左腕との会話
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かつて俺と殺し合った美しき邪神“エンケパロス”
強敵アストロサイトを倒す為には、彼女の協力が必要だ。
現在エンケパロスは、竜の国レガリアを“隕石落とし”で滅ぼそうとした邪神“脊髄”とペアを組んでいる。
俺は今まで放っておいた彼女からの誘いに乗ることにした。つまりデートにつきあうってことだ。
連絡を取りたいが、俺にはその手段が無い。エリスの力を借りるしかなさそうだ。
そして、そのエリスは司教服姿で顔をしかめる。綺麗なブルーの瞳がこちらを睨んだ。
「お忘れのようですが、エンケパロスは我々の敵ですよ。あなたに魅力が無いとは言いませんが、そもそもデートに誘われたのが怪しいと思わないのですか? 味方に引き込もうとしてるのが見え見えでしょうに。女好きだと言うのが見透かされているのです」
「女好きは余計だ。しかし、お前が俺の魅力を認めているとはな。正直、意外だ」
「カザセさん。言いたいのはそこじゃないんです。分かって言ってますね?」
「まあな……アストロサイトには正攻法では勝てない。このままでは、のらりくらりとこちらの攻撃はかわされて、いつか俺達は負ける。だがつけこむ隙はあるはずだ。邪神同士の仲はそれほど良くない。そこに賭けてみる。多少の危険は覚悟するさ」
「彼女があなたに協力すると、どうして思うのです?」
「俺のカンだ」
エリスは呆れたように腕を組む。まあ、予想していた反応だ。全てを理屈と論理で決めたがるのは、この女の悪いクセだ。
現状は即時の行動が必要だ。ならば俺はカンに頼ることを厭わない。そして俺のカンは結構当たるのだ。
「女なら自分の側にいつでも引き込める……なんて考えてるんじゃないでしょうね? それを自信過剰と言うのです。いつか痛い目に遭いますよ」
「そんな事は考えていない。だが女絡みの痛い目なら、“いつか”何て言わなくても、もう沢山遭っている。一晩中でも話せるぜ。聞きたいか?」
「そんな話はして無いでしょう。……でもその“痛い目”から、あなたは何も学んでいないようですね」
「俺は懲りないタチでね」
エリスは目を細めた。そしてため息をつく。
「やはりあなたは自信過剰です。直す気も無いようですし、重傷ですね。……でもまあ、いいでしょう。あなたの好きなようにやってみましょう。ですが、どうなっても責任はとりません。警告はしましたからね……ええ。敵と連絡を取ることは可能です。失っても惜しくない信者が一人います。その男を使ってみましょう」
「失っても惜しくない男……か。穏やかじゃないな」
「ご心配なく。こちらを裏切りそうな男です。いつか切ろうと思っていました。そこら辺はこちらにお任せください」
「まあ……お手柔らかに頼む」
「早速取りかかります。必要な情報は後ほど連絡しますわ」
エリスはちょっと考え込んだように見えた。そして付け加える。
「……カザセさん、あなたは大嘘つきです。フラれるよりはモテた方が多いくせに。不必要な謙遜は嫌みですわよ」
「俺がモテる? そう思うのか? 光栄だな」
「私に借りを作っておいて、それで済ますおつもり? 今度ゆっくり話を聞きたいですわ」
「君の秘密と交換なら考える」
「それは、お高い代償ですね」
エリスは微笑んだ。そして“考えておきましょう”とだけ俺に告げた。右手を空に掲げる。
地面に光が溢れ、湧き上がるように帰還用のペンタグラムが現われる。お帰りの時間だ。
「待ってくれ。もう一つだけ頼みがある」
「手短にどうぞ」
用件を伝える。
エリスの顔色が変わった。動揺したせいかペンタグラムが消失する。いい気味だ。
「本気……ですか?」
「言った筈だぜ。手段を選ぶ気は俺には無いんだ」
◆
仲間達のところに戻ると大霧はまだそこに居た。心配で金剛には戻らなかったらしい。
老竜のレイクは意識を取り戻していた。シルバームーンと何事かを話している。
俺はほっとする。命の危険は無さそうだ。
