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左腕


『マスター! 強制召喚を受けています。抵抗出来ません!』


周囲の景色がゆらぎ存在感を失う。間もなく視界は光であふれホワイトアウトした。

俺を呼ぶエトレーナの叫び声が聞こえたが、すぐに途切れる。


――転移している。


俺を召喚しているのは、誰だ?

敵か? 恐らくそうだ。では邪神か? 

もしそうなら“脳”よ。デートの約束はキャンセルだ。

休戦すると言っておいて不意打ちしてくる女は、俺の趣味じゃない。


89式小銃を召喚し、手探りで射撃モードを連射に切り替える。

素手よりはマシの筈だ。


周りには光しか見えない。眼をてのひらおおい、まぶしさに抵抗する。

敵のど真ん中で実体化する可能性がある。

視覚を失うのは避けたい。


――唐突に転移は終了した。光は消え去り、俺の周囲を再び現実が満たす。


殺風景な20畳ほどの部屋に、俺は居た。

人がいる。

男女が一人ずつ中央のテーブルの席に着いて、こちらを見ていた。


「あんた……か」


俺が銃を突きつけていた男には、見覚えがあった。

初老に近い中年。顔の半分がひどい傷でおおわれている。表情は良く見えない。

上等そうだが地味な茶色のスーツを着ていて、部屋の中にもかかわらずウールのソフト帽をかぶっている。


――この男は未来の俺だ。そしてインフィニット・アーマリー社の重役で俺の上司でもある。


こいつには以前、助けられた事がある。カミラを取り戻すためにスプランクナの“大腸”と戦った時だ。

この男は“大腸”の魔法を無効化して俺を援護してくれたのだ。

しかし、だからと言って突然召喚された非礼を許す気には成れなかった。


男は不機嫌そうに俺をにらむ。


「銃を降ろせ。礼儀を知らん奴だ」


「“あんた”が礼儀を語るか? こっちの都合も考えず、いきなり呼び出した礼儀知らずは、どこのどいつだ?」


「どこのどいつ? お前を呼び出したのは“俺”だが“俺”は未来のお前だ。文句があるなら自分に言え。疑うなら鏡を貸してやろう。見比べてみろ」


中年男の隣に座っていた女が慌てて立ち上がり、すまなそうに頭を下げる。


「申し訳ありません、戦士殿。至急呼んでもらったのは、私の都合です。私は“左腕”の司教しきょうを務めておりますエリス ラプティスと申します」


女は、修道女のような姿をしていた。髪を頭巾ずきんおおい簡素な修道服を身に着けている。

身体の線が浮き出ないゆったりとした服なのに、スタイルの良さを隠しきれていない。


「“左腕”の司教? 一体何のことだ?」


「“左腕”は彼女の所属する組織の事だ。“教会”とでも呼べばいい。こいつらは宗教組織を偽装ぎそうしてるからな。ついでに言えば彼女達は、我々のインフィニット・アーマリー社を“右腕”と呼ぶ。二つの組織“右腕”と“左腕”、2つ合わせて“天使”を支える両腕ってことだ」


「……訂正させていただきます。我ら“左腕”は宗教組織を偽装ぎそうなどしておりません。宗教組織そのものですから。我らの信仰心を疑うものに天罰を。全ては“テロス・ゲニシカ・エイトマ”の御心みこころのままに」


修道女は自分の頭巾ずきんを払い除け、顔を全てさらけ出した。

短めの金髪で中性的な雰囲気だが、モデルのように美しい。


「カザセさん、突然召喚して申し訳ありませんでした。おび致します。しかし、あなたは“脳”にマークされています。“脳”の監視が手薄な今が、あなたと会うチャンスでした。我々、“左腕”は正体を知られる訳にはいかないのです」


「……用件は何だ? 正体を知られたくない組織が俺に何の用だ?」


「我ら“左腕”は、あなたを直接支援する事を決定しました。それをお伝えしたかったのです。担当者は、私になります。どうぞよろしくお願い致します」


「王国をまもるのに力を貸すと言うのか?」


「あなたが、それを望まれるなら」


彼女は、まるでモナリザのような神秘的な微笑ほほみを顔に浮かべた。

怪しい……かなり怪しい。それに訳の分からない組織からやってきて突然、味方だと言われてもな。

いくらこの女が美しくても、最近の俺は美人に耐性がついている。いくら綺麗でも無条件に信用する訳じゃない。


「今まで、俺の事を放っておいただろう。何でこのタイミングで出てきた?」


「“天使”、つまり“テロス・ゲニシカ・エイトマ”は、あなたをまもるために顕現けんげんしました。それが我らが動く理由です。我らは、“テロス・ゲニシカ・エイトマ”の意思に従う者。あなたに協力する義務があります」


確かに“創造主”が俺に襲いかかった時、“天使”が現れて俺をまもってくれた。


「彼女達はニューワールド各国で布教活動している。だが実体は宗教を装った諜報部隊ちょうほうぶたいだ。役に立つぞ。戦闘力の方も、そこらのドラゴンを圧倒する魔術が使える」


「抗議致します“右腕”の御方おかた。我らは“宗教を装って”なぞおりません。何度言えば分かってもらえるのですか?」


やはり、どうも乗り気に成れなかった。

俺は諜報部隊ちょうほうぶたいたぐいが好きでは無い。あいつらはいつでもやり過ぎる


「間に合ってる……と言ったら?」


未来の俺は苦笑した。

「好きにすればいい。お前の未来はお前自身のものだ。……残念だったな“左腕”。クビだそうだ」


女はやれやれと言うように首を振る。

「困ったものです。“右腕”の方はこれだから……武力だけで敵を倒せるとお思いですか? あなたの兵器だけで世界を動かすことは出来ませんよ。そして勿論もちろん、ユリオプス王国をまもることも」

