三式弾
◆
――航空機の群れ。
一体、これはどういう事だ?
敵に空母があるなんて聞いていない。大和型の戦艦5隻だけが相手ではなかったのか?
(マスターが発見したのは敵の艦載機です。機種不明。正確な機数も不明。少なくとも数十機以上。推定距離20kmから25km。トライデント・システム緊急始動中)
妖精の声は、俺を落ち着かせた。
非常事態を告げる彼女の声は、俺にとってのバトルソングだ。
思考を研ぎ澄ませ、士気を高め、やるべき事に心を集中させてくれる。
そうだ。難しく考える事は何も無い。
大霧は“グアルディの杖”の破壊を望み、俺は杖を必要とする。
立場は相容れない筈だった。敵に回す事を覚悟していた。
だが、その大霧が恋人を救ってくれと言う。
だが、それがどうしたって言うんだ。
困った女が居ればとりあえず助けろ。死んだ爺さんの遺言だ。
「大霧、いいぜ。俺に出来る事はやってみよう。まずはあいつらを片づける」
俺と大霧、両方が折り合える道。それは必ず存在する筈だ。
クリフの言葉が脳内に響く。
『クソ野郎。注意しろ。大和も来ているかも知れん。敵の出現ポイントが予想からずれている』
『電探はどうした? ここまで航空機を近づけたのは怠慢だぞ』
『無茶言うな。22号電探は水上用だ。……後は、お前の好きにやれ。俺は俺で勝手に動く』
知ってはいたが、我儘な野郎だ。
さてどうする?
こちらは、戦艦“金剛”、巡洋艦“高雄”それに4隻の駆逐艦。
そして呼び出せる兵器は、せいぜい三、四機がいいとこだ。それが全ての手持ち札って訳だ。
大霧が叫ぶ。
「クリフ、主砲準備。あんな大編隊が来たら支え切れん。来る前に叩くぞ」
俺は決断した。
――これしかない。
敵は数が多いと言っても、第二次世界大戦時代のレシプロ機だ。いける筈だ。
「風瀬さん、一緒に艦橋へ戻ろう」大霧が言う。
「俺はここから出撃する。空からの方が戦況が分かりやすい」
「そうか。では、終わったらまた話そう。……死ぬなよ」
「大丈夫だ。女が大勢、待っている。ここでは死なない」
「……男の見栄だな。そんなに多くは待っていない。賭けてもいい」
「失礼な奴だ。俺の魅力が分からないとはな。帝国軍人も大したことはない」
大霧は微笑んだ。「魅力? 分かっているさ」
そして略式の敬礼をすると艦橋に向かって駆け出して行く。
大丈夫だ。
ちょっとした運があれば何とかなる。
最悪でも金剛を逃がす時間を稼ぐ。
『妖精。準備はいいか?』
(もちろんです。仕事をする気になりましたか? 恋人がいる女をあんまり、からかわないように)
『からかわれているのは俺の方だ。……アパッチロング・ボウ戦闘ヘリを召喚。ガンナー席は空けておいてくれ』
(攻撃ヘリですか? お言葉ですが、いくらアパッチでもあの艦載機の群れを相手にするのは……。それに海上戦闘には向いていません)
「アパッチでいい。考えがある」
(……了解。AH-64D召喚開始)
頼もしいフォルムが、聞き慣れたローター音と共に上空に出現する。
高性能な戦闘ヘリはアパッチ以外にも多数存在する。しかし、自衛隊時代に一緒に訓練したせいで、一番良く性能を知っているのはやはりこいつだ。
そして戦車乗りだった俺にとって、空の守護者はいつもアパッチだった。
◆
金剛の船尾にヘリを降ろし、急いでガンナー席に乗り込む。表示装置内蔵のヘルメットを身に着ける。
俺に複雑な兵装は扱えないが、チェーンガン位ならなんとかなる。
