予期せぬ敵
◆
戦艦大和が消えた後、周辺海域を偵察させていたF-15E ストライクイーグルから通信が入る。
『こちら哨戒中のアルファ2。アルファ1聞こえるか? 大和の消失地点から20kmほど南南東に奇妙な小島を発見』
島か。何かありそうな気がしていたが予感が当たったようだ。
「ちょっと。どうしたのよ?」シルバームーンが不審げに尋ねる。
「面白そうな島が見つかったそうだ。送った航空機から報告があった」
「私にもやりとりを聞かせてよ。仲間外れは嫌いなの」
俺は肩をすくめ、妖精に命じて通信が周りに聞こえるようにした。まあ、シルバームーンは新日本国の戦いに興味があると言うより、野次馬根性が旺盛ってことだろう。
『こちらアルファ1。風瀬だ。報告を続けてくれ』
『直径3キロほどの円形の島を発見した。全体が森に覆われているが、北端に神殿のような建物が見える。巨大な柱に似た構造物も見える』
『ただの遺跡ではないのか?』
『ネガティブ。接近すると急速に霧が晴れた。自然現象とは思えない。該当海域の10km四方は濃い霧に覆われていたが、今は跡形も無く消え去っている』
『来るのを待っていたように霧が晴れた。そう言うことか?』
『そうだアルファ1。まるで当機を招いているように霧は晴れた』
自然現象では無いだろう。そもそも海に浮かぶ絶海の小島に霧が立ちこめていること自体おかしい。
敵と何らかの関係があるのは間違いない。
攻撃するか?
召喚したF-15Eは、地中貫通爆弾“バンカーバスター”を装備している。
建物への攻撃は可能だ。
『アルファ2よりアルファ1へ、複数の人影を発見した。繰り返す。神殿近くに人影を発見』
『何だって? 人間なのか?』
『今の高度からは分からない。人型が複数だ』
『確認してくれ』
『燃料が残り少ない。低高度での偵察を強行すれば、機体を失う可能性がある。実行するか?』
『くそっ。何てこった。……今の高度から建物への攻撃は可能か?』
『可能と判断する。指示を願う』
どうする。攻撃するか? 限りなく怪しい島だ。
だが俺はためらう。疑わしいが、まだ敵だと断定出来ない。無関係な相手を敵に回してしまったら最悪だ。
『攻撃は……止めておく。アルファ2は、このまま帰還せよ。妖精、島の位置を記録後にアルファ2の送還を実行』
(マスター、了解です。位置を記録後、システムを起動。アルファ2の送還を実行します)
「大霧。聞いていたな? あの島は大和の出現と何らかの関係があると思う。上陸して調査する」
時間は貴重だが、ここで確実に敵の艦隊の息の根を止めておきたかった。
大霧を助けてやりたかったし、新日本国に貸しを作っておけば杖の入手も楽になる。
「あの海域に小島か。確かに怪しい……私も同行する」
「いや。その必要は無い。島の調査は俺に任せてくれ。大霧は金剛から援護してもらいたい。戦闘になるかもしれん。俺は陸自の出身だ。近接戦には慣れている」
「駄目だ。残念ながら従えん。一人では危険だ。私が海軍だから戦えないとでも思ったか? この世界でいろいろ経験は積んでいるし、足手まといにならない自信はある。それに私が上陸しても金剛は動かせる」
「そいつは困ったな……俺も戦闘は出来るだけ避ける。相手の正体が分かったらとっとと逃げるさ。あそこにいるのが敵なら、金剛からの艦砲射撃で潰せる。これでいいか? 別に死に急ぐ気は無いんだ」
「私も行く。もう決めたことだ」
シルバームーンがふふんと鼻で嗤う。この感じは……まずい。非常にまずい。絶対に余計な事を言う。
だが俺の制止は間に合わなかった。
「あら、おばさん。そんなにカザセの事が心配? まあ気持ちは分かるわ。こいつ無茶しすぎるし。でも、心配の必要はないわ。私がついていく。年寄りはお留守番をお願いね。はっきり言えば足手まといってことよ」
「お、お、お、おばさんだと? ふざけるなっ! 私はまだ20代だっ!」
「私はまだ10代だし」
「嘘つけっ。10代のドラゴンなんて、いてたまるかっ!」
「いるんだから、しょうが無いし」
嘘つけ。シルバームーンが10代なんてことはあり得ない。
しかし、本当の年はいくつなんだろう。いつもはぐらかされている。大霧は20代か。本当にそうなのか?
