家畜
◆
俺に話があると“脳”は言う。“脊髄”は憎らしげに俺を睨むが、襲ってくる気配はない。
とりあえず、戦闘は一時中止だ。俺はシルバームーンに声をかける。
「すまない、ウエルを診て欲しい。血を止めてやってくれ」
俺の声で我に返ったシルバームーンは、慌てて傷ついた竜を見る。
ウエルの右前脚はちぎれ飛び、横たわった身体から青い血が流れ出し地面に溜まっている。
胴体にも深い傷があった。
俺は息をのむ。臓物らしきものがはみ出ていた。
「待って、今、助けてあげるっ」
シルバームーンは、少女の姿のままで竜の元に駆け寄った。
「……何の……これしき」
「起き上がろうとしないで。死ぬわよっ!」
“脊髄”が、それを見てあざ笑った。
「愚かな。家畜の分際で飼い主に逆らうと、そういう目にあう」
ウエルの事は嫌いだったが、“脊髄”のセリフは俺を不快にさせた。
瀕死の怪我人を嗤う奴は、単純に気に食わない。
そして、こいつはドラゴンを家畜扱いした。シルバームーンや王、竜族全体に対する侮辱だろう。
「ドラゴンが家畜だと? 俺にも勝てなかった負け犬が、主人面とは見苦しいぜ」
「何だと? ……いい気になるなよ、カザセ。俺の本当の実力を、見せてやろうか?」
レガリア王が動く。
王が一歩、“脊髄”の方へ進み出たのだ。
「我慢ならぬ。我らを家畜とぬかすか」
「害獣の王か。貴様も痛い目に会いたいようだな」
“脳”が慌てて、“脊髄”を止めにかかった。
「止めなさいっ! 話し合いをしに来たんでしょ。争うためじゃない」
そしてレガリア王を睨みつける。
「竜の王。動かないで。あなたは中途半端に強い。だから手加減出来ない。動けば殺すわよ」
「我が問に答えよ、邪悪な女。お前は一体何者だ? 何故、“レガリア”を滅ぼそうとする?」
「邪悪ですって? 失礼しちゃう。この私をつかまえて邪悪はないでしょうに」
“脳”はわざとらしく怒ったような表情を浮かべ、俺を見た。
「そう言えば、私達が一体どういう存在なのか、カザセにもちゃんと説明してなかったわね。丁度いい……この機会に自己紹介しておくわ。あんたが何も知らないのでは交渉しにくいし」
邪神はニッコリと微笑むと形の良い胸を軽くそらし、柔らかそうな髪をかきあげた。
自分の美しさを良く自覚している女の仕草だ。そして吸い込まれそうな綺麗な目で俺をじっと見つめる。
悔しい事に、こっちは男としての本能をかき乱された。
こいつの正体を知っていなければ、美人に弱い俺は一発でアウトになる自信がある。
「竜の王にカザセ。よく聞きなさい……私達“スプランクナ”は創造主様の命を受け、この世界“ニューワールド”の管理を行う者。……ニューワールドの優秀な生き物は残し、規格外の害獣は駆除する。簡単に言えば、それが私達“スプランクナ”のお仕事って訳。竜の王、あなた達は、私達にとって害獣よ。当然、駆除対象。あなたの質問に対する答えはそれでいいいかしら?」
「ドラゴンが……害獣だと」
「害獣以外の家畜は、十分に数が増えるまで待つわ。数十年か数百年くらいはね。そして“収穫”する。つまり最後には屠殺するの。殺して合成用の材料にする事が多いわね。魔獣を造る為の材料とか」
俺は言葉を失った。
「生かしたまま、異界の生き物と交配させる事もあるわよ。
そうやって生まれた子供は強い魔力を持つことが多いから有用なの。そういうのを集めて眷属として使う。見た目が美しい種族なら、ペットにする事もある。時々“食す”事も。使い方は色々よ。言ったでしょ。“家畜”だって」
――狂っている。
この世界“ニューワールド”は狂っている。
俺は、奴隷のようなものを想像していた。
ニューワールドの生き物は、創造主の奴隷にされると思っていたのだ。だが、現実はそれ以上に過酷だ。
こいつらが“家畜”と呼んでいた意味を、俺は完全に理解した。
確かにそれは、文字通りそのままの意味で“家畜”だ。
くそっ。
エトレーナ達がこの世界にやって来たのは、完全に誤りだった。大きすぎる誤りだ。
そして俺には責任の一端がある。
