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竜と帝国軍人


「ふんっ。人間と竜の同盟なぞ……それに私は」


「人間の女よ。警告する。それ以上の侮辱ぶじょくは我慢できない。竜の力をその身で味わう事になる」


年老いた騎士姿のレイクと軍服姿の大霧おおきりにらみ合う。

表向きはレガリア国と新日本国で王国を取り合っているように見える。つまりは俺を味方に引き込むための争いだ。


だがそれは、きっかけに過ぎない……と思う。大霧の口ぶりから察すると彼女は人間以外の種族が嫌いらしい。もともと新日本国は人間だけで構成されている国だ。

そして言うまでも無く、レガリアの竜は誇り高い。自分たちを最高の種族と信じて疑わない。

異種族嫌いの大霧おおきりと誇り高きドラゴン。うまくいく訳がない。ちょっとした火種があれば燃えさかる。


クリフ――鬼切おにきりの第一疑似人格――が大霧をかばうように一歩前に進み出た。

「おっと! 爺さん。お前の相手は俺だ。恵子。化け物の相手は任せてくれ」


「化け物だと? 人間風情にんげんふぜいわしを化け物と呼ぶか? ……いいだろう若造。相手をしてやる」


「そんなに腹を立てると血管が切れるぜ。言っておくが俺は人間じゃない。あんたと同じ化け物さ。化け物は化け物同士、仲良く決着をつけようじゃねえか? うん?」


よろしくない状況だ。断じてよろしくない。


「クリフ、そこまでにしておけ。こんなところで竜相手に喧嘩けんかしたら、俺も大霧も巻き添え喰らって即死だ。……レイクもここはおさえてくれ。お前らしくもない」


「おいおい、ここは俺と恵子の味方をするとこだろ? ……まあいい。言う事を聞くのはシャクだが、恵子に死なれるのは困る。さあ爺さん、どうする? そこの“人間風情にんげんふぜい”はお前の上官なんじゃないか? 喧嘩を止めて欲しいそうだぜ?」 クリフは、にやつきながらレイクに言う。


「……若造、カザセ殿は人間では無い。……いや、人間かも知れないが人間では無いのだ」


「そうよ。カザセはただの人間じゃ無いし」


微妙に会話が噛み合っていない。それに俺は正真正銘しょうしんしょうめい“ただの人間”だ。

レイクは怒りのあまり“人間風情”とクリフをあざけったが、俺も人間だった事に気がついて慌てているらしい。


さてどうしたものか。どちらの肩も持ちにくい。片方の味方をすれば、もう片方をがっかりさせる。

と言って、ここで俺が“異種族間の信頼の構築について”説教をれるのも違う気がする。

もっとも偏見ありまくりだった俺に、そんな資格はもともと無い。


(マスター、ここは誤魔化ごまかしましょう!)


誤魔化ごまかす、と言う言葉は俺の辞書には存在しない)


(じゃあ、ちょっとしたギャグを言うとか?)


(ギャグ? そんなものを口にしたら発作を起こして死んでしまう体質だ)


(え~~。またまたご冗談を。でも何事も勉強です。周りが凍り付けば、それで喧嘩けんかは止まりますし)


(……お前、状況を楽しんでるだろう?)


そんな事が出来るなら、人生苦労はしていない。

だがまあ。やってみるか。


俺は、こちらを心配そうに見ている少女の姿に気がついていた。主砲塔の影からこちらをうかがっている。着物に前掛まえかけの、古風な和服姿の女の子だ。

あの子には見覚えがある。初めて金剛に来たときに、旨いコーヒーを出してくれた子だ。確か名前は……


「おーい。ゆきさん!」俺は手を振った。

突然呼びかけられて、彼女は目をぱちくりさせる。


「この艦には、お茶を置いてあるか?」


彼女――ゆき――は一瞬きょとんとしていたが、すぐに手をメガホンのように口に添え、大声で答えた。

「は~い。風瀬様。お茶もお紅茶も用意できます~ 甘い物もあります~」


「……と言う訳だ。レイク、それにシルバームーン。長旅で疲れたろう? この艦の出す飲み物はうまいぞ。俺は猛烈に喉が渇いている。腹も減って死にそうだ。さあ付き合え」


飲み物の所有者である大霧おおきりの方を見ると、しょうがないなと言う顔を返される。

クリフは肩をすくめた。


「そう言えば、私ものどが渇いたわ。喧嘩けんかの続きはその後で。ねえ?」 シルバムーンが気を利かせたのか助け船を出す。


「いや、わしはその、お茶とかは……水で結構」


「お茶が苦手ならコーヒーにしたらいい。味は保証する。お~い。ゆきさん、頼む」


「はあぁぁい。喜んで」彼女は満面の笑みを浮かべた。


クリフは「へんっ!」と言いながら姿を消したが問題無いだろう。

どうせ気になって、後から出てくるに決まっている。


(取り合えず衝突しょうとつ回避かいひ成功ですね。60点と言うところですか。ギャグを言えたら100点でした)


(ちゃちゃを入れてる暇があったら、お前が出てきて対処してくれてもよかったんだぜ?)