……なんて事を考えている場合では無い。早く二人を止めないと。
◆
さすがに空腹で限界だった俺は、ゆきに頼んで簡単な食事を持ってきてもらった。
トライデント・システムのクールタイムは後、2時間で終わる。そうなれば再び召喚が可能となる。
島への上陸はその後だ。
シルバームーンと大霧は俺の食事に付き合ってくれたが、黙り込んで、お互いに口を利こうとしない。
なかなか、胃に来る状況だ。
妖精が例によって、脳内でささやく。
(お二人とも、マスターと同行するのを譲る気は無いようですね)
(残念ながら、そのようだ)
(何でここまで、彼女たちが意固地になっているか分かります?)
(俺に分かるわけが無いだろう)
(教えてあげましょうか?)
(よろしく頼む……と言いたいとこだが止めておく。女性がらみのアドバイスを聞いて、良かったことなんて一度も無い。いつも聞いてから後悔するんだ)
(あらあら、エトレーナさんも苦労しますわね。ではちょっとしたヒントだけ)
(聞きたくない。余計なお世話だ。口を閉じろ。今すぐに)
レイクは食事には参加せず、コーヒーの三杯目をゆっくり飲んでいる。
騎士姿の初老の男がコーヒーをすする姿は、なかなか絵になる。
レガリアには紅茶に似た飲み物はあるが、コーヒーの類は無い。飲んだのは恐らく始めってだった筈で、意外なことに、この飲み物を気に入ったようだ。
レイクも大霧に対して良い感情を持っていないはずだが、シルバームーンには味方をせず、今回は中立を保っている。もう一回争いを蒸し返して、俺を困らせるのを避けたのだろう。
そのレイクが口を開いた。
「カザセ殿。状況はどんな具合なのです?」
俺はかいつまんで、戦況を説明した。新日本国を攻撃している戦艦大和の艦隊を迎え撃とうとしたこと。
敵の艦載機を迎撃したら、大和が消えてしまったこと。
レイクは俺が杖を入手しようしている事は知っている。だが、それについては大霧の前では話しにくく、俺は、杖の事には触れなかった。
「レガリアに戻る前に、島の調査に同行させて頂いてよろしいですかな?」
「……何が起こるか分からんぞ。それにレガリアと直接の関係は無い仕事だ」
「構いませぬ。嘘をついたお詫びに手伝わせてください。カザセ殿が目標を達せれば早めにお戻りいただけますしな。それに……」
レイクは、黙々と食事を続ける女性陣に視線を向けた。
結局、シルバームーンも大霧も調査に同行すると言って聞かず、二人とも連れていく事になったのだ。
ベテランのレイクが加わってくれた方が、チームワークがうまくいく。
そして、もっと重要な事がある。お互い仲の悪い女性陣だけを相手にするより、俺の胃に優しい。
「分かった。同行してくれ。出発は1時間後だ」
◆
俺達を乗せた汎用ヘリ、SH-60シーホークは金剛を飛び立った。
一緒に乗っているのは、大霧にシルバームーン。それに騎士姿のレイクだ。
もうお馴染みの攻撃ヘリAH-64Dアパッチ・ロングボウが、シーホークを護衛している。
大霧の守護者であり鬼切の第一疑似人格であるクリフは、さっきの戦闘から姿を現していない。が、あいつの顔を見なくて済むのは歓迎だ。どうせ出たくなれば勝手に出てくる。
大霧が見慣れない銃を取り出し、点検を始めた。
「その銃は?」 俺が尋ねると誇らしげに大霧は答えた。
「一五式 小銃改。試作銃だ。我が新日本国が魔術師と開発している最新の小銃になる。魔力による命中補正があり、各種の銃弾が使える。今、装填してある弾には雷撃属性が付加されていて、威力はかなりのものだ。他に破魔の弾も持ってきた。邪悪な存在を滅する力がある。まだ試作段階だが」
「たいしたものだな。帰ったら見せてくれないか?」
「ああ、いくらでも見てくれ。貸すことが出来ないのは残念だが」
俺は、何か言いたそうなシルバームーンを睨み付けた。
頼むからもう余計な事は言わないでくれ。嬉しいことに今回はうまくいった。
◆
ヘリは島に近づく。
「“門”に似ているわね」シルバームーンがつぶやいた。
そうなのだ。ユリオプス王国からニューワールドに来たときに使った転移門に、島の建物はどこか似ていた。
だが、その建物には歪んだ球体や柱がオブジェのように建物にへばりついている。まるで抽象画だ。悪夢に出てきそうな奇妙な形をしている。本当にこれは人間の為のものなのだろうか?
