デートの報酬
◆
(これは言わないつもりでしたが、気が変わりました。教えてさしあげましょう。何でエトレーナさんがあなたより私に相応ふさわしいのか? 理由があるのです)
奴が何を言い出すか、俺は多分……知っている。
(彼女、本当に人間ですか? 私にはそうは思えない)
くそっ。
気にしないようにしていた。気がつかないフリをしていた。
だが……いいだろう。認めてやる。エトレーナと会った最初から、違和感は感じていたのだ。
いったい王国人とは何者か……と。
俺がエトレーナに召喚された時、王国は獣人の攻撃で滅びの瀬戸際にあった。
彼女らの弱体化はマナ不足のせいだ。全ての魔法の源となるマナ。昔の王国はマナに溢れ魔法文明が発達した強国だった。現代日本の技術でも当時の王国には敵わないだろう。もとより獣人に後れを取るなど、あり得ない話だった。
しかし、マナが枯渇したことで全てが変わる。優れた魔法技術のほとんどは失われた。今でもジーナをはじめ少数ながら魔術師は居るが、当時の力は持っていない。
だが、重要なのはそこじゃない。
決定的なのは、マナ不足で王国人の命が危険に晒された事だ。
彼女らは魔法と共に生きてきた。世代交代を繰り返し、長い年月を生きてきた。濃密なマナを身体に浴びて少なくとも数千年。もしかしたらもっと長いのかも知れない。その結果、身体は変化した。臓器や器官がマナに依存し、マナが無ければ生きられない生き物となっていた。
だからマナを求めニューワールドに逃げ延びた。
俺は思い出す。
マナ不足でエトレーナの身体にできた醜い出来物を。
それの持つ意味は明白だ。生命維持が困難になった印なのだ。
彼女らにとってのマナは、俺たちにとっての水や空気と同じ。無くなれば身体が悲鳴をあげる。
つまり彼女は……彼女は俺と同じ人間では無い。獣人達とも違う。王国人はマナの中でだけ存在できる魔法の落とし子と言っていい……と思う。
俺たちよりも……魔法生物であるドラゴンに近い。
そして、くそっ……スプランクナにより近い。
だが、それがどうした? そんなことで……
……そんなクソみたいな理由で、エトレーナをお前に渡す理由にはならない。
(邪神アストロサイト。何が言いたい? だからどうだって言うんだ? エトレーナは、お前らに近い存在なのかもしれない。だが彼女が好きなのはお前じゃ無い。俺だ。そして、俺も……)
(ほう? あなたも?)
(エトレーナを愛している)
一瞬、邪神が息を呑むのを俺は感じた。しかしすぐに笑い出す。
(……いいでしょう。異種族間の恋愛。結構なことです。このニューワールドでは不可能ではありません。先例もありますし、頑張ってみる価値はあるかも知れませんね? しかし……)
邪神の存在が薄れていくのを俺は感じた。
(本当にそれだけでしょうか? あなたは大きな勘違いをしている……と私は思います。彼女が人間で無いのなら一体何なのでしょうか? ……まあ、おせっかいはここまでにしておきます。私の柄ではないですし、それにまだ確信も無いのです。……ではまたお会いしましょう。あなたとの殺しあいを愉しみにしていますよ。次で最後にしてあげます)
……こいつの好きにさせてはいけない。絶対にだ。
俺は決心した。奴を排除する。手段を選ぶつもりは無い。
そして、アストロサイトの気配は完全に消え失せた。
◆
「奴は行った」俺は呟くように 仲間に告げる。
「邪悪な雰囲気は消えたみたいね」 シルバームーンはそう言うと、こちらを振り向いた。心配そうに俺を見る。
「顔色が悪いわ。大丈夫なの?」
「問題無い。少し疲れただけだ」
「やれやれだぜ。とりあえず金剛に戻ろうぜ。ここで考えこんで居てもしょうがねえ」とクリフ。
「我々のことであなたの恋人を巻き込んでしまった。すまない」と大霧。
「君が心配することじゃない。……俺が勝手にやったことだ。全責任はこちらにある。君を助けた動機も不純だしな……先にヘリで金剛に戻ってくれ。俺はまだやることがある」
大霧の目が細まった。
「一人で何を?……危険なことでもするつもりか?」
「まさか。会社絡がらみの残務処理だ。君が心配するような事じゃない」
シルバームーンは負傷した老ドラゴンのレイクのそばに寄ると様子を見た。
「私もあなたと一緒に残る。レイクが意識を取り戻すまで、もう少し時間がかかるから」
「了解だ。そばに居てやってくれ。すぐ戻る」
「ちょっと! 待ちなさいよ。どこいくのよ? 何するつもりよ?」
俺は振り返って笑みを造った。
「内緒にしておく。覗くなよ。立ち聞きも無しだ……恥ずかしいからな」
◆
仲間から離れ、森の中に入る。敵が使ったらしい細い道があった。
30式退魔銃を構え、その道を進む
(妖精。敵の気配は?)
(反応ありません。少なくとも私の感覚は何も捉えていません)
(了解だ。俺も何も感じない。カンを含めてな)
シルバームーンやレイクから距離を取る必要があった。俺がこれから話をしたい相手は、部外者がそばに居るのを嫌う筈だ。
俺は歩き続けた。30式の声が脳内に響く。
(陸軍出。仲間から離れて何をする気だ?)