「受け入れなさい。……文句を言うのは筋違いもいいとこ。“家畜”達は、自分の意志で元居た世界から逃げて来た。そのままでは滅んでいたのよ。数十年か、数百年か、ニューワールドで生きられるんだから感謝すべきだわ」
必死の思いで“ニューワールド”へ逃げ込んできたエトレーナ達。
あれだけ苦労して、やっとここまでたどり着いたのに、全ては罠だったと言うのか。
“脳”は言葉を続けた。
「……創造主様は、殺戮を楽しむ事もある。克服出来そうも無い苦難を与えて観察するとか。そこら辺は、創造主達のお好みのまま。使い道は他にも……」
……させるものか。そんな事は絶対にさせない。
彼女には俺がいる。
誓う。
エトレーナ達を絶対に創造主には渡さない。
「……もういい。十分だ」
「ええと?」
「お前達が外道だと言うことは良く分かった。用が済んだのならとっとと消えろ」
「……あなたの反応は予想どおり。真実を受け入れない事は分かってた。だけど考えてみて頂戴。適当な事を言ってあなたを騙す事も出来たのよ。でも私はそうはしなかった。何でだと思う? 交渉相手として認めて欲しいから。私の誠意を感じて欲しかったのだけど」
「誠意を持つ邪神か? 俺にそんなものは必要ない」
「……また、そう言う言い方をする。器の小さな男ね。気に食わないからって皮肉ばかり。女には優しくするものよ」
「俺は、“女”には優しいさ」
“脳”は不愉快そうに顔をしかめた。
「それは、私を女として認めて無いってこと?」
“脊髄”が呆れたように、話に割り込む。
「“脳”よ、いい加減にしろ……カザセ。とっとと帰りたいのは俺も同じだ。俺から話す」
「さっさと言え」
“脊髄”は、まだ何か言いそうな“脳”を睨みつけて黙らせた。
「俺達は、ルールを決めにここに来た。カザセ、お前との殺し合いのルールをだ。
……お前には戦う義務がある。“天使”のスカートの影に、いつまでも隠れていられると思うなよ。
俺達と決着をつける義務がお前にある。さもなければ創造主と“天使”との直接対決になる。全てが滅ぶぞ。それがお前の望みなのか?」
◆
いいだろう。
お前ら相手なら俺にも勝てるチャンスはある。
望むところだ、と答えようとして異変に気がつく。
周囲の空間が変化している。青く輝く光りが俺を包み込む。
レガリア王の叫びが聞こえた。
「カザセ殿! 下がれ。この汚らわしい者どもの声をそれ以上聞くなっ!」
青く輝く結界――バリアが俺を保護している。これは……竜の王だけが使える防御結界だ。
後ろを見ると、レガリア王がカッと口を開いた。
――来る。ドラゴンブレス。
慌てて地面に伏せた。
眩い光が周囲を覆う。
そして邪神達を貫く。
ウエルのブレスとは比べ物にならない、強力な光の束に目が眩んだ。
まるで昔アニメで見た宇宙戦艦の主砲のようだ。
王の攻撃が合図となって、様子を見ていた近衛のドラゴン達がブレスを吐く。様々の色のブレスが邪神に振り注がれた。
――今度こそ。
これなら、邪神どもを滅ぼせる。
だが邪神達の姿は消え、その場所に白い繭のような塊が浮かぶ。
白い繭は、全てのブレス攻撃を弾いた。
そして、上空に向かって飛び去って行く。
“脳”の甘い囁き声が、耳元で聞こえた。
『カザセ。ここではじっくり話せないから、またにしましょう。二人でじっくり話して戦闘のルールを決めるの。そうだ! デートしましょう。デートしながら邪魔者のいない所でゆっくり話すの。私を“女”として認めさせてあげる』
俺は絶句した。
デートだと? “脳”の脳みそが腐ってるってのは笑えない冗談だ。
『それまで休戦って事にしておくわ。でも、そんなに待てないわよ。創造主様が焦れて来たら、あなたの“天使”と全面戦争になってしまう』
俺は、誰かの視線を感じて振り向く。
そこにはシルバームーンが居て、俺を睨んでいた。
俺は悪くない……と思う。おかしいのは、“脳”の奴だ。
『じゃあ、楽しみにしてるわ。待ち合わせ場所は洒落たレストランで。私はあなたと食事してみたいの。エトレーナ女王みたいに』
エトレーナがこの場にいないのを、俺は心の底から感謝した。




