上陸
◆
戦艦大和が消失した海域に浮かぶ怪しい小島。調査の為に上陸した俺たちは、手荒な歓迎を受ける。
突然現れた赤竜。襲われたレイクは一瞬で戦闘不能に陥った。驚いたことに、その赤竜は今は亡きレイクの妻だと言う。
竜はすぐに消え、俺たちはさらに予想外のものを見る。
「風瀬さんっ! あそこ」
森の手前に、エトレーナと一人の男。
彼女は見たことの無いような、憎しみに満ちた顔でこちらを指さし、隣の男は銃をこちらに向ける。
俺は反射的に自分の小銃を相手に向けた。同時に大霧も銃を構える。
だが、なんてこった。見慣れた89式小銃を構えたその男は……俺だった。目つきが鋭い短髪の姿は、見間違えようも無い。慣れ親しんだ悪人面だ。
(マスターぁぁあ!!)
妖精の叫び声に、俺は自分の反応が遅れた事に気がつく。
敵の三点バースト。左肩に衝撃。射撃不能。
同時に隣で発砲音がした。大霧が彼女の試作銃、一五式改で反撃したのだ。
放った銃弾は、敵の腹部に命中、小さな稲光が炸裂する。もう一人の俺は腹を破裂させ、そのまま崩れ落ちた。だが大霧の反撃はそれで止まらない。
「止めろっ!」俺は叫ぶ。
銃弾――新日本国開発の試作弾――が敵の女に降り注ぐ。閃光が女の腹部を覆った。
俺はエトレーナの肉体がはじけるのを見た。
華奢な身体が引き裂かれ、ぼろ人形のように地面に転がる。
「何てことをっ!」竜の姿のシルバームーンが叫ぶ。「エトレーナ女王、本物よっ! 何でこんなとこに居るのか分からないけど、彼女は本物よっ!」
「銃が勝手に……私は止めようとしたんだっ!」
「卑怯者! 銃のせいにするなんてっ!」
「よせシルバームーン。男と同じで女も偽物だ。俺が保証する。……大霧、良くやってくれた。命拾いした」
「何言ってるのカザセ? 女は本物のエトレーナよ。男とは違う。早くあの人の手当を……」
そこまで言うと、シルバームーンは口ごもった。
当然だ。偽物の身体は、回復魔法が効くレベルの損傷では無い。雷撃属性を付与された試作弾は、明らかに人間相手にはオーバーキルな代物だ。
「敵の嫌がらせに過ぎん。俺の動揺を狙ったんだ。レイクが自分の妻の偽物にやられたようにな」
「……でも……本当に」
「本物のエトレーナは、あんな憎しみに満ちた顔はしない。例え精神操作を受けたとしてもそんな事はありえない。レイクを診てやってくれ」
「……でもカザセの怪我も酷いわ。とても痛そう。今見てあげる」
「後でいい。銃弾は全て肩を貫通している。レイクの方が先だ。早くっ!」
シルバームーンはうなずくと、銀竜から少女の姿に戻った。レイクの元に駆け寄る。
容体を診ると彼女の顔色が変わった。即座に呪文を唱え始める。
シルバームーンは大抵の魔法なら無詠唱で発動できる。詠唱が必要なほど強力な治癒魔法を使わなければ、レイクを助けることが出来ないのだ。だが彼女なら……きっとなんとかしてくれる。
身体がふらついた。
アドレナリンの過剰分泌のせいで、押さえられていた痛みが急にぶりかえす。肩に当てていた右手が血でべっとり濡れていく。
俺は治療用の緊急袋を召喚しようとした。一応、自衛隊の支給品だ。召還は可能なはず。
しかし、くそっ。
(マスター、無理しないでください。私が実体化して治療を実行します)
(いらん)
(何言ってんですかっ! 私だって治療くらい出来……)
突然、後ろから身体を支えられる。女の匂い。大霧だ。
「横になってくれ。今、止血をする」
「感謝する。だが、それは後だ」
「馬鹿を言うなっ! 出血が多い。いいからすぐ横に……」
「邪魔者をかたづけてから……だ」
「何?!」
俺は、大霧に支えられながら空の一角に目を向けた。
何かが実体化しようとしていた。
◆
森の上空が揺らぐ。現れたのは黒い回転翼機が三機。アパッチだ。敵はパクリの天才らしい。
機体は出現と同時にゆっくりと機首をこちらに向ける。
『アルファ3! 迎撃しろっ!』俺は待機中のアパッチに向け叫ぶ。
『アルファ3、了解』
「風瀬さんっ! あそこっ!」
大霧の指さす方向には、男が5人。
全て俺の偽物だ。それが5人。自分の悪人面はさすがに見飽きてきた。
敵は小銃をこちらに向ける。
だがそれだけじゃない。
森から出てきたのは、戦車……いや違う。あれは87式自走機関砲だ。
一分間に1100発の弾をばらまくミンチ製造機。あれを人間相手に使うつもりか?
