魔神もどき
◆
オディロン・アルドル公爵は、去って行った。
「後悔するぞ」と言う捨て台詞を残して。
「気に食わない奴だ」俺は呟く。
「あの男、オディロン・アルドル公爵は私に対立する派閥のリーダーです。女王に即位する時には、王権を争うライバルでもありました」
俺は意外に思った。エトレーナの性格からすれば権力争いをするタイプには見えなかったからだ。
彼女が女王に成ったのも、王位の継承権を持つものが他にいなかったのだと思っていた。
そして、俺の予想は必ずしも間違っている訳では無かった。
「王位継承の優先順位は私の方が高いのですが、年齢が若すぎると文句をつけて、オディロン公は規則を捻じ曲げようとしたのです。しかし私を支持する騎士団と魔術師たちを、自分の陣営に取り込むことに失敗した公爵は、王になることを諦めました」
エトレーナは俯いた。
「私は自身が女王に相応しいとは思っていません。信用出来る方だったら、女王の位を譲っても構わなかったのです。しかしアルドル公に関して良い話を聞いたことが無く、私は自分が女王に成ることに決めました」
政治の話は苦手だ…でもここは避けらない。
エトレーナも、自分のことを政治が得意とは思っていないのに頑張っているんだ。
俺も努力することにしよう。
俺は自分の想像を言う。
「移民団が失敗に終わり、公爵はつけ込むのに良い機会だと思った。弱っているエトレーナに親切ごかしに近づき、恐らく脅迫込みで婚約の話を持ち出した。 上手くいけば美しい女王と権力を同時に手に入れられる。あいつの企みは、そんなところかな」
「…信じてください! 私はあの男に、気のある素振りなぞしたことありません。ましてや、あいつの手に抱かれたことなぞ!」
「当然だ。俺はそんな事は思っちゃいない」
エトレーナが失敗で弱っていたのは確かだろう。
公爵の計算違いは、女王が頼ったのは”魔神もどき”、つまり俺だったことだ。
奴の立場なら、憎んで当然か。
いずれにしろエトレーナの貞操が守られて何よりだ。
「公爵があそこまで調子に乗っている、ということは女王としての立場はかなり悪いのか?」
「はい。正直申しまして移民団の失敗は致命的でした。
私は責任をとるべきかもしれません。しかし、王国をアルドル公にまかせる気にはどうしてもなれなくて…」
「そうか。そうだろうな」
「公爵に本当のことを打ち明けるべきでしょうか? 移住しなければ、私達はマナ不足の為に病気で滅びると伝えて、協力をお願いするべきでしょうか?」
俺は考えてみた。だが、それはやっぱり悪手だ。
「教えても、協力するとは限らないだろう。王権を奪う為に利用されるだけだ。隠しておいたことを責められていいようにされる。
移住するしかないと分かれば、向こうは向こうで勝手に動くだろうが、この状況下でそれは不味い」
「…そうですね。ごめんなさい」
「俺に考えがある。エトレーナにも少し我慢をしてもらう必要があるが…」
◆
準備に2日ほどかけ、俺はプランを実行した。
妖精は嬉しそうだ。
「久しぶりに兵器召喚システムの全力を出せそうですわ」
間もなく大型の航空機の爆音が聞こえ始めた。それも一機ではない。
多数が近づいてくる。
戦略爆撃機B-1の10機編隊が王都上空に現れたようだ。
これは第一波にすぎない。全部で二十波、合計200機の戦略爆撃機を敵地に送る。
甲高く響くジェット音は、爆撃機をエスコートするF-15戦闘機だろう。 こっちも合計200機を送るつもりだ。
召喚されたB-1爆撃機編隊は戦闘機を伴って、俺たちの居る王都”プロキオン”上空を飛行する。目標は獣人達の軍事都市”アルデバラン”だ。
我が王国民には今回の攻撃のことを知らせてある。巨大な怪鳥のようなB-1爆撃機が編隊で飛ぶ姿を、固唾を呑んで、自分の家から見上げているはずだ。
明日には100機の戦闘ヘリ、アパッチ・ロングボウと1,000両の10式戦車を送る。これも王都から敵地へ向かって自走させる。
もっとも、200機の戦略爆撃機が攻撃をした後では、生き残る敵はほとんどいないだろう。
今回の攻撃の主な目的は、獣人が率いるモンスターどもに二度と王国に攻め込もうという気を起こさせないこと。
エトレーナ達は”ニューワールド”への移住を急がないといけない。モンスターたちの相手をしている暇はないのだ。
今回送る戦力はオーバーキルも大概にしろ、と言いたくなる位の大戦力だとは思うが、彼等の本国には大型のドラゴンもいる。
油断は禁物だ。下手に戦う気を残されても困るので、使えそうな切り札は全部切る。
二番目の目的は、アルドル公が率いる反女王派に対して、彼等が敵に回そうとしている俺、つまり”魔神もどき”がどういう存在なのか知らしめること。
これみよがしに、王都の人々に兵器を見せつけながら戦線に送るのはその為だ。観客を当て込んだ一種の軍事パレードを兼ねているってことになる。
反対派には十分にびびってもらわないといけない。
但し、俺が王になる訳じゃないのでエトレーナの権威を上げるための工夫がいる。
異世界人の”魔神もどき”である俺が、前に立つのは上手くない。
