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脊髄(せきずい)


「王よ。だまされてはなりませぬ。この者を信じるなど、とんでもないこと。こやつは腹黒い人間です」


振り返ると、入り口に大きな鉄色の竜。

レガリア軍をひきいている将軍ウエルだ。


「俺が腹黒い……だと?」


別に善人だと主張するつもりは無いが、ウエルに言われると腹が立つ。

しかしウエルは俺を無視し、王に向かって言葉を続ける。


「レガリア近郊に正体不明の軍が展開しております。私はカザセが手引している証拠を掴んでおります」


少女の姿のままで、腕を組んでいたシルバームーンが不愉快そうに顔をしかめた。


「でまかせ言わないで!」


「第一王女も困った御方だ。真実を認めないとは」


「カザセは私と行動を共にしている。敵と通じる暇はない。カザセを疑うのは私を疑うのと同じだわ。嘘を吐き続けるなら私が相手よ」


「そろそろ正気にお戻りください、王女様。部下達が影で貴女の事を、何と噂しているかご存知ですかな? 異種族の男に入れあげるのは、ほどほどになさいませ。王もお困りであられる」


「何ですって!」 シルバームーンは怒りの余り真っ赤になった。


第一王女に対して無礼ぶれいすぎるだろう。流石さすがに腹に据え兼ねた。

「いい加減にしろウエル。不敬ふけいだ」


「これはこれは。忠告痛み入る、カザセ殿。だが貴殿は人の心配をしているどころでは無いだろう? スパイとして告発されている最中なのだからな」


「俺がスパイ? ふざけるな。俺は……レガリアをまもる為に戦って」


……戦って撃退したんだ、と言いかけて口ごもる。時間は巻き戻され、俺のやった核攻撃は無かった事になっている。

争いが起こった事を証明する手段は無いのだ。

ウエルが自分にとって都合が悪い事を、証拠なしで信じる事は有り得ない。


ウエルは、俺が黙ったのを見て大笑いをした。

「……レガリアをまもる? 貧相な人間風情がか? 貴殿は軍人より、宮廷道化師の方が似合っているのではないか?」


いっそのこと、核兵器を召喚してこいつの前で爆発させてやろうか。

……まあ冗談だ。


成り行きを黙って見ていたレガリア王が静かに告げた。

「……立ち去れ。ウエル将軍。不快である」


「しかし、王よ……こやつはスパイだ」


「立ち去れと言った。レガリアを救った英雄の侮辱ぶじょくは許さぬ」


「この人間が英雄……ですと。あなた……英雄王がそれを言うのか」


王の怒りを買った事に気が付き、ウエルは愕然がくぜんとする。

英雄……なんて呼ばれるのは好きでは無いが、狼狽うろたえるウエルを見るのは良い気分だったのは認める。

王が、俺の戦いをていてくれたのは運がよかった。

時間が巻き戻ったのに、どうして王が覚えているのかは分からないが。


だが安心するのは、まだ早かった。

王室の扉の向こうで、部屋を守っている近衛兵このえへいの声が聞こえる。


こう! 困ります。王は只今、会見中でございます」


「気にするな。我と王の仲だ」


入って来たのは見知らぬ真鍮ブラスドラゴン。身体の大きさはレガリア王と同じくらい。

大きな竜だ。



王室に入って来た竜は言う。

「ウエル。何をあたふたしておる?」


困惑していたウエルが急に元気になった。

「おおトレジャー公、よくぞ来られた!」 


トレジャーと言う名には聞き覚えがある。レガリアに向かうヘリの中でシルバームーンが教えてくれていた。

確かブラス・トレージャー公爵こうしゃくと言った筈。王に次ぐナンバー2の権力者だ。


俺はレガリアの歴史を思い出す。

この国は300年ほど前に、ニューワールドに移住して来た2つのドラゴンの国が1つになって出来た国家だ。

そのうちの1つである“ディラ”国をひきいていたのが、現レガリア王。

そして、もう1つの国“シノジ”を率いていたのが、トレジャー公爵こうしゃくだ。今でこそ公爵だが、元はといえば“シノジ”の王なのだ。

“ディラ国”と“シノジ国”は、ニューワールドで生き残る為に1つになった。


今でもレガリア軍の3分の1は、このトレジャー公の率いていた国である“シノジ”の出身者が占める。

ウエルが将軍になれたのは、トレジャー公のお陰らしい。


レガリア王は、トレジャー公爵をにらみつけた。

「我が王宮に何用か?」 


「尋ねたい事がある」


「……言ってみよ」


「人間の女王が来たと聞いた。我がレガリアと同盟を求めていると。事実か?」


「いかにも。正式な会合は明日になるが、ここにいるのがユリオプス王国の女王、エトレーナ・カイノ……」


レガリア王に最後まで言わせず、トレジャー公は声を荒げる。


「人間の名など興味は無い……王よ。何故、追い返さぬ? まさか本気で同盟を結ぶ気なのか? 属国に成りたいとの願いならともかく、人間の分際で同盟を結びたいなぞ身の程知らずもはなはだしい」