驚いたことに鬼切の第一疑似人格、クリフもまだそこに居た。手持ち無沙汰で暇そうにしている。こいつが居るのは、もちろん俺を心配してじゃない。大霧が金剛に戻らなかったので、消える訳にいかなかっただけだ。
「遅え」奴は俺に気づいて、こちらを睨む。
「お前に待ってろなんて言った覚えは無い。……いや、大霧。君に言ったんじゃない。待ってくれて感謝する。遅れてすまない」
「……いい死に方しねえぞ」
「お前の真似をしただけだ」
老竜のレイクが首をもたげ、苦しげに話しかけてきた。
「お恥ずかしい。今回は、全くお役に立てませんでしたな。ご迷惑をおかけしました」
「気にするな。迷惑などかかっていない。助かって本当によかった」
大霧が言う。
「カザセさん、森の中で誰と話をしていたんだ? ヒントぐらいくれてもいいだろう? 仕事がらみなら私も無関係とは思えないが」
「ああ……そうだな。“左腕”と話していた」
「“左腕”? 何のことだ? そのヒントは難しすぎる」
やはり彼女は、エリス達“左腕”のことを知らない。
大霧の使っている“鬼切”型召喚システムは、妖精と違ってストライカー・インターナショナル製だ。しかし、その背後に居るのは俺と同じで黒天使だろう。それは間違いない。結局のところ、俺と大霧は黒天使の実働部隊で、武力担当“右腕”のメンバーなのだ。
しかし大霧は自分が“黒天使”に使われている事を知らない。天使を補佐する“左腕”のことも知らない。自分達が“右腕”と呼ばれている部隊の一員なのも知らない。
「カザセさん、ひとまず金剛に戻らないか。続きは後にしよう」大霧は言う。
「賛成だ。金剛に戻って、シャワーを浴びて……たっぷり美味しい飯を食べて、それから雪さんの淹れてくれる珈琲を飲んで、そうだな」 俺はつけ加えた。「ゆっくり話そう。俺からも話がある」
◆
レイクは竜から人間の姿に変わり、俺は肩を貸す。一緒にヘリに乗り込んだ。
念のため護衛にアパッチ攻撃ヘリを呼び、そしてストライク・イーグルを召喚する。
聞き慣れた召喚音が轟く。ヘリのローター音。続いて上空からジェットエンジンの咆哮。
「こちらAH-64D アパッチ・ロングボウ戦闘ヘリ。コールサイン アルファ2。命令を求む」
「こちらアルファ1、風瀬だ。アルファ2は、当機の護衛を頼む」
「アルファ2、了解」
「こちらはF-15E ストライク・イーグル爆撃機。コールサイン アルファ3。命令を求む」
「周辺の海域を哨戒してくれ。ここと同じような神殿を持った島を見つけて欲しい」
「アルファ3、了解」
島の神殿を破壊したので、敵の大和やら空母やらはこれ以上、湧かない筈だが、念には念を入れることにする。アストロサイトは俺たちの勝ちだと言っていたが、あれの言う事は全く信用出来ない。
神殿が別の島に残っていれば敵艦隊が、また湧いてしまう。
ヘリはアパッチに護衛され帰路に着いた。
俺は景色を眺めながら、しばし物思いに沈む。
俺たちの組織、“右腕”とは一体何なのだろう?
仮説ならある。
マナに頼ること無く“創造主”に対抗する黒天使の矛。それが“右腕”の役割だと俺は考える。
この世界では、魔法が普通に存在している。
だが創造主は、その気になれば、魔法の燃料であるマナの供給をカットできる。
いつ無効化されるか分からない魔法で、創造主の軍勢に刃向かうのは自殺行為だ。
その危険性に気がついた黒天使は、“兵器”を攻撃手段とする“右腕”を造り上げた。それが俺の予想だ。
そこまではいい。だが気になる事がある。
大霧は“黒天使”の事を知らない。
だが俺は、“黒天使”とその補佐を行う“左腕”の存在を知っている。
それは何故だ? 黒天使が俺の前に顕現したからだ。“創造主”に直接襲われて俺の命が危険だったからだ。
では何で、黒天使は俺を助けた?
黒天使は自分の存在を隠していた。その彼女が敵前に正体を晒け出し、俺を助けたのは明らかに変だ。俺の事など見捨てて当然なのだ。代わりはいくらでもいる。
俺は天使が顕現した時を思い出す。彼女は言った。エトレーナを守れ、と。
ヒントはそこにあるのだろうか?
戦艦金剛は島のそばまで来ている。到着まで時間はあまりかからなかった。雪さんが甲板で手を振っているのが見えた。




