エトレーナの決断
◆
『カザセ~ 元気にしてた? 様子見に来ちゃった♡』
『隊長。レガリア王の命を受け、お迎えにあがりました』
ドラゴン達だ。シルバームーンに、元近衛兵のブロンズレイク。
シルバームーンは心配して来てくれたんだろうが、レイクの方は俺を連れ戻しに来たらしい。
『よく来たな。俺はしばらく元気な予定だ。……着艦がうまくいけばな』
俺の乗ったアパッチは、零戦に喰らった20ミリのせいでローターが破損している。だが、ダメージはそれだけで収まっていなかった。異音が急に大きくなり機体がふらつく。第一エンジンの回転数が急速に落ちていく。
やかましい警告音と共に、HUDが異常を知らせる情報表示で埋まった。
どうやら、昼飯は少し先になりそうだった。
『第一エンジン停止! トランスミッションに異常! 高度を維持できないっ!』パイロットが叫ぶ。
残るは第二エンジンのみ。だがその音も急に小さくなり、メインローターが空転を始める。
身体が大きくゆさぶられ、機体の降下速度が増す。
これは……墜落する?!
『オートローテーションに移行! 不時着するっ』
アパッチは投げつけられた小石のように、海面に突っ込んでいく。
『風瀬さんっ!』
『カザセっ!』
(マスター!)
最後に聞こえたのは、大霧とシルバームーン、ついでに妖精の叫び声。
男の声もあったような気がするが、くたばる前に聞く声は女のだけで十分だ。
◆
(マスター、しっかりしてくださいっ! マスターっ!)
声が脳内に響く。俺は顔をしかめた。頭が痛い。口の中が出血で鉄サビの味がした。
海面に叩きつけられたショックで、意識が飛んでいたらしい。
前の席でパイロットがぐったりしている……だが、うめき声が聞こえた。大丈夫だ。生きている。
疑似人格は生きてさえいれば、送還でステータスは元に戻る。
海水が多量に流れ込んでくる。あまり時間は無い。
(妖精、俺は大丈夫だ。……アパッチとパイロットを至急、送り返してくれ)
(意識が回復したんですね? よかった! トライデント・システム緊急始動! 機体及びパイロットを送還します。準備してください! 5秒前……3、2、1)
ゼロのかけ声と同時にコクピットは崩壊した。細かな光の粒となって霧となる。アパッチとパイロットは物質としての存在を失い、どこか異世界にある基地に送り返されていく。
身体を支えるものが無くなり、俺は海の中に放り出された。
海水に全身が包まれる。
目が痛い。
ここの海が塩辛いのは地球と同じだ。しかし塩分がやたら濃い。かなり強烈だ。
なんとか海面に顔を出すと、クリフの声が聞こえる。
『無事か? 今、装載艇を降ろしている。それに乗って、とっとと戻ってこい』
『感謝する……と言いたいとこだが、いつものお前ならここで皮肉を言うところだぜ。まだ生きてたのかとか何とかな。体調でも悪いのか?』
『無駄口を叩いてる暇があったら、この状況をなんとかしろっ』
『状況?』
変な事を言う奴だ。とりあえずの状況はなんとかなったはずだ。
残った大和は逃げていき、ストライク・イーグル攻撃機に後を追わせている。
俺達は、安全……のはずだ。少なくとも今は。
だがそう言えば、女達の声が聞こえない。大霧とシルバームーンはどうしたんだろう?
俺の思考を読んだのか、妖精が囁いた。
(聞きたいですか? 向こうは取り込み中みたいですけど) 同時に女達の会話が流れ始める。
『……私がカザセを助けに行くって言ってんでしょ! まだるこっしい! なんであんたの小舟で助けなきゃいけないのよ!』
『彼は現在、当艦隊と共に行動中だ。救出する義務は、第一義的に私にある』
『うっさい! 黙れ! さあレイク、行くわよ。どうせこの頭の固い馬鹿女、カザセの気を惹きたいだけなんだから』
『王族が聞いて呆れる。他国の軍の指揮官を、いきなり馬鹿呼ばわりか。頭の方は大丈夫か?』
なんてこった。
シルバームーンはともかく、大霧の奴いっしょになって何やってんだ?
このままではレガリアと新日本国との外交問題に発展しかねない。
だが女の喧嘩の仲裁とか、俺に期待しないで欲しい。
人間には向き不向きがある。もちろん俺は向いていない方だ。
シルバームーンの声が、冷たさを増していく。
『……それ侮辱? ねえ、私のこと侮辱したわけ? レガリアの第一王女を敵に回して。ただで済むとは思わないことねっ!』
『侮辱ではない。……あなたは愚かだ、と言う客観的な事実を指摘したまで』
『言ったわね!』
まずい!
