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王の提案


『じゃあ、楽しみにしてるわ。待ち合わせ場所は洒落しゃれたレストランで。私はあなたと食事してみたいの。エトレーナ女王みたいに』


脊髄せきずい”と“脳”を乗せた白いまゆは、上空に舞い上がるとふっと消えた。

まるで俺の耳元でささやいているように感じられていた“脳”の気配が同時に無くなる。


邪神じゃしんの反応消失。転移した模様です』脳内で妖精がささや


「逃げられたか……我がブレスが効かぬのは、偉大なる先祖のみと思っていたが」

レガリア王が悔しがる。


奴らの姿が消え、俺は心ならずもほっとする。

脊髄せきずい”はともかく、あの“脳”は、苦手だ。

いつか決着をつけなきゃならん相手に向かって、デートしたいとか言い出すあの邪神。

一体何を考えてるんだ? 考えが全く読めない。


「あんた、まさかあの化物女ばけものおんなの誘いに乗る訳じゃないでしょうね?」 シルバームーンは、そう言って俺をにらみつける。


「気になるなら、一緒に行くか?」


「“気になるなら”……ですって? 誰が、あんたの事なんか気にするもんですかっ!」


“俺の事”が気になるなら、なんて言ったつもりはないぜ。シルバームーン。

そう返してやろうかと思ったが、思いとどまる。

最近の俺は、女に言っていい言葉と、絶対言ってはいけない言葉を急速に学習しつつある。

今、言おうとした事は確実にアウトの部類だ。


戦闘で傷ついたウエルの事が気になり、俺は横たわるドラゴンの様子をうかがった。

シルバームーンの治癒魔法のおかげで、血は止まっているようだ。

前脚の欠損けっそんはそのままだが、腹にあった大きな傷はふさがっている。


「ウエルは、どんな具合だ?」


シルバームーンは俺をにらむのを止め、傷ついた竜に視線を戻した。

「……命はとりとめたわ。完全に回復するまでには時間がかかると思うけど」


「ご苦労だった。いつも無理をさせてすまない」


俺達の会話が聞こえたのか、ウエルは苦しそうに首を持ち上げこちらを見る。


「カザセ……礼は言わぬぞ。お前の……助けなぞ……不要だった。余計なことを」

俺が邪神の攻撃からウエルをかばった事を言ってるらしい。


「いい加減になさい、ウエル! カザセが守ってくれなかったら、あんたなんて今頃……」


「いいんだ。こいつに礼なんて期待していない。……ウエル、よく聞け。お前のような役立たずの尻拭しりぬぐいは、これが最後だ。俺の足を引っ張らないようせいぜい頑張る事だ。レガリアの将軍殿」


「その言葉忘れぬ……覚えていろ」


「さあな。俺は記憶力にあまり自信が無い。忘れてたら教えてくれ」


ウエルの部下達が数匹やって来て、傷ついた上官を治療のために連れて行く。

運ばれていくその姿は、言葉とは裏腹に相当弱っているように見えた。


気がつくと、レガリア王が俺と一緒にウエルを見ていた。奴の怪我けがが気になっていたようだ。


「カザセ殿。すまない。ウエルの無礼ぶれいは我が代わりに謝罪しよう。回復したら、あやつにも謝らせる。救ってくれて、貴公には感謝しているのだ。あやつは使いにくいところはあるが、軍事に関しては優秀だ。これまでレガリアの危機を救ったのは一度や二度では無い。失うのは惜しい」


「気にしないでくれ。あの竜と俺とは相性が悪いが、それは俺達の問題だ」


レガリア王は「そうか」とつぶやき、少し考え込んだ。

そして口調を改める。


「カザセ殿。レガリアは、最大の危機を迎えた。あの邪神どもは我らを害獣とぬかし、滅ぼそうとしている。レガリアはこれより戦時体制に移行する。諸侯を呼び寄せこれからの事を話し合うつもりだ。貴公とエトレーナ女王も会議に参加して欲しい」


