空中戦
◆
俺は戦闘ヘリ・アパッチの狭いガンナー席で、クリフの声を聞く。
『大和型戦艦の二隻を発見した。距離50km。間もなく敵主砲の射程に入る』
調べておいた情報を思い出す。大和の主砲の最大射程は42km。対する金剛の最大射程は35km程度だ。
射程距離が長い分、敵はこちらを一方的に砲撃出来る。アウトレンジ攻撃と言う奴だ。
しかも敵の艦載機がすぐそこに迫っている。大和は、航空機からの着弾観測を元に、誤差を修正しながら、確実に当ててくる。
大霧の声が聞こえた。
『駆逐艦は煙幕を展開。大和からの観測を妨害するんだっ。敵に主砲を当てさせるなっ!』
『駆逐艦、白雪、初雪、五月雨、雷に伝達。発煙装置を起動せよ。金剛と高雄を守れ』
4隻の駆逐艦が、戦艦と重巡の周囲に煙幕を展開していく。大和からの照準はやりにくく成る筈だ。
だが煙幕を展開しても、すでに接近中の航空機には役に立たないだろう。
攻撃機の第一波が降下を始めている。大和の相手をする前に、こっちを何とかしなくては。
肉眼で機体の形が見てとれる。
艦攻と呼ばれる大型艦攻撃用の攻撃機だ。大きな魚雷を1発、胴体の下に抱えている。
魚雷は威力が大きい。分厚い装甲を誇る戦艦にとっても大きな脅威だ。
上空には戦闘機の姿も見える。艦攻の護衛だろう。黒みがかった灰色の機体は、オリジナルの迷彩とは異なる。しかし俺には零式戦闘機――ゼロ戦のように思えた。
さきほど重巡高雄の甲板に実体化させておいた、機関砲部隊に呼びかける。
『87式。準備はいいか?』
『既に射程内だ。いつでもいける』
『引きつけて撃て。一気にカタをつけるんだ』
戦艦金剛による対空砲撃が始まった。
曳光弾が光の線を引いて、敵の編隊に吸い込まれていく。
だが、それを物ともせず、艦攻は大胆に降下を始める。魚雷を発射する為には、海面に近づく必要があるのだ。
対空砲の直撃弾を喰らった一機がコントロールを失い、墜落していく。
しかし敵の数が多すぎる。防ぎきれない。
そろそろ、こちらの出番だろう。
『撃てっ!』
87式の追尾レーダーはすでに攻撃機を捉えている。
二門の35mm機関砲から、一分あたり1100発の砲弾が敵の編隊に降り注いだ。
艦攻は主翼を砕かれ、胴体を破壊され、次々と落ちていく。
あっという間に、7機をたたき落とした。
残りの艦攻も異変に気がつく。こちらの照準の正確さは、奴らの予想を超えている筈だ。
しかし重たい魚雷を抱えて降下中の攻撃機に、逃げ場は無い。
『9時方向から攻撃機』
別方向から3機の艦攻。金剛への魚雷発射コースに乗ろうとしている。
頼りの87式は、カバーする余裕が無い。
このままでは、金剛がやられる。
『こちらで、対処するぞ』
『アルファ1、了解』
アパッチは急旋回し、機体を敵に向けた。
俺は火器管制装置の情報表示をにらむ。
武器選択。AIM-92スティンガー・ミサイル。
レティクルが、攻撃機の一機を捉える。
ロックオンを示す警告音。
『発射っ!』
AIM-92発射。
二発の熱源探知方式のミサイルが、攻撃機に突っ込んでいく。
吸い込まれるように機首エンジン部分を直撃。一機撃墜。
残り二機。
くそっ。間に合わない。
武器選択。M230チェーンガン。
ガンナーの視覚に連動して動く30ミリ機関砲だ。
先導照準を示すピパーがHUDに表示され、俺は敵にそれを重ねた。
トリガーを引く。チェーンガンの咆哮。
30ミリ砲弾がコクピットを砕き、一機を撃墜。しかし、残りの一機が魚雷を投下する。
身軽になった艦攻は逃げようと急上昇した。だがようやくカバーを始めた87式の直撃弾を食らい、叩き落とされる。
だが、投下された魚雷は海中でエンジンを始動。金剛に向かって突進する。
海面上を伸びていく白い航跡。
魚雷を止められるのは、空中にいる俺だけだ。
トリガーを引いた。
チェーンガンの砲弾が海面を叩く。トリガーは引きっぱなしだ。
当たれっ!
