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夢魔


俺はにやけた笑いを浮かべるその男に、銃口を向ける。


「そろそろ名乗ったらどうだ? 邪神スプランクナ」


「邪神……ですか? ずいぶんな言われようですね。こちらからすれば、あなたこそ邪悪な戦士なんですが。まあ、その辺は立場の違いという事ですね。卑怯者ひきょうものだってのは認めてもいいですよ。仲間からもそう言われてますし……ところでまだ、私が誰だか、分かりませんか?」 


「知らんな。卑怯者を自ら名乗る馬鹿に心当たりは無い」


男は端正な顔をひずませた。傷ついたフリだ。


「あなたの態度は嫌いじゃ無い。でもやりすぎは良くないです。弱い犬ほど良く吠えるって言いますし。いえいえ、あなたが弱いって言うつもりは無いんです。格を落とすというか、何と言うか。そんな感じです。無駄な強がりはやめておいた方が無難ぶなんかと。そうそう。私を知らないとは言わせません。あんなに熱い空中戦を繰り広げた仲じゃありませんか?」


俺は、聞いてもいないことを長々としゃべりだすこの男にイラついた。しかし思い出した。確かに声に聞き覚えがある。

こいつは金剛を襲った戦闘機隊に居た奴だ。“赤い零戦”のパイロットだ。

そう言えば、会うのを楽しみにしていると最後に言っていた。


「“赤い零戦”に乗っていたな? 思い出したぜ。忘れていて正解だ」


「怒らせようとしても無駄ですよ? 思い出してくれて嬉しいです。あの“ひこーき”はいいですね。私は新しいものが好きなんで暇なときに、あれで遊んでいます。あなたがたの文明も、なかなかあなどれません。ああ、そうそう。自己紹介をまだやってませんでしたね。私としたことが」


男は手を左右に広げ、姿勢を低くした。おおげさに貴族式の挨拶をする。


「我こそは創造主様に従う“スプランクナ”の一柱。アストロサイトと申します。役割は“脳”。以後お見知りおきを。お目にかかれて光栄です。なかなかチャーミングな目をしていますね?」


(何をしている? 早くこいつをめっしろ。俺を使え)脳内にささやく声。

30式対魔銃の声だ。新日本国のテクノロジーと魔法が生み出した魔導銃。魔法剣と同じように意思を持っているらしい。


(奴の話を聞くな。術中にまるぞ) 銃は警告する。しかし俺には確認しなければいけない事があった。


邪神は話を続ける。

「そうそう。カザセさん。あなたは冷たい人ですね? 私が精魂せいこん込めてエトレーナさんのコピー品を造り上げたのに、壊れても涙も流さない。少しぐらい泣いてもバチは当たりませんよ あなた本当に……」


「一つ教えろ」


「……まだ話の途中ですよ?」


「エトレーナの事をどこで知った? お前の造った偽物をシルバームーンは本物と誤解した。そんな精巧なものをどうして造れた?」


邪神は微笑ほほえんだ。


「そんなに気になりますか? 同僚のエンケパロスから、あなたの恋人――エトレーナさんの話は聞きました。エンケパロスの事は知っていますね? “脳”をやってる女の同僚ですよ。どうやらあれは、カザセさんに気があるようですね。あなたの恋人が嫌いらしくいろいろ教えてくれました。いつもなら、私に協力なんてしてくれないんですけど。女の嫉妬しっとってやつですかね? どう思います?」


エンケパロス。不本意だが知っている。レガリアを“隕石落とし”で破壊しようとした“脊髄せきずい”とペアを組んでいる女の邪神だ。

俺とデートしたいとか言い出した、とんでもない奴だ。

あの女が情報を流したのか。デートの件は無期延期で確定だ。


「それだけじゃないですよ。私も、自分でいろいろ調べました。エトレーナさんの事はなんでも知っています。彼女の右脚のふとももには、大きなほくろがあります。左の乳房にも星形のほくろがありますね。スタイルも抜群ばつぐんです。一見、清楚せいそに見えますが、性的魅力に富んだ肉体がなんとも言えません。お相手をしたいと思った人間の男は多かった事でしょう。いやあ、カザセさん、あなた幸運ですよ。彼女を自分のものに出来たのですから」


