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エトレーナの決断


『カザセ~ 元気にしてた? 様子ようす見に来ちゃった♡』


『隊長。レガリア王の命を受け、お迎えにあがりました』


ドラゴン達だ。シルバームーンに、元近衛兵もとこのえへいのブロンズレイク。

シルバームーンは心配して来てくれたんだろうが、レイクの方は俺を連れ戻しに来たらしい。


『よく来たな。俺はしばらく元気な予定だ。……着艦がうまくいけばな』


俺の乗ったアパッチは、零戦に喰らった20ミリのせいでローターが破損している。だが、ダメージはそれだけで収まっていなかった。異音が急に大きくなり機体がふらつく。第一エンジンの回転数が急速に落ちていく。

やかましい警告音と共に、HUDが異常を知らせる情報表示で埋まった。

どうやら、昼飯は少し先になりそうだった。


『第一エンジン停止! トランスミッションに異常! 高度を維持できないっ!』パイロットが叫ぶ。


残るは第二エンジンのみ。だがその音も急に小さくなり、メインローターが空転を始める。

身体が大きくゆさぶられ、機体の降下速度が増す。

これは……墜落する?!


『オートローテーションに移行! 不時着するっ』


アパッチは投げつけられた小石のように、海面に突っ込んでいく。


『風瀬さんっ!』


『カザセっ!』


(マスター!)


最後に聞こえたのは、大霧とシルバームーン、ついでに妖精の叫び声。

男の声もあったような気がするが、くたばる前に聞く声は女のだけで十分だ。



(マスター、しっかりしてくださいっ! マスターっ!)


声が脳内にひびく。俺は顔をしかめた。頭が痛い。口の中が出血で鉄サビの味がした。

海面に叩きつけられたショックで、意識が飛んでいたらしい。

前の席でパイロットがぐったりしている……だが、うめき声が聞こえた。大丈夫だ。生きている。

疑似人格は生きてさえいれば、送還そうかんでステータスは元に戻る。


海水が多量に流れ込んでくる。あまり時間は無い。


(妖精、俺は大丈夫だ。……アパッチとパイロットを至急、送り返してくれ)


(意識が回復したんですね? よかった! トライデント・システム緊急始動! 機体及びパイロットを送還そうかんします。準備してください! 5秒前……3、2、1)


ゼロのかけ声と同時にコクピットは崩壊ほうかいした。細かな光の粒となって霧となる。アパッチとパイロットは物質としての存在を失い、どこか異世界にある基地に送り返されていく。

身体を支えるものが無くなり、俺は海の中に放り出された。


海水に全身が包まれる。

目が痛い。

ここの海が塩辛いのは地球と同じだ。しかし塩分がやたら濃い。かなり強烈だ。

なんとか海面に顔を出すと、クリフの声が聞こえる。


無事ぶじか? 今、装載艇そうびていを降ろしている。それに乗って、とっとと戻ってこい』


『感謝する……と言いたいとこだが、いつものお前ならここで皮肉を言うところだぜ。まだ生きてたのかとか何とかな。体調でも悪いのか?』


『無駄口を叩いてる暇があったら、この状況をなんとかしろっ』


『状況?』


変な事を言う奴だ。とりあえずの状況はなんとかなったはずだ。

残った大和は逃げていき、ストライク・イーグル攻撃機に後を追わせている。

俺達は、安全……のはずだ。少なくとも今は。


だがそう言えば、女達の声が聞こえない。大霧とシルバームーンはどうしたんだろう?


俺の思考を読んだのか、妖精がささやいた。

(聞きたいですか? 向こうは取り込み中みたいですけど) 同時に女達の会話が流れ始める。


『……私がカザセを助けに行くって言ってんでしょ! まだるこっしい! なんであんたの小舟で助けなきゃいけないのよ!』


『彼は現在、当艦隊と共に行動中だ。救出する義務は、第一義的に私にある』


『うっさい! 黙れ! さあレイク、行くわよ。どうせこの頭の固い馬鹿女、カザセの気をきたいだけなんだから』


『王族が聞いてあきれる。他国の軍の指揮官を、いきなり馬鹿呼ばわりか。頭の方は大丈夫か?』


なんてこった。

シルバームーンはともかく、大霧おおきりの奴いっしょになって何やってんだ?

このままではレガリアと新日本国との外交問題に発展しかねない。


だが女の喧嘩けんか仲裁ちゅうさいとか、俺に期待しないで欲しい。

人間には向き不向きがある。もちろん俺は向いていない方だ。


シルバームーンの声が、冷たさを増していく。


『……それ侮辱ぶじょく? ねえ、私のこと侮辱ぶじょくしたわけ? レガリアの第一王女を敵に回して。ただで済むとは思わないことねっ!』


『侮辱ではない。……あなたはおろかだ、と言う客観的な事実を指摘したまで』


『言ったわね!』


まずい!

