グアルディの杖
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“左腕”の司教を名乗るエリスは、説明を続ける。
内容は、かつて俺の敵であった兵器商人 呉 孟風から俺宛の手紙についてだ。
「書簡にはこうあります。“苦戦している。俺達の援護をしろ。協力するなら新日本国が隠し持っている秘宝グアルディの杖の在りかを教える”と。そして“盗み出すのを手伝ってもいい”とも記されています」
その杖は兵器召喚システムの能力を拡大するらしい。
だが兵器商人の呉にしろ、この女司教のエリスにしろ、言ってることをそのまま素直に信じる気にはなれなかった。
第一、呉はなんで俺が宝を盗み出すと思っているんだ?
今は傭兵もどきに身をやつしているとは言え、これでも元は清く正しい軍人だ。盗賊の真似などするつもりなど全く無い。
(妖精。そんな杖が存在すると思うか?)
(“グアルディの杖”などと言う物に心当たりはありません。ですが話を聞くのはタダですわ)
いいだろう。無論、俺だって興味だけなら大アリだ。
「エリス、その杖は本当に俺の召喚能力を強化するのか?」
「ええ、それについては確信しています。ですが少し解説が必要でしょう。本来この杖は“物事から不当な制約を取り除き、本来の力を取り戻す”為のものです。召喚システムの強化は一つの例に過ぎません」
「不当な制約を取り除く?」
「ええ。カザセさんの召喚システムは、ご存知のように十分に機能していません。“創造主”からの妨害のせいで、システムの主回線が繋がっていないのです。“グアルディの杖”を使えば、“創造主の妨害”と言う制約が取り除かれ、主回線が回復します。その結果、トライデントシステムの本来の能力が回復する訳です」
「主回線が使える……のか」
現状は、容量の小さい副回線を使って兵器の召喚が行われている。だから数両の戦車を呼ぶだけで精一杯なのだ。
主回線が回復すれば、より多くの兵器を一度に呼び出せる。戦略爆撃機を編隊で呼び出すことも出来るし、戦車なら数百両でも呼び出せるだろう。爆撃機を編隊規模で召喚出来れば、“脳”や“大腸”クラスの敵なら、かなり有利に戦いを進められる。まあ、それでも“脊髄”相手には苦戦するかも知れないが。
「しかし、ご注意ください。“グアルディの杖”は危険な魔道具です。この杖の怖いところは、対象が機械だけに限らないと言う点です。人間に向けてこの杖を使う事も出来るのです。機械なら本来の性能を取り戻すだけですが、人間のような生き物に使えば話は違ってきます」
“杖”を人間に使うだと? 定義から言えば、人間から全ての制約から取り除かれ本来の能力を取り戻す事になる。だが具体的には何が起こる?
「その口ぶりからすると、病気を治すとかそういうもんじゃなさそうだな」
「ええ。杖の効果はそれだけで収まらないのです」
エリスは、試すように微笑みながら答えを待つ。いけすかない奴だ。
俺に分かる筈が無いだろう。魔術の専門家じゃないんだ。
降参だ、と答えようとした瞬間にある考えが頭に閃く。
杖は“不当な制約”を取り除くとエリスは言った。だが“不当”の指す意味なんて解釈しだいでどうとでも成る。
神が人間を見た時と、悪魔が人間を見た時。何が“不当”かなんて立場によって変わる。
……いわゆる人間の善性の部分を杖が“制約”と解釈したら?
例えば、人間の道徳観念とかを“不当な制約”と杖が解釈したら?