(遠慮しておきます。第一クリフが、私の言う事を黙って聞いているとは思えませんし)


突然、俺は電撃につらぬかれた気がした。啓示けいじだ。これは明らかに天からの啓示けいじだ。


なんてことだ。

一つの美しい文章が脳内に忽然こつぜんと生まれる。

こんな才能が俺にあったなんて。

俺は低くつぶやく。


膠着こうちゃく状態を紅茶こうちゃ決着けっちゃく


それはギャグじゃ無くて単なるダジャレです。かなり寒いです。どこが面白いのか良く分かんないです。と妖精の抗議の声を聞きながら、皆を引き連れ作戦室へと向かう。


疲れているのかもしれない。



部屋に入ると、ゆきがいそいそと、飲み物を俺達に給仕きゅうじし始める。

和式に髪をった彼女の姿は、まるで時代劇に出てくる町人の娘みたいだ。可愛らしい。

いや、その表現は不正確だ。彼女は本物の昔の町人だったのだから。


ゆきは新日本国の元に成った国の一つ、さむらいひきいられた国“夏月なつき”の出身で茶屋の娘だった。

大霧が引き抜き、お手伝いとして雇ったのだ。

帝国軍人は“夏月なつき”の人々、特に武士階級からは今でも良い印象はもたれていない。ニューワールドに後からやってきて、新日本国を設立させた帝国軍人達は侍たちにとって敵だったのだ。

大霧の恋人である今村の力によって平和裏に新日本国が建国されたとは言え、わだかまりは残っている。


しかしそんな事は、ゆきにとってどうでもいいことなのだろう。

大霧とゆきの仲はとても良い。人見知りせずに誰とでも仲良く出来るタイプだ。

俺にも良くしてくれる。


「シルバームーン様はお紅茶でよろしいんですよね」


「うん。ありがと。葉っぱをして造った飲み物でしょ。うん。飲んだことある」


「レイク様は、珈琲こーひーですね」


「カザセ殿の選ばれたものなら、それで良い」


ゆきもせっかく綺麗きれいな長い黒髪なのだから、ロングにした方が似合うんじゃないだろうか?  

余計な事を考えていると、目が合った。くすっと微笑まれる。慌てて目をそらす。

それでなくても、目つきが鋭くて怖いと評判の俺だ。親しくない女性を見つめるのは、他の男以上に注意を要する。


「風瀬様も珈琲こーひーですよね? それに甘い物を今、持ってきますね」


「ああ。……ありがとう」


さて、そろそろ本題に入るとしよう。誤魔化ごまかし続けるつもりは俺にはない。

ドラゴンたちは、俺を連れ戻そうとしている。その為にエトレーナに圧力をかけた。

俺は腹を決めることにする。しかし、その前に確認したい事があった。


ゆきが大霧の為にコーヒーを置くのを待ち、俺は口を開く。


「レイク。確認させてくれ。エトレーナから伝言を預かってきたと言ったな。内容を教えて欲しい」


「カザセ殿。それはさっきお伝えしましたが?」


「すまないが、もう一度頼む」


かすかにレイクとシルバームーンがひるんだのを俺は感じた。


「“ユリオプス王国をレガリアのそばへ移すことに決めました。至急の帰国をお願い出来ますでしょうか? あなたの助けが必要です”以上です」


「なるほど。エトレーナがそう言うのなら、すぐに戻らなければいけない」


大霧が顔色を変えた。


「風瀬さん! 本気かっ?」


「ああ、本気だ。もしエトレーナがそこまで追い詰められているのなら、俺は戻らなければいけない。王国のことも心配だ……レイク、最後にもう一度確認する。エトレーナは本当に“一字一句”その通りに言ったのだな?」


「儂はその……」


レイクは目を泳がせた。やっぱりそうか。まあ、そうだろう。

俺は続いてシルバームーンを見る。彼女は逆切れ気味に叫んだ。


「性格悪いわねっ! あんた分かって言ってるんでしょ? 女王が言った言葉はこうよっ! ”ご用が済んだらお戻りください。相談したい事がございます” これで満足したっ?」


「なるほど」


つまり至急の帰国命令は、エトレーナからは出ていない。

レイクは大嘘をついた訳だ。大方おおかた、レガリア王にねじこまれたのだろう。


しかしシルバームーンは俺が最初から見破っていたと思い込んでいるようだが、それは正しくない。

エトレーナが、即刻の帰国命令を出さなければならないほど、レガリア王から圧力をかけられた可能性があるからだ。それが一番気になっていた。


「王とエトレーナ陛下が会談を持たれて、移住に合意されたのは間違いないのです。陛下が国民の心配をしていたのも嘘ではありませぬ」

レイクは俺と目を合わせようとしない。


こんな状況になった責任は俺にある。

帰国命令は嘘だったが、エトレーナが国民の心配をしているのは確かだ。それに気づいてやれなかった。

本心では、俺の即時の帰国を望んでいる。それは間違いない。レガリアのそばに開拓村を移して、もっと良い生活をさせてやりたい、そう思っているのも間違いない。彼女はすぐにでも移住を手伝って欲しいのだ。


俺は力を求め、グアルディの杖を手に入れようとした。俺の望みは皆を守る力を手に入れ、エトレーナを死すべき運命から救うこと。だが本当は王国民のことよりエトレーナの方が大事だったのかも知れない。

だから開拓村の移住より、杖の入手を優先した。


だがエトレーナが真実に気がついたら、本当に喜ぶだろうか?

俺は腹を決めた。


「レイクよ。戻って王に伝えろ。10日欲しい。その後必ず戻る」


「カザセ殿。わしは、ただ……その」


「心配するな。怒ってはいない。お前の立場なら俺も同じ事をする。だが嘘は今回だけにしておけ。王に伝えろ。“俺の性格は知っているはずだ。言いたいことがあれば直接言え”とな」


妖精の声が脳内に割り込む。

(マスター! ストライク・イーグル攻撃機から緊急連絡!)


偵察に向かわせたFー15からの通信か。


(つなげ)


『こちらアルファ2。アルファ1聞こえるか? 大和の消失地点から20kmほど南南東に奇妙な小島を発見』

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