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上陸


戦艦大和が消失した海域に浮かぶ怪しい小島。調査の為に上陸した俺たちは、手荒な歓迎を受ける。


突然現れた赤竜。襲われたレイクは一瞬で戦闘不能におちいった。驚いたことに、その赤竜は今は亡きレイクの妻だと言う。

竜はすぐに消え、俺たちはさらに予想外のものを見る。


「風瀬さんっ! あそこ」


森の手前に、エトレーナと一人の男。

彼女は見たことの無いような、憎しみに満ちた顔でこちらを指さし、隣の男は銃をこちらに向ける。

俺は反射的に自分の小銃を相手に向けた。同時に大霧も銃を構える。


だが、なんてこった。見慣れた89式小銃を構えたその男は……俺だった。目つきが鋭い短髪の姿は、見間違えようも無い。慣れ親しんだ悪人面あくにんづらだ。


(マスターぁぁあ!!)


妖精の叫び声に、俺は自分の反応が遅れた事に気がつく。

敵の三点バースト。左肩に衝撃しょうげき。射撃不能。

同時に隣で発砲音がした。大霧おおきりが彼女の試作銃、一五式改で反撃したのだ。


はなった銃弾は、敵の腹部に命中、小さな稲光いなびかり炸裂さくれつする。もう一人の俺は腹を破裂させ、そのまま崩れ落ちた。だが大霧の反撃はそれで止まらない。


「止めろっ!」俺は叫ぶ。


銃弾――新日本国開発の試作弾――が敵の女に降り注ぐ。閃光が女の腹部をおおった。

俺はエトレーナの肉体がはじけるのを見た。

華奢きゃしゃな身体が引き裂かれ、ぼろ人形のように地面に転がる。


「何てことをっ!」竜の姿のシルバームーンが叫ぶ。「エトレーナ女王、本物よっ! 何でこんなとこに居るのか分からないけど、彼女は本物よっ!」


「銃が勝手に……私は止めようとしたんだっ!」


卑怯者ひきょうもの! 銃のせいにするなんてっ!」


「よせシルバームーン。男と同じで女も偽物だ。俺が保証する。……大霧、良くやってくれた。命拾いした」


「何言ってるのカザセ? 女は本物のエトレーナよ。男とは違う。早くあの人の手当を……」


そこまで言うと、シルバームーンは口ごもった。

当然だ。偽物の身体は、回復魔法が効くレベルの損傷そんしょうでは無い。雷撃らいげき属性ぞくせいを付与された試作弾は、明らかに人間相手にはオーバーキルな代物しろものだ。


「敵の嫌がらせに過ぎん。俺の動揺どうようを狙ったんだ。レイクが自分の妻の偽物にやられたようにな」


「……でも……本当に」


「本物のエトレーナは、あんな憎しみに満ちた顔はしない。例え精神操作を受けたとしてもそんな事はありえない。レイクをてやってくれ」


「……でもカザセの怪我けがひどいわ。とても痛そう。今見てあげる」


「後でいい。銃弾は全て肩を貫通している。レイクの方が先だ。早くっ!」


シルバームーンはうなずくと、銀竜から少女の姿に戻った。レイクの元に駆け寄る。

容体をると彼女の顔色が変わった。即座に呪文を唱え始める。

シルバームーンは大抵の魔法なら無詠唱むえいしょうで発動できる。詠唱が必要なほど強力な治癒魔法を使わなければ、レイクを助けることが出来ないのだ。だが彼女なら……きっとなんとかしてくれる。


身体がふらついた。


アドレナリンの過剰分泌のせいで、押さえられていた痛みが急にぶりかえす。肩に当てていた右手が血でべっとり濡れていく。

俺は治療用の緊急袋を召喚しようとした。一応、自衛隊の支給品だ。召還は可能なはず。


しかし、くそっ。


(マスター、無理しないでください。私が実体化して治療ちりょうを実行します)


(いらん)


(何言ってんですかっ! 私だって治療ちりょうくらい出来……)


突然、後ろから身体を支えられる。女の匂い。大霧だ。


「横になってくれ。今、止血をする」


「感謝する。だが、それは後だ」


「馬鹿を言うなっ! 出血が多い。いいからすぐ横に……」


邪魔者じゃまものをかたづけてから……だ」


「何?!」


俺は、大霧に支えられながら空の一角に目を向けた。

何かが実体化しようとしていた。




森の上空が揺らぐ。現れたのは黒い回転翼機が三機。アパッチだ。敵はパクリの天才らしい。

機体は出現と同時にゆっくりと機首をこちらに向ける。


『アルファ3! 迎撃しろっ!』俺は待機中のアパッチに向け叫ぶ。


『アルファ3、了解』


「風瀬さんっ! あそこっ!」


大霧の指さす方向には、男が5人。

全て俺の偽物だ。それが5人。自分の悪人面はさすがに見飽きてきた。

敵は小銃をこちらに向ける。


だがそれだけじゃない。


森から出てきたのは、戦車……いや違う。あれは87式自走機関砲だ。

一分間に1100発の弾をばらまくミンチ製造機。あれを人間相手に使うつもりか?


