戦艦金剛にて
◆
攻撃機のキャノピー越しに、戦艦“金剛”、重巡洋艦“高雄”それに4隻の駆逐艦が海上を進んでいるのが見えた。
第二次世界大戦時代の巨大な軍艦が列を成しているのは、なかなか見栄えがする。
この艦隊は恐らく、女士官が兵器召喚機構“鬼切”を使って呼び寄せたものだ。
……通信が入った。下の艦隊からだ。
妖精が戸惑いながら内容を俺に伝えた。
“何しに来た? クソ野郎。その蚊トンボ連れてとっとと帰れ”
送り主は、“鬼切”の第一疑似人格。
……随分な言われようだ。
そういえば、前に妖精から見せられた映像の中で、この疑似人格はやたら俺の悪口を言っていた。
向こうがその気なら受けて立とう。だいたい、こいつは男だ。無茶苦茶を言われて黙っている義理も無い。
(次の内容で返信してくれ。“頭のネジは大丈夫か? 味方を追い返す余裕は貴様にあるまい。工場で再調整してもらったらどうだ? この骨董品の旧型野郎”)
本当なら、最後の嘲りの言葉は、旧型野郎ではなく“○○○○野郎”にしたかった。
しかし女士官も妖精も聞いている筈だ。自制しておく。
即時の応答があった。怒り狂った声が脳内に直接響く。
妖精は通信を直結にしたらしい。
『誰が骨董品の旧型だっ! 中途半端なお前らより総合性能は上だ! 待ってろ、今すぐその蚊とんぼを三式弾で撃ち落とす。お前を恵子に会わす訳にはいかねえ。貴様の相手は、そこらを泳いでる魚で十分だ。○○でも××でも好きにしやがれ』
ぷつんと声は途切れる。まさか本気で撃つ気か?
しかしすぐに、凛とした声が聞こえてきて俺はホッとする。
女士官からの通信だ。
『……聞こえるか? 艦隊の指揮をしている大霧 恵子と言う。部下の非礼について謝罪する。この男は、必要以上に私を守ろうとする悪い癖があってな。勝手だとは思うが、出来れば許してやって欲しい』
いやいや、その疑似人格は俺に対して完全に悪意を持っているだろう。
だがまあ、それは置いておこう。
『俺は風瀬 勇。インフィニット・アーマリー社のオペレーターだ。今はユリオプス王国の軍を預かっている。呉孟風に頼まれてここに来た。援護させてくれ』
『風瀬か。あなたのことは知っている。呉の頼みで来たのか? あいつも、たまには気の利いた事をする……いいだろう。歓迎する。良く来てくれた。だが少し遅かったな』
『戦況はかなり悪いのか?』
『ああ酷いな。細かい事は会ってから話す。あなたが来てくれたのなら多少の希望はあるかもしれん……だが一つ警告しておこう。あなたは女好きらしいな。そしてかなりの戦果をあげているとも聞く……残念ながら私は例外だ。なびく事は無いので、それについては諦めてくれ。では金剛で会おう』
女好き? 俺みたいな紳士をつかまえて、いったい何を言ってるんだ?
あきらかに人違いをしている。
それとも、人のことを盛りのついた獣みたいに言うのが流行っているのか?
(着艦許可がでました。艦隊旗艦“金剛”に降りてください。……それと、人違いだと思ってるのはマスターだけですよ。自覚ないんですか?)