パイロットは、準備が終わった事を確認して言った。
『アルファ1、離陸する』
『許可する。ついでにレーダーを対空モードにしてくれ。状況を知りたい』
『了解』
アパッチは急上昇する。
同時にロングボウ・レーダーが全周スキャンを開始した。
ブロック3の最新型なので、最大探知距離は20kmだ。
ヘルメット内に処理結果が投影される。
俺は息を呑む。
敵の総数は100機を超えている。こんな大量の艦載機が飛んできたと言う事は、少なくとも二隻以上の空母を敵は持っているって事だ。
金剛内の会話が聞こえてきた。妖精が中継している。
『全主砲、三式弾用意』
『左対空戦闘300度50分、高角3度20分』
三式弾は帝国海軍の対空戦闘用の砲弾だ。破裂すると1000個近い弾子を漏斗状にばらまく。一部の弾子は3000度で燃え上がり、航空機の発火を狙う。
実際の威力においては諸説ある。本当のところどうなのか、俺は自分の目で確かめられる訳だ。
『主砲一番、三番、準備。……撃てっ!』
金剛の4つある主砲のうち、2つが同時に火を噴いた。目標到達まで数十秒。
三式弾は破裂し、吐き出された多量の弾子が漏斗の雲と成って敵を襲う。
……くそっ。駄目だ。
ダメージを与えていない。敵の進行方向とずれている。
金剛には、航空機の位置を正確に測定する手段が無いのだ。この時代のレーダーでは、図体の大きな艦艇はともかく、航空機の正確な位置と速度までは分からない。
……このままでは駄目だ。ほとんど落とせない。敵をそのまま近づければ俺たちは負ける。
だが巨大な35.6cm主砲から打ち出す三式弾は、十分すぎる威力がある筈なのだ。
当たりさえすれば。
そして、俺にはその手段がある。正確な敵の位置と速度が分かるのだ。
『主砲二番、四番、準備』
俺は命令に割り込んだ。
『大霧。砲撃を止めろ。このまま続けても外すだけだ』
戸惑った声が脳内に響く。
『他に策があるのか?』
『ある。すまないが、鬼切のコントロールを俺に渡してくれ。こちらは正確な敵の位置が分かる。命中精度をあげてやれる』
『コントロールを渡す? それはクリフのマスターに成ると言う意味か?』
『そうだ。もちろん一時的にだ』
怒鳴り声が頭の中に響いた。
『ふざけるなっ! 俺の主人は大霧だけだ。クソ野郎を主人にするなら死んだ方がマシだっ!』
『……お前が死ぬのは勝手だ。だが大霧まで巻き込む気か? プライドだけで弾は当たらん』
『黙れっ! そこで見ていろ』
大霧の静止を無視し、金剛の二番、四番主砲が火を噴く。くそっ。ここまで意固地な奴だったとは。
やはり、お互いに協力するのは無理なのか?
パイロットが、ガンナー席の俺を振り返った。
『重巡高雄の上空に到達した』
『召喚を開始してくれ。87式自走高射機関砲を高雄に置く』
(マスター、了解です。87式の実体化を開始します)
コクピット越しに高雄を見下ろす。
エリコン社製90口径対空機関砲の二門を装備した、戦車のような87式自走機関砲が甲板上に実体化している。レーダー照準の高性能機関砲は、この時代の航空機相手なら100発100中の筈。
だが、87式だけでは金剛を守り切れない。相手は100機を超えている大編隊だ。
アパッチを合わせても無理だろう。数が多すぎる。
『味方の砲撃は全て外れた。敵に損害無し』
くそっ。鬼切の野郎。
俺の管理下に入れば、砲撃とアパッチのロングボウ・レーダーを連動出来るのに。
どうする? 強制的にコントロールを奪い取るか?