男には失敗すると判っていても、やらなければいけない時がある。
今がその時だ。俺は波間に漂いながら、心の中で呼びかけた。
『喧嘩は止めろっ。俺は大丈夫だ。だからまあなんだ、落ち着け』
『カザセ……よかった。ごめん、手助け出来なかったわ。しかし何よ。この女』
『風瀬さん、すまない。クリフに救助を任せっぱなしにしてしまった。しかし、何だ。この竜は』
『そもそも、この頭が堅い軍人のせいで』
『この跳ねっ返りの馬鹿王女のせいで』
『何よっ!』
『何だと?』
ほら、やっぱり無理だ。慣れない事はするもんじゃない。
(イーグルからの緊急呼び出しです。切り替えます)
タイミングよく、ストライクイーグル攻撃機からの通信がはいる。
俺はどこかほっとしながら、パイロットの声に耳を傾けた。
『アルファ1、応答してくれ。目標消失。繰り返す。目標地点に大和型戦艦の姿は無い』
敵は大和を送還したのか? だがどうも引っかかる。
『周辺を偵察してくれ。何か手かがりがあるはずだ』
『アルファ2、了解』
俺は大霧達の会話に割り込んだ。
『大霧、大和が消えた。追撃するかどうか相談したい。シルバームーン、降りてきてくれ。頼みがある』
『……了解した。送った装備艇は見えているな? 金剛で待つ』
『……しょうがないわねえ。分かったわ。今、そこの大きなお船に降りる』
(外交問題に成るのは、回避したいとこですね) 妖精が囁いた。何故か嬉しそうだ。
装備艇が近寄って来るのが見える。疑似人格達が手を振っている。
俺はそちらに向かって泳ぎ始めた。
◆
戦艦金剛に戻った。
それを待っていたように甲板に降りてくる二匹の竜。着艦と同時に少女と老いた戦士の姿に変化する。
少女――シルバームーン――は俺に微笑み、老いた戦士の姿の竜――ブロンズレイク――は軽く頭を下げた。レイクはレガリアの近衛隊長だったが、現在は俺の部下だ。
竜達を艦橋へ案内しようと進み出ると、レイクが口を開く。いつもより表情が硬い。
「カザセ殿。エトレーナ陛下よりお言付けを承っております。儂がやって来たのはその為です」
「エトレーナから伝言?」
「ええ。“ユリオプス王国をレガリアのそばへ移すことに決めました。至急の帰国をお願い出来ますでしょうか? あなたの助けが必要です”以上がエトレーナ陛下よりの伝言です」
俺は驚いた。
移住の話は知っている。以前レガリア王が、その話を俺に対して持ち出したからだ。
ユリオプス王国をレガリアのそばに移せば、互いに守りやすくなるのは確かだ。王国が独り立ち出来るまで、援助も期待出来る。
しかし、このタイミングで移住するのか? 国を移すのは大事だ。ユリオプスの住人は1万近くいる。
レガリアとの距離もかなりある。子供だって年寄りだっている。
「説明してもらっていいか? 俺の留守中に何があった?」
レイクは、言うべきかどうか迷っているように見えた。だが決心したらしく話し始める。
「我がレガリア王は、カザセ殿を手元に置いておきたいのです。ですがそれは聞き入れられませんでした。こんなところでカザセ殿は戦っている訳ですから。だから王はエトレーナ陛下に移住の件を持ち出したのです。エトレーナ陛下から頼まれれば、カザセ殿は断らない……そう言う読みです」
俺は呻いた。
「我が王――レガリア王は、エトレーナ陛下に詰め寄りました。国民をいつまで開拓村に住まわせておくつもりか……それでもあなたは、国王なのかと。儂は横で見ていましたが、まあその……かなり厳しいものでした」
レイクはそこで口ごもった。一方的にエトレーナはやりこめられたのか。俺は手のひらを握りしめた。
レガリア王は、王国の事を心配している訳ではない。俺を手元に置きたいのだ。
だが、開拓村をいつまでもそのままにしておけないのは、正しかった。俺達が村を出てから、もう6週間になる。そして、その責は俺にある。
「失礼ながら開拓村の生活は豊かとはほど遠い。そして邪神どもとの戦いを思えば、我がレガリアとユリオプス王国は近くの方が、対処しやすいのは言うまでもないでしょう。もちろん、我が国はとびっきり豊かな土地を王国の為に割譲します。住人の移動も村の建設も援助しましょう。そしてエトレーナ陛下は、国民の為に決断されたと言う訳です」
だがレガリア王は大きな勘違いをしている。俺を近くに縛り付けたところで、皆を守り切る力は無い。
力が不足しているからこそ、大きな力を手に入れる為に新日本国へ来た。
グアルディの杖を手に入れる為に、ここへ来た。それが必要だと考えていたのだ。
しかし……それで良かったのか? 俺は迷った。
「風瀬さん。お困りのようだな」気がつくと大霧とクリフが俺の後ろに居る。どこから話を聞いていたのだろう?
「心配するな。こちらを放りっぱなしで帰国はしない」
「心配などしていない。……私に良い考えがある。我々なら王国の住人を海路で楽に運べるぞ。輸送船を使えるからな」
「輸送船? 鬼切の召喚でか?」
「そうだ。そしてもっといい考えがある」
「何だ?」
「国を移すなら、わざわざドラゴンの国に行く必要は無かろう? 新日本国は喜んであなたの住民を受け入れる。我が国はもともと連邦国家だからな。人間は人間同士で助け合った方がいい」
「何ですって! もう一回言ってみなさいっ! この泥棒猫!」飛びかかろうとするシルバームーンを俺は慌てて抑えた。
「オオキリ殿とか言ったか。我がレガリアとユリオプス王国とは同盟関係にある。部外者が余計な口を利くのは控えた方がよかろう。貴殿にそこまでの力は無いはずだ」老騎士の姿のブロンズ・レイクが声を低めた。
「ふんっ。人間と竜の同盟なぞ……それに私は」
「人間の女よ。警告する。それ以上の侮辱は我慢できない。竜の力をその身で味わう事になる」