「……無礼であろう。ブラス・トレジャー公爵」


「我が誇り高いレガリアが、人間どもを同格に扱うのか? こやつらは獣人どもにも劣る能力しか持たない人間なのだぞ」


……もう沢山だ。俺はうんざりしてきた。

この国には良い奴も多い。

しかし、どう見てもドラゴンの半分は人間に対する偏見がある。

これでは、同盟なんぞ結ぶのは不可能だろう。


こんな事なら、前にやりあった武器商人、ウー孟風モンフォンの国“大商業連合”の属国にでもしてもらった方がまだマシだ。何と言っても奴らは俺達と同じ人間なのだ。


エトレーナは呆然ぼうぜんとしてトレジャー公爵とレガリア王とのやりとりを見ている。

……恥ずかしい思いをさせてすまない。レガリアと同盟を結ぼうとしたのは俺の判断ミスだ。

立ち去ろう。もう沢山だ。

俺はエトレーナの手を握った。彼女はハッとして俺を見る。


王に別れを告げようとして、シルバームーンがこちらを見ているのに気がつく。

……すまなそうにしている。そしてどこか心細げに。


彼女を見捨てるのか?

もし“脳”が再びレガリアを襲ってきたら、……風瀬。お前はどうする?

逆の立場で、シルバームーンだったらどうすると思う? ユリオプス王国を見捨てると思うか?


――シルバームーンは、見捨てない。彼女はいつだって俺たちを助けてくれた。


ここで逃げるのは、彼女を見捨てるのと同じだ。

諦めるのは、出来ることを全部やってからだ。


「……人間がドラゴンより劣ると思うのか? 俺はそうは思わない。そんな考えはお前の思い上がりだ」



王に詰め寄っていたトレジャー公が初めて俺に気がついたように、こちらを見る。


「思い上がりだと? ええと、お前は……」


風瀬かざせ ゆう。ユリオプス軍の責任者だ」


「ウエル将軍。聞いたか? この勇敢な人間は我らに言いたい事があるようだ」


「薄汚いネズミの言うことなぞ、聞く必要はございませぬ」


猿になったりネズミになったり、俺もなかなか忙しい。

俺はひそかに決心する。いつか、こいつを一発ぶん殴ってやる。


俺はトレジャー公に向き直った。

「確かにドラゴンは強い。魔力も体力も最強クラスだ。だが人間のテクノロジーや魔法技術は、時にそれを上回る。それに、ドラゴンには大きな弱点がある」


「弱点だと?」


「そうだ。お前たちは、マナが無くなれば動けない。気がついているだろう? ニューワールドではマナが減る季節があると言うことに。それは自然現象なんかじゃない。敵の仕業だ」


「苦し紛れに戯言たわごとを。マナは神がもたらすめぐみだ。マナの供給を絶つなぞ生き物に出来る訳がない」


「嘘じゃない。お前らの敵はこの世界の“神”だからな。ニューワールドを造った存在がお前達を滅ぼそうとしている」


ウエルは、せせらわらう。「ネズミの分際で神を侮辱するか?」


……説得は逆効果か。


その時、違和感を覚える。

何かがやって来る。この感触……覚えがある。


(マスター。近くに転移して来る者の存在を検知)

(カザセ様! 強力な魔力の持ち主。王宮の外です)

妖精と小剣が、同時に俺の脳内で叫んだ。


奴らだ。

邪神“スプランクナ”。


「レガリア王、シルバームーン。敵が来る」


「……そのようだな。我も迎え撃つ」と王。


「お供致します」と近衛隊長のレイク。


ウエルとトレジャーも異変に気がついたようだ。

「一体どうしたと言うのだ? この邪悪な気は何か?」トレジャー公爵は不安そうに王に尋ねる。


俺は王の代わりに答えてやった。

「敵さ。お前達、そして俺の敵。邪神“スプランクナ”だ」



エトレーナをその場に残し、慌てて外へ飛び出す。


竜達も俺の後を追う。

王宮を出た俺達が見たものは、空から見下ろす二つの影。


人間をはるかに超えた美しい女と、その女に相応ふさわしい精悍せいかんな顔つきの男。

女の方には見覚えがあった。スプランクナのリーダー“脳”

俺を見ると、微笑んだ。


男の方は初めて見る顔だ。俺に気がつくと、憎々しげにこちらをにらむ。

やや長めの黒い髪に、これまた人間の水準を遥かに超える整った顔。

魔術師のような服が、風にあおられてはためいている。

男は燃えるような目でじっと俺をにらみ、目を離さない。


禍々(まがまが)しい気が、この男から放出されている。

どんな恨みを俺に対して持っているのか知らないが、お前のような美男子はこちらも願い下げだ。


(システム正常に稼働中。いつでも召喚可能です)妖精がささやく。


(距離500にアパッチ戦闘ヘリを2機。対戦車ミサイルを準備)


(了解です。マスター)