妖精は、どういう訳か少しご機嫌ななめだ。ユーモアのセンスが彼女にも必要だ。
ユーモアはいい。過酷な現実を過ごしやすくしてくれる。美容にもいい……と思う。
◆
金剛の船尾に、なんとかハリアーを着艦させて外にでる。もう一機は上空で哨戒だ。着陸させる為の場所が無い。
キャノピーを跳ね上げると、潮風が舞い込んできた。久しぶりに嗅ぐ海の匂いだ。
(迎えが来たようです)そう言うと、妖精は俺の隣に実体化する。
身体の線が浮き上がって見えるピチッとしたスーツを着ている。寒くないのだろうか。
まもなく、中央甲板の方から歩いてくる人影が見えた。二人だ。
一人は帝国海軍帽を被り、士官服を着た女。以前、映像で見たとおり精悍で軍人らしい身のこなしだ。
短髪と服のせいで中性的な感じを受けるが女らしい服を着せたら、間違いなく全ての男が歩みを止めて振り返るだろう。
こちらが口説くより前に、いきなり先制パンチを繰り出してきたのも納得の美しさだ。男装の麗人と言うところか。
もう一人は黒ずくめのスーツを着た男。こちらを不機嫌そうに睨んでいる。
例の疑似人格だ。
整った顔立ちだが、街頭で女に声をかけまくっていそうな軽いタイプに見える。
「私が大霧だ。ようこそ我が艦隊へ。あなたは未来の日本陸軍の出身なのか? 私は帝国海軍の出だ。最後の階級は中佐だった。記録では戦死扱いになっていると思うがな」
「よろしく頼む。前は陸上自衛隊の三尉だった」
俺は女士官――大霧恵子から差し出された手を握る。
長い指に、女らしい柔らかな掌だ。
妖精が自己紹介を始めた。
「トライデント・システムの第一疑似人格 渡辺ユカと申します。あなたと一緒に戦えて嬉しいです」そう言うと大霧に挨拶をする。隣に居る鬼切の疑似人格の方は、完全に無視の構えだ。
「良く来てくれた……ここにいる男が兵器召喚機構“鬼切”の第一疑似人格だ。名前を伊能原クリフと言う」
男は紹介を無視し、つかつかと俺のそばに歩いてくる。
「恵子。俺はこいつらを仲間にすることには反対だ。分かっているのか? 無能な味方は敵よりも質が悪い。しかも、こいつらの召喚能力は限定的だ。新型と言ってもアテにならない」
「いい加減にしないか」女士官は不機嫌そうに男を睨む。
敵と戦う前にこれか。先が思いやられる。
さっき、売られた喧嘩をそのまま買った俺が悪いのかもしれないが、それを考慮してもこの男の俺に対する態度は異常だ。
「礼儀知らずな男ね。さっき“骨董品”と、マスターに呼ばれたのを根に持っているのかしら? それとも新型の私が怖い?」
「良く聞け、トライデント・システムさんよ。たいした戦闘経験も無いくせに、俺の前で一人前の口をきくのは100万年早いぜ。あんたは、そこら辺の角で震えているのがお似合いだ」
「ああ~~はいはい。まあ、時代遅れのお爺ちゃんは、そう言うしかないわよね。旧型はせいぜい自分の経験ぐらいしか自慢するものがないし」
「何だと」
「何よ」
俺は肩をすくめた。
「まあ認めよう。確かに、俺たちが召喚できる機体は数機程度だ。総合戦力からすれば“鬼切”には敵わない」
「ほらみろ。分かってるじゃねえか。それが分かってるならとっとと帰れ」
「マスター。私の真の実力は……そんなもんじゃないです。今は制限されているだけで」妖精は悔しそうだ。
「分かっている。だが要は戦い方だ。こちらが呼び出せる一機あたりの能力は高い。そこのクリフみたいに数だけで判断されても困る。……中佐、落ち着いた場所で話がしたい、作戦を詰めよう」
「クリフだと? 誰が、“お前”に下の名前を呼んでいいと言った? 俺の名字は伊能原だ!」
「俺も“お前”呼ばわりされる覚えは無いんだがな。風瀬と言う名前がある……中佐。ここは寒い。温かいコーヒーでも飲ませてくれないか。……安心してくれ。別に口説くつもりはない。こっちも美人は間に合ってるんだ」
女士官はにやっと笑った。俺につきあって、疑似人格の暴走を止めることに賛成してくれたようだ。
「作戦室に案内しよう。ついてきてくれ」
「おい恵子!」
女士官は疑似人格を無視して歩き出す。俺は後に続き、一緒に戦艦金剛の艦橋に向かう。妖精が後に続いた。
しばらく無言で進んだ後で、女士官――大霧恵子――は突然振り向いた。そして悪戯っぽく微笑む。
「私の事を口説かない、と言ったな? その言葉を忘れない事だ。大抵の男はその約束を守れない」
そして何事も無かったように、再び歩き始めた。
◆
艦橋に向かう途中、何人かの疑似人格とすれ違う。妖精やクリフのような第一疑似人格と比べれば、他の疑似人格達の個性は弱い。俺たちに目もくれず黙々と作業をしている。
