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デートの報酬


(これは言わないつもりでしたが、気が変わりました。教えてさしあげましょう。何でエトレーナさんがあなたより私に相応ふさわしいのか? 理由があるのです)


奴が何を言い出すか、俺は多分……知っている。


(彼女、本当に人間ですか? 私にはそうは思えない)


くそっ。

気にしないようにしていた。気がつかないフリをしていた。

だが……いいだろう。認めてやる。エトレーナと会った最初から、違和感は感じていたのだ。

いったい王国人とは何者か……と。


俺がエトレーナに召喚された時、王国は獣人の攻撃で滅びの瀬戸際せとぎわにあった。

彼女らの弱体化はマナ不足のせいだ。全ての魔法の源となるマナ。昔の王国はマナにあふれ魔法文明が発達した強国だった。現代日本の技術でも当時の王国には敵わないだろう。もとより獣人におくれを取るなど、あり得ない話だった。


しかし、マナが枯渇こかつしたことで全てが変わる。優れた魔法技術のほとんどは失われた。今でもジーナをはじめ少数ながら魔術師は居るが、当時の力は持っていない。


だが、重要なのはそこじゃない。


決定的なのは、マナ不足で王国人の命が危険にさらされた事だ。

彼女らは魔法と共に生きてきた。世代交代を繰り返し、長い年月を生きてきた。濃密なマナを身体に浴びて少なくとも数千年。もしかしたらもっと長いのかも知れない。その結果、身体は変化した。臓器ぞうきや器官がマナに依存し、マナが無ければ生きられない生き物となっていた。

だからマナを求めニューワールドに逃げ延びた。


俺は思い出す。

マナ不足でエトレーナの身体にできたみにく出来物できものを。

それの持つ意味は明白だ。生命維持が困難になった印なのだ。

彼女らにとってのマナは、俺たちにとっての水や空気と同じ。無くなれば身体が悲鳴をあげる。


つまり彼女は……彼女は俺と同じ人間では無い。獣人達とも違う。王国人はマナの中でだけ存在できる魔法の落とし子と言っていい……と思う。

俺たちよりも……魔法生物であるドラゴンに近い。

そして、くそっ……スプランクナにより近い。


だが、それがどうした? そんなことで……

……そんなクソみたいな理由で、エトレーナをお前に渡す理由にはならない。


(邪神アストロサイト。何が言いたい? だからどうだって言うんだ? エトレーナは、お前らに近い存在なのかもしれない。だが彼女が好きなのはお前じゃ無い。俺だ。そして、俺も……)


(ほう? あなたも?)


(エトレーナを愛している)


一瞬、邪神が息をむのを俺は感じた。しかしすぐに笑い出す。

(……いいでしょう。異種族間の恋愛。結構なことです。このニューワールドでは不可能ではありません。先例もありますし、頑張ってみる価値はあるかも知れませんね? しかし……)


邪神の存在が薄れていくのを俺は感じた。


(本当にそれだけでしょうか? あなたは大きな勘違いをしている……と私は思います。彼女が人間で無いのなら一体何なのでしょうか? ……まあ、おせっかいはここまでにしておきます。私の柄ではないですし、それにまだ確信も無いのです。……ではまたお会いしましょう。あなたとの殺しあいをたのしみにしていますよ。次で最後にしてあげます)


……こいつの好きにさせてはいけない。絶対にだ。

俺は決心した。奴を排除はいじょする。手段を選ぶつもりは無い。


そして、アストロサイトの気配は完全に消え失せた。



「奴は行った」俺はつぶやくように 仲間に告げる。


「邪悪な雰囲気は消えたみたいね」 シルバームーンはそう言うと、こちらを振り向いた。心配そうに俺を見る。

「顔色が悪いわ。大丈夫なの?」


「問題無い。少し疲れただけだ」


「やれやれだぜ。とりあえず金剛に戻ろうぜ。ここで考えこんで居てもしょうがねえ」とクリフ。


「我々のことであなたの恋人を巻き込んでしまった。すまない」と大霧。


「君が心配することじゃない。……俺が勝手にやったことだ。全責任はこちらにある。君を助けた動機も不純だしな……先にヘリで金剛に戻ってくれ。俺はまだやることがある」


大霧の目が細まった。

「一人で何を?……危険なことでもするつもりか?」


「まさか。会社絡がらみの残務処理だ。君が心配するような事じゃない」


シルバームーンは負傷した老ドラゴンのレイクのそばに寄ると様子を見た。

「私もあなたと一緒に残る。レイクが意識を取り戻すまで、もう少し時間がかかるから」


「了解だ。そばに居てやってくれ。すぐ戻る」


「ちょっと! 待ちなさいよ。どこいくのよ? 何するつもりよ?」


俺は振り返って笑みをつくった。


内緒ないしょにしておく。のぞくなよ。立ち聞きも無しだ……恥ずかしいからな」



仲間から離れ、森の中に入る。敵が使ったらしい細い道があった。

30式退魔銃を構え、その道を進む


(妖精。敵の気配は?)


(反応ありません。少なくとも私の感覚は何もとらえていません)


(了解だ。俺も何も感じない。カンを含めてな)


シルバームーンやレイクから距離を取る必要があった。俺がこれから話をしたい相手は、部外者がそばに居るのを嫌うはずだ。

俺は歩き続けた。30式の声が脳内に響く。


陸軍出りくぐんで。仲間から離れて何をする気だ?)


