ビジネス
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水晶球が投影しているのは、どうやら兵器商人の呉の寝室らしい。半裸で色っぽい魔女が隣の呉に話しかける。
「……カザセが水晶球を受け取りましたわ。今、話をされますか?」
女の役どころはボディガード兼、秘書兼、情婦と言ったところか。シルバームーンはともかくエトレーナにはあまり見せたくない光景だ。
「いいだろう。こちらに映像を回せ」
投影されている虚像が女から男に切り替わる。見覚えのある兵器商人の姿が眼の前に現れた。
呉孟風。
ユリオプス王国の敵に戦車を流していた鉄飛龍公司という商会の幹部だ。
大勢の部下をアゴで使い、従うのが当然と思っている傲慢な男の姿がそこにあった。
無表情でニコリともしない。言うまでも無いとは思うが、俺の嫌いなタイプだ。
「カザセ。連絡が遅い。俺を待たせるとはいい度胸だな」
「最初の言葉がそれか。俺はお前の部下じゃない。話をしたいなら直接出向いてこいと伝えた筈だ」
奴はガウンを羽織りグラスを傾けている。女と違って半裸では無い。
裸の呉をエトレーナ達に見せると言う最悪の事態は回避されたようだ。
「これでも忙しい身の上だ。ビジネスの相手はお前だけでは無い。調子に乗らないことだ」
“では私はこれで”と告げる女の声が聞こえた。
水晶球は美しい半裸の身体を映し出す。胸を隠そうともせず俺に向かって会釈すると、呉の寝室を出ていった。
呉は、顔を歪めた。笑ったつもりらしい。
「どうした? その不機嫌そうな面は。女の裸が嫌いなのか? ……つまらない男だ。一体、何のために生きている?」
「余計なお世話だ。言っておくが嫌いなのは女の方じゃない。嫌いなのはお前の方だ」
「面白くない冗談だな。もう少しユーモアのセンスを磨いておけ」
奴は気まずそうにしているエトレーナと、自分を睨みつけるシルバームーンをじっと眺める。
「まあ、それでも……お前はつまらない奴だが、女の趣味だけは認めてやろう」
シルバームーンがキッとなった。
「失礼な男ね。それに下品。カザセ、こいつは誰? あんたに相応しい男とは思えないんだけど」
呉の顔が、また歪んだ。
「これは手厳しい。確かあなたはレガリア王国 第一王女シルバームーン殿下でしたかな? 私は鉄飛龍公司の呉孟風だ。このような格好で失礼をした。男同士で気の置けない会話をカザセとするつもりでな。……出来れば、この場は外してもらえると有り難い」
「女は邪魔って事かしら?」 シルバームーンが面白くなさそうに言う。
「とんでも無い。居たいのでしたらどうぞご自由に。可愛らしい女性はいつでも歓迎だ。特にベッドの中では」
……もう沢山だ。俺は立ち上がった。
こんな男の相手をするつもりには成れないし、その必要も無い。
「話はこれまでだ。女に無礼な男は嫌いでね。お前の頼みなど聞く気にはなれない」
「話を聞かなければ、後悔するのはお前の方だ」
「そうかい。じゃあな。後はゆっくり楽しんでくれ」
俺は水晶球に触れた。この電話もどきをどうやったら止める事が出来るのだろう?
“電源オフ”とでも念じてみようか。
「待てと言うんだ。いいのか? 失っても?」
「何だと?」
呉は、視線を俺からエトレーナに移す。
戸惑うエトレーナに対して、ニヤニヤとしながら軽く頭を下げる。
「エトレーナ七世陛下。評判通り美しい御婦人だ。お目にかかれて光栄だ」
そして奴は、俺に視線を戻した。
「未来人とコネがあるのはカザセ、お前だけじゃない。将来何が起こるか知っているのはお前だけではないのだ。調べるのは簡単だったよ」
「何が言いたい?」
「何が言いたい……か? ここで話していいのか? ……しょうがない。そんなに聞きたいなら教えてやる。お前は、“二年後”に大切なものを失う。俺の話を聞かなければ確実にそれは起こる」
呉は、もう一度わざとらしくエトレーナに笑いかけた。
まさか。嘘だ。
ブラフだ。そうに決っている。
こいつが知っている筈は無いのだ。
適当な事を言って脅しをかけているだけだ。
だが、“二年後”と言う言葉は俺の平静を失わせた。
未来から来た俺のひ孫のフロレンツも、同じことを言っていたからだ。
“エトレーナ七世は今から『二年後』に敵に襲われ殺害される”
忘れていた訳では無い。
だが未来の俺はエトレーナとカミラと一緒に居た。だから俺は悲劇を回避したつもりだった。
そうでは無いと言うのか? 俺の未来はエトレーナが殺される未来なのか?