やはりこいつは邪神がらみの施設なのか?
「気をつけてくれ。悪い予感がする」
「ええ。私もよ。レイク、降りたらドラゴンの姿に戻りましょう。舐めていい相手じゃなさそうよ」
「姫様。御意」
島の大部分は森に覆われていて着陸出来ない。しかし、周囲は海岸で覆われていて砂地だ。俺達は浜辺に着陸してから、回り込んで建物に近づくことにした。
「魔力は感じないわ」 シルバームーンがつぶやく。
『アルファ3よりアルファ1へ。着陸予定地点に脅威は見つからず。対地レーダー及び赤外線の反応なし』護衛のアパッチが通信を送ってくる。
俺も空中から、双眼鏡を使い島をよく観察してみた。異常は見当たらない。
現在は人影も無い。
シーホークは浜辺に着陸し、俺達は外に出た。
周りを見渡す。
十分注意をしたつもりだった。
「危ないっ!! 伏せてっ!」
シルバームーンの叫びに銃を向けた俺は、固まった。嘘だろ!
ドラゴンが居る。こんなもんはさっきまで居なかった。
くすんだ赤色のドラゴンが、口をゆっくり大きく開く。
次に来るのはドラゴン最強の攻撃、ドラゴン・ブレス。
『アルファ3!!! 撃てっ!』俺はアパッチに向けて叫んだ。
レイクは即座にドラゴンに変身し、敵に向かって素早く口を開く。
同時にシルバームーンの少女の身体がはじけ、輝く銀竜の姿が現れた。大きく翼を広げ、俺と大霧の盾となる。
「レイク! なにやってんのよっ!」
なんてことだ。
レイクは口をあんぐりと開き、赤い竜を呆然と見つめている。
「レイク! 攻撃だっ! ブレスを吐けっ! 何やってんだっ!」
間に合わないっ。
レッドドラゴンのブレスが俺達を襲う。俺と大霧はシルバームーンの翼に抱きすくめられた。
熱いっ!! 身体が焼ける。シルバームーンの銀の翼が熱をはじくが間に合わない。
だが突然、熱さは消えた。
『こちらアルファ3。チェーンガンが敵に着弾。竜は消失した』
赤竜が消えた? いったい何が起こっているんだ? チェーンガンではドラゴンの皮膚を貫通できない。
牽制にしか成らないはずだった。
「レイク? 嘘でしょ? レイク」
シルバームーンが俺達から離れ、視界が回復する。
そばに横たわっているのは、変わり果てた姿になったブロンズ・ドラゴン。レイクだ。レイクがやられてしまった。
敵のドラゴンブレスは老いた竜を直撃していた。
「何でブレスを吐かなかったの? 何で攻撃しなかったの? 何で……」
「姫様……あの赤竜は……妻……でした。昔、死なしてしまった……儂の妻」
「風瀬さんっ! あそこ」 大霧の叫び声に俺は森を見る。
俺は悪夢を見ている。絶対そうだ。
エトレーナと一人の男。
彼女は見たことの無いような、憎しみに満ちた顔でこちらを指さし、隣の男が銃をこちらに向ける。
そしてエトレーナの隣にいる男は……俺だった。