(さあな。黙って見ていろ。すぐに分かる)


(冷たい奴だ。男にはいつもそうか? 態度を改めろ。苦しい時に助けになるのは男だ。女じゃない)


(お前は一応、男なのか? まあ助言だけは聞いておく)


もう少しで島の反対に抜けるところまで来た。

数百メートル先に邪神の神殿が見える。戦艦金剛、重巡高雄から受けた艦砲射撃のせいで燃え上がっている。近寄れそうにない。もっとも俺は神殿を調べに来たわけでは無かった。行けば手がかりが見つかるかも知れないが、悠長ゆうちょうに調査する手間はかけられない。


仲間達から十分距離をとった事を確信すると、俺は妖精に命じる。


(“左腕”の司教、エリスと至急連絡をとりたい)


(エリスさんと? 分かりました。呼びかけてみます。しかし、ここは敵地です。彼女が応答するかどうか分かりませんよ)


(答えるまで繰り返せ。返事が無ければ縁を切る、とでも言ってやれ)


戦闘力だけを期待されている俺たち、筋肉お化けでマッチョな“右腕”とは違って、あいつら“左腕”はどこか秘密主義だ。敵にれる可能性があれば、通信を無視する場合もある。

“左腕”は諜報ちょうほう組織なのが理由だとは思うが、それだけでは無い気もする。


(彼女宛に何を伝えます?)


(さっきの礼を言っておいてくれ。それと頼みたいことがある。内容に関しては直接話したい)


(了解です)


しばらく妖精は無言になった。“左腕”の誰かをを呼び出しているらしい。


(……エリスさんから応答がありました)


つないでくれ)


(いえ……それがその。予想外の反応でして)


(なんだ? 早く言ってくれ)


(直接出向く……と)


(?! ここは敵地なんだぞ)


エリスのように、そこそこ地位がある“左腕”の人間は敵のテリトリーに来るのを嫌がる。黒天使との関係が敵にばれるのを恐れるからだ。


(“返事が無ければ縁を切る”と言ったのが効いたようです。ほらあそこです)


光があふれた。魔法文字らしきものが地面に表れペンタグラムが表示される。おどろおどろしい魔方陣だ。その魔方陣が回転を始める。

これではまるで悪魔の召喚だ。一応、エリスは司教のはずなんだがな。



現れたエリスは司教服姿だった。まるで悪魔のようにペンタグラムの中心で腕を組み、俺をにらむ。

金色の髪を短く刈り上げ、睨み付けるグリーンの目は売れっ子のモデルのように綺麗きれいだ。美人なのは間違いない。残念ながら俺の趣味では無いが。


「会いたかったぜ。ベルゼブブ」俺はたまたま知っている大悪魔の名前を、あてつけで呼んでみた。


「私の名前はエリス・ラプティスです。……カザセさん、冗談のつもりで言ってるんですか? あなたはご自分の立場が分かっていない。この世界の神は、欲望まみれの邪神や頭のいかれた“創造主”です。そいつらに逆らう我々は一体何だと思いますか? 私を悪魔の名で呼ぶなんてジョークに成っていませんよ」


苦笑いが出た。神に逆らうもの。俺達は悪魔側か。

そう言えば、エトレーナが最初に俺を召喚した時の魔方陣もかなりヤバい代物しろものだった。


「気にさわったら許してくれ。ジョークのセンスが無いのは自覚している。さっきは助かった。礼を言う」


「分かればいいのです」


「直接出て来て、問題は無いのか?」


「あなたの非常呼び出しを受けましたから、しょうがないです。縁を切るとかなんとか脅すのが悪いんですよ。……冗談です。すでに私の存在は敵にバレていると思います。直接、話をした方が内容が漏れないと判断しました」


「了解した。さっそくだが、いくつか頼みたい事がある」


「何なりと」


「やばい敵に目をつけられた。エトレーナの警護けいごを強化して欲しい」


「了解です。もっとも言われなくてもそのつもりでした。敵と言うのはアストロサイトですね? あなたはレガリアに戻らないのですか?」


「戻らない。俺は、アストロサイトを始末する」


「口で言うほど簡単ではありませんよ。あれは強敵です」


「分かっている。持っている情報を全てこちらに渡せ。それともう一つ」


「……嫌な予感がするんですが」


「ある女とデートがしたい。どうやって誘いの連絡をすればいいのか分からない。仲をとりもってくれ。お前達の組織なら出来るだろう」


「……ふざけてるんですか? この状況で? エトレーナさんを守ってくれと言ったその口で? これだから男って言う奴は……いや。待ってください。待ってください。ちょっと待ってください。まさかもしかして……そのデートの相手と言うのは」


「そのまさかだ。デートの相手は邪神“エンケパロス”。“アストロサイト”の事は俺達より、よく知っている筈だ。弱点もな。何と言っても邪神同士なんだ。……“アストロサイト”をめっするのは正攻法では難しい。望まないデートくらいは安い対価だ」


“エンケパロス”

かつて俺と殺し合った美しき邪神だ。“隕石いんせき落とし”でレガリアを滅ぼそうとした邪神“脊髄せきずい”とペアを組んでいる“脳”だ。

奴は俺とデートしたいと言っていた。


いいだろう。つきあってやる。

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