白い制式銃
◆
(妖精。派手にいくぞ)
「もちろんです。マイ・マスター」彼女は俺を支えながら答えた。
景色が揺らぐ。
来る。敵が実体化してくる。派手にいくぞと言ったものの、俺に考えがある訳では無かった。
頼みの綱の妖精――トライデント・システム――は能力を使い切っている。今呼べるのは個人用火器のみ。
ダダダッ。
大霧の持つ試作銃、一五式改が火を噴く。
雷撃属性が付与された魔導弾が敵に降りそそいだ。敵の第一波が消し飛ぶ。
すぐに弾を撃ちつくし、彼女はリロードに入った。鬼切の疑似人格――クリフが銃で援護する。
だが……間に合わない。
どんどん実体化してくる敵の第二派、第三派。
増えるのが早すぎる。
このままでは押しつぶされる。
シルバームーンは瀕死のレイクを治療中だ。
アパッチは、出現してきた敵のアパッチと空中戦を始めている。こちらを援護する余裕は無い。
くそっ。試すしか無い。
「ルール13発動っ!! 早くっ!」
妖精は、はっとしたがすぐに応えた。
「了解。トライデント・システムは発動に同意します」
インフィニット・アーマリー社の社内規定ルール13。発動すれば召喚制限が取り除かれる。召喚オペレーターの最終手段だ。会社は文句を言うだろうが、この際知ったことでは無い。
前に戦術核を呼び出した時も、このルールを使った。
だが今、必要なのは核じゃ無い。
「召喚。一五式改」
大霧の一五式改がもう一丁必要だ。あの銃には命中補正がある。ロクに腕が動かない俺に扱える銃はそれしか思いつかなかった。それに一五式改は強力だ。もう一丁あれば……
「駄目です。召喚出来ませんっ!」
何故だっ? 何故、召還出来ない?
大霧の国は、日本人が造った国だ。その国が造った銃器なんだ。
妖精は人類の造った銃器は全て呼べる。ルール13で一五式改の召喚は可能な筈だった。
だが、右手が何かに触れる。
何かが実体化してくる。重さを感じる。
手の中に現れたのは、初めて見る白い銃。一五式じゃ無い。
「試作品は呼べません。でも、呼び出しに応えた別の銃が一つ」
片手で、その白い銃を前に向ける。もう狙いをつける力は残っていない。
「その名は……新日本国制式装備 三○式対魔小銃ですっ!」
引き金を引いた。サイレンサーをつけたような低い発砲音。
敵の中で爆発が起こる。いや、あれは爆発じゃない。
音もせずに、膨れ上がる白い光の球。敵を次々と飲み込んでいく。
光に触れた敵は……直ちに崩壊した。塵と成り、霧と成って消えていく。
これがこの白い銃の力なのか。対魔小銃……破魔の力を持つ魔銃。
「まだ来ます!」
俺は続けて引き金を引く。敵の第4派、第5派、いくら来ようが三○式の威力はすさまじかった。一発で大群が消滅していく。
俺は最後の弾丸を発射した。
「時間切れだっ!」クリフが叫んだ。「あいつらのな」
轟音が轟く。
続けて、二度、三度、低く爆発音が響いた。神殿の方向からだ。煙が立ちのぼるのが見える。
ようやくだ。ようやく来た。
戦艦金剛、重巡高雄の主砲弾が神殿を破壊している。
「風瀬さんっ! 敵がっ!」
神殿の破壊と同時に、敵が消えていく。増援も止まる。
やはり、あいつらと神殿は何らかの関係があったのだ。
俺の予想は正しかったらしい。
「助かった……らしいな」クリフが呟くように言う。
俺は、とっておきのセリフを言おうとした。考えておいた格好いいセリフだ。かなりの自信がある。
こいつも俺の事を見直すだろう。
だが次の瞬間、俺は銃を……取り落とす。
そうか。
もう……限界なんだ。
身体の感覚はとうに無い。血も止まっていない。湧き出す血で身体は真っ赤だ。
俺はゆっくり崩れ落ちた。
「マスター! しっかり」妖精の声が聞こえた。「風瀬さんっ!!」 大霧が駆け寄って来る。
覚えているのは……そこまでだ。
ああ……それにもう一つ。他に聞こえた言葉があった。
(またな。陸軍出)
白い銃……三○式は確かに……そう言った。
◆
気がつくと目の前には見慣れた少女の姿があった。
「気がついた?」
「ああ」
俺は呻いた。気分は上々とは言いがたい。無理矢理に半身を起こす。
シルバームーンの姿がそこにあった。彼女は明らかに疲労していた。
傷の治療をしてくれたらしい。血は止まっている。感覚が戻っている。