確かに未来の俺も“未来はお前次第だ”と言っていた。
「運命に抗うためには力がいる。力が無ければ悲劇が訪れる。そして……お前が力を得る為には、“グアルディの杖”が必要だ。どうだ、簡単な方程式だろう? 話を聞く気になったか?」
呉は勝ち誇ったようにほくそ笑む。
俺は歯噛みした。ひ孫のフロレンツはこうも言っていた。
“エトレーナの殺害を回避したければ、トライデントシステムを強化しろ”と。
確かに“グアルディの杖”ならそれが出来る。
……どうやら話を聞くしかないようだ。
◆
女達には部屋から出てもらう。
エトレーナは素直に席を外してくれた。だが察しのいい彼女の事だ。不審に思っているのは間違い無い。
シルバームーンは明らかに不機嫌になっている。後で機嫌を取るのに苦労しそうだ。
「エトレーナ女王はお前にとっては大事な女らしいな……その弱点はせいぜい利用させてもらう事にする。だが正直、お前にはがっかりした。女が弱点というのは三流の証明だ。今のお前は女に不自由しない。それなのに女王だからと言って固執するのは、所詮その程度の男だと言う事だ」
「お前は可哀想な男だ、呉孟風。そういう理解しか出来ないとはな。俺にはお前の考え方自体が、突っ込みどころ満載の欠陥の塊に聞こえるぜ……くだらない感想はいいから、とっとと用件を言え。話は聞いてやる。だが協力するかどうかは内容次第だ。お前の持っている情報など無くても俺はエトレーナを守れる」
呉は笑った。俺は自分の学習能力に感心する。
こいつの表情の変化が笑いを意味している事を、理解出来るようになっている。
「いいだろう。女の話はまた今度だ。もともと俺は女という人種を好きでは無いし信用もしていない。欲望を満たす為の必要悪に過ぎん……さあ男同士でビジネスの話を始めよう。楽しい話で盛り上がろうじゃないか」
◆
呉は、奴の言う“ビジネス”の話を始めた。
使者からの手紙にあったように、戦いが不利だから俺の力を貸せと言う依頼内容だ。
報酬はグアルディの杖の在り処に関する情報。もし杖を盗むなら、呉が助けてくれるそうだ。
自分の物でも無いお宝の情報で俺を釣ろうとしているのが、なんとも奴らしい。
有りがたくて涙が出そうな依頼だ。もちろん皮肉で言っている。呉に言わせれば俺にはユーモアのセンスが無いらしい。だから念の為に注釈しておいた。
奴の敵は、俺と同じでニューワールドの“創造主”だ。
“創造主”は、邪魔になりそうな強国である呉の国を排除しようとしているのだろう。レガリアを最初に潰しに来たのと同じパターンだ。
「大商業連合は、俺の国を除いて壊滅状態だ。そして同盟を結んだ自由貿易連合で役に立つのは新日本国だけだった。現状は彼らが防衛戦の主力になっている」
「ちょっと待ってくれ。お前たちが戦っている相手はスプランクナか?」
「スプランクナ? ああ、邪神の事か。そのとおり。だが俺達の敵はちょっと変わったタイプでな。奴らは海からくる。そして自分達の事を“血液”と呼んでいる」
「“血液”……か。どういう邪神だ? 海から化物が押し寄せてきたか?」
「違う。奴らは“船”で攻めてくる。“船”と言っても俺達が知っている船とは違う。魔力で生み出された異様な代物だ。大商業連合や自由貿易連合を構成している国はほとんどが海沿いにあるか、島国だ。敵からの艦砲射撃で主だった都市は廃墟になった」
呉は説明を続ける。
「現状、“血液”の送ってくる“船”は新日本国が相手をしている。俺の国は陸軍が主力だ。海上の敵の相手は得意では無い。だからお前には新日本国と協力して“血液”の繰り出す“船”を潰して貰いたい。新日本の主力は第二次世界大戦時代の艦艇だ。十分な戦力とは言えない。余り長くは保たないだろう。お前の力が必要だ」
「そうやって新日本国に俺を信頼をさせてから、“グアルディの杖”を盗み出す。それがお前のプランか」
呉は、驚いたような表情を見せた。
わざとらしい。
「いいがかりだ。そんな事は考えたこともない……だが、お前にもそのうち分かるだろう。“グアルディの杖”を使おうとしたら盗むしかない。新日本には“グアルディの杖”を隠さなければいけない理由があるからな」
「もったいぶるな。今すぐ言え。全ての情報を出さなければ俺は協力しない」
「……調子に乗るな。主導権を握っているのは俺だ」
その時、別の部屋に行っていた筈の魔女が横から割り込んでくる。戻って来たらしい。
何事かを呉に向かって急いで告げている。
「……そうか。分かった」
呉は突然立ち上がり俺に告げた。
「新日本国がヘマをやったようだ。防衛網を突破された。俺の国にも敵が侵攻して来る。また連絡する」
「待て」
「最後にひとつだけ教えてやる。新日本国の艦隊を率いているのは、女士官だ。旧日本帝国海軍の出身らしい。俺の眼から見ても美人だ。女好きのお前は気にいるだろう。会いたいのなら紹介してやる」
水晶球の光が弱くなり、呉の虚像がゆらめく。くそっ! 通信が終わってしまう。
「杖を手に入れたいなら早く決断しろ。あまり時間はない。これ以上戦況が不利になれば俺はこの国から逃げる。そうなれば杖は手に入らない。困るのはお前の方だ」
映像が消え失せる。通信終了だ。
その後、呉からの連絡をイライラしながら俺は待った。
だが2日待っても、奴からの通信は無かったのだ。