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最強の戦艦


「……これ以上戦況が不利になれば俺はこの国から逃げる。そうなればつえは手に入らない。困るのはお前の方だ」


それだけ言うとウーからの通信は切れた。

イライラしながら2日待ったが連絡が無い。通信用の水晶球は暗いままだ。


再通信を試みるために、俺はシルバームーンの妹、レガリアの第二王女である“バイオレットフラワー”に水晶球の詳しい使い方を教えてもらう。彼女は魔術や魔術工芸品に詳しいのだ。

教えてもらった方法でウーを何度も呼び出したが、やはり駄目だ。

応答が無い。


「お兄様。水晶球の機能自体に問題はありません。呼び出しも正常に行われています。やはり向こう側で何か予期しない事態が起こっていると考えるべきです」

“バイオレットフラワー”は、通信が上手くいかずに苛立いらだつ俺に向かって言った。


レガリアの第二王女である彼女の正体は、やはりドラゴンだ。

今は黒髪の少女の姿をしている。俺に合わせているつもりのようだ。

“お兄様”と言う呼び方については気にしないで欲しい。可能ならば是非忘れてくれ。

何度か抗議しているのだが聞いてもらえないのだ。もう諦めている。


ウーは“防衛網を突破された”と最後に言っていた。すでに国から逃げたか。それとも“くたばった”のか。いなくなるのは結構な事だが、このタイミングでは迷惑な話だ」


バイオレット・フラワーは顔をしかめた。

「“くたばる”と言うような言い回しは、誇り高きお兄様に相応しくありません。ご自重じちょうくださいませ」


俺は心の中で溜息をつく。

バイオレット・フラワーは学者タイプだ。勝ち気でにぎやか、どちらかと言うと変人(変竜?)と見られがちな姉とタイプは違って普段は大人しい。人間の書いた魔術の専門書を読むのが好きで、膨大ぼうだいな蔵書を保管している。彼女専用の図書室まで王宮には用意されているのだ。


俺は彼女のようなインテリは苦手だし、あんまり相性は良くないと思う。だがバイオレットは、いろいろ理由をつけて俺と話をしようとするのだ。何が面白いんだろう? 学術的な興味か何かなのだろうか?

水晶球の操作にしたって、最初はシルバームーンに教えてもらおうとした。しかし『そのような重要な事を、お姉さまに任せておけません』とか言って横から割り込んできたのが、バイオレット・フラワーだ。

正直、少し持て余し気味だ。


俺の気持ちが通じたのかシルバームーンが腕を組み、ふふんと妹を見下ろす。


「お子様は下がってよし! あんたに何が分かるって言うの? 言葉使いなんてどうだっていいわ。カザセはこういう奴なんだから、乙女の理想を勝手に押し付けないっ! それに少し下品な方が男っぽくてカザセらしい」


「何をおっしゃるのです、お姉さま。カザセ様は我がレガリア国が認めた唯一の同盟国の将軍であられます。そして我が国を救ってくれた救国の英雄です。お父様がそう教えてくれました。そのような方には、それに相応しい言葉使いがあるのです。分かっていないのはシルバームーンお姉様の方です」


駄目だ。つきあっていられない。


言い争う姉妹に気が付かれないように、彼女らからそっと離れる。そしてレガリア国が俺の為に用意してくれた王宮内の部屋に向かう。


それをレイクが見ていたらしい。

レイクは、俺とエトレーナをレガリア王宮に案内してくれた元近衛隊長の、やや年をとったドラゴンだ。レガリア軍のチンピラが俺とエトレーナに絡んでいたのを追い払ってくれたのも彼だ。

現在のレイクは、レガリア王の命により俺の部下と成っている。

ユリオプス=レガリア合同緊急対応軍 第一飛行隊長が彼の正式な役名だ。


「しばしお待ちを、カザセ緊急対応軍司令官閣下。王宮の警備から連絡がありましてな。一人の女が“カザセ様に重要な手紙です”と我が国の入国管理官にこれを手渡したそうです。すぐに拘束しようとしましたが、怪しげな術で逃げられました」