大霧は作戦室に入ると、控えていた女に何事か告げた。女は、かしこまりましたと言うと部屋を出る。
大霧は中央のテーブルを囲むように席につくよう俺たちに言うと、現在の状況を説明し始めた。
それによると艦隊は現在、敵の予想出現ポイントに向かって航行中とのこと。
「敵は毎回特定の場所に実体化してくる。出現間隔はおよそ一週間。それを考えれば次回は二日後に湧くはずだ」
「大和が出てくると思うか?」
「そう予測している」
「鬼切が、再召喚出来るようになるのはいつだ?」
「三週間後だ。クソ野郎」
クリフが不機嫌そうに腕組みしながら答えた。大霧に無視され続けたので、諦めて作戦会議に参加する事にしたらしい。
兵器召喚システムは限界まで能力を使うと、召喚が出来るようになるまで一定のクールタイムが発生する。
俺のシステムだと、せいぜい数十分から数時間待てば再召喚可能だが、鬼切の場合、数週間を必要とする。旧型のクセに大型艦艇を呼び出せる、鬼切の受けるペナルティだ。
「味方戦力は、戦艦1、重巡1、駆逐艦4、それにあなたの召喚する兵器を加えたものが全てだ。これで敵の大和型5隻の戦艦を相手にする必要がある。もう負ける訳にはいかない。これ以上攻撃を受ければ国が崩壊してしまう」と大霧は言う。
「楽では無いな」
「そのとおりだ。だがうまく行けば、敵が実体化する前に当艦隊は出現ポイントに到着する。敵が現れると同時に不意打ちできる」
それでも十分ではない。
考え込む俺の前にコーヒーカップが置かれた。真っ白いボーンチャイナだ。士官用の食器だろう。
「どうぞ。お好みに合えば良いのですが」さっき大霧と話していた女だ。おつきの給仕係らしい。
疑似人格では無く正真正銘の人間だ。
出されたコーヒーを一口すする。旨い。久しぶりに味わう本物のコーヒー。
「いいコーヒーだ。さすがは帝国海軍の戦艦だな」
「コーヒーにはうるさい方でな。豆の入手には苦労した……我が艦隊が不利なのは分かっている。何か策はあるか」大霧が言う。
「そうだな。俺も負けて逃げ帰る気は無い。こんなのはどうだ?」俺は考えていた自分のプランを説明した。
◆
会議が終わり、すぐに夕食になった。旨い食事に旨いコーヒー。最高だ。
それに美人の大霧との会話。いい雰囲気だ。俺の戦闘プランを気に入ってくれたらしい。
都合が良いことに、クリフは食事に現れない。
明日か明後日には戦闘になるだろうが、その前に少しくらい幸福な気分を味わっても許されるだろう。
なぜか、また機嫌が悪くなった妖精のことは気にしないようにして、旨い食事と会話を素直に楽しんだ。
夕食が終わり、与えられた部屋に戻る。士官用の部屋だ。狭いが個室なのはありがたい。
ベッドに入りすぐに寝た。移動の疲れが出てしまったようだ。
……深夜、物音で俺は目覚めた。
来たか。
誰かが俺のベッドに密かにやって来る……侵入者が大霧だったら嬉しいが、同時に困った事になる。
俺はエトレーナ一筋なんだ。
だがその心配はあまり無い。いや、すまない。見栄を張った。
正直言えば、その可能性は全くない。俺は現実を知る男だ。
枕元に置いておいた軍用拳銃P220を握りしめ、俺は飛び起きる。
夜間灯にぼんやりと浮き上がる姿は予想通りだった。
「……やはりお前か」
「上出来だ。一応用心はしていた訳だな」
クリフは大型の自動拳銃をこちらに向けながら、言葉を続ける。
「だがそれでは準備不足だ。疑似人格を甘く見過ぎだ」
やつの姿がかき消えた。次の瞬間、俺の後頭部に自動拳銃が突きつけられる。
俺は呻いた。背後に実体化している。疑似人格相手に普通のやり方は通用しなかったようだ。
「……大霧に手を出すつもりはない。だいたい俺が女好きだと言うのは誤解だ。いくらなんでも、これはやりすぎだろう」
「ふざけるな……グアルディの杖。お前の狙いはそれだ。その為に恵子に近づいた。違うか?」
「いいがかりは止めてくれ。なんだ、その杖は?」
俺はとぼけた。もちろん杖は手に入れる。王国やレガリアを守るために。
そして、エトレーナの運命を変える為にも必要だ。
だが、呉は、杖が欲しければ盗むしか無いと言っていた。奴の言葉を鵜呑みにする気はないが、状況がはっきりするまで杖のことを口に出すのは危険だ。大霧にも話はしていない。
「しらばっくれるなっ! 甘く見るなと忠告した筈だ。……このまま死にたいのか?」銃口が強く頭に押しつけられる。
「……やはり、お前は旧型だ。ツメが甘い。状況を甘く見てるのはお前の方だ」