(さあな。黙って見ていろ。すぐに分かる)
(冷たい奴だ。男にはいつもそうか? 態度を改めろ。苦しい時に助けになるのは男だ。女じゃない)
(お前は一応、男なのか? まあ助言だけは聞いておく)
もう少しで島の反対に抜けるところまで来た。
数百メートル先に邪神の神殿が見える。戦艦金剛、重巡高雄から受けた艦砲射撃のせいで燃え上がっている。近寄れそうにない。もっとも俺は神殿を調べに来たわけでは無かった。行けば手がかりが見つかるかも知れないが、悠長に調査する手間はかけられない。
仲間達から十分距離をとった事を確信すると、俺は妖精に命じる。
(“左腕”の司教、エリスと至急連絡をとりたい)
(エリスさんと? 分かりました。呼びかけてみます。しかし、ここは敵地です。彼女が応答するかどうか分かりませんよ)
(答えるまで繰り返せ。返事が無ければ縁を切る、とでも言ってやれ)
戦闘力だけを期待されている俺たち、筋肉お化けでマッチョな“右腕”とは違って、あいつら“左腕”はどこか秘密主義だ。敵に漏れる可能性があれば、通信を無視する場合もある。
“左腕”は諜報組織なのが理由だとは思うが、それだけでは無い気もする。
(彼女宛に何を伝えます?)
(さっきの礼を言っておいてくれ。それと頼みたいことがある。内容に関しては直接話したい)
(了解です)
しばらく妖精は無言になった。“左腕”の誰かをを呼び出しているらしい。
(……エリスさんから応答がありました)
(繋いでくれ)
(いえ……それがその。予想外の反応でして)
(なんだ? 早く言ってくれ)
(直接出向く……と)
(?! ここは敵地なんだぞ)
エリスのように、そこそこ地位がある“左腕”の人間は敵のテリトリーに来るのを嫌がる。黒天使との関係が敵にばれるのを恐れるからだ。
(“返事が無ければ縁を切る”と言ったのが効いたようです。ほらあそこです)
光が溢れた。魔法文字らしきものが地面に表れペンタグラムが表示される。おどろおどろしい魔方陣だ。その魔方陣が回転を始める。
これではまるで悪魔の召喚だ。一応、エリスは司教のはずなんだがな。
◆
現れたエリスは司教服姿だった。まるで悪魔のようにペンタグラムの中心で腕を組み、俺を睨む。
金色の髪を短く刈り上げ、睨み付けるグリーンの目は売れっ子のモデルのように綺麗だ。美人なのは間違いない。残念ながら俺の趣味では無いが。
「会いたかったぜ。ベルゼブブ」俺はたまたま知っている大悪魔の名前を、あてつけで呼んでみた。
「私の名前はエリス・ラプティスです。……カザセさん、冗談のつもりで言ってるんですか? あなたはご自分の立場が分かっていない。この世界の神は、欲望まみれの邪神や頭のいかれた“創造主”です。そいつらに逆らう我々は一体何だと思いますか? 私を悪魔の名で呼ぶなんてジョークに成っていませんよ」
苦笑いが出た。神に逆らうもの。俺達は悪魔側か。
そう言えば、エトレーナが最初に俺を召喚した時の魔方陣もかなりヤバい代物だった。
「気に障ったら許してくれ。ジョークのセンスが無いのは自覚している。さっきは助かった。礼を言う」
「分かればいいのです」
「直接出て来て、問題は無いのか?」
「あなたの非常呼び出しを受けましたから、しょうがないです。縁を切るとかなんとか脅すのが悪いんですよ。……冗談です。すでに私の存在は敵にバレていると思います。直接、話をした方が内容が漏れないと判断しました」
「了解した。さっそくだが、いくつか頼みたい事がある」
「何なりと」
「やばい敵に目をつけられた。エトレーナの警護を強化して欲しい」
「了解です。もっとも言われなくてもそのつもりでした。敵と言うのはアストロサイトですね? あなたはレガリアに戻らないのですか?」
「戻らない。俺は、アストロサイトを始末する」
「口で言うほど簡単ではありませんよ。あれは強敵です」
「分かっている。持っている情報を全てこちらに渡せ。それともう一つ」
「……嫌な予感がするんですが」
「ある女とデートがしたい。どうやって誘いの連絡をすればいいのか分からない。仲をとりもってくれ。お前達の組織なら出来るだろう」
「……ふざけてるんですか? この状況で? エトレーナさんを守ってくれと言ったその口で? これだから男って言う奴は……いや。待ってください。待ってください。ちょっと待ってください。まさかもしかして……そのデートの相手と言うのは」
「そのまさかだ。デートの相手は邪神“エンケパロス”。“アストロサイト”の事は俺達より、よく知っている筈だ。弱点もな。何と言っても邪神同士なんだ。……“アストロサイト”を滅するのは正攻法では難しい。望まないデートくらいは安い対価だ」
“エンケパロス”
かつて俺と殺し合った美しき邪神だ。“隕石落とし”でレガリアを滅ぼそうとした邪神“脊髄”とペアを組んでいる“脳”だ。
奴は俺とデートしたいと言っていた。
いいだろう。つきあってやる。