そう言ってレイクは、筒状つつじょう書簡しょかん入れを俺に見せた。


「……呼び方はカザセでいい。舌を噛まずに良く発音出来るな」


「ではカザセ司令官。書簡しょかんをお渡しいたします。危険な細工などはありませんでした」


ようやく来たか。彼女からの連絡を待ちわびていた。

その場で渡されたつつを開き中に入っていた手紙を見る。即時に妖精が文書を翻訳し、視覚内に内容を投影してくれた。この世界の文字は俺にはまだ難しい。


『親愛なるカザセ様へ。“湖畔こはん静寂亭せいじゃくてい”で18時にお待ちしております。お会い出来るのが待ち遠しいです。楽しい夜を一緒に過ごせますように。あなたのエリスより』


差出人は“左腕”の司教エリス・ラプティス。しかしその実体は“天使”に従える諜報部隊の一員。

しかし、それにしても……紛らわしい文章を書くのが俺の周りで流行りなのか? これではまるで恋人同士の逢瀬だ。エリスは何時から俺の恋人になったんだ? 


レイクが言い難そうに言葉を続ける。

『司令官。わしの言うべき事では無いとは思う。そして“英雄は色を好む”と言う事も承知しております。しかし、あからさまな振る舞いはお立場を考えると、その……何というか……ひかえた方が』


エリス。お前は一体、何をしでかした? どういう誤解を招きそうな事をしたんだ?

俺は頭が痛くなった。



エリスとの待ち合わせの時間が近くなり、俺は自室を抜け出す。

大いに悩んだが、“グアルディの杖”を手に入れるために、俺はウーの依頼を受けるつもりだった。

それにはエリスの助けが必要だ。


杖は、どうしても必要なものだ。

邪神との休戦状態は、どうせ長くは続かない。小規模な戦術核だけでこの状態を続けられる訳が無い。

杖を手に入れられれば、トライデントシステムの本来の能力を取り戻す事が出来る。大規模な戦力を呼び出せる。

それは邪神との戦いで大きな意味を持つ。


そしてもっと大事なことが有る。エトレーナの死すべき運命を変えられるかも知れない。

……いや絶対に変えてみせる。俺はその未来を勝ち取る。


「カザセ様。どちらに行かれるのです?」


待ち構えていたように、隣の部屋から出てきたエトレーナに声をかけられる。ドアを開いた音を聞かれたのだろう。

エリスと会うのが余計な誤解を招きそうだったので、彼女には黙っていたのだ。


「……仕事仲間と会いにいく。情報交換も兼ねて」


「では、私もご一緒します。カザセ様のお仲間にご挨拶もしたいですし」


「いや、しかし」


「何か都合が悪い事でも?」


エトレーナの眼を見て俺は確信した。彼女は疑っている。

俺が“女”と会いに行くと思っている。いや、別に男と会いに行くわけでは無いので、間違ってはいないのだが、エトレーナはそれ以上の事を明らかに疑っている。

俺は思い出す。彼女はもともと嫉妬しっと深いのだ。


連れていくしかなさそうだ。エリスなら変な事は口走らないだろう。

エトレーナには、自身の運命の事はまだ伝えていない。その必要が無いからだ。

エリスにもそれは分かっている筈だ。



城から馬車で送ってもらい、エリス・ラプティスの指定した“湖畔こはん静寂亭せいじゃくてい”に向かう。

静寂亭は、町の外れの湖ならぬ大きな池のそばにある。池の周りは整えられた林があり雰囲気がいい。

やはりレガリアは大国だ。人工的な池と周囲を囲む林、高そうなレストラン。このような施設を平気で街の外れに造れる財力は、ユリオプス王国とは比べ物にならない。それも支配階級のドラゴンの為のものでは無く、第三階級に属する獣人達向けの施設なのだ。