俺はむかついてきた。こいつ変質者か? エトレーナがけがされたような気がした。

ほくろの位置は……気にしたら負けだ。俺を怒らせようとしているんだろう。たいした意味は無い……はずだ。相手は邪神だ。それくらいの事は調べられる。

しかし……やはり気になる。なぜエトレーナの偽物だけが、あんなに精巧だったのか?


「おや? 気分を害されたのですか? ほめたんですから喜んでくださいよ? あ、そうそう。あなたに謝らなければいけません。実はエトレーナさんの夢の中に忍び込んでみたんです。無断でやったのは謝りますが、調査は厳密にやる主義でしてね。まあ強敵の恋人なんですし、それぐらいはね。私の立場としては、やるべきだと思ったんですよ。あなたもそう思いますよね? 思いませんか?」


「黙れ」


俺の本能が激しく警告する。ゲス野郎の話をこれ以上聞くわけにはいかない。やはり30式の忠告を聞いておくべきだったのだ。

トリガーにかけた指に力をかける。


だが……指が動かない! くそっ。これは……


「……カザセ、ドジを踏んだようだ。一杯食わされたぜ」


「なによ。この力。身体が動かない」 「カザセさん、これは……」


見守っていた仲間達が口々に異常を訴える。

邪神は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「油断しましたね。私も一応は、神族のはしくれでしてね。精神支配が得意なのは不思議じゃ無いでしょ? それぐらい想定しておいてくださいよ。卑怯者ひきょうものだってちゃんと言ったじゃないですか? 人間って奴は、おだてるとすぐ強気になって自分が優位だと錯覚する。ちょろいもんです」


邪神はゆっくりと歩いてきた。手を伸ばし、俺の身体に触れようとする。俺は避けようとした……だが、くそっ、身体が言う事を聞かない。


「……その顔、いいですね。生意気な男のくやしそうな表情を見るのは実にたまらない愉悦ゆえつです」


「貴様、エトレーナに何をしたっ?!」


「話の続きをしましょうか……ここからがいいところです。あなたの姿を借りてエトレーナさんの夢の中に忍び込んでみた。何が起こったか分かります? 分かりますよね? いきなり抱きしめられましたよ。あなたに会いたくてたまらなかったんでしょう。ええ。もちろん強く抱き返しました。だって可哀想かわいそうじゃないですか?


……彼女は実に素晴らしい。素晴らしいですよ、カザセさん。あの身体は男に抱かれる為に造られたとしか思えません。手に吸い付くような柔らかくて形の良い乳房。なめらかでつややかな腰。たまりません。そして彼女のキスは実に情熱的です。ねっとりとして温かで。おかげであやうく調査なのを忘れるところでした。


ええ、もちろん分かっていますよ。彼女の素晴らしさはキスだけじゃありせん。キスを済ましたその後もね、まあたっぷりと。


当然でしょ? キスだけで止めたら可哀想です。夢の中だと女性も大胆になりますしね。そうそう、聞いてくださいよ。エトレーナさん、私の為に自分から腰を使うんですよ。想像出来ます? 清純そうな人がやると破壊力ありますよね? 彼女、嬉しそうでしたよ。いい声で何度も鳴いていましたし。まあ、私もそれなりに協力した訳ですけど。


いえいえ、礼には及びません。エトレーナさんに喜んでもらえれば、私はそれだけで満足です。人間だった頃を思い出せて楽しかったですよ。ご存じですよね。スプランクナって、もとは人間だったんです。 

だから、私も人間の欲望と無関係って訳じゃないんです。

それが彼女を殺さなかった理由です。だってもったいないじゃないですか? 使い道はあるわけだし。あなた、死んでも彼女の事を心配する必要は無いですよ。私が引き取りますから。他の仲間からも守ってあげます」


