえ手に入れれば妖精――トライデント・システムは本当の性能を取り戻す。トライデント・システムは本来、戦略レベルの兵器なのだ。数百もの兵器を同時に呼び出し敵を圧倒する。

だがニューワールドでは性能が制限され、数機の航空機を呼ぶ程度で精一杯だ。“グアルディの杖”さえあれば、杖は障害を取り除き、全ての物をあるべき姿にもどせる。杖さえあれば妖精の本当の力が復活するのだ。


強敵の邪神“アストロサイト”の出現もあって、俺には早く戦力を整える必要もあった。

杖のありかはウー孟風モンフォンが教えてくれる筈だった。しかし、あいつは現在行方不明だ。

エリスに頼んで、ウーの居場所を探させてはいるが、手がかりは無い。


大霧も杖の入手を手伝ってくれるだろう。彼女には貸しがある。貸しは返してくれる筈だ。しかし彼女の望みは最終的に杖の破壊だ。俺の目的と一致するかどうかは分からない。

この報告書で何かヒントが見つかればいいのだが。良い結果を導くためのヒントが欲しい。

だが読み進めようとした俺は、妖精の言葉にさえぎられる。


(マスター、疑似人格が部屋に接近中。クリフです)


クリフ?

まさか、俺と酒を飲み直しに来た訳ではあるまい。目的は何だ?

そう言えば、あいつはさっきから様子が変だった。


(警告。襲撃しゅうげきの可能性あり。クリフのコントロールを奪います。許可をください)


(止めておけ。あいつが今更いまさら、何かするとは思えん。俺を殺す気ならチャンスはいくらでもあった)


(お言葉ですが先手必勝です……ドアの前で停止しました。こちらの様子を伺っているようです。彼は一体、何がしたいんでしょう?)


(悩んでいるのさ。多分)


俺はドア越しに声をかけた。

「何の用だ?」 


「カザセ……話がある」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