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秘密

「カザセ様。エトレーナです。入ってもよろしいですか?」

部屋の扉から声がする。呼び出しを受けるのかと思っていたが、女王の方から出向いてくれたようだ。


「どうぞ。待っていた」


「失礼します」


エトレーナが、とびきりの美人なのはもう分かっている。しかし正装らしき(きら)びやかな服を身に付けたその姿は、気品の中にも上品な色気にあふれ、俺は息を飲んだ。

俺と一緒に逃げまわっていた、頼りなげな姿はそこには無い。

昨日の女性とは全くの別人だ。


「どうかされまして?」


「いや…綺麗きれいだなと」


「ありがとうございます。昨日は身に付けるものにも気が利かず失礼いたしました。カザセ様とお会いするのに相応ふさわしい服装と思ったのですが持ち合わせがあまりなく…」


「いや。そんな美しいドレスは初めて見た」


そう言ってから、しまったと後悔する。そこでめるべきところは服じゃないだろう。

本人の美しさに触れないでどーするんだ。

胸元を強調した中世風のドレスに、俺は動揺しているらしい。アホづらさらしてないといいんだが。


仕切り直しだ。

「…用件を聞こう」


「はい。お願いがあって参りました」


「移住の話か。構わない。必要なら手伝う」


彼女は、驚いて尋ねる。


「どこで移住の話を?  "ニューワールド"のことをご存知なのですか?」


「知っている。騎士のラルフから話は聞いた。随分ずいぶんあなたの事を心配していた」


「そうですか。ラルフが」


「移民団が全滅したことも聞いた。残念なことだ。

今更いまさら俺がどうのこうの、言う話じゃ無いとは思うが、長年住んだこの土地を捨てるのに抵抗は無いのか?  多少の時間なら俺が稼ぐ。移住をめる気は無いが、態勢を整えてからじっくり計画を練りなおしてみたらどうだろうか?」


「ありがとうございます。カザセ様はお優しいですね」


エトレーナはうつむいて何事か悩んでいるように見えた。


「ニューワールドへの移住の理由は、マナが土地から失われ魔法が使えなくなるから…ラルフはそう言いましたか?」


「そうだ。魔法の力が衰え国力が低下し、かつての繁栄を失ったとか」


「それは本当のことです。しかしラルフに知らせていない事があります。移住を急ぐ本当の理由は別にあります」


「失礼します」

エトレーナは、大きく開いたドレスの胸元を広げようとする。


「えっ。 いや、ちょっと…」

何する気だっ!


「カザセ様には知っておいてもらいたいのです」

知っておいてもらいたいって…何を?