夕方の太陽に照らされ、馬車から見える景色は赤く染まっている。なかなかロマンチックな雰囲気をかもし出している。

エトレーナが黙り込んでいるのを気にしなければ……だが。どうやら彼女は、浮気の現場を押さえる正妻せいさいの気分らしい。


馬車は目的の“湖畔の静寂亭”に到着する。予想通り洒落しゃれた外観のレストランだ。

エリスは、すでに“湖畔の静寂亭”に入って俺を待っていた。


彼女は俺に気がつくと手を振ったが、エトレーナがすぐ後から入って来たのに気がつくと凍りつく。

いい気味だ。俺をからかおうとして恋人まがいの手紙なんかよこすから、こういう目に会う。

正妻vs愛人。無責任にも俺の頭をよぎった考えはそれだ。


だが……おかしい。


俺はエリスの態度に違和感を感じる。

エリスは修羅場しゅらばを何度もくぐっている人間だ。俺にはそれが分かる。

だが彼女がエトレーナを見た時の表情は、そのような人間に相応ふさわしいものでは無かった。

口を半開きにし、綺麗きれいなブルーの眼が驚きの為に見開かれる。

表情から読み取れる感情は、おそれ……もしくはおそれ。多分そんなところだ。

いくらなんでも、エトレーナを見た時にいだく感情としては不自然だ。


ちょっとした悪戯いたずらがバレたという感じでは絶対に無い。


エリスは俺の視線に気がついた。慌てて何気ない風を装う。

だがその努力は失敗している。近づくと彼女の手は細かく震えていたからだ。


エリスは何かを隠している。やはり完全に信用して良い相手では無いのかもしれない。



俺はエリスを追求するのを、この場は諦めた。問い詰めるのは二人になった時だ。

今は隣にエトレーナが居る。変な事実が出てきては困る。


「エリス。知っているとは思うが、彼女がユリオプス王国女王、エトレーナ・カイノ・クローデット陛下だ」


「お目にかかれて光栄です。クローデット陛下」


「エトレーナ。彼女がテロス教の司教エリス・ラプティスだ。立場上彼女は各国の事情に詳しい。だからいろいろアドバイスを貰っている。君の心配するような相手じゃない」


「し、心配なぞしておりません」


二人は礼を交わす。エトレーナはいつもより特に優雅に振る舞う。正妻の余裕だ。


「お渡しした水晶球はお役に立ちまして?」エリスは俺に向かって言った。すでにいつもの落ち着きを取り戻している。さっきの態度が俺の錯覚じゃないかと疑うほどに。


ウーとの通信が途中で切れた。向こうの状況は分かるか?」


「ええ。我が信者達から必要な情報は集めてあります。今回お呼びしたのは、その報告が理由です」


「聞かしてくれ」


「端的に言います。今回の依頼は断りましょう。新日本国の防衛網は崩壊ほうかいしつつあります。あの地区は間もなく敵のものとなります。いくらカザセさんでも、今更どうしようもありません」


「どうしようもない……だと」


「ええ。ウーからの依頼が遅すぎたのです。今まで新日本の防衛艦隊は、スプランクナの送る“船”に対抗出来ていました。しかし“船”は突然変異した模様です。既存の防衛艦隊では歯が立たなくなっています」


「変異だと? どういう意味だ?」


「そのままの意味です。邪神“血液”が送ってくる“船”はある種の魔法生物なのです。魔力によって造られた船もどき。それが敵の正体でしたが別の形態に変化しました。進化したと言ってもいいでしょう。いままでは魔術師や、新日本国の艦隊が力を合わせれば、なんとか対抗することが可能だったのです。ですが、それはもう無理になりました。お手上げです」


「もったいぶるな。どう変異したんだ?」


「史上最大・最強の戦艦“大和やまと”……にです。船もどきは、いまや完全な軍艦に進化してしまいました。それも大和やまとが全部で5隻。ご存知ですよね? 第二次世界大戦時代の大戦艦。どうです。我々の戦力では相手にするのは無理でしょう?」


エリスは悲しげに微笑む。


「カザセさんの兵器召還システムでは対抗出来ません。そして核は使えません。それだけは止めてください。“創造主”がまた出てきては困りますから。……“つえ”の入手に関しては別の機会を待ちましょう。新日本国が滅んでも“グアルディの杖”が消滅する訳ではありません」


「見解の相違だな。ここで引くつもりはない」


俺は答えた。

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