「俺達が……一緒に? しかし、レガリアにはユリオプスとの同盟に否定的な竜も多い。重要会議に出席する資格は無いと思うが」


「何を言うのだ。貴国とは正式に軍事同盟を結ぶ。反対者は許さぬ。まあ敵の力を知った今となっては、レガリア内部から反対が出るとも思えぬがな……カザセ殿の力が我らには必要だ。是非同盟を結ばせて欲しい。勿論もちろん、我が国も貴国防衛に関して最大限の努力をする」


「……分かった。エトレーナと一緒に会議に参加しよう」


レガリア王は満足そうに笑う。


「貴公にもう1つ頼みが有る」


「俺に出来ることなら。レガリア王」


「あの邪神どもの行動は予測不能だ。どう出てくるか読めない。機敏きびんに対応する必要がある」


「全くそのとおりだ」


「緊急展開用の部隊を設ける事を提案する。指揮はカザセ殿に頼みたい。あやつらの事を一番知っているのは貴公だからな。受けてもらえぬか?」


「俺に部隊を……ユリオプスとレガリアの竜との混成部隊を作ると言うことか?」


「いかにも。少なくとも10騎の精鋭の竜を出すと約束する。自由に使ってくれてよい」


10騎のドラゴンを指揮下におけるのは大きな魅力だ。

ドラゴンが10騎もいれば、以前に倒した“大腸”クラスの邪神や“脳”単独程度なら簡単に撃破すると思う。

マナが十分にあることが前提になるが。


確かにドラゴンは“脊髄せきずい”にはかなわなかったが、あいつは規格外れの例外だ。

何せ、俺がかろうじて防いだとは言え“隕石落とし”まであいつは使ったのだ。

大腸だいちょう”や、指揮や転移能力に特化している“脳”に比べ明らかに強すぎる。

“創造主”が時間を巻戻したのは、俺の核攻撃で“脊髄”を失ったせいじゃないかと俺は推測しているのだ。


しかし、ドラゴン達を俺の指揮下に組み込むのは気になる点もあった。

提供されるドラゴンは軍の竜だろう。彼らと上手くやっていけるとは思えない。

なにせ、軍をひきいているのは俺と仲が悪いあのウエルなのだ。


「レガリア王よ。申し出は有り難い。しかし軍は抵抗しないのか? 俺の指揮下に部下を入れる事を嫌がると思うが」


「心配するな。軍の竜は使わない。王室直属の近衛このえから兵を出すつもりだ。近衛兵このえへいは精鋭揃いだ。隊長のレイクを含め、りすぐりを10騎、カザセ殿の指揮下に置こう」


そばに居た近衛隊長のレイクが頭を下げる。

この竜は、俺とエトレーナに絡んできた軍の竜を追い払って、王宮まで案内してくれたドラゴンだ。


「カザセ殿の指揮下で働ける事を、わしは光栄に思う」

レガリア王は再び満足そうに笑った。


いい流れだ。いままで言えなかった願いを言うのは、今がチャンスかもしれない。

「レガリア王よ。すまないが俺の願いも聞いて欲しい」



ずっと気になっていたユリオプス王国に対する食料の援助を切りだすと、レガリア王はあっけなく了承した。


「何を頼まれるかと思えば……その事か。我がレガリアの財政は余裕がある。その程度の資金はいくらでも出そう。備蓄びちく食料しょくりょうをワイバーンに運ばせても良い。……そうだな、シルバームーンは最近忙しそうだ。第二王女のバイオレット・フラワーに話を通しておく。好きに頼めばよい」


俺は肩の荷を下ろした気分で心底ほっとした。

そろそろユリオプス王国の食料が尽きる頃なのだ。

レガリアは大国だ。食料をユリオプス王国に回す余裕はあるだろう。


早くエトレーナに伝えてやりたい。食料の不安が無い事が分かれば彼女は喜ぶ。

だが、レガリア王はさらに驚くべき提案をした。


「気分を害さないで聞いて欲しい。我がレガリアのそばに貴国を移さぬか? その為に、使っていない直轄地ちょっかつちをユリオプス王国へ割譲かつじょうしよう。もちろん、国民の移送にも手を貸すし、街の建設費も出す」


俺は驚いた。ユリオプス王国をレガリアの近くに移すだって?!