視線を外そうとするが、胸元をチラチラ見てしまう。

許せ。俺も男だ。

エトレーナは、自分の肩をドレスから出して俺に見せたかったようだ。


「ご覧ください」エトレーナは、ドレスの中から露出させた上腕じょうわんを俺に向かって示して見せた。


「こ、これは」

上腕部に赤黒くみにくい、表面がでこぼこしている大きな斑点がいくつも浮かんでいる。

地の肌が白くて綺麗なだけに、どうにもやり切れない気持ちになる。


「…痛く無いのか?」


「痛みはありません。このような出来物できものが、多くの国民の身体に出来始めています」

女王は見られたのを恥じたように、再び肩をドレスの中に収める。


「皆にはにせの薬を与え、偽の治療法を教えてあります。大した事はない流行り病だとの情報も流しました。

しかしこれは、治せません。そして最終的には全身をおおい身体をくさらせ、命を奪います。

原因は、マナの不足です。この地に留まる限り治療方法はありません」


「我らは何千年もの間、濃厚なマナの中で生活してきました。

その結果、身体がそれに適合してしまっているのです。マナが無くなれば生きてはいけません」


「そうだったのか…」

だから急いで大気中のマナが濃い、ニューワールドへ移住しないといけない…そういう事か。


「何故それを皆に言わないんだ? 移住に対する反対派がいると聞いた。事実を知れば賛成せざる得ないだろう?」


「もちろん移住の目処めどがついたら言うつもりでした。しかし移民団は全滅しました。

とてもかないそうにない、正体不明の敵が移民を妨害している、その状況で真実を伝えたら一体どうなるとお思いです? カザセ様」


エトレーナは思いがけず感情を強く表し、怒ったように言う。

気に障ったのか? 確かに移住への望みが無い状況で、知らされた国民はパニックになる恐れがある。


「…ごめんなさい。カザセ様は私たちを助けようとしてくださっているのに。 言いすぎました。ご無礼をお許しください」


「俺は、借りてきた猫の様におとなしい男だ。美人の前ではな。

何をどう言われても大概たいがい怒らないから気を使わないでくれ。それに気を使わなきゃいけないのは俺の方だと思うんだが」


エトレーナは微笑んだ。

「では、私は気を付けないと。美人ではありませんし」


「誰から見ても美しい女性が、そういうセリフを言っては駄目だな」


「カザセ様は、私の事がお嫌いですか?」


お茶を飲んでいたら吹くところだ。

何でそういう話になる。女性の話の脈絡みゃくらくの無さにはたまについて行けなくなる。


「…嫌いだったら助けていない」


「しかし、私をこばまれました」


誰もこばんでないだろうが、と思ったが、生贄いけにえ云々の事を言ってるのだろうか?

確かに自分の身体を自由にしていいような事を言っていたような気もする。

生贄いけにえ云々のセリフにショックを受けていたので、そっちの方は確かに真面目まじめに取り合わなかった。


「カザセ様が来てくれて私は嬉しかったのです。

王と王妃おうひを戦乱で失い、兄達は権力争いのごたごたの中で死んでいきました。 一番向いてなさそうな私が女王となり頑張りましたが、やはり私には無理です。カザセ様を召喚した時は、半分ヤケになっていました。

もし生贄いけにえになってしまったとしても、皆が救われるのなら安いものだと」


エトレーナは俺の目を真っ直ぐに見て言った。


「しかし、現れたかたは記録とは全く違っていました。私のことを気遣ってくれる優しい人。そして強いおかたでした。カザセ様。 私は…」


部屋の外から、大きな声が聞こえる。

俺の部屋を守っている兵士が、誰かと言い争いをしているようだ。


「アルドル公、困ります。女王陛下から誰も入室させるなと…」


「何を言っている? 私は例外だ」


「お戻りください!」


「エトレーナ。居るんだな? 入るぞ」


部屋の扉が開き、男が入ってくる。


「エトレーナ。怪しげな男と部屋で二人きりとは立場を考えろ。二人で居ていいのは俺だけだ。そうだろう?」


なんだ、こいつは。

金髪で長身。貴族なんだろうが、ふてぶてしい態度はエトレーナとは対照的だ。

まあ、顔は二枚目なのは認めてやろう。俺の嫌いなタイプだが。


エトレーナが不機嫌な顔になり男の相手をする。

「アルドル公、おひかえください。こちらはカザセ様です。ご存知でしょう。我らを救ってくれた…」


「魔神もどきか」こちらに聞こえるようにだろう、わざとらしくつぶやく。


男は俺を見下すように眺め、言った。

「私はオディロン・アルドル公爵だ。もうすぐこの国の王になる。エトレーナを妻に迎えてな」


「何をおっしゃいますか! 嘘です。 カザセ様! 私はそのような事を承知したことは…」


「エトレーナは黙っていろ。私の言うことを聞いていれば良いのだ。

私に歯向かうから全てうまくいかなくなる」


男は俺に向き直る。

「カザセと言ったな? エトレーナに目をつけたのはいい趣味だ。しかし人にはというものがある。貴殿に女王は相応しくない。

それにエトレーナは俺のお手つきでな。あきらめろ。

しかし代わりは用意してやる。どんな女でもいい。どういうのが好きだ? 何人でもいいぞ」


「そんな…私はこの方に、手など付けられてはおりません」


「人に言われて、自分の女を変える趣味は無いんでね。分かったら、さっさとお引き取り願おう」


アルドル公と名乗った男は、憎々しげに俺をにらんだ。

突然、視界の中に表示が現れる。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……

警告: 風瀬 勇に対する強い敵意を検知

――――……――――……――――……――――……――――……――――……


妖精の声が耳元で聞こえた。

「憎まれたものですね。 後腐あとくされないように対象の殺害を推奨します。トライデント・システム稼働中。いつでもどうぞ」


(黙っていてくれ。こんなことで、お前の力を借りようとは思わない)


「後悔しますよ。気が変わったらいつでもどうぞ」


武器無しの相手に素手で負ける気はしない。

特にこいつには。


この場では勝てないと分かったのか、男は俺との睨み合いを止め、目を逸らした。


「後悔するぞ」


妖精と同じ言葉を捨て台詞ぜりふに残して、貴族の男は去って行った。


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