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女士官の守護者


俺は背後から銃を突きつけられた。


「このまま死ぬか?」“鬼切”の第一疑似人格――クリフ――はそう言ってすごむ。


俺はわらってやった。こいつに脅しの言葉は似合わない。

女のケツを追いかけているのがお似合いの外見なのだ。


「……やはり、お前は旧型だ。ツメが甘い」


俺の言葉を待っていたように浮かび上がる人影。

妖精だ。


「そこまでよ。お馬鹿さん。……こっちがトリガーを引く方が早いわ。姿を消すのも無しでお願い。面倒くさいから」


彼女が構えているのはP90。

銃身バレルが極端に短く、持ち手部分の銃床ストックがやたら目立つ。

PDW(個人用防衛火器)と呼ばれるタイプの銃器で取り回しがし易く、近距離での威力が大きい。


夜間灯のぼんやりとしたあかりのせいで、妖精の表情はよく見えない。

だがそれでも俺には分かる。絶対にドヤ顔だ。


クリフが馬鹿にしたように言う。

「嬢ちゃん、戦うつもりか? あんたの戦闘機能は、削除されているはずだぜ。旧型の俺と違ってな」


「……試してみたい?」


「後悔するなよ」


あかりが突然消えた。

「キャッ!」と言う叫び声と共に、ドスンという鈍い音。

妖精が床に叩きつけられた音だ。


……言わんこっちゃない。慣れない真似をするからだ。


暗闇の中、再び何かが動いた。そこに向かって思いきりタックルする。

不意を喰らって相手は吹き飛んだ。


「……くそっ」うめき声が聞こえた。クリフの声だ。

お前のような軟派な男に、力比べで負けるものか。


「カザセ。いい気に……なるなよ」


いい気になってるのはお前の方だ。

俺は声の方向に軍用拳銃を向ける。


突然、あかりがついた。

……銃口の先に相手はいない。


「こっちだ」


くそっ。後ろか? 振り向こうとしたがもう遅い。背中に銃が突きつけられる。

転移したらしい。インチキだ。


「そこまでだ。銃を捨てろ。……残念だな。お前はこれで終わりだ」


「終わり? その予定は無い。待っている女達が可哀想すぎる」


「ふざけるな。……泣き叫べ。命乞いをしろ。出来るだけブザマにな……もしかしたら、俺の気が変わって助けてやれるかも知れないぜ?」


「遠慮する。お前にその気はなさそうだ」


疑似人格がニヤリと笑ったのを俺は感じた。

「よく分かったな。恵子を悲しませる奴は全て殺す。だが楽に死ねると思うな。気に喰わねえんだよ、お前は。……さて、これでどうだ?」


はらに衝撃。くそっ。られた。


痛みの為に身体が折れ曲がる。

腹が焼けるようだ……息が……息が出来ない。

俺は床に崩れ落ちた。胃液がのどをせり上がってくる。吐きそうだ。


「いい格好だ。恵子を苦しめようとした罰だ」


恵子を苦しめる? こいつは何を言ってるんだ。なんで俺が女士官――大霧おおきりを苦しめなきゃいけない?

この男は馬鹿か? 狂ってるのか?


「さあ。次だ。今度はどこがいい?」


俺は二発目を覚悟した。

……だが、何も起こらない。


痛みに耐えながら、顔をあげた。

……クリフの様子が変だ。「……何故だ? なんで身体が動かない?……お前、いったい何をした?」

奴の身体は石像のようにこわばり、動かない。


間に合った……のか。

俺は咳き込みながらも何とか呼吸を取り戻す。よろけながら立ち上がる。

見ると妖精も痛そうにお尻を撫でながら、立ち上がったところだった。


「……大丈夫か?」


「マスターこそ、大丈夫ですか? すみません、ちょっと手間取りました」


首尾しゅびは?」


「安心してください。この男の身体は私の支配下にあります」


奴との戦闘は、時間稼ぎと目くらまし。フェイクにすぎない。

本命は、圧倒的な情報処理能力を持つトライデント・システムのサイバー攻撃。妖精は鬼切の制御を乗っ取ったのだ。


俺の前には、ひきつったクリフの顔があった。


「だから言ったろう。女を甘く見るなと」


「……聞いてねえ」その疑似人格は悔しげにつぶやいた。



「でっかい軍艦を少しぐらい呼び出せるからって、大きな顔をするのは一万年早いわ。私の情報処理能力に比べれば、あんたなんか赤ん坊みたいなもんよ」


妖精は腕組みしてふんぞり返っている。さっき言われたことを、そうとう根に持っているな。いいたい放題だ。クリフの顔が悔しげにゆがむ。


「……さあ、答えてもらおう。なんで、俺達を襲った?」


こちらの問いに、クリフは薄笑いを浮かべた。そして……

俺は慌てて腕で顔を覆った。

こいつ、つばを吐きやがった。


「それが答えか?」

俺は奴の腹にこぶしを叩き込む。手加減はしなかった。さっき蹴られた礼だ。


奴は床の上でのたうつ。身体を折り曲げ腹を押さえながら咳き込んだ。

疑似人格は、正確に人間の身体をしている。鬼切でも、妖精でもそれは同じだ。

殴れば、普通にダメージは通る。


「痛いか? これであいこだ」


クリフの様子を観察する。くちびるが切れて、血が流れ出している。

だが目は力を失っていない。闘志満々だ。

俺は、クリフの呼吸が元に戻るのを待った。


「……気が……済んだか? クソ野郎……お前に俺は……殺せない」


「答える気が無いなら、それでもいい。妖精に仕事をしてもらおう。お前の記憶を盗み取る」


「馬鹿を……言うな。そんな事……できっこ無い」


「どうかな? 新型を甘く見るなと言った筈だ。ただし、少々荒っぽいやり方になる。お前の人格は消し飛ぶだろう。大霧おおきりとももう会えない。遺言ゆいごんがあるなら言っておけ」