残った力を振りしぼる。大霧に体当たりして、一緒に地面に転がった。

そのまま、彼女におおかぶさる。


「召喚しろ! 敵の真上っ!」 


大霧の豊かな胸を身体に感じる。死に場所としては悪くない。断っておくが、不可抗力ふかこうりょくだ。

俺は身体が引き裂かれるのを覚悟した。

来るのは小銃の5.56ミリか、それともアパッチの30ミリか、はたまた87式の35ミリの機関砲弾か。


雷鳴らいめいに似た召喚音がとどろく。一瞬の後、地面が震えた。巨大な質量が間近に落下したのだ。

そのまま三つ数え終わるまで、俺は大霧を抱いていた。


「よお、色男。俺の恵子から離れてくれねえかな」聞きたくない男の声がする。


ゆっくり顔を上げる。敵からの射線をふさぐように鬼切の第一疑似人格、クリフがいた。

大霧の盾を気取って実体化してきたようだ。だが残念ながらその仕事は俺のものだ。


敵が居たところに巨大な二両の装甲車両が見えた。第二次世界大戦の巨大戦車 VIII号戦車“マウス”。史上最大の重戦車。


一両は87式の砲塔を押しつぶして、その上に。

もう一両は地面に横倒しになっている。落下の衝撃で転がったのだろう。

横倒しになった車両の下からは、敵の身体がのぞいている。


どうやら、うまくいったようだ。妖精は俺の意図を理解してくれた。


無茶苦茶むちゃくちゃですよ。戦車を上から落として敵を圧殺するとは)


(戦車とは言わなかったけどな)


(え~違いました? 私はてっきり)


(いや、冗談だ。よくやってくれた。ところで、あのマウスに兵は乗っていないな?)


(もちろん。無人です。こんな仕事に疑似人格は使えません)


空を見ると敵の戦闘ヘリが森の中に墜落していく。


『こちらアルファ3。全ての敵を撃破』


パチもんのアパッチは、本物のアパッチには敵わなかったようだ。

敵がアパッチを知ってから、それほど時間は経っていない。

外見はともかく性能までは、コピー出来ていないらしい。


ほっとした俺の下で、大霧がうごめいた。

「風瀬さん……その……言いにくいのだが」


「うん?」


「す、すまないが、どいてもらえないだろうか」目の前に大霧の真っ赤な顔があった。


「おっと、すまない」


「しゃ、謝罪の必要は無いぞ。た、助けてくれたのだからな」


クリフが冷たい目で俺たちをにらむ。

「甘いぞ、恵子。たっぷり謝らせろ。土下座どげざがいい。獣欲が服を着て歩いてるような男だ。すきを見せるな」


ずいぶんな言われようだ。

俺は、自慢の凶悪な視線をクリフに向ける……が、安心して喧嘩けんかするにはまだ早かった。

上空の大気が揺らぐ。



(来ますっ! 敵兵器!)


(数は?)


(30? いや50?? 100かも。計測不能ですっ!!)


妖精はマウスの召喚で能力を使い切った。現在、トライデント・システムは絶賛クールタイム中だ。次の召喚は早くても数時間後。今、呼べるのは小火器のみ。


森の木々が揺らぐ。あそこからも何か来る。恐らくは大量の俺。


シルバームーンがレイクの治療ちりょうの為に詠唱を続けながら、尋ねるように俺を見た。

彼女は聞いている。銀竜の姿に戻るかと。

そうすれば、敵に対抗出来るかもしれない。だがそれは、レイクの治療を止める事を意味する。高確率で彼は死ぬ。


……どうする? 

駄目だ。レイクだけでなくシルバームーンも殺されてしまうだろう。

だが、もっといい手がある。


鬼切おにきり、後は任せた」クリフに言う。


「調子のいい野郎だ。だが無理だ。恵子を連れて逃げろ。鬼切の名誉にかけて……時間だけは稼ぐ」


自身の破壊を覚悟した顔だ。だが俺はお前の死に場所を用意してやるほど、優しくは無い。


「神殿を狙うんだ。戦艦金剛からの艦砲かんぽう射撃しゃげきだ」


「神殿?」


「そうだ。この島にある神殿だ。最初に見つけたあの建物だ!」


俺は敵の手品のタネに気がついた。多分。恐らく。

ヒントは沢山もらっている。

偽物の戦艦大和に、偽物の零戦。そして偽物のアパッチ。

死んだ筈のレイクの妻。偽物のエトレーナ。偽物の俺。


敵兵器が出現する時、召喚音はしなかった。トライデント・システムの能力をコピーしている訳では無いのだ。

敵の戦艦大和は、邪神“血液”の変化したものだ。俺はそう教えられた。ならば、残りの偽物も“血液”が姿を変えたものだろう。そしてその“血液”は、一体どこからやって来るのか?


異界の門そっくりの、この島の神殿。

そして邪神と神殿。関係あるのは、まず間違いない。


「クリフ! 風瀬さんの言うとおりにしてくれっ。命令するっ!」


「了解だ。恵子。……待機中の戦艦金剛、および重巡高雄に伝達。全主砲、砲門開けっ! 目標。島の神殿状構造物しんでんじょうこうぞうぶつ


クリフは俺をにらむ。


「着弾まで、90秒だ」


「遅いな旧型。もっと頑張れ」


「ぬかせ。顔色が悪いぜ。怖くて小便ちびりそうか?」

下品な野郎だ。顔色が青ざめてるのは出血のせいだ。


だが確かに、俺は怖い。

この島に上陸したのはミスだ。このままでは、俺のミスで仲間を全滅させてしまう。

俺はそれが怖い。


敵はすぐに実体化して来る。

主砲着弾までの数十秒。それが遠い。遠すぎる。


俺はふらつきながら立ち上がった。

数十秒だけでいい。俺だけを撃て。俺を狙え。


(妖精。派手にいくぞ)


柔らかいものが俺の右半身に当たった。隣で俺を支えるもの。妖精だ。


「もちろんです。マイ・マスター」

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