まだあるぞ。もし人間の肉体を“制約”と解釈したら? もしそうなら、杖を使えば人間は化物に変身って事になる。
俺の表情を見て、エリスは答えを言う気になったらしい。
「多分、カザセさんの思っている通りです。“グアルディの杖”が人間に対して使われれば結果は予測できません。対象になった人間の本質によって結果が変わるのです。その人間の本性が善ならそれ以外の悪の部分は制約と見なされますし、逆の場合も同じです。杖はその人間の本質を取り出し強化します。
私のような聖職者にとって悲しい話ですが、多くの場合、杖を使って現れるのは悪魔もどきです。使用する事になったら十分注意してください。最悪の事態が起こってから後悔しても遅いのです」
「だが兵器召喚の能力を強化するのは、確かなんだな?」
「ええ。実際に杖を召喚システムに使った実例がありますから。“鬼切”と言う召喚システムはご存知ですよね?」
「“鬼切”か。ああ、知っている」
“鬼切”は、旧型の兵器召喚システムで第二次世界大戦の時代に開発された。軍艦の召喚に特化した専用タイプで、トライデントシステムのような各種の兵器を呼び出せる汎用型では無い。
以前、女の海軍士官が“鬼切”を使っているのを見た事がある。彼女は旧帝国海軍の重巡“高雄”に乗っていて、俺の“妖精”のような疑似人格の男に話しかけていた。
(作者注:“帝国海軍”の回です)
「“鬼切”は、大型の軍艦を呼び出す事が出来ます。そのような巨大な艦艇を召喚出来るのは、“グアルディの杖”で“創造主”の妨害を排除していたからです」
「なるほど。では呉の言っていることは嘘では無い……のだな?」
「ええ、その点に関しては。ですが、あの男の言っている事をそのまま信じることは危険です。呉の目的はカザセさんに助けてもらう事では無く、“杖”を新日本国から奪う事なのかも知れません」
確かにあの抜け目が無い兵器商人のことだ。疑って疑い過ぎる事は無いだろう。
しかし、俺はしばし考えた後でエリスにこう告げた。
「……向こうから会いに来るなら話だけは聞いてやる、と伝えよう。立場はこちらが優位なんだ。下手に出る必要も無いだろうからな」
「了解しました。呉 孟風と連絡を取ることは可能です。そのように伝えましょう……ですが、その前に一点確認させてください」
エリスは、再び微笑んだ。
「我ら“左腕”の有能さはご理解頂けたと思います。私をあなた専任の担当官として認めていただけますか?」
俺は呻いた。
エリスの情報収集能力はずば抜けている。その点は認めざるえない。
悔しいがしばらく付き合う事になりそうだ。
「ああ。よろしく頼む」
俺はエリスに右手を差し出す。彼女の手は予想より小さな、可愛らしい女らしい手だった。
◆
それから15分程は話をしただろうか。間もなく未来の俺が会話の打ち切りを宣言する。
「時間切れだ。“俺”は元の場所に戻る。未来の“俺”との過度の接触はお互い最悪の結果になる。理解しておくことだ」
勝手に呼んでおいてその言いぐさは無いだろう、と思ったが黙っていた。誰だって年を喰えば我儘になるってことだ。俺にしたって例外では無いらしい。
未来の俺は、エリスに話しかける。
「お前はどうする? もう少し過去の俺と話をしたいのならこの場所は維持しておくが」
「いえ、私もこの辺で失礼致します。お手間おかけしてすみませんでした。次回からはあなたの存在無しでカザセさんとお会い出来ます」
エリスは、礼儀正しく未来の俺――初老に近い中年の男――に礼をすると、俺の方を振り返った。
「では私はこれで。すぐに今度は司教としてレガリアに伺います。暖かくもてなしてくださいね」
周囲の存在感が薄れ始める。俺も転移を開始したようだ。レガリアに戻されるのだろう。
「じゃあな。後はうまくやれ。行動は慎重に。社内ルールは破るな。常に上司の立場を考えろ。そして最後に……女たちには優しくしろ」