邪神は嬉しそうに微笑ほほえんだ。


「仕上げに取りかかる前に、彼女は全てを見せてくれました。ええ、全てですよ。淫乱いんらんだって責めちゃいけません。それは可哀想ってもんです。ちょっとだけ私が精神に干渉かんしょうしたせいですから。でも、少しだけです。やりすぎるとつまらないので。最小限の恥じらいは残しておきたいですし。まあでも、あんな姿、あなたでも見てないでしょう? 私は堪能たんのうさせてもらいました。満足しました。羨ましいですか?」


こいつは……エトレーナをけがした。夢の中であっても……許さない。

怒りのために視界が狭まった。


「そうそう、その目です。それが見たかった。わざわざ出向いた甲斐かいがあったと言うものです」


一瞬、何が起こったか分からなかった。気がついたとき俺は地面に転がっていた。

腹が焼けるように痛い。こぶしでえぐられたらしい。胃液が口の中にせり上がって来る。

仲間の叫び声が聞こえた。


「すぐには殺しません。さあ、もっとエトレーナさんの話をしましょう。冥土めいどのみやげにするといい。馬鹿なあなたに教えてあげますが、夢であっても私に抱かれた者は肉体に直接的な影響を受けます。現実と、さほどの差はないのです。なんせ、私はあなたの言うところの“邪神”ですからね。そうそう。つまり私は彼女に“祝福”を与えた訳です。少なくとも私の立場ではそうなります。“陵辱りょうじょく”? そんな下品な言葉を使わないでください。怒りますよ?」


怒りで視界が赤く染まった。

許せない。こいつだけは……絶対に許せない。

銃はそばに落ちていた。俺は震える手をのばす。だがどうしても……届かない。


くそっ。こいつだけは……絶対殺してやる。


「いい表情です。ほら頑張って手を伸ばしなさい。銃でここを狙うんですよ」邪神は自分の頭を指さす。


こいつだけは……こいつだけは……

妖精が何かを叫んだ。しかし、そんな事は、もうどうでもいい。もう少しで銃に手が……届く。

(思考制限……されてい……マスター)うるさいっ! 妖精! 俺の邪魔をするなっ!


ようやく手が届く。……この銃で……こいつを。


「おっと。そうはさせません」


俺は叫び声をあげた。邪神が靴の底で、俺の手を踏み抜いたからだ。


「おや。指が折れましたか? すみません、痛かったですか?」


まだ……左手が……ある。右手をつぶされたくらい……なんだ。

その時、何者かが……突然現れる。体当たりされて邪神がよろめいた。現れたのは――妖精だ。


「マスターしっかりしてくださいっ! エリス・ラプティスから緊急通信ですっ!! 内容は一言だけ。“私の事を信用できないんですか?”と」


エリス・ラプティス。誰だ? そんな名前は――いや待てよ。聞いた事がある――そうだ。何言ってるんだ? 会った事もあるじゃないか。そうさ。会ったことも……

俺は愕然がくぜんとした。馬鹿なっ! なんでエリスの事を忘れている? 