残った力を振りしぼる。大霧に体当たりして、一緒に地面に転がった。
そのまま、彼女に覆い被さる。
「召喚しろ! 敵の真上っ!」
大霧の豊かな胸を身体に感じる。死に場所としては悪くない。断っておくが、不可抗力だ。
俺は身体が引き裂かれるのを覚悟した。
来るのは小銃の5.56ミリか、それともアパッチの30ミリか、はたまた87式の35ミリの機関砲弾か。
雷鳴に似た召喚音が轟く。一瞬の後、地面が震えた。巨大な質量が間近に落下したのだ。
そのまま三つ数え終わるまで、俺は大霧を抱いていた。
「よお、色男。俺の恵子から離れてくれねえかな」聞きたくない男の声がする。
ゆっくり顔を上げる。敵からの射線を塞ぐように鬼切の第一疑似人格、クリフがいた。
大霧の盾を気取って実体化してきたようだ。だが残念ながらその仕事は俺のものだ。
敵が居たところに巨大な二両の装甲車両が見えた。第二次世界大戦の巨大戦車 VIII号戦車“マウス”。史上最大の重戦車。
一両は87式の砲塔を押しつぶして、その上に。
もう一両は地面に横倒しになっている。落下の衝撃で転がったのだろう。
横倒しになった車両の下からは、敵の身体がのぞいている。
どうやら、うまくいったようだ。妖精は俺の意図を理解してくれた。
(無茶苦茶ですよ。戦車を上から落として敵を圧殺するとは)
(戦車とは言わなかったけどな)
(え~違いました? 私はてっきり)
(いや、冗談だ。よくやってくれた。ところで、あのマウスに兵は乗っていないな?)
(もちろん。無人です。こんな仕事に疑似人格は使えません)
空を見ると敵の戦闘ヘリが森の中に墜落していく。
『こちらアルファ3。全ての敵を撃破』
パチもんのアパッチは、本物のアパッチには敵わなかったようだ。
敵がアパッチを知ってから、それほど時間は経っていない。
外見はともかく性能までは、コピー出来ていないらしい。
ほっとした俺の下で、大霧がうごめいた。
「風瀬さん……その……言いにくいのだが」
「うん?」
「す、すまないが、どいてもらえないだろうか」目の前に大霧の真っ赤な顔があった。
「おっと、すまない」
「しゃ、謝罪の必要は無いぞ。た、助けてくれたのだからな」
クリフが冷たい目で俺たちを睨む。
「甘いぞ、恵子。たっぷり謝らせろ。土下座がいい。獣欲が服を着て歩いてるような男だ。隙を見せるな」
ずいぶんな言われようだ。
俺は、自慢の凶悪な視線をクリフに向ける……が、安心して喧嘩するにはまだ早かった。
上空の大気が揺らぐ。
◆
(来ますっ! 敵兵器!)
(数は?)
(30? いや50?? 100かも。計測不能ですっ!!)
妖精はマウスの召喚で能力を使い切った。現在、トライデント・システムは絶賛クールタイム中だ。次の召喚は早くても数時間後。今、呼べるのは小火器のみ。
森の木々が揺らぐ。あそこからも何か来る。恐らくは大量の俺。
シルバームーンがレイクの治療の為に詠唱を続けながら、尋ねるように俺を見た。
彼女は聞いている。銀竜の姿に戻るかと。
そうすれば、敵に対抗出来るかもしれない。だがそれは、レイクの治療を止める事を意味する。高確率で彼は死ぬ。
……どうする?
駄目だ。レイクだけでなくシルバームーンも殺されてしまうだろう。
だが、もっといい手がある。
「鬼切、後は任せた」クリフに言う。
「調子のいい野郎だ。だが無理だ。恵子を連れて逃げろ。鬼切の名誉にかけて……時間だけは稼ぐ」
自身の破壊を覚悟した顔だ。だが俺はお前の死に場所を用意してやるほど、優しくは無い。
「神殿を狙うんだ。戦艦金剛からの艦砲射撃だ」
「神殿?」
「そうだ。この島にある神殿だ。最初に見つけたあの建物だ!」
俺は敵の手品のタネに気がついた。多分。恐らく。
ヒントは沢山もらっている。
偽物の戦艦大和に、偽物の零戦。そして偽物のアパッチ。
死んだ筈のレイクの妻。偽物のエトレーナ。偽物の俺。
敵兵器が出現する時、召喚音はしなかった。トライデント・システムの能力をコピーしている訳では無いのだ。
敵の戦艦大和は、邪神“血液”の変化したものだ。俺はそう教えられた。ならば、残りの偽物も“血液”が姿を変えたものだろう。そしてその“血液”は、一体どこからやって来るのか?
異界の門そっくりの、この島の神殿。
そして邪神と神殿。関係あるのは、まず間違いない。
「クリフ! 風瀬さんの言うとおりにしてくれっ。命令するっ!」
「了解だ。恵子。……待機中の戦艦金剛、および重巡高雄に伝達。全主砲、砲門開けっ! 目標。島の神殿状構造物」
クリフは俺を睨む。
「着弾まで、90秒だ」
「遅いな旧型。もっと頑張れ」
「ぬかせ。顔色が悪いぜ。怖くて小便ちびりそうか?」
下品な野郎だ。顔色が青ざめてるのは出血のせいだ。
だが確かに、俺は怖い。
この島に上陸したのはミスだ。このままでは、俺のミスで仲間を全滅させてしまう。
俺はそれが怖い。
敵はすぐに実体化して来る。
主砲着弾までの数十秒。それが遠い。遠すぎる。
俺はふらつきながら立ち上がった。
数十秒だけでいい。俺だけを撃て。俺を狙え。
(妖精。派手にいくぞ)
柔らかいものが俺の右半身に当たった。隣で俺を支えるもの。妖精だ。
「もちろんです。マイ・マスター」