そう言うと右手を顎に当てて少し考え込む。決心がついたのか、再び俺の顔を見た。


「いいでしょう。我々が役に立つと言うことを証明してみせましょう。例えばこんな情報があります」


挑戦するように俺の顔をじっと見る。

「ユリオプス王国に居る我が信徒からの情報です。“大商業連合国”の、とある商会から使者がユリオプス王国にやって来ました。開拓村を守っているドラゴンに追い払われましたが、我々は使者の持っていた書簡を回収して“拝借はいしゃく”しております。何て書いてあるか知りたくありませんか?」


大商業連合国か。その国の名前はまだ覚えている。

以前、俺とやりあった兵器商人の中国人、ウー孟風モンフォンの住む国だ。

ウーの商会は、ユリオプス王国の敵に兵器を供給していた。

今は手を引いているが、基本的にウーは俺の敵だ。

あいつが俺と連絡を取りたがっている……どうせロクな用件じゃあるまい。


未来の“俺”が不機嫌そうに声をあげた。

「“左腕”よ。勝手な事をするな。ユリオプスに信徒を潜らせたなんて話は聞いていない。……いや、まさかお前、王国民を“教化きょうか”したのか?」


「あなたに一々行動を報告する義務はございません。そろそろ未来にお戻りになる時間ですわよ。後の事は私にお任せください」


そう言うと女は、俺に声をかける。

「さあ、どうなさいます? 我らの能力を認めていただけましたか?」


ウーがよこした使者だろう。そんな情報は必要ない。何を言ってきたのかなんて興味は無いな」


「“助けてくれ”と書いてあったとしても?」


「……あいつの自業自得だ。どっちかと言うと、くたばってくれた方が俺は安心して眠れる」


「“協力すれば対価は払う”と書いてあったとしても、気になりませんか? そしてその対価が、あなたの兵器召喚システム・トライデントの能力を大幅に強化するものだったとしても?」


俺は息を呑んだ。

悔しいが、その情報は欲しい。のどから手が出そうになるほど欲しい。

聞かなかったら確実に後悔する。


レガリアは俺に10騎のドラゴンを預けると約束してくれた。

しかし、邪神や“創造主”はいよいよとなったらマナの供給をカットできる。最後まで戦力としてアテに出来るのは、俺の召喚する兵器達だ。


「……分かった。あんたがつかんだ情報を聞かせてくれ」



“左腕”の司祭、エリスは説明を始めた。

彼女の話によると、ウーの国、“大商業連合国”周辺でも邪神スプランクナが活動を開始したようだ。


“大商業連合”は邪神に対抗する為に、それまで敵対関係にあった“自由貿易連合”と一時的な同盟を結んだ。だが戦果は思わしものではなかった。

“大商業連合”も“自由貿易連合”も中身は1つの国ではなく、いくつかの国家の連合体だ。両方とも主要国がいくつかとその他の小国が集まったものだ。同盟を組んだと言っても、敵同士がすぐに連携して効率的に戦える訳ではない。


「使者の持っていた書簡しょかんの内容は、戦闘への支援要請しえんようせいです。邪神との戦いが劣勢だから援護しろって事ですね。報酬も提示されています。“自由貿易連合”を構成する主要国の一つに“新日本国”と言う国があって……」


……日本、今、こいつは日本と言ったのか?


有り得ない。

俺は母国の名前を、こんなところで聞きたくなかった。

ニューワールドは、これから確実に戦乱の時代を迎える。やって来た日本人達は、エトレーナ達と同じような苦労を味わう事になる。


「ニューワールドに日本がある訳がないだろうっ!」


「……何で私が嘘を言うんです? そして、何でそんな事が言えるのです? どうして新日本国がニューワールドに無いと断言出来るのですか?」


俺は、口ごもった。

意外なことにエリスの口ぶりからすると、こいつは俺が日本人だと言うことを知らないらしい。

そうだとすれば、諜報機関ちょうほうきかんの人間に余計な情報を与えたくない。


「俺の元居た世界に日本と言う国があったからだ。あの国がここへ転移した記録は無い」


そう言ってから、俺は自分の間違いに気がつく。コックェリコの村で会った局地戦闘機 雷電らいでんの大田操縦士。

彼がニューワールドに居るのだから、他の日本人が居てもおかしくない。転移して来た人間が集まって、新しい日本を建設していてもおかしくはないのだ。


エリスは、さとすように言う。

「公式に記録が残っていなくても、例えば戦死したと思われている人々、災害で死亡したと思われていた人達がニューワールドに来て生存しているケースは、ままある事なのです。あなたが知らないからと言って、その国の人達がここで生きていないという証明には成りません。まあ、国名が偶然一致したと言う可能性も無い訳ではありませんが」


「その新日本国が一体どうした?」


ウー 孟風モンフォンからの書簡しょかんには、こうありました。“新日本国が隠し持っている“秘宝グアルディの杖”の在り処を教える”と。そしてこうもあります。“盗み出すのを手伝ってもいい”」


“グアルディの杖”、それが兵器召喚システム トライデントの能力を拡大するのか。

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