男には失敗すると判っていても、やらなければいけない時がある。

今がその時だ。俺は波間なみまただよいながら、心の中で呼びかけた。


『喧嘩は止めろっ。俺は大丈夫だ。だからまあなんだ、落ち着け』


『カザセ……よかった。ごめん、手助け出来なかったわ。しかし何よ。この女』


『風瀬さん、すまない。クリフに救助を任せっぱなしにしてしまった。しかし、何だ。この竜は』


『そもそも、この頭が堅い軍人のせいで』


『この跳ねっ返りの馬鹿王女のせいで』


『何よっ!』


『何だと?』


ほら、やっぱり無理だ。慣れない事はするもんじゃない。


(イーグルからの緊急呼び出しです。切り替えます)

タイミングよく、ストライクイーグル攻撃機からの通信がはいる。

俺はどこかほっとしながら、パイロットの声に耳を傾けた。


『アルファ1、応答してくれ。目標消失。繰り返す。目標地点に大和型戦艦の姿は無い』


敵は大和を送還そうかんしたのか? だがどうも引っかかる。


『周辺を偵察ていさつしてくれ。何か手かがりがあるはずだ』


『アルファ2、了解』


俺は大霧達の会話に割り込んだ。

『大霧、大和が消えた。追撃するかどうか相談したい。シルバームーン、降りてきてくれ。頼みがある』


『……了解した。送った装備艇は見えているな? 金剛こんごうで待つ』


『……しょうがないわねえ。分かったわ。今、そこの大きなお船に降りる』


(外交問題に成るのは、回避したいとこですね) 妖精がささやいた。何故か嬉しそうだ。


装備艇そうびていが近寄って来るのが見える。疑似人格達が手を振っている。

俺はそちらに向かって泳ぎ始めた。



戦艦金剛に戻った。

それを待っていたように甲板に降りてくる二匹の竜。着艦と同時に少女と老いた戦士の姿に変化する。

少女――シルバームーン――は俺に微笑ほほえみ、老いた戦士の姿の竜――ブロンズレイク――は軽く頭を下げた。レイクはレガリアの近衛このえ隊長だったが、現在は俺の部下だ。


竜達を艦橋かんきょうへ案内しようと進み出ると、レイクが口を開く。いつもより表情が硬い。


「カザセ殿。エトレーナ陛下よりお言付ことづけをうけたまわっております。わしがやって来たのはその為です」


「エトレーナから伝言?」


「ええ。“ユリオプス王国をレガリアのそばへ移すことに決めました。至急の帰国をお願い出来ますでしょうか? あなたの助けが必要です”以上がエトレーナ陛下よりの伝言です」


俺は驚いた。

移住の話は知っている。以前レガリア王が、その話を俺に対して持ち出したからだ。

ユリオプス王国をレガリアのそばに移せば、互いに守りやすくなるのは確かだ。王国が独り立ち出来るまで、援助も期待出来る。


しかし、このタイミングで移住するのか? 国を移すのは大事おおごとだ。ユリオプスの住人は1万近くいる。

レガリアとの距離もかなりある。子供だって年寄りだっている。


「説明してもらっていいか? 俺の留守中に何があった?」


レイクは、言うべきかどうか迷っているように見えた。だが決心したらしく話し始める。


「我がレガリア王は、カザセ殿を手元に置いておきたいのです。ですがそれは聞き入れられませんでした。こんなところでカザセ殿は戦っている訳ですから。だから王はエトレーナ陛下に移住の件を持ち出したのです。エトレーナ陛下から頼まれれば、カザセ殿は断らない……そう言う読みです」


俺はうめいた。


「我が王――レガリア王は、エトレーナ陛下に詰め寄りました。国民をいつまで開拓村に住まわせておくつもりか……それでもあなたは、国王なのかと。わしは横で見ていましたが、まあその……かなりきびしいものでした」

レイクはそこで口ごもった。一方的にエトレーナはやりこめられたのか。俺は手のひらを握りしめた。


レガリア王は、王国の事を心配している訳ではない。俺を手元に置きたいのだ。

だが、開拓村をいつまでもそのままにしておけないのは、正しかった。俺達が村を出てから、もう6週間になる。そして、そのせきは俺にある。


「失礼ながら開拓村の生活は豊かとはほど遠い。そして邪神どもとの戦いを思えば、我がレガリアとユリオプス王国は近くの方が、対処しやすいのは言うまでもないでしょう。もちろん、我が国はとびっきり豊かな土地を王国の為に割譲かつじょうします。住人の移動も村の建設も援助しましょう。そしてエトレーナ陛下は、国民の為に決断されたと言う訳です」


だがレガリア王は大きな勘違いをしている。俺を近くにしばり付けたところで、皆を守り切る力は無い。

力が不足しているからこそ、大きな力を手に入れる為に新日本国へ来た。

グアルディの杖を手に入れる為に、ここへ来た。それが必要だと考えていたのだ。


しかし……それで良かったのか? 俺は迷った。


「風瀬さん。お困りのようだな」気がつくと大霧とクリフが俺の後ろに居る。どこから話を聞いていたのだろう?


「心配するな。こちらを放りっぱなしで帰国はしない」


「心配などしていない。……私に良い考えがある。我々なら王国の住人を海路で楽に運べるぞ。輸送船を使えるからな」


「輸送船? 鬼切おにきりの召喚でか?」


「そうだ。そしてもっといい考えがある」


「何だ?」


「国を移すなら、わざわざドラゴンの国に行く必要は無かろう? 新日本国は喜んであなたの住民を受け入れる。我が国はもともと連邦国家だからな。人間は人間同士で助け合った方がいい」


「何ですって! もう一回言ってみなさいっ! この泥棒猫どろぼうねこ!」飛びかかろうとするシルバームーンを俺は慌てておさえた。


「オオキリ殿とか言ったか。我がレガリアとユリオプス王国とは同盟関係にある。部外者が余計な口を利くのは控えた方がよかろう。貴殿にそこまでの力は無いはずだ」老騎士の姿のブロンズ・レイクが声を低めた。


「ふんっ。人間と竜の同盟なぞ……それに私は」


「人間の女よ。警告する。それ以上の侮辱ぶじょくは我慢できない。竜の力をその身で味わう事になる」

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