――いや駄目だ。拘束するのとは訳が違う。砲撃は緻密な作業だ。
自らの意思で協力してもらう必要がある。
『クリフっ! このままではみんな死ぬぞ。大霧も、恋人の今村も、新日本で待っている市民達も。お前のプライドはそれで満足するのか? 初代兵器召喚システムの意地ってのはそんなもんなのか?』
奴は答えない。
『お前の力が必要だ。本当は分かってるんだろう? 力を合わせれば勝てる。敵を打ちのめし、勝利を手にできる。それでも、お前は敗北を選ぶのか? 俺をマスターとして認めろ。お前の守りたい物は何だ? ちっぽけなプライドか?』
クリフは答えない。
頑固者め。
『……分かった。俺一人で、大霧を守り切ってみせる。力を借りようとした俺が馬鹿だった』
『早まるな。……いいだろう。協力してやる。だが覚悟しておけ。もし負けたら地獄まで行ってぶん殴る』
突然、視覚内に見知らぬ文字が現れた。
“貴殿ヲ 主人ト ミトム”
加えて現れた表示は、兵器召喚機構“鬼霧”のシステム情報だ。
(接続要求です。指揮下に入ると言っています。許可を!)
『許可する』
(鬼切をセカンダリーシステムとして再構成します。……構成完了。全機能を利用可能)
『大霧、鬼切を借りるぞ!』
『……分かった。うまくやってくれ。もう後が無い』
◆
間に合うだろうか?
『ロングボウ・レーダーを対空モードに。スキャン開始』
正式名称AN/APG-78火器管制レーダーが回転を開始した。全周をスキャンする。
敵の距離が近い。もう肉眼でも敵の編隊が見える。主砲が使えるのは、せいぜいあと一、二回だ。
『スキャン終了』
『クリフ、受け取れ! 敵の正確な位置と速度情報だ。主砲準備!』
今の俺は、鬼切のマスターだ。脳を経由して、観測データが相手に流れ込む。
金剛の35.6cm主砲が誤差を調整する為に少し動いた。
『……いつでもいいぜ』
『一番、三番。撃てっ!』
主砲の二門が同時に火を噴いた。
目標到達まで約20秒。
(……当たってよ。お願い)俺には、隣で妖精が祈っているように感じられた。
爆発。
4個の砲弾が同時に破裂し内部の弾子が吐き出される。細かな漏斗状の雲と成って敵艦載機を襲った。
……いいぞ。
2発が敵のまっただ中で爆発している。煙を吐きながら海上に落下していく航空機たち。
少なくとも20機が落ちていく。
『敵の損害甚大。戦果確認中』
敵が編隊を解除し、お互いに距離を取ろうとしている。三式弾からはじけ飛ぶ多量の弾子に巻き込まれるのを避けるためだろう。
そうはさせるか。
『二番、四番。撃てっ!』
主砲二門が同時に火を噴く。
今度は三発が編隊の中で破裂した。
まだいける。
『一番、三番。撃てっ!』
ここまでか。
『撃ち方止めっ! 戦果報告! 早くっ』
パイロットが口を開く前に、クリフの声が聞こえた。
『31機を撃墜。12機が戦闘不能。残りは60機程度だ。まあまあだな。殴るのは止めておいてやる』
まだキツいが、後はアパッチと87式自走対空砲、艦隊装備の高角砲でなんとかなるかも知れない
『風瀬さん、見事な砲撃だった』大霧のほっとした声が聞こえた。
『見直したか? ……高雄に87式対空砲を実体化させてある。上手く使ってくれ。強力な防空艦として戦える』
『了解だ』
『残りの敵が来るぞ。鬼切を返す。……クリフ、楽しかったぜ。じゃあな』
『じゃあな、じゃあねえだろう。戦闘機がそっちへ向かってる。もう助けねえからな』
視覚内の鬼切の情報表示が消えた。大霧の指揮下に戻ったのだ。
さあ、これからが俺の本番だ。
『対空戦闘準備』
『……カザセ。まずいぞ』
クリフの慌てた声が聞こえる。大霧の元に戻ったんじゃなかったのか?
『どうした?』
『大和型戦艦の二隻を発見した。距離50km。間もなく敵主砲の射程に入る』