本気で言ってるのか冗談で言ってるのか。相変わらず酷い顔の傷のせいで表情が良く分からない。
俺は再び周囲に光が満ちていくのを眺めながら、ぼんやりと考える。
結局、俺の知りたかった“天使”とは何か? という疑問に関しては詳しい情報を得られなかった。
エリスは、”テロス・ゲニシカ・エイトマは偉大な存在です”と言うばかりだし、未来の俺は適当に答えをはぐらかす。
どうやら、“天使”は俺の時代より未来に生まれる存在らしい。だが、得られた情報はそれぐらいだった。
ニューワールドにあると言う新日本国の事も聞きたかったが時間が無かった。
再び周囲が現実で満たされる。俺はレガリアに戻っている。
エトレーナが居た。
俺が消えた場所でずっと待っていたらしい。
不安そうだった表情が、俺の出現に気がつくと嬉しそうに輝く。
「カザセさんっ!」
「すまない。待たせてしまった」
俺達は強く抱き合った。それ以外の行動を俺に期待するのは野暮ってもんだ。
◆
それから一週間は、眼がくらむほど忙しかった。
最優先しなければいけなかったのは、ユリオプス王国への食料輸送だった。
そろそろ王国の食料が尽きる頃なのだ。
レガリア王の好意で、第二王女の“バイオレット・フラワー”が準備を手伝ってくれた。
2日ほどで、ドラゴンに護衛されたワイバーン隊が食料を持って王国へと飛び立って行く。
取り敢えず、大きな責任を果たした気分になり俺はホッとした。
それ以外にもやらなければいけない事は山ほどあった。
ユリオプス王国をレガリアの側に移す件に関しては、決断はエトレーナに任せた。
彼女も王国の主だった人間と相談したいらしく、一度開拓村まで戻りたいそうだ。俺も同行する必要があるだろう。
その他にも、俺の元に配属された精鋭のドラゴン10騎との顔合わせやら、軍との作戦のすり合わせやらで、あっと言う間に時間が経つ。
俺達にはあと、どれ位の時間が残っているのだろうか?
スプランクナとは休戦状態にあるが、そんなに長くは続かないだろう。
ある日の夕方、王宮内の客室でエトレーナと話をしているとシルバームーンがやって来た。小さな木箱を抱えている。
「カザセ宛に品物が送られて来たわよ。魔道具ね。どうする? 危ないものではないようだけど」
「魔道具? 誰からだ?」
「送り主は司教エリス ラプティスからってあるわ。“親愛なるカザセ様へ”ですって。へー“親・愛・な・る”ね。最近、手を広げすぎじゃない? 主に女性関係で」
“左腕”のエリスからか。一体何を送ってきた?
エトレーナが顔を曇らせて抗議するように言う。
「“親愛なる”方……ですか?」
エリスの奴、誤解を受けるような文章を。
「ただの仕事上の知り合いだ。箱を開けるぞ」
「あら、私達が居ていいのかしら?」
俺はシルバームーンを無視して木箱を開く。中には20cm位のガラス玉が……いやこれは水晶球だろう。
その球は俺が触れると白く輝いた。同時に何も無い空間に虚像を投影する。
どうやら、この水晶球は通信装置の一種らしい。
映されたのは女の姿だった。
断っておくが司教のエリスじゃない。断じて違う!
その女は……なんと言うか……下着姿のしどけない姿だった。正直に言うとやたら色っぽかった。
あられもない姿でベッドに横たわっていて、はだけた胸を隠そうともしていない。綺麗な胸の白い半球が見えてしまっている。
当然ながら、エトレーナとシルバームーンはその場で凍りついた。
女はようやく俺に気がついたのか、気だるそうにこちらを見る。
「あら、お久しぶり。カザセ ユウ」
……俺は思い出した。この女は確か兵器商人 呉 孟風の部下だ。
強力な魔術を操る魔女で、側近の一人の筈。
女はゆっくりと起き上がると、こちらには映っていない自分の横を見た。
「……呉様。カザセが水晶球を受け取りましたわ。今、話をされますか?」
最悪だ。