(えええええっ?!)

脳内に慌てたような妖精の声。


(あの、ごめんなさい。いくら私でも記憶を盗むとか、それちょっと無理なんですが……)


(いいんだ。でまかせだからな。適当に調子を合わせてくれ。おどかすんだ)


(そうなんですか? わ、分かりました。)


「ええと、マ、マスター。やりますよ? 本当ですよ? トライデント・システムの全コアを起動します……鬼切の人格は全て破壊されます。回復は不可能……警告しましたからね? 止めるなら言ってくださいよ? シーケンス開始まで、あと90秒、85秒……」


妖精が、いつわりの実行ステータスを告げ始めた。クリフに聞かせる為だ。


「はったりだ!」だが、そう言うクリフの様子は落ち着かない。

妖精の下手くそな演技を、悪いように解釈しているんだろう。

人格消去を躊躇ちゅうちょしていると思っているのだ。本当は、芝居が下手くそなだけなんだが。


俺は、凶悪に見えるように薄ら笑いを浮かべる。なんせ俺の悪人面には定評がある。


「開始まで、残り60秒…50秒。全てのコアが励起れいき状態になりました。本当にいいんですね? やっちゃいますよ? 残り40秒」


俺はクリフを見た。目が泳いでいる。

いい感じだ。


「やってくれ。……あばよクリフ」


「待ってくれ! 死ぬ訳にはいかないんだ! 恵子を守るのは俺しかいないっ!」クリフが叫ぶ。


「襲った理由を話すか?」


「クソ野郎!」


「やっちまえ。死にたいそうだ」


「カウントを継続。30秒、25秒……」


「やめろっ! 話す! 止めてくれ! 今すぐっ」


「……実行停止」


「了解。シーケンスの実行を停止します。全コアを休止状態に移行」

妖精がどこかホッとしたように答えた。


「さてと……では話してもらおうか。優男やさおとこくん」


「クソッたれ」 クリフは悔しそうに言った。



「妖精。拘束こうそくを解いてやれ」


クリフは突然自由になった自分の身体を支えきれず、近くにあった椅子にもたれかかった。


「始めに言っておこう。俺に隠している事が無いとは言わない。しかし、ここに来たのはお前達を助ける為だ。そこに嘘は無い。何でそこまで俺達の事を敵視する?」


「……笑わせやがる。お前はウー孟風モンフォンに言われて来たのだろう? ならば俺の敵だ。グアルディのつえを狙っているに違いないからな。あの杖は恵子に必要なものだ」


「さっきも杖の事を言っていたな? それは何だ? 大霧とどう関係があるんだ?」


俺はとぼけた。もちろん杖の事は知っている。

グアルディの杖を手に入れ、トライデント・システムを強化する。そして王国やレガリアを守るための力を手に入れるのだ。エトレーナの死すべき運命も変えてみせる。

だが俺は不安になった。俺の知っている情報は、もしかしたら何か間違っているのではないか?


「とぼける気か? まあいい。俺に話せることは教えよう。だがその前に一つちかえ。恵子を絶対に悲しませるな」


「悲しませる訳が無いだろう。助けに来たんだ。聞いてなかったのか?」


ちかえ」


「立場が分かってないようだな。尋問してるのはこっちだぜ」


「誓え、と言った」


俺はため息をついた。女士官、大霧おおきり 恵子けいこは、こいつにとってよほど大切な人間なのだろう。

この状態でも、こんな事が言えるとはな。


「……いいだろう。誓う。大霧を悲しませることはしない」


「その言葉を忘れるな。もしたがえれば俺は絶対にお前を殺す。絶対にだ」


俺の誓いの言葉を聞いて満足したのか、クリフ――兵器召喚機構“鬼切”の第一疑似人格――は、俺をにらむと話を続けた。


「……今村と言う男を知っているか?」


「新日本国のリーダーのことか? ならば聞いた事はある」


「知っているなら話は早い。今村いまむら 征一郎せいいちろう、大霧の恋人だった男だ」


話が良く見えない。だが少しショックを受けたのは内緒ないしょだ。

大霧なら恋人の一人や二人はいるだろう。それが分かっていてもショックを受ける俺は、いったい何様(なにさま)なのか? 男心は複雑だ。


「いや、恋人だったと言う表現は不正確かもしれねえ。もしかしたら、今も恋人同士なのかもしれん。あれが、まだ人間と言えるならな……」


クリフは、そこで黙りこんだ。

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