打ち抜けっ!
だがシステム・アシストも無しで、そう簡単に海中の魚雷には当たらない。
HUDに表宇されている残弾が、どんどん減っていく。
『馬鹿野郎! 魚雷を止めろっ! 何を手間取ってんだっ!』 クリフのどなり声が聞こえた。
金剛は魚雷を回避しようと舵を切った。だが巨大な戦艦は急に進路を変えられない。吸い込まれるように魚雷の軌道に向かって進んでいく。
駆逐艦の一隻が、魚雷に向かって突進を開始した。
……突っ込むつもりか? 金剛を守るために。
俺は必死で魚雷を撃つ。……速すぎる。偏差攻撃が上手くいかない。
もう弾が無くなる。
あ・た・れ!
その時、ボワッと海面が膨れあがった。
そしてそれは、大きな水柱と成った。魚雷が海中で爆発した……のだ。
俺はため息をついた。
ようやく、打ち抜いた。
弾はもうほとんど残っていない。
改めて見ると、魚雷に突っ込もうとしていた駆逐艦が目標を失い速度を落としているところだった。
『クリフ、馬鹿野郎はお前の方だ。あの艦を盾にしようとしたな? お前と同じ疑似人格が乗ってるんだぞ』
『お優しいこって。破壊されたら、俺もあいつらも元の無に戻るだけだ』
『違うな。お前が死んだら行き先は俺と同じところだ』
『どこだ?』
『地獄だ』
(お取り込み中すみませんが、敵の戦闘機がこちらに向かってきます)
俺のアパッチ攻撃ヘリを無視していた戦闘機の編隊――零戦だろう――がようやくこちらを脅威と認識したらしい。向かってくる。得体の知れない回転翼機を、叩き落とす事に決めたようだ。
攻撃ヘリvs零戦の編隊の殴り合いか。ぜひハリウッドで映画化してくれ。出演料はまけてやってもいい。
俺は海面に目をやった。金剛が動いたせいで、煙幕の展開が上手くいっていない。
もうすぐ大和からの攻撃が来る。零戦の相手をする時間は、あまりない。
武器選択。AIM-92スティンガーミサイル。
シーカーが敵の熱源を探知。ロックオン。
発射されたミサイルは、零戦の一機を撃墜する。
だが残りの10機はそれを無視し、上昇を続けている。
零戦はいったん高度をとってから、急降下して襲ってくるつもりらしい。ドッグファイトが得意な零戦だが、見知らぬ回転翼機との格闘戦は避けたようだ。その代わりに一撃離脱戦法をしかけるつもりだ。
確かにアパッチの最高速度は零戦の半分程度だ。高速で大量に襲って来れば、対処はしにくい。
もうミサイルは残弾ゼロだ。チェーンガンもほとんど残っていない。
武器選択。ハイドラ70FFAR。ロケット・ポッドを選択した。38発のロケット弾が入っている。
心配なのは、無誘導だって事だ。発射したロケット弾は、直進しかしない。高速で突っ込んでくる零戦相手にどこまで戦えるか?
『87式。援護を頼めるか?』
俺は87式自走高射機関砲に助けを求めた。
人間、どうしようも無い時は早めに助けを求めろってのが親父の遺言だ。
『構わないが、金剛が沈むぞ』
……冷たい奴だ。この疑似人格も死んだら地獄行き決定だ。
だが確かに、攻撃機の第二派が金剛に向かって降下を開始している。
『了解だ。暇になったら助けてくれ』
妖精は、もう一機だけ航空機を呼べる。だが、それは最後の切り札だ。
対大和の為にとっておく必要がある。
俺は覚悟を決めた。
『楽しそうだな。仲間に入れてくれ』大霧の声だ。
『楽しそうに見えるか?』
『見えるな。違うのか? ……高雄の高角砲で援護させる。約束した筈だ。死ぬなよ』
『助かる。……言った筈だぜ。女が待っている。死ぬわけが無い』
零戦の編隊が降下を開始した。
俺のアパッチは、機首を上げそれを迎え撃つ。
『その待ってる女の中には、私も入れておいてくれ。……来るぞ』