空中に浮かんでいた二柱の邪神が、ゆっくりと地上に降下して来る。


レガリア王が言う。

「カザセ殿。あやつらが貴公が戦った敵だな? マナさえあれば我は負けぬ。攻撃するぞ」


「待ってくれ。様子が変だ。向こうの出方を見よう。あいつらと本気で戦えば、レガリアも只ではすまない」


「……分かった。貴公がそう言うならやむを得ぬ」


地上に降り立った美しい邪神“脳”は俺に手をふる。

そして大声をあげて、呼びかけてくる。


「カザセ~~お取り込み中だったかしら?」 


まぎらわしい事を……まるで俺がお前らの仲間みたいじゃないか。

そうでなくても、スパイの疑いをかけられているんだ。


突然、暴風のような、ごぉーっという凄まじい音がした。

レガリア王が叫ぶ。

「ウエル将軍! 早まるなっ!」


ウエルがドラゴン・ブレスを邪神に向けて吐いたのだ。


カッと開いた口から伸びた火炎放射が、敵を襲う。

瞬時に邪神の二柱は燃え上がった。

ドラゴンブレスは、超高温の炎だ。数千度で全てを焼き払う。


熱いっ。


ブレスからは距離があるのに、身体が燃え上がるように熱い。

王が翼を広げ、熱放射から俺をかばってくれた。


邪神達をおおっていた炎がゆっくり消えていく。

殺ったのか?


だが……

何も変わらずに、邪神はそのまま立っていた。

男の右手が黒い盾を掲げ、隣に居る“脳”を守っている。

“脳”は、まるでギリシア彫像の女神のように微笑んだままだ。


俺は、男のつぶやきを確かに聞いた。

「クソが」


盾を捨て、自由になった男の右腕がウエルを指差す。

――この男は強い。俺よりもドラゴンよりも。はるかに。


「撃つなっ!」


男のてのひらから光の矢が放たれ、ウエルの前脚に着弾する。

大きな爆発。破裂して飛び散る肉片。

ウエルは右の前脚を失う。どくどくと流れる青い血。


すぐに地面がドラゴンの青い血の色に染まる。


「……なん……だと」


身体を支えられずに、どうっと地面に倒れ込んだ。


「……流石さすがはドラゴン。思ったより頑丈だ。だがしょせん主人に歯向かう家畜にすぎない」

男は二発目を撃とうと、ゆっくりとてのひらをウエルに向ける。


(チェーンガン、撃てっ!)


アパッチの30ミリ機関砲が火を噴く。

邪神の周囲が、砲弾の爆発でふくれ上がった。

だが、30ミリでは邪神に効かない。牽制けんせいにしかならない。


俺が次に取った行動は、自分でも意外だった。

傷ついたドラゴンの前に飛び出し、両手を広げる。敵からの射線を自分の身体でふさぐ。

殺させはしない。


ウエルは苦しそうにあえいだ。

「何のつもりだ……お前の……助けなど」


「死にたくなければ、口を閉じていろ」


……自分でも不思議だった。何故こいつを助けようとする? ウエルが殺されるのは、むしろ望むところじゃないのか?


いや、そうじゃない。

味方を守り見捨てない。どうやらそれが俺に最後まで残っている誇りというものらしい。

おかしな話だ。今の俺は軍人と言うより傭兵なのに。明らかに優先順位を間違っている。


「カザセ! 無茶よっ、早く戻って!」シルバームーンが叫んだ。


確かに敵が撃てば俺も死ぬ。

だがそれは……敵に俺が撃てればの話だ。


邪神は怒りに震え、てのひらを俺に向けた。


「いい気になるなよ。お前なんぞ……」


「止めなさいっ」 慌てた“脳”が男に飛びつく。「殺しちゃ駄目っ! 不味まずい事になるわ」


やはりな。思ったとおりだ。

奴は俺を撃てない。少なくとも今は俺を殺せない。


時間が巻き戻される前に“脳”は言っていた。

俺を守ってくれた守護者“黒い翼の天使”と、敵の“創造主”の間で合意が成立したと。

両者の間で一時停戦が結ばれたのは明らかだ。

だから敵軍は撤退した。


停戦中に俺を殺せば“天使”は黙っていない。

そして“天使”と戦うことは“創造主”も望んでいない。神にも似た二者が直接戦えば、この世界が壊れてしまう。

そして所詮しょせん、邪神“スプランク”は“創造主”の手下だ。ボスに逆らう事は出来ないのだ。


「お前がカザセ ユウだな?」 男がくやしそうに言う。


「そうだ。貴様は?」


「くそっ。俺の事が分からないのか? 俺は“脊髄せきずい”。お前にめっされた男だ」


脊髄せきずい”。


“隕石落とし”でレガリアを滅ぼそうとした邪神か。

俺の核攻撃で死んだ筈なんだが……そうか……時間が巻き戻ったせいで生き返ったんだ。


「あなたと話し合いをしに来たの」“脳”が言う。


「話だと? いいだろう。しかし、その前に」


俺はシルバームーンに言った。

「すまない、ウエルをて欲しい。血を止めてやってくれないか」

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