8,000人程度の国民だから移動は可能だろうが。それにしても。

「何故、そこまでしようとする?」


いくらこの国が金持ちでも、街の建設費はかなりのものになるだろう。そこまでして、ユリオプス王国をそばにかかえたい理由は何だ?


「二国が離れていては守りづらい。特に緊急時の対応が心配だ。邪神が同時に国を攻めて来たら、貴公はどうする? 最後まで守ろうとする国はレガリアではあるまい。別に責めるつもりは無いのだ。軍人として母国が一番大事なのは当然だからな」


そうか。

俺がユリオプス王国に戻ってしまえば、レガリアの防御は薄くなる。

だが近くに王国があれば、俺の“核の傘”は同時にレガリアも守る。

それが王の狙いだろう。


だが、それが分かっていても良い提案だ……と俺は思う。


「決断はエトレーナにまかせたい。国の移動となれば、軍人の俺が判断出来る問題では無い。だが1つ気になる点がある。ユリオプス王国は属国を希望する獣人達の村、“コックェリコ”をかかえている」


「その事なら第一王女から聞いた。コックェリコの村も受け入れる土地はある。一緒に連れてくれば良い」


気になる点は他にもある。

今の開拓村やコックェリコの村は、それぞれの国民が血を流して得た場所だ。

だから部外者の俺には、彼らの土地に対する愛着は分からない。


そして、大国のそばに国を移すのは必ずしも良いことばかりでは無い。

レガリアの我儘わがままに振り回される可能性もある。

そして一部のドラゴンには、人間に対する偏見へんけんもある。


しかしそれを考慮しても、俺は良い話だと思う。

あの開拓村よりまともな、ちゃんとした家に国民を住まわせてやれる。

レガリアの援助を受けながら農地の開拓も可能だろう。加えて、近くに大国の市場がある。魔術工芸品を造って生活していくことも可能かも知れない。


そして大事な事だが、竜は嫌な奴ばかりでは無い。優しい奴も、話が分かる奴も大勢いる。

レガリアの城下町に住む猫耳の獣人も、気分のいい奴ばかりだった。


俺は久しぶりに気持ちが明るくなった。

ニューワールドに移住したのは、ユリオプス王国にとって間違いだったかも知れない。

しかし諦めなければ、希望はいつでもあるのだ。


俺は一刻も早くエトレーナに今の話を伝えたくなった。


「カザセ様~」


エトレーナが俺を呼ぶ声が聞こえた。幻聴げんちょうじゃない。

見ると王宮の門のそばで、女王は手を振っていた。

俺の事が心配で、居ても立ってもいられなくなったのだろう。


「レガリア王。一旦、失礼させて欲しい」


「分かった。会議の用意ができたら呼びにいかせよう。良い返事を待っている」


エトレーナの元に駆け出す。

伝えなくてはいけないことが沢山ある。ニューワールドはわなだったこと、でも希望はあること。

俺が絶対にエトレーナを守ること、ユリオプス王国を絶対に守ること。沢山言う事が俺にはある。


だが、エトレーナのそばには行けなかった。


「……何だっ? これはっ」


周囲の景色が色を失い、急速に存在感が無くなっていく。

……転移?! これは転移だっ。俺は転移させられている。

馬鹿野郎っ! 何でこのタイミングで。


『マスター! 強制召喚を受けています。おかしいっ! 抵抗出来ません!』


最後に聞こえたのはエトレーナの叫び声だった。

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