俺の思考がおさえられていたと言うことなのか。怒りをあおられ奴の術にまったのだ。


エリス・ラプティス。

俺達“右腕”インフィニット・アーマリー社と並び、黒天使を支える“左腕”の司教エリス・ラプティス。


俺が“右腕”でエリスが“左腕”。

“創造主”や邪神どもに抗う“右腕”と“左腕”。

右腕をつぶされても……左腕は動いている。


そうか。そうだった。


俺は可笑おかしくなって笑いだした。

彼女は言った。“私の事を信用できないんですか?”と。

つまり左腕は、ちゃんと仕事をしたって事だ。

俺が頼んでいたとおり、エトレーナを守ると言う仕事を。


俺達、右腕“インフィニット・アーマリー社”の力は、魔法に依存しない物理的破壊能力。

対してエリスの組織“左腕”の力は、黒天使由来の神聖魔法だ。

エリスが夢魔むまの勝手を許す訳はないのだ。



「おや、気でも狂いましたか。やりすぎましたかね?」邪神は言う。


「そうじゃない。俺はこれ以上無いほど正常だ。お前は大嘘つき野郎だ。エトレーナは陵辱りょうじょくなどされていない」


「可哀想に。真実に向き合えないとは。男ってのは悲しいですね」


妄想もうそうの垂れ流しは止めろ。吐き気がする。それより心配することがあるはずだ」


「さて、何でしょう?」


「自分の運命……だ」


俺は左腕で銃をつかみ、立ち上がる。

精神支配は完全に解けている。エリスにひとつ借りができた。

こいつの術は、俺の怒りを利用して思考能力を奪う。嘘に気がついた俺に、もはや効果はない。


邪神の顔が悔しそうにゆがむ。

「無駄な事を。でも一つ教えてくださいよ」


「何だ?」


「どうして動けるんですか?」


「精神支配が解けたからだ」


「そうじゃなくて……どうやって解いたんですか?」


「悪いな。その質問は……二つ目だ。答えるつもりも義務も無い」


俺は右手の薬指でトリガーを引く。邪神に踏まれたせいでその指しか動かない。30式の命中補正が発動し弾丸が敵を直撃した。


膨れ上がる光の球。

奴の身体はまだ崩壊しない。だが苦しそうだ。


「どうして……どうして」


「これはエトレーナを侮辱ぶじょくした礼だ」

2発目。トリガーを引く。

新たに生み出された光の球が、1発目と重なり邪神をおおう。

邪神は耐えきれず、しゃがみこんだ。


「この程度……笑止……です」


「そしてこれが……大嘘への礼だ」


3発目。

全ての光の球が重なり合い、急速に光度を増す。

崩壊ほうかいが始まった。邪神の身体が徐々に塵となって分解されていく。


「風瀬さん! 加勢かせいする」


自由を取り戻した仲間達が攻撃を始めた。銃弾が魔法が邪神に降り注ぐ。

邪神の存在が、ちりと成って消え失せる。


「やったか?」


「いや……まだだ」


(撤退します。と言うよりそれは私のコピーです。本体はそこにはありませんよ。……でも、おめでとう。第2ラウンドもあなたの勝ちです。認めますよ。確かに私はエトレーナさんの夢には入れなかった。レガリア王の防御は突破できたんですけどね。もう一つの正体不明の結界にはばまれた。やはりあれは、あなたのせいでしたか。それともあなたに味方する何者か? まあ、でも、こっちも収穫しゅうかくが無かった訳じゃ無い。あなたの弱点はやはりエトレーナさんだ)


(クソが)


(忠告したでしょう? 下品な言葉は嫌いです。さあ次は本気でいきますよ? そうですね。新日本国の首都“妙高みょうこう”で7日後にお待ちしています。心配しなくても大丈夫。今度は本体で出ます。スプランクナの名誉にかけて誓いましょう。準備がありますので少し時間をください。何と言っても最終決戦なんですから)


(つきあう義務は無い)


(あなたは来ます。来なかったら新日本国に何があっても知りませんよ? そうそう、私がエトレーナさんを大好きなのは本当です。彼女を自由にしたいのも本音ほんねです。あの人に、相応ふさわしいのはあなたでは無い。私です。だから、あなたに話した内容は妄想ではありません。実現されるべき“予知”です。私が存在する限りエトレーナさんは永遠に狙われる。あなた耐えられますか?)


吐き気が……する。


(そうそう。これは言わないつもりでしたが、気が変わりました。教えてさしあげましょう。何でエトレーナさんがあなたより私に相応ふさわしいのか? 理由があるんです)


悪寒おかんがする。奴の言葉を……聞いてはいけない。止めるんだ。止めろおお!


(彼女、本当に人間ですか? 私にはそうは思えない)

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