「治癒魔法をかけてあるわ。でも少し安静にしてて」
「感謝する。レイクは?」
年老いた竜、レイクは、ぐったり横たわっている。だがさっきは焼け焦げていた皮膚が、元のブロンズ色を取り戻しているように見えた。
「大丈夫……だと思う。私の持っている最強の治癒魔法を使ったわ。でもよく分かったわね。魔法は詠唱が中断されれば、発動出来ないってことを。邪魔されたら彼は危なかった」
「馬鹿にしないでくれ。俺だって基本的な知識くらいあるさ。ジーナから教えてもらった」
王国の主席魔術師ジーナと、もう随分会っていない気がした。分かれてから一月は経っている。
無性に彼女の顔を見たくなった。
「無理して立たない方がいい」大霧がそっと支えてくれる。「本当に大丈夫か?」
「ああ。シルバームーンは竜の中でも優れた魔法の使い手だ。彼女なら間違いは無い」
シルバームーンは、大霧に向かって得意そうな顔をしようとした。が辛そうだ。
無理をさせてしまった。
「シルバームーン……殿。風瀬さんを治してもらってありがとう。お会いしたときの非礼を許して欲しい。謝罪する」
「わ、分かればいいのよ。うん」
大霧はシルバームーンに一礼した。そしてにっこりと微笑んだ。
地面に転がっている三○式対魔小銃に視線を向ける。
「それにしても凄い銃だな。日本の装備か? たいしたものだ」
「いいや。それは新日本国製の銃だ。君の国が造った銃だ」
「冗談が好きだな。こんな銃は我が国には無い。初めて見る型だ」
そうか。多分、こう言うことだ。
大霧の試作銃を呼び出そうとしたら、代わりにこの銃が現れた。
つまりそれが意味することは。
「大霧の持っている一五式改の完成形がこれなんだと思う。三○式対魔小銃と呼ぶそうだ」
「三○式だと? つまり……これは……我が国の未来の銃?」
俺は妖精を見た。彼女は困ったように微笑む。
(マスター、私にも分からないのです。何でこの銃を召喚できたのか)と脳内に声が響く。
大霧が、おそるおそる三○式に触れようとした。
だが触れる直前、その白い銃は光の粒と成って消え失せてしまう。
彼女は苦笑した。
「私は、銃に嫌われてしまったらしい」
「未来になれば、いくらでも触れられるさ。なんせ君の国の制式装備だ」
「それまで生きていればいいのだがな」
「生きているさ。ほら言うだろ? 美人長命って」
「それを言うなら美人薄命だ。第一、私は美人なんかじゃ……」
不機嫌そうな声が聞こえた。
「カザセ、いい加減にしろ。それに……まだ終わっていない」
クリフが銃を向けている先に、男が一人。
着飾った銀髪の男だ。両手を上にあげ、降参のポーズをとりながらニコニコと嬉しそうに微笑み、ゆっくりと歩いてくる。
「降参です。降参しま~す。第一ラウンドはあなた方の勝ちでいいです。その銃で撃たないでくださいよ?」
「そこで止まれ。クソ野郎」クリフが警告する。
「乱暴な人だな。いや人では無いようですね。いずれにしろ初対面にはもっと礼儀正しく……ところで、あなた方の勝利を祝って拍手をしたいのですが、腕を降ろしていいですか? 」
次の瞬間、無数の光の矢が男に突き刺さる。
シルバームーンの攻撃魔法、マジック・ミサイルだ。
◆
無数の矢が男を貫いた……筈だった。
「酷いなあ。礼儀って知ってます? 可愛らしい銀竜さん」 男はわざとらしく傷ついた顔で抗議する。
「ご希望通り、銃は撃ってないわ。魔法が嫌いなら最初に言っておいて」
シルバームーンが少女の姿を捨て、本来の銀竜の姿に戻る。
俺はゆっくりと立ち上がった。
「カザセ。休んでて。今度は私も戦う」
「銀竜さん、調子に乗らない方がいいですよ? 私は竜は嫌いなんです。中途半端な実力しか無いクセに、プライドだけはやたら高い。ああ、いやだいやだ。……それにあなたに用は無い。黙っていてもらえると助かります。私はカザセさんのファンでしてね。彼に会いに来ただけです」
「男のファンは願い下げだ」
「冷たい人だ。ならば、次は女性の姿で」
「無駄な事だ。俺は礼儀知らずが嫌いでね。特にお前のように女へ無礼な奴はな」
俺は自分の銃を呼ぶ。
「召還。三○式対魔小銃」
腕の中に再び現れる白い銃。
「そろそろ名乗ったらどうだ? 邪神スプランクナ」