彼等が俺の顔色だけを伺うように成っても困るのだ。エトレーナの言うことを聞いてもらわないと。
城の中庭に出てみる。爆撃機の編隊が丁度、城の上空を通り過ぎるところに間に合う。
城の周辺では、低高度の飛行を指示したので高度は2,000メートルも無い。
巨大な機体が十機並んで飛んでいるのは迫力がある。
見ると、魔術師のジーナが呆けたように爆撃機を見上げている。
「ジーナ!」俺は声をかけた。
「!」 少女はびっくりしたようにこちらを向き、俺に気がつくと駆け寄ってきた。
「あれはユウが飛ばしているんだよね? ユウの世界のドラゴン?」
「まあ、そんなようなものだ」
「これで、戦争は終わるんだよね」
「ああ。多分な」
ジーナは飛び去る爆撃機の編隊に目を戻した。
「綺麗だ」
爆撃機を美しいと感じるセンスは俺には無いが、終戦への期待がジーナにそう感じさせるのかも知れない。
爆撃機編隊をエスコートしていた2機のF-15戦闘機が編隊を離れてこちらに向かってくる。 何をするつもりなのか見ていると2機は背面飛行に移りそのまま飛行を続け、ぶつかりそうなほど近距離で交差しながらクロスで分かれる。
航空自衛隊のアクロバット・チーム、ブルーインパルスの持ち技のタッグクロスだ。
トライデント・システムの造った擬似人格にも、茶目っ気がある奴がいるようだ。
「凄い。凄い!」
ジーナの喜ぶ姿を見て、二機が持ち場を離れたのは許してやることにした。
◆
3日があっという間に経った。
戦果確認の為に送った騎士ラルフの隊から報告が入る。ちなみに送った隊には、公爵の息のかかった部下たちも故意に混ぜてある。
部下から結果を聞いて震えてくれ。
敵の損耗率が90%超えて壊滅状態…と言うより存在自体が消え失せている状況なのは俺は既に知っていたが、エトレーナの兵たちも自分の目で見て確かめたいはずだ。
騎士隊長のラルフが直にエトレーナに報告をする。
「大勝利です。 敵は消え失せておりました。風景が代わってしまい確認が手間取り、申し訳ありません。
敵の軍事都市”アルデバラン”があった場所は森の中にある筈なのですが…今は瓦礫と焼けただれた大地があるばかりです」
ラルフは横で見ている俺に目を向け、尋ねてきた。
「カザセ。あんた本当に魔神ではないんだよな? 」
俺は笑いながら質問は無視し、エトレーナに声をかける。
「エトレーナ。獣人や亜人達を束ねる敵の王に使者を送ってくれ。 ”二度とユリオプス王国に手を出すな”とな。それと最後の仕上が残っている。一緒にやろう。覚悟してくれ」
「はい。カザセ様がそう仰るのなら。…私はあんまり気が進まないのですが」
俺は苦笑いした。
◆
少し緊張する。王宮の前は王国の住人が集まっている。恐らく数千人はいる。
そして、俺たちの横には10両x10列に並べられた、合計100両の10式戦車が控え威容を誇る。
今日は国民を集めた戦勝祝賀会だ。
「軍団長カザセ。戦果を報告しなさい」エトレーナが良く通る声で俺に命令をする。
流石に慣れたものだ。自信に溢れた、生まれながらの女王にしか見えない。
俺の前で、女王であることを悩んでいたエトレーナは今は居ない。
俺は前に進み出て、なるたけ優雅に見えるよう礼をする。ラルフに特訓してもらったのだが、上手くできただろうか。
「はい女王陛下。 我が配下の戦略爆撃機隊、戦車隊、及び攻撃ヘリ部隊は敵の前線軍事都市”アルデバラン”を攻撃 これを殲滅いたしました。
”アルデバラン”の敵兵力は90%以上が失われた模様です。生き残りも本国に逃走しております。我軍の大勝利です」
「ご苦労でした」
「女王陛下のお役に立て、光栄でございます」
エトレーナは群衆の方を振り返り、大声で宣言した。
「長く続いた戦争も終わりにしてみせます。我がユリオプス王国を害するものは、許しません」
轟音がする。いや。人々が口々に大声で歓声を上げているのだ。
「やった! やったぞ。戦いは終わる!」
「死ななくてすむ。これで助かる」
「我がユリオプス王国に栄光あれ!」
「万歳! エトレーナ陛下万歳」
「陛下。 エトレーナ陛下!」
「エトレーナ陛下万歳!」
”カザセ軍団長 万歳”と言う声も聞こえたような気がしたが空耳だろう。
俺はエトレーナと昨日した話を思い出す。
「気が進みません。全てはカザセ様にしていただいた事。全ての賞賛はカザセ様が受けるべきです」
「俺は所詮、領主や国民から見れば出所不明の部外者だ。
”魔神もどき”だからな。俺が中心ではうまくいかない」
「しかし…」
「自分を生け贄にする覚悟で、俺を召喚したのは君だろ。部下の反対を押し切って俺を呼ぶと決めたのは君なんだ。
君はリスクをとって賭けをした。成果は全てエトレーナのものだ」
「ありがとうございます。しかし、いつかは家臣としてではなく一緒に…王…」 エトレーナの声は徐々に小さくなり良く聞こえなかった。
いずれにしろ、これで移民団の失敗は帳消しに出来たはずだ。
ざまーみろ。オディロン・アルドル公爵。
まず間違いなく、奴の率いる一派も大部分がエトレーナ支持に乗り換えるだろう。
さて奴はどうでるか。